第百二十九話 海底の城マドロ
ヘーベル歴252年3月下旬。
ナンガ・ロギの要塞が陥落した噂が、オッサムの居城にも流れてきました。
その噂を聞きつけたオッサムは、急いで情報を確かめるように、家臣に命令します。
そして4月に入ってから、ようやく詳しい情報がオッサムに伝わったのでした。
「ほ、報告いたします」
「ナンガ・ロギの要塞は、3月8日にロファ軍に攻め落とされた模様です」
家臣の男が、怯える声で報告しました。
「なんだとぉ~~!!」
「ひと月も前の出来事だと?!」
「貴様らはいった何をしていたのだ!!」
激怒するオッサムの前で、家臣たちは怯えるばかりです。
実際に彼らは敗戦の報告を受けてはおらず、今まで全く知らなかったようです。
それは敗走した兵士たちが、オッサムの逆鱗に触れて処分されることを恐れ、戦線から離脱してしまったからでした。
離脱した兵たちは、故郷に身を隠した者もいれば、そのまま野盗などの下賤な輩に成り下がった者など様々ですが、デプロス軍に戻る者は一人もいなかったようです。
激怒するオッサムに、さらに追い打ちをかけるような報告が、玉座の間に飛び込んで来ました。
南の防衛部隊から来た兵士が、オッサムに報告します。
「申し上げます!」
「ベルナックの町に集結していた革命軍が、近隣の民を仲間に加え、着々と軍備を進めている模様です」
「その数2万人とも言われております」
「な、なにい~~っ!」
今度は西の防衛部隊から来た兵士が、オッサムに報告します。
「申し上げます!」
「ナンガ・ロギの要塞を占拠したロファ軍は、アッシュフォードの村に拠点を置き、ここでも我が国の反対勢力を仲間に加え、着々と軍備を進めている模様です」
「決起した民兵は、その数1万人以上との事です」
「な、な、な、なんだと~~!」
オッサムは顔面蒼白で、狼狽えました。
「お、王よ!ロファ軍は、革命軍と示し合わせて動いておりますぞ!」
「二つの軍が、やがて一斉に攻めてくると思われます」
「いかがいたしましょうや?」
家臣の言葉に、オッサムは大声で怒鳴り散らかします。
「バ、バカも~ん!」
「そんな事は、分かっておるわ!!」
「それを何とかするのが、貴様らの仕事であろうが!!」
「この役立たず共が~~!!」
オッサムは持っていた酒のグラスを家臣たちに投げつけると、大声で叫びました。
「ザキュエルは何をしておるのだ!!」
「即刻ヤツを連れ戻してまいれ!!」
「急げ!!!」
「もたもたする奴は、全員死刑じゃ!!」
「「「「ひぃ~~~っ!!!」」」」
家臣たちは、慌ててその場から逃げて行きました。
その頃ザキュエルは、水の抜けた湾の中央、海底に沈んでいた魔城マドロの前にいました。
「まったく、誰がこのような複雑な結界を張ったのだ?」
「結界を解くのに2カ月もかかってしまったではないか!」
「まぁ、連環の結界など、誰でもそう簡単に作れるものではない」
「おおよその察しは付くがな・・・」
「さて、扉を開くとするか」
「お前たちは、後ろに下がっておれ!」
「何が飛び出すか分からぬからな!」
「へっ?ご主人様!」
「封印を解放した恩人に対して、何かを仕掛けてくると?」
後ろに控えていた灰色のガーゴイルが、ザキュエルに尋ねました。
「はっ、はっ、はっ、はっ!」
「むろんだ!」
「狡猾で臆病者の、おまけに残忍なアンデッドの王だぞ?」
「恩義など微塵も感じてはおるまい!」
その言葉を聞き、後ろに控えていたおよそ100匹の魔物は、一斉に後ろへ下がりました。
その後、ザキュエルはゆっくりと杖をかざし、城の門をクラッシュの魔法で破壊しました。
「開門!!!」
ドドドド~~~~ン!!
門が押し潰されると同時に、城の中から無数のガイコツ兵士が一斉に襲い掛かって来ました。
「グオ~~~~ッ!!」
前方のガイコツアーチャーの群れが、雨の様に矢をザキュエル達に浴びせてきます。
ザキュエルはそれをブラックホールですべて飲み込むと、襲い掛かって来た数百体のガイコツ戦士を、クラッシュの魔法で次々と押し潰していきました。
バキ、バキ、バキ、バキ・・・・・
押しつぶされて砕け散った骨が地面に散らばりますが、見ると砕けた骨が徐々にまとまり、再び立ち上がろうとしています。
「不死の魔物はやっかいだな」
「まぁ、だから使えるのだが・・・」
ザキュエルはクラッシュの魔法を解くと、再びブラックホールを発生させて、全てのガイコツ兵士を次元の狭間へと飲み込んで行きます。
そしてすべてのガイコツ兵士が消え去ると、ザキュエルは城の中へと向かいました。
「貴様らは、ここで待っておれ!」
「ご主人様だけで大丈夫なのですか?」
灰色のガーゴイルが、心配して声を掛けますが、ザキュエルは笑って答えます。
「お前たちが何千いようが、役には立たんよ」
そういうと、1人でスタスタと巨大な城の中へ消えて行きました。
薄暗い城の庭には、無数の骨が散らばっていますが、それらはすぐにでも兵士となって、襲い掛かって来るはずです。
さらに幾本もの朽ちた大木に吊るされている骸が、一斉にザキュエルの方を向いて笑っています。
「ふん、趣味が悪いな・・・」
「腐った死体に微笑まれて、誰が喜ぶと言うのだ」
血の様な真っ赤な水を噴き上げる噴水の横を通り過ぎ、ザキュエルは無表情のまま、どんどんと庭を抜けて城へと向かいます。
中庭を抜けて城の中へ入ると、そこからは玉座の間へと続く長い通路となっており、両側には巨大な邪神像がずらりと並んでいました。
そして、その全ての像が、ザキュエルの動きを捕らえているようです。
コツン、コツン、コツン・・・・・
恐ろしいほど静まり返った城の中を、ザキュエルの靴音だけが響きます。
「ふん、無駄に長い通路だったが、ようやく玉座の間へたどり着いたようだな」
前方にボヤっとした明かりが見え、その正面には黒鉄で出来た巨大な扉があります。
そしてその両側には、錆びた鉄の鎧を身に着けた身長5メートルほどの巨大なガイコツ2体が門を守っていました。
「私の名はザキュエル!」
「貴様らを開放してやった者だ」
「この城の王、モルグデウスに用があってやって来たのだ」
「さっさと、門を開けてもらおう!」
ザキュエルの言葉に応じた2体のガイコツは、言われるがまま扉を開けました。
ギ、ギ、ギ、ギ・・・・・・ガ~~~~ン!!!
開かれた扉から正面の玉座まではおおよそ50メートルほど、血のように赤い絨毯が敷かれています。
そして絨毯の先にある玉座には、この城の主であるモルグデウスが座っていました。
痩せ細った長身の王。顔はほとんど白骨化していますが、窪んだ眼の奥では青白い炎が静かに燃えています。
頭には黄金に宝石を散りばめた王冠を載せ、胴には古代王家の意匠が刻まれた黒銀の鎧をまとい、肩当ては大きく口を開いたガイコツと棘の装飾がつき、王としての威圧感を強めています。
背には金の縁取りがある長い黒マントを引いていますが、長い年月による劣化により、裾はところどころ朽ちて裂け、霧のようにほどけていました。
両手には宝石を埋めこんだ骨のガントレットを装着し、片手には儀式剣、もう片手には死者を従える王笏を持つており、座っているだけで玉座の間の空気が冷え、滅びた国の王であることがひと目で伝わってきます。
そしてモルグデウスの両脇には、王を守る二体の魔物が控えていました。
左の魔物は、巨大な鎌を持った死神で、黒い外套を深くまとっており、まるで音もなく闇の奥から姿を現したような不気味さを醸しています。
その手にある大きな鎌は、おぼろげな灯りを鈍く跳ね返し、刃の冷たい光だけが生者へ向けられた視線のように、鋭く浮かんでいます。
フードの奥には顔らしいものはなく、ただ底の見えない暗黒が口を開けているように見えます。
そして右の魔物は、身の丈3メートルはある大きな身体で、痩せこけた青白い顔は、まるで死人の様にも見えます。
擦れたボロボロの外套をまとい、肩には大きな棺桶を担いでいます。
人ひとりを納めるには大きすぎる、まるで呪いそのものを封じたような不気味な棺桶です。
(ちっ!どいつもこいつも、不気味な連中だぜ・・・)
(とくにモルグデウス!)
(こいつは、元は大国の王であったと聞くが・・・)




