ep.126 都市外戦闘訓練、再び
「あの雲、なんかショーツみたいだな」
大の字に寝転がり見上げた空には、綺麗な逆三角形をした白い雲が浮かんでいた。咄嗟に思い浮かんだのが女性ものの下着だった。煩悩に塗れているわけじゃない。単純に連想されるものが他になかったのだ。
確かに、最近は女性のそういった類のものを見てはいない。貞操の危機はあったものの、そういった気分にはなれない。
聖なる焔との接触から2週間が経ち、平日の昼間だというのに、カミルは学園をさぼってアルフの南西にある岬まで来ている。
シクロッサからの報酬の受け取りでギルドまで行ったついでに、薬草採取の依頼を受けたのだ。
あれから学園に一度も登校していない。傷はシンジョウ先生に完治させてもらい、数日横になっていたことで私生活には支障が出なくなっている。ただ、何もしたくない。無気力状態が続いていた。今日も無理してギルドまで行ったに過ぎない。アルフの外に出たら気分が晴れるのでは?と久々に身体を動かしている。
受けた薬草採取の依頼も慣れたものですぐに集めきってしまった。
「これからどうするか……」
日はまだ空を登りきっておらず、正午すら回っていないだろう。アルフに戻って、午後からでも講義に参加するべきなんだろうな。このままだと、ずるずると行き辛くなって不登校になっちまう。
思ったが吉日。反動をつけて上半身を起こすと、ゆっくりと立ち上がった。
これが五月病ってやつか?
どうでも良いことが頭をよぎり、苦笑した。
廉はいじめにあったって登校してたってのにな。それに比べて俺ってやつは……。
バチンッ!!両手で頬を思いっきり叩くと、気合を入れ直しアルフへと歩き出した。
ギルドで清算をしていると、
「今度のセルヴィナ学園の都市外戦闘訓練に同行するの誰だか知ってるか?」
「わざわざ話題を振るってことは、結構有名なとこ?」
「あぁ、それ、俺も聞いたわ。何でも、燿光の兆しが来るらしいぜ」
「まじかよ!?去年は技能講習に聖なる焔が来たんだろ?実力派の冒険者パーティーが来てくれるなんて、羨ましいぜ」
「俺達の時なんか、駆け出しの冒険者か、中堅のおっさん騎士だったもんな」
「なんでも、ティナリーゼ・アロシュタットの妹が在学中だとかで、そのお陰らしい」
どうやら、ファティの縁で燿光の兆しが来るらしい。懐かしい名前に、少しだけ学園へ行く気を後押ししてくれる。やる気の無さを払拭してくれる、そんな期待を抱き午後の学園へと向かった。
校門の前に差し掛かると、見知った顔が立っている。
「クヴァ、なんでここに?」
先日再会を果たしたクヴァ・ロウルだ。報告の為に帝都まで戻ったはずなのだが、どういうわけか学園の前で佇んでいた。
「おお、カミルか。もう平気そうだな。てか、なんでこの時間に外ぶらついてんだよ」
「ちょっと所用でギルドにな。で、今度は何しに?」
「直にわかると思うから言うけど」
そこで一人の男性が近づいて来るのに気付いた。
「クヴァ君、お待たせ――て、そっちは誰かな?」
焦げ茶色の癖毛の短髪の男性の視線がカミルを見つめた。
あれ?この人……。
「こいつは幼馴染のカミル・クレストですよ。アズ村に行ったことあるんですよね?見た事ありません?」
「カミル・クレスト?」
まじまじと覗き込まれ、そして、目が合った。
「もしかして、黒髪の魔導師カミル君?」
久しく聞いたその呼び名に、苦笑する。だって、名付け親が目の前にいるんだから。
「そうです、そうです。黒髪の魔導師、カミル・クレストですよ。あははっ」
クヴァが代わりに可笑しそうに肯定する。
「自分で名付けておいて、なに笑ってんのさ」
「だって、まさか燿光の兆しにまで、その二つ名が浸透してるなんて思ってもみなかったし?」
だけど、もうそう呼ばれる所以も無くなってしまった。銀髪となった今、その呼び名を聞いて俺を連想する者なんていない。
「君が名づけ親だったのか。てことは、クヴァ君もアズ村出身なんだね?」
「ええ。こいつ、俺の5つ下なんですよ」
「お久しぶりですね。アゼストさん」
アゼスト・ウェール。陽光の兆しのリーダーの剣士で、纏や衝波斬を指導してもらえた人物である。今にして思えば、実力のある冒険者に直接教えてもらえるなんて幸運だった。
「ああ、久しぶり」
アゼストの視線がカミルの髪の毛を捉える。
「その髪、どうした?」
「ちょっとあって、地毛が黒髪から銀髪になっちゃったんですよ」
右目の心技が発現したことにより、肉体的な変化が起きてしまった。その身にそぐわない竜由来の力を両目に宿したことによる弊害。色素の異常だけで済んでいるのはラッキーなのかもしれない。意識を集中しやすくする為に、左目の時を巻き戻す力を『回帰』、右目の近い未来を視る力を『創希』と名付けるに至った。
「へぇ、そんなことも起こり得るんだな。俺の髪色も変化してくれるといいんだけどな」
髪をぽんぽんと触りおどけている。
この人は前もそうだった。人との距離を詰めるのがうまい。気さくに話しかけれるし、嫌味ったらしいことなんて口にしない。素直な人なのだ。だからこっちも変に警戒する必要もない。
「アゼストさんは有名人なんですから、髪色変わっただけでアゼストさんって認識されなくなりますよ?」
「そりゃ、仕事に影響が出ちまいそうだな」
「それで、二人は何しに学園に来たんですか?」
アゼストさんが学園に来た理由なら、ギルドで聞いた都市外戦闘訓練だろう。なら、クヴァは何をしに……?
「俺達は、来週行われる都市外戦闘訓練に同行するんだよ。その為の打ち合わせさ。技能講習の時に角付が現れただろう?最近は魔族の出現が増えてきているし、アルフの外での訓練には細心の注意を払うらしい」
今年の都市外戦闘訓練は、すべてのクラスの合同って話だったか。昨年はCクラスとBクラスのみだったが、昨今の魔族の情勢を鑑みての処置というわけだ。
「魔族が出ることを想定しているあたり、住みにくい世の中になっちまったよな」
「でも、そのお陰で冒険者は潤っている。争いごとがあると、どこかで利益を得る者がいるってことなのかもしれないよ。俺達も稼げる内に稼いでおかないと」
アゼストさんの言葉で、戦争商人というものを思い出してしまった。利益を上げ、私腹を肥やす為に意図的に諍いを長引かせたり、争いが起こるように裏で糸を引く。でも、考えすぎだろう。だって、魔族の出現は元素の乱れが原因なわけだし、元素の乱れは自分の住む環境を壊してしまう。そんなこと、望んでやるやつなんていない。
「こんなとこで立ち話もなんだし、中に入りますよ。カミル、お前は講義があるだろう?遅れない内に移動しとけ」
「わかってるよ。それじゃ、俺はこの辺で」
二人に挨拶をして講義を受ける為に教室を目指した。
深い森が続く街道を、無数の馬車が進んでいく。街道こそ日の光が射しこんではいるのものの、道を外れた両脇の木々の中は薄暗い。緑が生い茂り、森の中を照らし出すには光が少なすぎるのだ。風に揺れる枝葉がガサガサガサッと森の中に音を響かせ、不気味さが増している。
今年度の都市外戦闘訓練は、エジック山脈まで続くエジカロス大森林の中で行われる。アズ村からほど近い北側の森から街道を外れて南下していく予定だ。森の中を通り、森とアルフの間にあるウィズ村を目的地と定めた訓練である。森の中で一晩過ごし、翌日の昼にはアルフへと帰還する予定だ。
森の中で停まった馬車から、次々と学生が降りていく。空になった馬車はそのまま街道を進み、東へと抜けウィズ村で待機してもらうことになっている。
今回の訓練もまた、臨時パーティーを組むことになっている。森の中ということもあり、各クラスごとにパーティーを作ることはせず、戦力が均一になるようにS~Cクラスの混成パーティーが組まれているのだが……。何の奇縁か、またAクラスのファティとBクラスのゼルと同じパーティーとなってしまった。
ファティとはあれから一言も口を利いていない。クラスが違うこともあり、積極的に会いに行かなければ会話することすらないのだ。あんなことを言われた以上、当然会いに行くこともなく今日に至っている。
「おい、お前ら。喧嘩中なのはわかってるが、魔物と戦うんだ。協力しろよ?」
板挟み状態のゼルが忠告する。
「わかってるって。命のやり取りの場に私情は持ち込まないよ」
「私の足さえ引っ張らなければそれで問題ありませんよ?」
両脇から聞こえて来る言葉に、ゼルはため息をついた。
「なら、俺を通さず自分で声をかけろよ……」
そんなやり取りを見ていた今回のパーティーで一緒になる二人は苦笑いを浮かべていた。
天色のウルフカットの男性の弓士である、Aクラスのジュノア・フライズ。向日葵色のショートカットを顎のライン部だけ長く伸ばしたボーイッシュな女性の剣士、Bクラスのミュゼ・アウベス。二人は、元から今のクラスに在籍しており面識はない。
「ではこれより、都市外戦闘訓練を開始する」
キョウが始まりを告げる言葉をかけ、1グループを30名ほどにし、4つのグループに分けられた。グループ間の距離感は400mほど離れており、お互いのグループに干渉し辛くなっている。
付き添いのクヴァと燿光の兆しのメンバーも4つに分けられ、俺達のグループはファティの姉であるティナさんが担当するようだ。
ティナは学生の前へと出て行くと、
「ティナリーゼ・アロシュタットです。普段は魔導師として燿光の兆しで活動しています。森の中での戦闘は初めての方も多いと思いますが、全力で支援しますので自信を持って挑んでください。本日はよろしくお願いします」
伯爵令嬢ともあり、綺麗な姿勢で頭を下げた。優雅という言葉が良く似合う。
「まずは3パーティーが先導し、1時間ごとに残りのパーティーと交代しながら進んでいきましょうか」
確実に手を休めれる時間を作り出し、非常時に備える形で訓練が始まった。
俺達のパーティーは先導する組に当てられ、街道から逸れ森の中を進んでいく。ファティがいるからか、3パーティーの中央を担当し、後ろにはティナさんがにこやかに後をついてくる。
「あまり魔物は出ないようね」
ファティが感想を漏らすも「いや、これだけの人数で行動してたら魔物も逃げるっての」ゼルがいつものようにファティに意見を言う。一年前を思い出すようで、妙な安心感を覚える。
「いや、そうでもないらしい。前方に――あれは猿か?」
ジュノアの言葉に、カミルは嫌な予感がした。
この森で猿……。まさかね?そんなこと……。
未来の世界で、白い猿の脅威を聞かされていた。
「いきなり遭遇するなんて……。全パーティー、戦闘準備ッ!!この森で一番厄介な魔物が控えてるわよ!!」
血相を変えたティナは即座に指示を出し、総力戦を挑もうとしていた。
視界の先、木々の陰から白い猿の姿が見え隠れする。数は多くない、ように見えるが、あの魔物の特性上それだけで判断するのは危険なのだ。
「鋼猿刃か……」
黎架に圧縮魔力を流し込み、接近に備える。
「知っているなら話は早いわ。あれは鋼猿刃!!体毛が刃のような強度よ!!斬りかかるのは無意味、魔法で対処しなさい!!接近されてしまったら武器で叩くこと!!絶対に仲間から離れては駄目よ!!」
ティナの切羽詰まった指示に、皆に緊張が走った。
「追い詰められたら鋼猿刃は仲間を呼び寄せるから、一度の戦闘で倒しきるつもりで挑みなさい!!」
ガサガサガサガサガサッ
木の上の方を無数の鋼猿刃が駆ける音が迫って来た。
「来るわよッ!!」
ティナが叫んだ直後、白き猿が降り注ぐ。
ギィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ッ!!
鳴き声と共に鋭い爪が学生達へと振り下ろされた。
ガギィンッ
カミルは上空から落ちて来た鋼猿刃の爪を黎架で受け止めると、至近距離から心臓目掛けて圧縮されたフランツの火柱を発生させ焼き切った。絶命した鋼猿刃の頭を掴むと、その強固な体毛を利用して更に襲い掛かってきた鋼猿刃の頭に叩きつけた。
ゴキュゥ
手に気持ち悪い感触を残し、死骸の鋼猿刃の首が圧し折れる。
叩きつけられた鋼猿刃もまた、衝撃で地面を跳ね転がっていく。
首の折れた鋼猿刃を投げ捨てると、カミルは次の個体へと飛び掛かった。
カミルの戦闘スタイルにティナは驚いた。
とても第2学年に上がったばかりの学生が取る戦い方じゃない……。
多くの学生は、魔法を放ちただ魔法を当てる作業をするか、鋼猿刃の攻撃を武器で受け止めるので精一杯である。ピンポイントで心臓を撃ち抜き、ましてや、倒した鋼猿刃の死骸を武器にしようとなんて考えない。
あれは、実戦のみで身に着けられる生存術。カミル、貴方それをどこで……?
カミルに意識を取られている内に、大地を跳ね接近する鋼猿刃が目の前まで迫っていた。
ドガッ!!
大地より生み出した岩の槍が射出され、迫る鋼猿刃の胸を貫き吹き飛ばす。
今は集中、集中しないと学生を守り切れない。
「駿動走駆」
脚に風を纏わせ、学生達の戦いに介入していく。迫る鋼猿刃に岩の槍を叩き込み、学生に肉薄している鋼猿刃には大地から突き上げる岩の槍で応戦していく。
パーティー単位で対処に当たっているお陰か、これまでに被害らしい被害もない。
何事もなく終わり―――。
その瞬間、頭上に無数の気配が舞い降りた。
ガサガサガサガサッ
枝葉を押し退け20もの鋼猿刃が強襲する。
「やらせない!!」
5本、10本と岩の槍を形成し撃ち出すも、その数は足りていない。何体かを屠るも、難を逃れた鋼猿刃が学生達に襲い掛かる。
「ファティ!!こいつはお前が頼りだ!!食らい尽くせ!!」
カミルの声がファティの耳へと届いた。
「わかってるわよ!!この半年で磨かれた私の力、目に焼き付けなさいッ!!」
久しぶりに掛けて貰えた言葉に、自然と口角が上がる。
喧嘩中とはいえ、私の力は認めてくれている。こんな状況なのに、無性に心が弾んだ。なら、その想いに応えるしかない。
ファティの手に握られるのは細剣だった。剣を振るうわけでもないが、魔法に指向性を持たせやすくする為に握られているものだ。
この世界に魔導師というのは、一般的に杖を使わない。杖が果たす役割を、剣など他の武器に落とし込んでいる。魔法の発動は宝石の魔法陣経由なわけで、細剣が果たす役割は意識を向けやすくするくらいなものだ。後は緊急事態に身を守る術としても扱えるだろうか。魔導具のように元素や魔法そのものに干渉する力が施されているものも存在するが、握られている細剣にはそんな力はない。
タクトのように前方を示せば、宝石の魔法陣を経由して発動された無数の光の刃が鋼猿刃に向かって飛んで行く。
刃の雨が腕を、肩を、脚を斬り裂き、ダルマ状態となった鋼猿刃の群れが大地を転がっていく。
まだ殺れてない!?
細剣を振り下ろす。形成された光の刃は、転がる鋼猿刃を目掛けて追撃を始めた。
ドッドッドッドッドッドッドッ
だが、それが間違いだった。
光の刃が胸を、頭を貫いている。けど、突き刺さる衝撃に鋼猿刃の身体が地面と擦れ上がり、周囲を土埃が漂い始めた。
「何をやっている!?」
ジュノアが生み出した風により、土埃は晴れていくが、その一手により対応が遅れる。
鋼猿刃が仲間の脚を掴むと、ファティに投げつけた。
それに気づいた頃には、すでに鋼猿刃は目の前に迫っていた。
目の前に迫る鋭い爪に、ファティの思考が瞬間的に止まってしまう。
「うぉぉぉぉぉらぁぁッ!!」
振り切ったゼルの刃が鋼猿刃の腹部を襲う。だが、刃では強固な体毛を突破できない。
ファティに届かないと判断した鋼猿刃は瞬時に目標を変えた。目の前にいるゼルという獲物へと。
剣を振るった腕に、鋭い爪が突き立てられる。
「ぐぁ゙ッ!?」
短い悲鳴を上げ、ゼルの手が鋼猿刃の首に手が伸びていく。
ブゥンッ
その手は届くことは無かった。剣を踏み台にして、後方へと飛び退いたのだ。
「ゼルッ!?」
猿との距離を稼ぐ為に、光の刃で追撃を仕掛けるも、素早く跳ね上がり、木の上へと逃れていく。
ゼルの腕には突き刺され、そのまま引っ掻かれた生々しい傷が刻み込まれている。
「いいからッ!!次に備えろ、まだ戦闘は続いてるんだぞ!!」
ガサッガサッガサッガサッ
木の上を素早く移動し、頭上に音だけが響いていた。
「音がする方に魔法を放て!!撃ち落とすぞ!!」
ジュノアの叫びに呼応し、ファティもまた空に向かって光の刃を放っていく。
これは罠だ。
カミルは、鋼猿刃の狙いを理解していた。
仲間を呼ぶこともできるのに、なぜ呼ばないのか。現時点で呼ぶ必要性がないんだ。魔法を無駄に撃たせ、魔力を削り取っていく。
「止めておけ!!相手の思う壺だ!!魔力を温存しろ!!」
ファティの放つ魔法が止まる。だが―――。
「何を馬鹿なことを言っている!?仲間を呼ばれたら終わりだろうがッ!!」
ジュノアはカミルの言葉を受け付けない。彼はAクラスの学生であり、下位のクラスの言うことなど聞く耳を持たなかった。
ちぃッ!?踊らされていることに気付かん莫迦がAクラスかよッ!!
右目に魔力が集まっていく。
この感覚……、創希が発動する―――。
右目に映る景色がブレていく。
視えた景色は、ファティの首が噛み切られた姿だった。
くそがッ!!
「駿動走駆」
圧縮された魔力が爆発的な加速度を生み出し、ファティへと飛び込んでいく。瞬く間に迫ると、ファティを抱き抱えるようにぶつかり合い、倒れ込んでいく。
次の瞬間、ファティがいた場所に向けて鋼猿刃が大口を開けて飛び込んで来た。
だがそこに、すでにファティの姿は無い。
ガチンッ!!
何もない空間で開いた口が閉じられ、地面を跳ね木を登り始めた。
ギィ゙ィ゙ッ!?
短い鳴き声が響き、カミルは倒れながら声のする方へと視線を向けた。
そこには、頭が潰れた鋼猿刃と、歪な形をした剣のようなものを振り切ったミュゼの姿があった。
「これで全部か?」
振り返るミュゼの髪がふわりと流れ、キリっとした格好良さの中に柔らかい印象を齎している。
ジュノアは周囲に注意を払い頷いた。
「潜んでいるヤツはいない。ティナリーゼ講師が戦場を駆け巡り対処したお陰だな」
「カミル。その……、もう大丈夫だから、ね?」
ファティに視線を下ろせば、顔を朱に染め瞳を逸らしていた。
「あぁ、悪い。咄嗟のことだったから許してくれ」
抱き抱えた腕を解放し、ファティを座らせると立ち上がった。周囲を見渡すも、襲ってきた鋼猿刃の数は40~50体程度だった。
仲間を呼ばれずに済んだってことか。他のパーティーに大きな怪我人もいない。一番重症なのが。
「ゼル、私の回復薬を使って。すぐに治ると思うけど……」
ファティはゼルに駆け寄ると、ポシェットから回復薬を差し出した。
「おう、悪ぃな」
回復薬を受け取り、蓋を開けようと傷付いた右手を動かすも「痛てててて」手を握ることも困難なようだ。指を動かす筋肉を傷めてしまっているらしい。
「ごめんなさい。気が利かなかったわ」
ファティは回復薬を手に取ると、蓋を外してその手でゼルの口へと持っていく。
「自分で飲めるっての」
どこか気恥ずかしそうにするゼルを「いいから黙って飲みなさい」何故か命令口調で飲ませていく。
ゼルはファティに任せるとして。
カミルはティナの下へと向かう。ちょうど一息ついたところで、カミルが近づいたことに気付き振り向いた。
「そっちのパーティーは無事だったかしら?」
「一名怪我を負ったけど回復薬で直に治りますよ。それにしても」
惨状を目の当たりにしてカミルは言葉に詰まった。
「森に入ってすぐにこの数に囲まれるなんてね。ついてないわ」
魔法での攻撃が必要な魔物なだけに、魔力の消耗が激しくなる。
「まだ森のど真ん中じゃないだけマシ、そう思わないとやってられませんね」
着いて早々の奇襲なら、まだ引き返すという選択肢も持てる。現状、見る限りでは続行できそうな感じだが。
「まぁね。それじゃ、少し休憩にしましょうか」
ティナの提案により、15分の休憩の後、都市外戦闘訓練は続行されるようだ。
パーティーごとに固まって休憩を取り始めると、ジュノアが口を開いた。
「さっきはなぜ俺に意見した?」
不満げな顔だ。
「そりゃそうだろ?仲間を呼ばれる可能性がある中で魔力を湯水のように使っていたら言いたくもなる」
「ふんっ、これだからCクラスのヤツは……。あの状況では手数を増やしてでも倒すことが優先されただろう。その判断も下せんヤツが楯突くな」
「散々無駄撃ちした挙句、倒しきれなかったヤツが言える言葉じゃねぇだろうが。それでもAクラスなのか?程度が知れる」
「なに?」
ジュノアの表情が険しくなる。カミルを睨み拳を握っていた。
「ミュゼが居なければ取り逃がしていたんだ。それすらわからないのか?」
「そんなもの、ミュゼがやらなくとも俺がやっている!!」
カミルはため息をついた。
「おい、その辺にしとけって」
ゼルが仲裁に入るも、ジュノアの怒りが収まることは無い。
「今後、俺に口答えしないと誓え。そうすれば、今回のことなかったことにしてやる」
カミルは鼻で笑った。
「冗談だろ?お前に命を預けてたら、いくら命があったって足りねぇよ」
ジュノアは握った拳をカミルに向けて振り被る。
「このヤローッ!!」
カミルに殴り掛かるも、その拳はカミル手によって払われ空を切る。
それでもジュノアは止まらない。拳を何度も何度も突き出すも、カミルの手が悉くを捌いてしまった。
「この距離で当てられないヤツがよくもまあ偉そうできるよな」
カミルの右目には、ジュノアの拳が通る場所が視えていた。合わせるように手を動かすだけで、ジュノアの攻撃を無力化してしまったのだ。
「くそがッ!!」
大きく振りかぶった拳が、カミルへまっすぐ突き出されるも拳が顔を捉えることはなかった。
そんな大きなモーション、創希の力を使うまでもないんだよ。
「これだから男の子って嫌よね。勝手にやらせとけばいいよ」
ミュゼは面倒くさそうにゼルとファティに声を掛けると、二人から距離を取り座り直した。
「いや、まだ訓練が始まったばかりなんだぜ?無駄に消耗すんのはよぉ……」
「はいはい」
そこにティナがやって来た。
「他の子達は静かに過ごしてるってのに、貴方達だけよ?ほら、視線、気にならない?」
自分達の置かれてる状況を説明してくるけど、
「特になんとも」
その言葉を斬り捨てた。
「おい、ティナリーゼ講師になんて口の利き方だ。躾のなってないガキが一緒とは、この先が思いやられる……」
「はぁ~ッ。カミル君は何がそんなに気にいらないのよ」
ティナへと視線を送る。
「自意識過剰で命を軽んじてるところが気に食わない。自分で何でもできる気になって、こっちまで巻き添えを食らうのはごめんだよ」
言葉よりも早くジュノアの手は動いていた。カミルの胸倉を掴み上げ、喉仏を抉るように捻り上げる。
「ぐッ!?」
ギリリッと締まる襟元がカミルの顔を鬱血させていく。
「おいッ!!」
咄嗟にゼルがジュノアの腕を捻り上げた。
カミルの首を圧迫していた襟元が解放され「ごほっごほっ」咽返っている。
「はい、そこまで。それ以上揉めるようなら、二人には学園に帰ってもらうわよ?」
さすがのティナも、眉を顰め不快感を露わにした。
「放せッ!!」
掴まれた腕を振り払い、ジュノアは大人しく離れた位置で座り直した。
「カミル、お前は自業自得だ。要らんことを口にし過ぎだ」
「あぁ、感情的になり過ぎた。悪いな」
「謝る相手が違うんじゃねーのか?」
「俺が悪いと思ったのは、仲裁に入らせたからだ。意見を曲げる気はねぇよ」
ゼルは盛大に肩を竦め、ティナもまた大きなため息をつくのであった。
男二人のくだらないやり取りのせいでパーティーの雰囲気は最悪だ。高位の冒険者が目の前にいるというのに、時間を無駄にしている。それが酷く腹立たしい。
ミュゼは半年後に控えた試験でAクラスを狙っている。今回の都市外戦闘訓練で、彼女の持つ技術を盗もうと観察を続けていた。初の森での戦闘ということもあり、見るべきところは多いはずだった。蓋を開けてみれば、いきなりの猿の群れに、対処に必死で観察なんてできやしない。挙句の果てに下らない喧嘩……。自分の運の無さが憎いよ……。この際、あの二人は当てにせず、三人パーティーだと思って動いた方が良いのかもしれない。幸い、ティナリーゼ講師の妹というファティマールはAクラスの魔導師だ。ゼルと前衛を務めればバランスは取れるはずよ。
気分が晴れないまま、森の中を歩いていく。
あれから現れるのは、エアリアルウルフやワイルドベアなど、これまでに戦ったことのある魔物ばかりだった。相手にしたことがあるとはいえ、森の中という環境だと戦い方に工夫が必要だ。自慢の剣も、木に阻まれ思うように振ることさえ叶わない。必然的に突くという動作が多くなっている。
「ミュゼの剣技、いつ見ても綺麗な太刀筋だよな。芯が通ってるみたいに身体が全然ブレねーし」
同じ剣士であるゼルとは必然的に会話が多くなる。
「当たり前だろ?これでも毎日素振りこなしてんだ。ゼルだってそうだろ?あんたのはあたしと違って筋力がある。当てれさえすれば、断ち切る力があるんだからさ」
ミュゼはしなやかな筋力を活かした虚を突く剣である。対してゼルは筋力を最大限に活かした剛の剣だ。戦闘スタイルが違うことで、どう戦うのかイメージトレーニングが捗る。結果として自分の剣へとフィードバックすることができている。
「俺のは故郷で筋力が必要だったからだよ。でかい猪とか熊とか相手にせにゃならんかったからな、一撃で断ち切れる力が自然と身に着いたのさ」
「へぇ、猟師でもしてるのか?」
「そんなとこだ。獣肉ばかりで臭いがきついのが難点だけどな」
肉を解体し、毛皮を干している姿を想像し「あぁ、それはきついかも……」同情の声が漏れた。
ミュゼは生粋の都会っ子だ。生まれも育ちもアルフであり、狩りはおろか、畑を耕したことすらなかった。父にくっつき、幼少の頃から剣を学んでいたせいか、自然と学園で剣術を学ぼうと思えた。剣の腕も、元素の適正もそれなりにあったお陰でBクラスに入ることができたが、正直、Aクラスすら狙えたと自負している。魔法の扱いさえもう少し勉強していれば――と悔やむこともある。
順調に南下を続け、森のど真ん中で野営をする運びとなった。
ミュゼにとって、野宿と呼ばれる行為は初めてだった。お風呂はどうするの?とか、見張りがどうとか、学ぶべき点は多々ある。ちょっとした冒険に、軽い高揚感すらある。
だが、ミュゼのその期待は裏切られることとなる。
一行はまだ知らなかった。闇が蠢く森の中、瘴気が満ち始めていたことに。




