第百三話 バルモスの戦い(三)
食糧庫を出たフレディアは、その異様な光景に目をうたがいました。
「なに、これ?」
「まるで古代の神殿みたい!」
広い通路の両脇に、ずらりと大きな柱が立ち並んでいます。
その柱には見た事も無い文字が彫られており、柱と柱の間には巨大な邪神像が建ち並んでいました。
「おかしいなぁ、人の気配がまったくしないんだけど・・・」
フレディアは辺りを警戒しながら、広い通路を進んで行きますが、邪神像の目がフレディアの動きを追っている事には、まだ気づいていませんでした。
長い通路の先に、下へ降りる階段を見つけました。
フレディアはその階段を下りて行き、地下1階と思われる場所へ着くと、一変した景色にもう一度驚きました。
「えっ!これって、まるでダンジョンよね?」
薄暗い部屋の岩壁には、魔神の顔をかたどったロウソク立てが並び、ゆらゆらと辺りを怪しく照らしています。
先へ進むと、かすかに人の呻く声が聞こえてきました。
フレディアは急いでその声のする場所へ行くと、そこは岩壁を大きくえぐり取って作られた牢獄でした。
劣悪な環境の中に、たくさんの囚人が捕らわれています。
中にはまだ幼い子供や、年老いた人達もいました。
「ひど~い!」
「すぐに出してあげるからね!」
フレディアは、急いで元来た道を戻ります。
ガチャン!
ギイ~~・・・・・
食糧庫の扉を開けると、フレディアは人の姿に変身し、仲間の3人に声を掛けました。
「囚人の捕まっている牢獄を見つけたよ!」
すると藁の上から飛び起きたポンポンが、フレディアに尋ねました。
「敵はおるのか?」
「それがねぇ、ひとっこひとりいないのよ~?」
「じゃぁ、今がチャンスね!」
「急いで行きましょう!」
「お、おう!」
シルヴィーとロックも、荷物の間から飛び出して来ました。
そして4人は、牢獄を目指して一目散に駆け出します。
その頃監獄の指令室では、既にフレディア達の動きを察知した監守長が、部下を集めて命令を下していました。
「たった今、バルモス様からお告げがあった!」
「ネズミが4匹、監獄の囚人の元へ向かっておるそうだ」
「行って捕獲しろとの仰せである」
「速やかに指示に従え!」
監守長の命令で、およそ50人の監守達が、一斉に動き出しました。
「うわっ!ひでえ事するな、あいつら!」
「なんて、ひどい事をするの?!」
「まだ幼い子供まで・・・」
牢獄に捕らわれた幼い子供や老人を見て、ロックとシルヴィーが怒りを口にしています。
「あ、あんた達は?」
年老いた男が、フレディア達を見て声を掛けました。
「わたし達は、ここに捕らわれたあなた達を助けに来たの!」
「すぐに出してあげるからね!」
フレディアがそう言うと、老人は慌てて言いました。
「いかん!急いでお逃げなさい!」
「ここでは誰も奴らに逆らう事が出来ぬのじゃ!」
「じいちゃん、心配せんでもよいぞ!わしらは強いからのぉ~」
ポンポンが胸を反らしてそう言った時でした。
フレディア達の周囲に、不気味な変化が起こりました。
暗い影が、天井からまるで雨のように降り注ぐと、辺りを照らしていたロウソクの明かりが、不思議な事に黒い炎で燃え始めたのです。
そして地の底から湧き出るような、おぞましい声が響いてきました。
“我が名はバルモス!神聖な領域を犯したる者どもよ・・・”
“闇に捕らわれ、我の忠実なしもべとなるがよい”
その不気味な声に即座に反応したのは、ポンポンでした。
「はい、バルモス様の仰せのままに・・・」
そう言うとポンポンは、ロックの方を向くと、手にしたサモンの杖を振りかざします。
ポカッ!ポカッ!
「あいた!なにすんだポンポン!」
見るとポンポンが、サモンの杖でロックの頭を叩きだしました。
それを見たシルヴィーが、慌ててポンポンを止めに入ります。
「ちょっと、ポンポン!」
「フレディア様、ポンポンがヘンなのよ!」
ポンポンを羽交い絞めしたシルヴィーが、フレディアに助けを求めましたが、何だかフレディアの様子もいつもと違うようです。
「ふわぁ?どうかしたの?」
フレディアは眠そうな顔でシルヴィーを見つめながら、一向に指示を出そうとしません。
「えっ?」
「フレディア様、どうしたのですか?!」
「ふわぁ?なにが~?」
「ごめんね~、誰かわたしの頭の中に話しかけて来て・・・」
「よくわかんないのよね・・・」
シルヴィーが戸惑っていると、監守達が一斉に階段を降りて、こちらへ向かって来ました。
「ロック!早くゴーレムを!!」
「よ、よし、分かった!」
ロックは急いでゴーレムの生成を始めましたが、なぜか周りの岩はピクリとも動きません。
「ええっ?!」
「なんで、動かないんだよ!?」
「ロック、早く!早く!」
シルヴィーが急かしますが、いくらロックが念じても、岩は微動だにしません。
「ごめん、シルヴィー!」
「ゴーレムを作れない!」
ロックは泣きそうな顔で、シルヴィーに謝ります。
「ええっ!?」
「わかったわ!じゃぁ、『おくびょう風』を発動するね!」
「頼む!」
「・・・・・・・・・」
「えっ?どうして?!」
「風が・・・」
シルヴィーの魔法も、まったく発動しなくなっていました。
ロックは剣を抜いて構えますが、50人の武装した監守に囲まれ、身動きが取れなくなっています。
そこへ監守長の男がやって来ました。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・」
「ネズミ共め、観念しろ!」
「ここはバルモス様の領域!貴様らネズミがあがこうとも、どうする事もできんのだ!」
「よし、捕らえろ!」
「あとで、じっくりと尋問してやろう!」
50人の監守に囲まれたフレディア達は、結局何も出来ずに捕らわれ、そのまま牢獄の中へ放り込まれてしまいました。
頼りのフレディアは、いぜん眠たそうな顔で呆けていますし、暴れるポンポンは周りの人に取り押さえられ、ぐるぐる巻きに縛られてしまっています。
切り札であった『おくびょう風』を発動出来なかったシルヴィーは、ガックリとうなだれていますし、一番頼りにされていたロックは、自分の無力さに打ちひしがれて、何やらブツブツと独り言を口ずさんでいます。
こうして捕らわれた4人は、一夜を監獄の中で過ごす事になりました。
・・・・その日、フレディアは夢を見ました。
今まで一度も見たことのない、不思議な夢でした。
温かい光があふれる中で、懐かしい声が聞こえてきたのです。
遠い、遠い、はるか昔に聞いたことのある、記憶の中の声でした。
「フレディア・・・」
「わたくしの愛おしいフレディア・・・」
「あなたの身体に流れる闇の力は、あなたの敵ではありません」
「どうか、その力を自分のものに・・・」
「愛しているわ、わたくしの可愛い娘・・・」
「・・・・・・・・」
フレディアの目から、涙が流れ落ちました。




