ep.128 狂乱
ドカンッ ドカッドカッ ドカーンッ
幾つもの破裂音が草原に響き、大きなモグラのような魔物の腕や脚、首を吹き飛ばしていく。頭と四肢を失った胴体に残されたのは尾のみである。血を垂れ流し、ダルマのように草の上に転がった。
「ふんっ」
魔物を倒したというのに、男は面倒くさそうに鼻で笑うと、抜身の刃を鞘へと納めた。
彼は不機嫌だった。数週間前に大勢の前で打ち負かされ、雪辱の機会を得られないまま都市外戦闘訓練に参加する羽目になったからだ。この訓練は五人一組の臨時パーティーを組むものだが、一学年まとめて行われたことにより、彼の所属するSクラスと下位クラスの学生達が入り交じっている。当然その中には、彼が負けた姿を見ているものもおり、陰で密かに笑われていた。
それもこれもすべてはカミル・クレストのせいだ。あいつさえ現れなければ、三下の下位クラスのクソ共に馬鹿にされずに済んだものをッ。
モーガン・ザレッソォの拳が怒りにプルプルと震えていた。
だが、それも今日までだ。もうじき汚名返上の機会は訪れる。なんせ、これから始まる訓練は―――。
「なんか、昨夜の一件があったせいか、魔物に奇襲されても脅威に感じねーな」
森の中の街道を歩くゼルは、退屈そうに後頭部で指を組みどこか集中力を欠いていた。
「あんなことが頻繁に起きてたら、帝国内は大慌てだろうが。そうならないように、日夜騎士達が奮闘していることを忘れるな」
軽口を叩いたゼルに、ジュノアが諭すように注意する。
「そう言うジュノアさんはよぉ、騎士を目指してるくせに何でまた弓なんかを選んだんだ?」
「弓なんか、だとッ?」
何気ない言葉だったが、ジュノアにとって弓は誇りそのものであり、それを貶されたと受け取ると怒りを顕わにする。
「弓がどれだけ重要な役割を担うかもわからんヤツが、見下す言葉を吐くなッ」
「いや……、悪かったよ。言葉を間違えた、すまねえ」
フンッと鼻を鳴らすも、それ以上の追及はしなかった。すぐ素直に謝ったことで、ゼルに悪気がなかったことが伝わったのだろう。
「それで、弓を選んだ理由は?多くは剣を選ぶんだ、何か理由があるんだろ?」
懲りずに聞く辺り、図太いのか、自分に正直なのか。
「お前の言う通り、多くの騎士は剣を握る。俺の父もその一人だ」
「なおさら意味わかんねーよ。親父さんが剣の道を進んでんのに、何でまた?」
「率直に言えば、俺に剣の才がなかったからだ。父は剣で武功を重ね、もう一息で部隊長まで昇格するだろう。まさか、その息子に才が引き継がれないなんて、誰も夢にも思ってなかったさ。俺はその事実を受け入れられなかった。だから、寝る間も惜しんで剣を振り、人一倍努力を積み重ねたつもりだ。それでも、同年代の連中には及ばなかったのさ」
語られる内容に、ゼルは気まずそうにしているが、ジュノアの言葉が途切れることはない。
「たまたま父への所用で家に来ていた騎士の一人が、落ち込む俺に言葉を掛けてくれた。『何を落ち込む必要がある。お前は不得手な剣をそこまで使いこなせるようになったじゃないか。努力を継続できる才能がある。だから、頑張る方向性を間違えるな。確かに、剣の才は凡人なのかもしれない。それでも、お前に合った武器が見つかるはずだ。剣に拘らず、いろんな武器を触ってみろ』そんな言葉を貰ったのさ。自分でも剣の才がないことを認め始めていたこともあって、父に尋ねてみたんだよ。あの騎士はどんな武器を使ってるの?ってな」
懐かしむように語るジュノアの表情は穏やかだった。彼と会って以来、ここまで柔らかな雰囲気になったのは初めてかもしれない。
「それが弓だったってわけか?」
「その通りだ。単純なヤツだろ?優しい言葉を掛けられた相手の武器を、いとも容易く手に取るんだから。ま、お陰で本当の自分の才に気付けたんだ、感謝の念しかないよ」
ジュノアの言葉に、『人生ってのは巡り合わせ』シクロッサが語った言葉が蘇った。彼もまた、出会った人に感化され、自分の道を見つけた一人だ。シクロッサの言葉もあながち間違いじゃないのかもしれない。人は出会った人、共に過ごす人の影響を受け変化する。だから、出会った人々に感謝すべきなのかもしれない。良い影響も、悪い影響も、自分の成長を促すものなのだから。
「良い人に巡り合えたんだな。良かったじゃねーか。その騎士、まだ現役なのか?」
「帝国最強の射手を称されているバルガス・エミレーツだよ」
「マジかよ!?お前、そんな人と知り合いなのか!?」
バルガスの名を聞いた途端、ゼルの興奮し瞳を煌々と輝かせた。
「俺、というより、父のだな。その恩恵を受けただけだ」
「え?誰?」
咄嗟に零れた言葉に「「ぁ゙ぁ゙ッ?」ゼルとジュノアの鋭い眼光が突き刺さる。
それから森を突破する間、バルガス・エミレーツがどれだけすごい人物なのかを、永遠と語られ続けた。
「来たぞ。配置につけ」
エジカロス大森林から伸びる街道付近に、怪しい集団が身を隠すように展開している。その手には、剣や弓などの武装が握られ、戦闘態勢に入っていた。
森から徒歩で出てくる集団が見え始め、それを合図に支援魔法が掛けられていく。
「行くぞッ!!駿動走駆!!」
「「「「「「駿動走駆!!」」」」」」
一団は武技を発動させ、素早く奇襲を仕掛けに動いた。
森を出た瞬間、それは起こった。
左右から発せられる気勢に、一気に場の空気が張り詰める。
「敵襲だッ!!守りを固めろ!!」
誰かの声が木霊する。
死角となっていた左右の木々から武装した集団が学生達へ奇襲を仕掛けてきた。
「ちょっと待って!?なんで……?なんでこの都市外戦闘訓練に参加してる学生が襲ってくるのよ!?」
理解できない状況に、ミュゼは叫び身体を強張らせた。
その間にも50m先まで接近され、色取り取りの魔法が降り注ぐ。
10m先の地面が隆起し、大きな一塊の岩の壁が形成された。
「ミュゼ!!考えるのは後ッ!!応戦して!!」
ファティの叫びに、強張ったミュゼの身体が動き出す。
「すまない」
ミュゼの手が剣を引き抜いた。
轟ッ!!!!衝撃音が鳴り響き、魔法の雨が岩の壁にぶち当たる。激しくぶつかる魔法の一発一発が重く、容易く岩の壁を突き抜け学生達に襲い掛かった。
「一旦引くぞ!!木を盾にして立ち回れ!!」
ジュノアの指揮でカミル達のパーティーは森の中へと戻っていく。
こんな展開なんて想定などしていない。講師を務めるティナの姿がいつの間にか無く、全体を指揮するものがいない。各パーティーが各個応戦する形を取らざるを得なかった。カミル達以外にも森の中へと退避するパーティーもいれば、その場に留まり応戦するパーティーもいる。己が決断を信じ、人と人との戦いが本格的に始まろうとしていた。
カミルは事の成り行きを見守っていたが、奇襲してきた学生達に違和感を覚えていた。
彼らは確かに俺達を襲いに来ている。でも、殺気が感じられないのだ。
カミルは命を賭けたやり取りを経験している。だからこそ、微妙な感覚の違いを察知することができた。
考えられるのは、この奇襲そのものが訓練の延長線上にあるということ。それなら、ティナが姿を消したのも納得ができる。そう考えた瞬間、迷わず前へと踏み出していた。
「おい、カミル!?何やってやがる!!」
ゼルが隠れるように促すも、カミルはあえて留まり続ける。
「俺が囮になる!!出張って来たところを奇襲し返してやれ!!」
森の外に残ったパーティーを突破してきたのか、五人組が森の中へと侵入してきている。その中に、見知った顔があった。
「会いたかったぜ、カミル・クレストぉぉぉおッ!!!!」
パーティーを率いていたのは、目が血走ったモーガン・ザレッソォだった。
「駿動走駆」
脚に風を纏い森の中へと駆け出した。一定の距離を保ち、モーガンパーティーを森の中へと引き入れる。
木の陰に姿を隠し、そっとモーガン達の姿を覗き見る。
真っすぐカミルを目指して進んでるいるようですね。
「ゼル、私の魔法を合図に仕掛けて攪乱して。その隙に敵の数を減らすわ」
個々に木に隠れた為に、大きな声を出さずに連携が取れるのはゼルだけであった。
「了解した。まずは取り巻きを減らす。当てにしてるぜ、ファティマールお嬢様」
「ふんっ、あとで覚えてらっしゃい」
こんな時までチャラけるなんて、ゼルも大概図太い。でも、だからこそ頼りになる。仲間がいるのって、いいものね。
自然と口角が上がっていた。
ファティはかつて周りから浮いていた。それは、彼女自身が自分さえ強ければ状況を打破できるという自信から来るものだった。恵まれた元素の適正を持ち、それに見合った鍛錬を続けてきたつもりだった。その考えを改めたのは、昨年度の都市外戦闘訓練の時である。奇しくも、去年もまた腕の長い魔族に襲われ、引率していたエルンスト・ハーバー先生が致命的な被害を受けていた。元騎士団長である先生でも叶わない魔族に立ち向かうには、連携してことに当たる必要があった。その時感じた高揚感、魔族を倒しきった達成感は、他では味わえないほどに強く心を刻み込まれている。もちろん、一人で対処できるならそれで構わないと思う。でも、誰かの力を頼ればより良い結果が得られる。苦楽を共にする仲間を―――。
モーガンが横を駆けて行き、僅かに遅れて仲間が駆けて来る。
今よ!!
その瞬間、細剣をモーガンの仲間に指し示し、ファティの周りに4本の岩の槍が形成され撃ち出された。
「駿動走駆」
それと同時にゼルが飛び出した。
元素の反応に気付いたのか、仲間の一人が「なんだ!?」迫り来る岩の槍に気付くも、ドゴンッ!!ドゴンッ!!ドゴンッ!!ドゴンッ!!彼らの進むべく未知の先に着弾し、モーガンと分断することに成功した。
「突牙絶破刃ッ!!」
ゼルの刃が魔力の光を帯びる。巻き上がる土埃が広がる直前、助走をつけた鋭い突きが剣を握る男子学生の左肩の付け根を穿つ。
「ぎゃぁッ!?」
衝撃に男子学生の身体が後ろに流れるも、ゼルの刃は留まらず、突き刺したまま真下に向かって斬り下ろされた。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!?!?」
絶叫が響いた。仲間がゼルに刃を向けるも、広がる土煙によって視界は遮られ、その隙をついてゼルは一度離脱する。
その直後、風が巻き起こり、視界を奪っていた土煙が拡散していく。モーガンの仲間の女子学生の魔導師が発動させたものだった。敵の数が把握できない状況でまともに移動できなくなるのは、死と隣り合わせにいるようなものだ。攻撃が飛んできた以上、ファティ達が彼らの位置を把握しているのは明白だ。その場に留まれば、魔法の雨に撃たれて甚大な被害を受けていただろう。
だが、ファティはその行動さえも予測している。だからこそ、視界が晴れるその瞬間を待っていたのだ。
「なるほど、そういうことか」
ジュノアは迷わず矢を番え、敵に向かって弓を構えた。
「ミュゼ、あいつらはここでモーガン以外を戦闘不能まで追い込むつもりらしい。お前も行け」
ギッギギギッ。弓幹がしなり、弓を引き絞ると「迅牙」矢に風を纏わせ放たれた。
風が矢を導き、魔導師の女子の剣を握る腕に直撃する。細い腕に僅かについた筋肉を狙い撃ち、矢は落ちることなく魔導師の腕に突き刺さっている。痛みのせいか、衝撃のせいか、彼女は握った剣を地面に落としてしまっている。
「どうした?ビビっちまったのか?」
立ち尽くしているミュゼに問いかけるも、
「いや、私の出番は無さそうなんだ、ほら」
ミュゼが指し示す先には、すでにゼルが一撃離脱を繰り返し、敵陣営を翻弄していた。その上、上空に無数の元素の反応があるのを感じ取れば、嫌でも次に何が起きるのか予想できる。
「今近寄るのは最善じゃない。ま、お手並み拝見ってところだね」
二人はどんな結末が訪れるのか、遠くから静観している。
「うぉぉぉらぁぁッ!!」
ゼルが振り払った剣が女子学生の剣士の剣を吹き飛ばし、まともに武器を振るえるのはあと一人となった。
ここで潮時か。
「駿動走駆」
身体を反転させ、全力で敵陣営から距離を取る。
「逃がすかッ!!」
背後から男子学生の声が聞こえた。
意識をこっちに集中させ過ぎだ、ばーか。
ちらりと背後を見てやれば、それはかつてのCクラスの学友だった。仲間をおいて追いかけて来る辺り、一矢報いたいのだろうが、それが意味するのは―――。
ガサガサガサ。
頭上で響く怪しい音に、傷を負った学生達は上を向く。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」「う、うわぁぁぁぁぁああっ!?」
枝葉を揺らし空から無数の岩の槍が落ちて来た。咄嗟の行動も取れないまま、彼らの周囲に岩の槍が降り注ぐ。その槍は、完全に制御されており、ひとつとして学生達に直撃はしていない。地面に激突し、砕け、霧散していく。
ファティもえげつねーことしやがるぜ……。制御を間違えたら確実に死人が出ているぞ……。
強力な魔法を放とうとも、完全に制御し、怪我人を出さずに心を折り制圧できるという、ファティの魔法に対する自信の表れだった。
それに対して自分はどうなのか、比べるまでもなかった。肩を貫き斬り裂いた。制圧するだけなら、そこまでしなくとも可能だろう。だけど、器用に剣や手首を狙うことができていない。技の練度が足りていなかった。女子学生の剣を弾き飛ばしたのは偶然の産物だ。剣を攻撃したところに合わせただけなのだから。
もっと精進しないとな。
追って来る学友の口がきつく結ばれた。
「クソがッ……。せめてお前だけは!!衝波斬!!」
振り切られた剣から魔力の斬撃が飛び出した。距離を考えれば躱し、反撃を加えることは容易だろう。だが、ファティの攻め方を見たらそれで満足できるものじゃない。ゼルなりのやり方で場を収めなければ納得できなくなっていた。
脚の動きを止め、身体を屈ませ地面の上を滑りながら身体を反転させると「衝波斬」ゼルもまた魔力の斬撃を放った。
魔力の規模も、飛んで行く速度もほぼ同等。これなら相殺できるだろう。あとは、心を圧し折るのみだ。
魔力の斬撃同士がぶつかり合い、お互いを食い破り霧散して消える。
「纏!!」
魔力を振り絞り、全身の筋力を強化する。
今の俺にやれるのは、毎日の鍛錬で磨いてきたこの肉体だ。腕力と頑丈さなら当たり負けるヤツなんてそうはいない。
武技に後押しされた筋肉は盛り上がり、筋肉が一回り膨らんだ。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!!!」
ゼルよりも早く相手の剣が上段から降って来る。
迫り来る刃を前に、ゼルは怯まず更に一歩踏み込んだ。
ザシュッ
刃がゼルの顔の真横を通過し、肩を斬りつけた。だが、一歩前へ踏み込んだことにより、剣を振り抜かせず筋肉の鎧が刃を受け止めていた。
だらりと血が垂れる。強靭な筋肉であろうとも、刃を突き立てられれば傷を負う。傷が軽いか、重いかの違いでしかない。
その光景に、相手の顔に笑みが零れた。
「なに笑ってんだ?」
「え?」
傷を負ったゼルは微動だにしない。
「これで仕舞いだ。痛みに耐える覚悟を決めろ」
言葉が終わると同時に、ブゥゥゥンッ!!空を裂く物音と共にゼルの剣が相手の脇腹を叩きつけた。ゼルが出した答えは、剣の腹で叩きつけるというものだった。刃であれば、当にお前は死んでいる、そう言いたいが為の気取った行いだ。
「ぐぁッ!?」
剣を振り下ろすのに上がったままの腕で防ぐこともできず、もろに脇腹を強打され息が詰まった。僅かに遅れて来るジィィィィンと骨を駆け巡る痛みに、相手は地面に転がり悶え苦しむ。
相手がゼルのメッセージに気付くかは謎だが、戦闘不能にまで追いやったのは確かだった。
あとはモーガンただ一人。
ファティに顔を向け「カミルの後を追うぞ」そう声を掛けるつもりだった。だが、ゼルは言葉を呑み込まざるを得なかった。
ドォンッ!!ドォンッ!!ドォンッ!!ドォンッ!!
唐突に響き渡る衝撃音に、ジュノア、ミュゼが追い立てられていたのだ。
「ちぃッ!!森林破壊もお構いなしかよッ!!」
ミュゼを先に逃がし、その後を追いかけるように逃げている。水弾と岩弾が交互に撃ち込まれ、森の奥へと駆けざるを得なくなってしまった。
「あははははははははははははっ、ほぉら逃げなさぁ~い。でないと、潰れちゃうぞ♪」
高笑いを響かせ、そいつは姿を現した。
膝下まで伸びる藍鉄色の超ロングのストレートヘアを靡かせ、悠々と大地を踏みしめ歩いている。魔法を撃ち出す度に、目に届きそうな前髪がふわりと舞い上がり、その異質な瞳を覗かせた。右目は黒い瞳だが、左目が浅葱色をしたオッドアイ。キレ長の目で逃げる獲物を捉え、無手のまま魔法を乱打する。
青と黄の弾丸が木々を撃ち抜き、森を破壊していく。一発たりとも当たっていないのは、彼女に当てる気がないからだ。それでも森が破壊されれば木が倒れ、下敷きになれば下手をすれば死んでしまう。ジュノア達は必死に足を動かし奥へと逃れる。
「なんであのアレクシア・リリアントがこんなとこにいるのよ!?別のグループでしょ!?」
「俺が知るわけねーだろうがッ!!そもそも、あいつの思考についていけるやつなんて存在しない!!」
ドゴォンッ!!ドガァンッ!!
破壊音は次第にでかくなる。
「おいおいおいおいおい……。火力を上げて来やがった!?急げっ!!」
二人は必死に駆け抜ける。視界の先には、ファティマールとゼルの姿がある。彼女らもアレクシアの存在に気付き、逃げ出した口だろう。今だけは、先行して逃げる二人の姿が羨ましかった。
背後から莫迦でかい音が響いてやがる……。ゼル達、派手に暴れ回ってんな。
音がかなり後方から聞こえ、モーガンと1対1の状況になったことを悟り、カミルは足を止めていく。
「ようやく観念したようだなぁ、カミル・クレスト」
着かず離れずの距離感だったモーガンもまた、その足を止めている。
「なんでそんなにしつこいんだ。相手なら他にもたくさんいただろうに」
睨みつけるも、モーガンは鼻で笑い見下す態度で語り出す。
「あんな雑魚共に興味はない。俺が用があるのは、勝ち逃げを続ける貴様だぁぁぁッ!!」
モーガンの目は完全にキマっていた。顔の血管は浮き出し、ピクピクと跳ねている。
「ちょっと揉め事があったんだ。不可抗力ってやつだよ。そんなちっさいことを気にすんなよ、器がちっせぇな」
モーガンの手が動く。握られた豪奢な剣がカミルを指し示すと、3本の炎の槍が形成される。
「巫山戯たことを抜かすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!!!!」
炎の槍が飛び出した。轟ッ、轟ッ、と燃え盛る音を立てまっすぐカミルの頭に襲い掛かる。
「森の中で炎なんて使ってんじゃねぇぇッ!!」
圧縮魔力で中級水属性魔法アプラースの水壁で炎の槍を受け止める。
再度、圧縮魔力でアプラースを発動させると、水を圧縮し、モーガンへと撃ち返す。爆発的な加速を見せる水弾が、モーガンの胸を撃ち抜いた、はずだった。直撃を食らったはずのモーガンは、体勢を崩さないどころか、激高する感情を向き出したままの表情に変化が見られない。
効いてない……?
「温い、温いぞッ、カミル・クレストォォッ!!!!」
モーガンの剣に炎が灯り、カミルに向かって駆け出した。間合いを詰め、炎が弧を描き頭上から振り下ろされた。
「聞かん坊がッ!!」
初級水属性魔法スプラで脚に水を纏い、剣の腹を蹴り飛ばしそのまま反転、後ろ回し蹴りがモーガンの左肩を打ち抜いた。
「ぐぉぉッ!?」
モーガンがよろけ、体勢を崩した。
決め切るッ!!
黎架を振り上げ、首元目掛けて振り下ろそうとした瞬間だった。
「カミルッ!!!!逃げろぉぉぉぉぉおッ!!!!!!」
ゼルの叫びが森へと響いた。
ゼルとファティが駆け抜けていく。
「なんだ!?」
「いいから逃げやがれッ!!!!」
ミュゼとジュノアまでもが駆け抜けていく。
その直後、青と黄の弾丸の嵐が猛威を振るう。
ドゴォォンッ!!ドガァァンッ!!
木を砕き、大地を削る大出力の魔法がカミルの横を掠め飛んで行く。
反射的に首を振れば、視界いっぱいに広がる魔法の嵐が飛び込んでくる。
咄嗟に左耳のイヤリングから光の衣を生み出し魔法を無力化すると、この状況を生み出す人物の姿が見えて来た。
あれは……、誰だ?
カミルは知らなかった。入学して以来Cクラスであり、半年もの間学園にいなかったせいで、彼女を見かけたことがなかったのだ。
学園始まって以来の鬼才。六色の元素に愛され、傲慢なその振る舞いも相俟って、付いた渾名は『元素の王』。本来ならば学年主席であった者。Sクラスに所属する女子学生、彼女の名はアレクシア・リリアント。学園一の実力者であり、帝国随一の魔導師である。




