第百三十話 モルグデウス(一)
アンデッドの王モルグデウス。
今から一千年前に、神々の手によって封印された恐るべき魔物ですが、元は大国を治める若き王でした。
ヘーベル大陸よりはるか東にあるラグネシア大陸。
ヘーベル大陸の半分の大きさも無い小さな大陸でしたが、その大陸を支配するアルケディア帝国の若き王がモルグデウスだったのです。
彼が生まれたラグネシア大陸は、中央大陸の支配者ヴェイルノア王国と、南の覇者であるマリスティア王国が、大陸を二分して争っていました。
そんな大陸の、北方の小さな国の王子としてモルグデウスは生まれたのです。
北方の大陸は、小さな国同士がお互いの領土を巡って争う群雄割拠の世界でした。
そんな戦国時代に生まれたモルグデウスは、持ち前の知略と軍事力、そして敵国には容赦ない残忍な王子として恐れられ、メキメキと頭角を現して行きました。
それまで10国以上あった北の国を次々と征服し、アルケディア帝国は北方の大国へと勢力を拡大して行ったのです。
その結果、それまで南のマリスティア王国と、大陸の覇権をかけて争って来た中央大陸の支配者ヴェイルノア王国は、ここで自国の背後を脅かすアルケディア帝国の存在を、無視する事が出来なくなってしまいました。
自分がマリスティア王国に攻め込んだ隙に、アルケディア帝国に背後を突かれて国を奪われる危険があるからです。
また、マリスティア王国と同盟を結んで、前後から責められる恐れもありました。
それほどまでに、アルケディア帝国の脅威が増して来たのです。
そこで狡猾なヴェイルノア王国の王オルニクスは、アルケディア帝国と同盟を結ぶ事にしたのです。
そしてモルグデウスに、同盟の証として自分の娘である第4王女のノエリアを嫁がせる事となりました。
この時代の女性は、外交戦略のコマとして扱われていましたので、王女のノエリアには、この結婚を断る事など許されませんでした。
この頃のモルグデウスは、残虐非道な王子として世間に知られていました。
それに顔の右半分が戦いで負った火傷の後が残る、醜い王子として知られていたのです。
そのためノエリアの知人は、彼女の不幸をとても悲しみました。
またモルグデウス自身もノエリアの事を、政略結婚のために嫁がされた哀れな女性だと思っていたのです。
ところが初めてノエリアと顔を合わせたモルグデウスは、あまりの美しさに驚いて、茫然と立ちすくんでしまいました。
「嘘だろ?なんでこのような見目麗しい女性が、俺に嫁いでくるのだ?」
金色の長く美しい髪に、同じ金色の瞳を持つ美しい女性に思わず心を魅せられてしまいましたが、それと同時に、こんな自分の所へ嫁がされた彼女を、とても不憫に感じたのです。
自分の容姿に引け目を感じているモルグデウスは、彼女をとても丁寧に扱いました。
そして、なぜこのような美しい王女が、自分の所へ嫁がされたのか不思議に思っていたのです。
そしてある日、モルグデウスは思い切ってノエリアにその事を尋ねました。
「どうしてあなたの様な美しい女性が、この俺の所へ?」
「いや、あなたは好きで嫁いで来たのではない事は、重々承知しているつもりだ」
「だから、俺が何とかあなたを国へ帰れるように、力を貸そうと思うのだが・・・」
モルグデウスの優しい言葉に、ノエリアは涙を流して答えました。
「いいえ、モルグデウス様」
「わたくしには、この場所以外に帰る所など無いのです」
「なんと?それはどういう意味なのだ?」
「わたくしの母は、貴族などではありません」
「世間で言われている、卑しい娼婦なのです」
「なんと!」
驚くモルグデウスに、ノエリアは自分の生い立ちを語ってくれました。
「母はヴェイルノア王国に滅ぼされた、前の国の貴族でした」
「ですが国が滅び、母は奴隷の身分となって、いかがわしい店に売られてしまったのです」
「そして、そこで王であるオルニクスに見初められ・・・」
ノエリアは国では、同じ王族や貴族からは下賤の王女とあざけられ、とても肩身の狭い思いをしていました。
何度も逃げ出そうとしましたが、母を置いて逃げる事が出来ず、つらい毎日を送っていたのです。
そんな彼女ですが、容姿は母に似てとても美しかったため、外交戦略のコマとして飼われていたのでした。
「そうか、わかった!」
「あなたが帰りたくないのであればここに残り、好きに暮らすがよい」
「あなたが快適に暮らせるよう、俺も努力する」
その言葉通り、モルグデウスは彼女に対して、とても親切に接してくれました。
こうして二人は少しずつですが、幸せな暮らしを送る様になって行ったのです。
そして2年が経た頃、二人は誰もが羨む仲の良い夫婦となっていました。
モルグデウスの人生の中で、唯一この2年間だけは、本当に穏やかな幸せな日々を送る事が出来たのです。
ですが幸せな日々は、長くは続きませんでした。
モルグデウスが王位を継いだ年に、彼の人生を変える大きな出来事が起きたのです。
その頃マリスティア王国と戦っていたヴェイルノア王国は、一向に勝負が着かず、お互い疲弊していました。
そこで両国は5年間の休戦協定を結び、体力を温存する事となったのです。
何の成果も得られなかったヴェイルノア王国のオルニクス王は、今度はアルケディア帝国に目を付けました。
野心家であるオルニクス王は、義理の息子であるモルグデウスに先陣を務めさせて、マリスティア王国を攻めさせようと考えたのです。
それで勝利すれば、マリスティア王国を手に入れる事が出来るし、もし負けるような事があれば、弱体化したアルケディア帝国に攻め入って、自分の物にしようと企んだのでした。
オルニクス王はモルグデウスの王位継承の儀に出向き、その事を話しました。
「息子よ、この度の王位継承めでたく思うぞ!」
「そなたが王になれば、アルケディア帝国も安泰であるな!」
「わっ、はっ、はっ、はっ・・・」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
「我がアルケディア帝国が安泰なのは、義父のオルニクス王の威厳のお陰です」
「いや、いや、謙遜せずともよいぞ!」
「そなたの武勇は、わしもよく聞き及んでおる」
「ところで、どうじゃ?」
「我が国と協力して、マリスティア王国を攻めようではないか!」
「あの国は、我が国との戦争で疲弊しておる」
「いまアルケディア帝国が攻め込めば、必ず落とす事が出来るぞ!」
「・・・・・・・・」
「そうですね・・・」
「これは国を賭けた大戦となりますので、少し考えさせてください」
「うむ、もっともじゃ!」
「では、良い知らせを待っておるぞ!」
こうしてオルニクス王は自国に帰って行きました。
「モルグデウス様、父の申し出をどうなさるおつもりですか?」
ノエリアは心配して尋ねました。
「どうも、こうも無いぞ」
「先日マリスティア王国とヴェイルノア王国は、5年間の休戦協定を結んだばかりだぞ」
「その舌の根も乾かぬうちに裏切るなど、信用できるはずがなかろう?」
「ええ、そうですわね!」
「あの王が考えているのは、我が軍に攻めさせて、勝てばマリスティア王国を乗っ取り、負ければ我が国を攻め落とすつもりなのだ」
「では・・・」
「あぁ、この話は無視するのが一番だ」
「あぁ、よかった!」
「戦争で多くの民が苦しむのは、もう見たくはありませんもの!」
「そうだな!」
「俺もいままでひどい事をしてきたが、もう戦はたくさんだ!」
「今は、こうしてお前と一緒にいるのが一番幸せだ」
「わたくしもです、モルグデウス様!」
こうしてモルグデウスは、義父のオルニクスの策略には乗らず、無視を決め込みました。
ところが一向に返事が来ないオルニクス王は、怒りにまかせて、もっとも陰湿で残酷な方法でアルケディア帝国の乗っ取りを考えたのです。
モルグデウスの即位の儀から3カ月が経った頃、突然ノエリアに国へ帰るように通達が来たのです。
その内容は、母親が病気にかかり危篤状態であるとの事でした。
母親思いのノエリアは、モルグデウスの許可を得ると、急いで国へ帰って行きました。
それからひと月が経った頃、ひどくやつれた表情でノエリアが帰って来ました。
心配したモルグデウスは、母親の病状を尋ねました。
「どうだったのだ?」
「母の病状はひどいのか?」
「いえ、大丈夫です」
「命に関わる様な病気ではありませんでした」
「そうか、なら良かった」
ですが、それからもノエリアの表情は暗く、食事も満足に摂れない身体へとなっていったのです。
ノエリアの身体を気遣ったモルグデウスは、国で何があったのかを聞き出そうとしますが、ノエリアは謝るばかりで、何も話してはくれませんでした。
そして1か月が過ぎた頃、モルグデウスはきっとオルニクス王が何かを企んだに違いないと察し、ノエリアが黙っているのなら、直接王に会いに行くと言い出したのです。
そしてその夜、悲劇が起きました。




