ep.127 人に仇名す者
パチッパチッパチパチッ。
深い森と深い闇。それを照らし出す焚火の暖かな光。炎が揺らめき、映し出される影が踊る。魔物でさえ寝静まる夜更けは、気温も下がり、肌に絡み付く空気に身体をぶるるっと震わせた。エンディス大陸北東部は、青の領域、永久凍土のクラッカ諸島が近いこともあり冷気が流れて込んでくる。赤の元素が乱れると、雪が降ることさえあった。
はぁぁっ、寒ッ……。
0時に火の番を交代したカミルは、冷えた身体を摩ることで体温を上げようとしていた。吐く息こそ白くはならないが、体感では10度前後の気温しかない。周りの木が防風林となり、その身に風が晒されないだけまだマシだろう。
周りを見渡せば、同様に震える同志が時間が過ぎるのを耐えている。この中には、初めて野営をするものもいるであろう。
初めて野営をしたのは、帝都に向かう時だったな。クヴァとハーバー先生と――聖なる焔の皆と一緒だった。半年前までは穏やかな日々を過ごせていたのに、今ではその面影もない。ハーバー先生は失踪し、リアは未来に取り残され、それが原因で聖なる焔とは関係性が崩れてしまっている。クヴァが相変わらずなのが救いだ。
夜ってのは、ネガティブなことばかり考えちまうな……。
一度、深呼吸をすると、そこで空気が淀んでいるのに気がついた。湿度の高いくぐもった臭いが鼻をつき、カミルは思わず立ち上がる。
視線が集まるも、そんなものを気にしていられる状態ではなかった。
この気色悪い感じ……。瘴気以外有り合えないッ。
― 我至るは光芒のその先 導くは聖なる陽光 ルイズ ―
圧縮魔力を介して、言の葉が眩い光を生み出していく。出力を上げたとはいえ、初級光属性魔法ルイズでは周囲を照らし出すことはできない。でも、学生達の目を覚まさせるのにはそれで十分だった。
静かに寝静まっていた学生達は、もぞもぞと動き出し、重たい眼で上半身を起こし始めた。
突然の奇行に、火の番をしていた男子学生の一人が、
「おい!!みんな寝てるってのに、何し―――」
言葉は最後まで続かなかった。彼にも見えたのだろう。森が作り上げた暗闇の中、赤く輝く一対の瞳を。
光量が足りない!?
赤く輝く瞳と、僅かに浮かび上がったシルエット、それだけしか姿を確認できていない。
咄嗟に左耳のイヤリングの力を引き出し、光の衣を纏っていく。日の光を放つことで、ようやくその姿を拝むことができた。
「ひぃッ!?大型の黒猿!?」
誰かの声が響いた。
姿が照らし出され、3mほどの大きさの黒い体毛の猿がゆっくりと歩いて来る。腕がやたらと長く、身長と大差がないほどだ。首の筋力が弱いのか、大きな頭を支えられずに常に前後左右に揺らいでいる。それでも、煌々と赤く輝く双眸が、魔族であるということを教えてくれる。
くそがッ。これだけ光を浴びせてるってのに、まだ起きやがらねぇやつがいやがる……。今あの魔族を近づけたら―――。
「駿動走駆」
黎架を抜き去り駆け出した。
その瞬間、魔族は大きく跳躍し、ガサガサガサッと枝葉を圧し折り上空へと消えていく。
跳び上がった角度を考えれば、狙いが未だに状況を把握できていない学生なのはバレバレなんだよッ!!
重心を下げ反転すると圧縮式の「駿動走駆」すぐに来た道を引き返した。
眩い光に照らされ目が覚めた。
火の番の指導を終えた後、3時間ほど睡眠を取り、深夜帯の子達の指導をする予定だった。
寝起きの回らない頭で周りを見渡すと、同じように起き抜けの学生達が状況もわからないまま、ぼーっとしながら身体を揺らしている。
バキバキバキバキッ!!
大きな物音に、ティナは頭上を見上げぎょっとした。
枝葉を突き破り、赤き瞳の大猿が迫っていたのだ。
咄嗟に地面から岩の柱を頭上に突き出させた。
ドガッ ベキベキベキッ ガシャーンッ!!
大猿が岩に触れた瞬間、岩は大きな音と共に砕け散っていく。その分、落下速度は落ち、学生達が逃げる時間は稼ぐことには成功した。
ギュルルッ ギュルルルッ
漏れ出る鳴き声が鳥肌を立たせ、ぐらつく頭が不気味に映った。悲鳴の一つも聞こえない。誰もが突然の出来事に身体を硬直させていた。
ティアは僅かに呆けるも、すぐに自分の成すことに全力を注ぐ。
「全員離れなさい!!相手は魔族よッ!!すぐに戦闘態勢をッ!!」
シュッ
何かが横を通り過ぎたと理解した瞬間、大猿の身体が大きくぐらついた。
カミル君!?
黎架が魔族の二の腕を斬りつけるも、断ち切るまでには至らない。
ちぃッ、筋肉の壁に阻まれたか。
「明かりを確保しろ!!視界を奪われたら一溜りもない!!」
わけもわからないまま、いくつもの光球が生み出され、辺りは一気に照らし出された。
腕に食い込んだ黎架を引き抜くと、魔族を蹴り飛び退いた。それと同時に、消耗の激しい光の衣を解除する。
「講義を思い出せ!!魔族の弱点は浄化の光だ!!ルストローアが使えるやつは魔族に放て!!一気に倒しきるッ!!」
カミルの言葉に、学生達は自分が成すことを理解した。
カミルもまた、圧縮魔力を込め「衝波斬」を放った。
あれがカミル君なの?明らかに戦い慣れしてる。一年以上前、初めて会った時は、武技も魔法もたどたどしい少年という印象だったのに。確かに、ちょっと変わった魔力の扱いをしていたけど、何をしたらここまでの変化が起こるっていうの……?
腰に差した細剣を引き抜くと、上級光属性魔法ルストローアの光弾を放った。
集中砲火を受けた大猿は、見る見る内に傷を負っていく。浄化の光に腕が吹き飛び、血飛沫が野営地を穢していく。
魔族と言えど、元は魔物に過ぎない。破壊衝動が優先するあまり、身を守るという行動が抜け落ちているのかもしれない。
あまりにあっさりし過ぎている……。なにか、これまでの魔族と違う気がする。
ティナの懸念を他所に、何をすることもなく大猿は動きを止め、ドスンッ!!大地へと転がった。
終わったの……?
「皆、近寄らないで」
学生をその場で待機させると、倒れた大猿へと近づいていく。そこで、異変を感じ取った。
傷付いた身体から何かが漏れ出してる……?
それは黒い気体だった。身体のあちこちから漏れ出し、周囲の空気を犯していく。
「だめだ!!ティナさん離れて!!」
「え?」
その瞬間、瘴気が噴き出し、視界は闇に呑まれていく。
悲鳴が上がる中、カミルはティナがいた場所へと駆け寄り手を伸ばした。スカッ、手は空ぶり空を切る。
いない!?
その直後、瘴気に魔法陣が展開される。
噴き出した瘴気を取り込み、倒れた魔族の身体は塵と化し魔法陣に吸収されていく。
おいおい、何が起きてやがるッ。
吸い込まれないように後ろに飛び退くと、黒の元素が満ちていく。元素は大猿の形を模り始め、それは姿を現した。
「羅刹!?」
大猿の魔族の姿をそのままに、目尻の少し上から伸びる2本の角が生えていた。右の角は隆々と逞しく生えているが、左の角は僅かに隆起した程度。だが、それ以上に目が行くのは腹部である。大きく膨らんだ腹の皮膚が透過し、その中にティナが捕らえられていた。
羅刹の首は大猿の姿を受け継いだ為か、安定せずぐらぐらと揺れている。手で頭を支えると、そこでしっくり来たのかカミルを見据えた。
「我らを知る人間がこの世におるとはな」
大猿の姿をした羅刹はニタァと笑みを零す。
「前に一度だけ戦ったことがあるんだよ」
「ほぅ」
羅刹は興味深そうにカミルを眺める。
「それは可笑しなことを言う。貴方の情報など、我らには刻まれていない。それは本当に我らだったんですかね?」
カミルが羅刹と遭遇したのは未来での話である。要塞都市ザントガルツでラルラタ・クワブシが、自らの命と引き換えに生み出した鬼だ。
確かに、瘴気、大猿の血肉、魔法陣が黒の元素を集めていた。羅刹が現れる条件は揃っていた。でも、魔法陣が現れたのは大猿の魔族が倒されてからだ。だとすれば、近くで魔法陣を展開し、黒の元素を集めた何者かがいるということになる。
「派手に顔面を蹴飛ばされたからな。そのせいで記憶が飛んじまったかもしれねぇな」
軽口を叩くカミルに、羅刹は愉快そうに笑みを浮かべる。
今回の羅刹は良く笑う……。ラルラタが生み出した羅刹は、表情が変わることなどなかったというのに。
「それはそれはお気の毒に。残念ながら我らにはそんな記録はありません。やはり勘違いということになりますね」
「本当に全が一なのか?逸れものがいた可能性があるんじゃないのか?」
カミルは会話を引き伸ばす。学生達が避難し、仲間が戦闘の準備ができるように。
「ふむ、我らという存在を知っているのは本当のようですね。逸れもの、そんなものが存在するのなら、私もお会いしてみたい。いれば、の話ですが。それはそうと、そんなに呑気にしてて大丈夫ですか?」
羅刹の視線が膨らんだ腹部へと下がった。
「今こうしている間にも、生気を吸い取らせていただいてますが」
「ちぃッ!?」
時間稼ぎが裏目に出た。
「お待たせ。腕に自信が無い者は下がらせました。それで、あいつはどう攻略すればいいのです?」
ファティとゼルが合流し、その後ろにはジュノアとミュゼもいる。
「あいつは魔性の存在。浄化の力が最も効果的だ。それと、見ての通り腹部にティナさんが捕らえられた。あの中に居る限り、生気が吸い取られていずれは……」
「死んでしまいますね」
明言するのを避けたというのに、羅刹は嬉々として言葉にした。
「姉様っ!?」
カミルを含め、仲間達の顔が歪む。
「良い顔です。もっと、もっと素敵な顔を見せてくださいよ」
ブゥンッ バキバキバキッ
無造作に横薙ぎされた3mほどの長い腕が木々を薙ぎ倒しながら迫ってきた。
「お前ら飛べッ!?」
後ろに飛び退きながら、初級風属性魔法エスタで身体を押し上げる。5mほどの高さを出しながら後方に身体が流れていくと、足の下を羅刹の腕が通り過ぎて行く。その後を追い、薙ぎ倒された木が雪崩れ込み、まともな足場が消え去った。
着地を決めると、即大地を踏みしめ駆け出した。
俺がやるべきは黒の元素を奪うこと。それさえできれば、羅刹の力を削ぐことができる。
黎架に圧縮魔力を込め、倒れた木々の上を飛び移りながら迫っていく。
背後から光弾が飛び、光に包まれた矢が飛んで行く。
羅刹はそれらを、迫って来る虫でも避けるように素早く躱す。
「そんな遠くからの攻撃が当たると思っているのですか?もっと近寄って来てくださいよ。私がそんなに怖いのですか?」
「こっちを舐めすぎだろ。翔破の雨ッ!!」
ジュノアの弓が空を向き矢が放たれた。弧を描き落下を始めると質量を持った影を生み出し、無数の矢の雨となり羅刹へと降り注ぐ。
「おお、怖い怖い」
長い腕が虫を払うように振るわれ、降り注ぐ矢は次々に叩き落とされていく。
今だッ!!
左手に握られた鞘を槍投げの要領で投げつける。
「あはぁ、鞘を投げるんですか?鞘を?刃が付いてないと傷もつけられませんよ?」
羅刹は動かなかった。躱すまでもない、そう判断したのだろう。
鞘が羅刹の胸に触れ、カミルの狙い通りに黒の元素を吸収し始めた。
「ん~ぅ?そんな芸当ができる代物なんですか」
羅刹の手が動き、黒の元素を吸い取る鞘を遠くに弾き飛ばした。だが、弾き飛ばされた鞘は磁石に吸い寄せられるように羅刹の下へと戻っていく。
「目障りですね」
バチンッ!!
両の掌が鞘を挟み込み、押し潰そうと圧迫を始めた。黒の元素が吸収されるリスクを取り、潰すことでその力を奪うという最短の攻略法を実行している。
ギシッギシッギシッ
軋む音を立てるも、鞘は潰れることがなかった。
羅刹に誤算があったとすれば、黎架の鞘は元素の剣に怨竜の鱗とニグル鉱石が加えられた、最上級の硬さを誇るという点だろう。
触れ続ける時間が長ければ長いほど、鞘は黒の元素を吸収していく。羅刹の力の根源は黒の元素だ。その力が奪われるということは、肉体そのものの弱体化を意味していた。
ガキィンッ ガキィンッ
羅刹の内側から細剣を突き刺すも刃は通らない。
これでも駄目か……。
羅刹は鬼である。その皮膚の強度は高く、並みの剣では傷つけることも困難だ。
宝石に魔力を流そうと試みるも、魔力がうまくまとまらない。集めようとすればするほど、魔力は拡散し、魔法が発動するには至らない。
こいつの腹の中は魔力を乱す力場ってとこかしら……。
ティナは途方に暮れた。外ではカミル達が奮闘しているものの、近づくことさえ困難な様子であり、この状況をティナ自身の力で打破する必要がある。
ただでさえ、羅刹が身体を動かす度に伝わる振動が集中力を削いでいるこの状況で、刃も通らず、魔法すら発動できない。身体から徐々に力が抜けいく感覚が襲う中、ティナは不安に圧し潰されそうになりながらも頭を働かせていた。
この際、殴ってみるのも一手かも知れない。
拳に力を入れ、細い腕でドンッ!!殴りつけた。
当然、その程度で鬼の身体を突き破ることはできないが、時を同じくして黎架の鞘が黒の元素を奪っていた。その拍子に魔力が操りやすくなる。
あれ?殴れば魔力を阻害する力場が乱れるの?
ティナは今日一番の黒い笑みを浮かべた。
なら、ひたすら殴るしかないじゃないのッ!!
細剣を鞘に収めると、ボクサーがサンドバックに連打するが如く、ティナの拳が火を噴いた。左右から交互に打ち出される拳に合わせて「おらおらおらおらッ!!」普段聞けないような激しい口調が腹の中で木霊する。
その動きに呼応するように、黎架の鞘は黒の元素を奪い続けた。
魔力が、集まる!?今ならいけるッ!!
宝石に魔力が集まり、魔法陣を介して上級光属性魔法ルストローアが発動する。浄化の光が溢れ出し、腹の中から羅刹の肉体を蝕み始めた。
「ぐぅッ!?」
突然、羅刹が苦しみ出した。
なんだ!?何が起こってる……?
戸惑いながらも好機にカミルは羅刹へと肉薄していく。そこで目にしたのは、内側から溢れる光。
そうか、ティナさんが内側から攻撃を加えていたのか!!
その努力を無駄にしまいと、黎架を振りかざす。
周囲の赤の元素が刃に纏わり付いていき、圧縮魔力と交わった。
「炎陣裂破!!」
黎架が振り下ろされた。肩口を斬り裂き、膨らんだ腹部を斬り裂いていくも、内部まで刃が届いていない。そこに、圧縮魔力の供給を受けた赤の元素が焔を灯していく。炎は業火と成り、羅刹の皮膚を、肉を焼き落し、ついには腹に大穴が開いた。
「ぐがッ……ぐぁっ「あっち、あっちぃ、あっつぃ!?焼けるっ!?焼けちゃうッ!?!?」」
羅刹の呻き声を塗りつぶすほどの大きな喚き声が辺りを包んでいく。
業火に塗れながら、腹の中からティナが飛び出し、地面を転がり回っている。
「姉様!?」
慌てたファティが中級水属性魔法アプラースで、衣服に引火した炎を消し去った。
ティナが脱出したのを確認し「纏!!」一気に勝負を仕掛けるべく全身の筋力を強化する。
「うぉぉぉらぁぁぁぁぁぁああッ!!!!」
刃が煌めき横薙ぎされた黎架が腹を更に斬り裂いた。羅刹に触れた刃が黒の元素を奪うと、刀身は砲金色から黒に染まっていく。
羅刹は苦しみながらも膝を突き出した。
だが、膝がカミルを捉えることはなかった。
反撃が来る直前、すでにカミルは飛び退いていたのだ。
数秒先の未来を見据える右目の心技、創希の力が羅刹の反撃を視せていた。
この右目の力があれば、羅刹を凌駕できる!!
着地を決めると、ガクンと膝が崩れた。
「うぉ!?」
体勢を崩し前のめりになるも、左手で身体を支えることで転倒することはなかった。
蹴り出した羅刹の足が大地を踏みしめる。
その瞬間だった。
羅刹から闇が広がり空間を侵食していく。
「光無き世界で苦しみなさいッ!!」
この闇、ズフィルードかッ!?
羅刹から生み出された闇を、右目は視せてはくれなかった。
このままじゃ、ファティもティナさんも呑まれちまう……。体力的に心許ないが―――。
左耳のイヤリングから日ノ神の力を発動させた。光がカミルを覆い鳳凰型の衣と化す。それと同時に身体がズンッと重たく気怠くなるのを感じた。それでも必死に二人の下へと駆けて行く。
「手を掴めッ!!」
差し出す左手に、わけもわからないまま二人はカミルの手に触れる。
その直後、辺りは闇に包まれた。
「好き勝手やってくれましたね。でも、もうおしまいです。闇の中で蝕まれ、その命を捧げなさい」
闇の外から羅刹の声が響いてくる。
「これって、上級闇属性魔法ズフィルードよね?何で私達無事なの?」
事態を理解できぬティナが呟いた。
ズフィルードは肉体を、精神を蝕み、闇に触れ続ければやがては死に至る。瞬間的な威力は高くないが、確実に破滅に導く黒の力である。
「説明は後でする。闇が晴れたら、魔力を可能な限り込めたルストローアを羅刹に放ってくれ。ファティもだ」
「「わかったわ」」
カミルの真剣な眼差しを見て、二人は素直に頷き提案を受け入れた。
「悪いが、力を使い過ぎてもう動けん。二人が頼みの綱だ」
「女に縋るなんて、ずいぶん情けないことを言うようになりましたね」
ファティは軽口を叩くも、笑みを浮かべていた。誰かに頼られるというのは、悪い気はしない。それが惚れた男の言葉なら尚更である。
「まともに戦ってもないやつが言える言葉かよ」
「誰にでも初めてはあるものですよ。角付と戦うなんて思ってもいませんでしたし」
「まあ、いいさ。絶対に決めろよ。でないと、被害が広がっちまう」
「あら?私を誰だと思っているのかしら?」
口角を僅かに釣り上げ、不敵に笑う。その瞳は力強く自信に満ちている。
「そうだな、ファティお嬢様はいつだって自信家だったな」
カミルもまた、ファティと似た笑みを浮かべると、黒の力が霧散していくのを感じ取る。
それは二人も同じようで、表情が一気に引き締まった。
「二人とも、頼んだぜッ!!」
「任せといてッ!!」「討ち取って見せますよ」
アロシュタット姉妹は細剣を前方に突き出すと、魔力を宝石に流し込んでいく。
闇が霧散し、羅刹と再び対峙する。
「撃てぇぇぇッ!!!!」
カミルの声で、二つの浄化の光は光弾と化し羅刹に向かって放たれた。
弱り切っている、そう油断していた羅刹は、魔法に反応することができなかった。迫り来る光弾が羅刹を包み込み、肉体を浄化し塵と成り霧散していく。
「面白い能力ですね。でも、その力……、確かに記録に刻みましたよ」
消え去る直前、羅刹の言葉が耳に届いた。再び見えることがないことを祈るばかりである。
「言ったとおりでしょう?貴方がいない半年の間に、私も成長しているのですよ」
その表情は、ふてぶてしいほどに自信に満ちていた。だがその傲慢ささえも、彼女の凛々しい姿を穢すことはできていない。自信と実力を兼ね備えた麗人、それがファティマール・アロシュタットなのだから。
「どうでもいいけど、そろそろ手を放してもらえる?さすがに手を上げ続けるのもつらいんだ」
「「あっ」」
そそくさと手を引っ込める姿が瓜二つで、少し微笑ましくもあった。
羅刹が消え去った後、野営地は悲惨な状況だった。焚火をしていた薪は吹き飛ばされ、倒された樹木がまともに横になれる空間を埋め尽くしていた。
魔族の襲撃の後ともあり、深夜の時間帯であれ、ここで寝ようとするものなど皆無だった。一人を除いては―――。
「良くもまあこんな状況で寝れるわね」
ミュゼがカミルの寝顔を眺め頬を突いた。
「ほら、ちょっかい出さないでください。角付との戦闘で力を使い果たしてしまっただけです」
カミルの顔を守るように、ミュゼの指をファティは手で制した。あの光の衣は、それほどまでに消耗が激しいものなのだろうか?
羅刹の消滅を確認した後、カミルはその場に崩れるように眠りこけてしまったのだ。
「火の番をしていたにしても、なんでこいつは魔族の接近に一早く気がついたんだ?」
ジュノアの疑問は最もだった。感知が得意な魔導師なら気づくこともできただろう。でも、カミルはお世辞にも魔法の――元素の適正は高くない。であるなら、彼はどうやって気付いたのか。それは単純なこと。場数を踏み、魔族といった瘴気に対する感覚が鋭くなっていたのだろう。未来の世界では、魔族と呼ばれる存在はいなかったみたいだけど、代わりに鬼という瘴気に塗れた脅威が存在していたらしい。その鬼と呼ばれた存在と死闘を繰り返すことで、嫌でも嗅覚が鍛えられたのだと私は考えている。
「学園に現れた角付とも、こいつは戦ったらしいし、臭いなんじゃなーい?」
ミュゼはカミルをあまり快く思っていない節がある。というよりも、自分と合わない人には皆そんな感じで扱っているのかもしれない。
「なんでもいいじゃねーか。カミルのお陰で被害が広がらなかった。それだけわかってれば十分だろ」
ゼルは相変わらずカミルの擁護をする。入学直後からそんな素振りが見られた。気の置けない仲なのだと理解しているつもり。男の友情、そんなものがあるなら、二人の関係性がそうなのかもしれないわね。
「これだからBクラスに上がるのも遅いんだ。物事には必ず原因がある。そこを突き詰めないでどうする?また同じ過ちを繰り返すのか?」
ジュノアの鋭い視線がゼルを射抜いた。
「そうじゃねーっての。今は戦いが終わった直後なんだ。少し落ち着く時間が欲しいんだよ」
「そうしている内に現象の痕跡が消えてもいいのか?疲れているのは百も承知だ。それを押してでも原因を探るのが、騎士を目指す者の務めだろうが」
あぁ、そうか。ジュノアは周りに厳しい意見を言うけど、それは自分自身にも課しているんだ。規律を重んじる騎士に向いているのかもしれない。
「……わかったよ」
ゼルが折れる形でカミルがなぜ魔族に気付いたのか、議論は深まる。
あーだこーだと可能性について意見は出たけど、結論としては魔族が放つ瘴気が大気に干渉することで魔族の臭いを嗅ぎ分けたとされた。ジュノアは「次に魔族と接触する時にでも試してみるか」そう言う姿は、素直に尊敬するに値するのだろう。
私も子爵の娘としてザントガルツを守っていくのだから、ジュノアのようなモノの考え方をするべきなのかもしれない。
魔族の襲来を乗り越え、新しい朝がやってきた。日の光が、一睡もできなかった学生達には眩しく映るも、それ以上に安心というものを感じていた。暖かな光は人の心を解きほぐす。本当の意味で深夜から続く緊張感が溶けたのは、何時間も経った今なのかもしれない。
ペチンッ!!
顔を揺さぶる衝撃に「ふへ?」気の抜けた声を上げカミルは目覚めた。
「いい加減に起きなさい。もうじき出発しますよ」
目に飛び込んで来たのは、少し不安げに眉尻が下がったファティの姿だった。
頬がジンジンと痛む。さっきの衝撃は、どうやら頬を叩かれたものらしい。ゆっくり身体を起こせば、周りはすでに出発の準備を済ませている。
「あれ?もしかして寝坊した……?」
「いーや、時間には遅れてねーよ。飯の時間を過ぎても起きて来ないから、文字通り叩き起こされたんだよ」
ゼルが「寝坊助め」と揶揄って来るけど、身体が重く、それに構う元気はまだない。
「早く準備なさい。あと15分後には出発ですからね」
周りの学生からの視線が妙に集まってる気がするが、とりあえず準備しないと。
「そうそう。帰ったら羅刹についての報告を行う義務がありますからね?情報は整理しとくのよ?」
「お、おぅ?」
起き抜けに気の重くなる話はやめてくれ……。
手早く身支度を済ませると、野営地を発つのであった。




