ep.125 試練の日
「あら?暫く見ない間に女を侍らせるようになったのね?」
不機嫌さを隠しもしないファティマール・アロシュタットの凍えるような、低くドスの利いた声が響いた。
カミルが学園に帰って来ている。その事実を知ったのは数日前だった。
風の噂でモーガンが模擬戦で負けたという知らせと共に、土の味を覚えさせたのがカミル・クレストという人物であると伝わってきた。
カミルが帰って来ている!?
すぐにでも会いに行きたかったが、生憎とアロシュタット家の所用でその週は会いに行くことができなかった。これだけ待たされたのだから、週を跨ごうが大したことはない。彼はすぐ近くにいる。焦る必要なんてないのだ。折角なら、カミルの方から会いに来て欲しい。そうしてくれた方が私は嬉しい、そう思っていたのに―――。
「ふぁ、ファティ。久しぶりだね?」
見知らぬ女と腕を組み、上擦った声を発すれば怪しくも映る。髪色や瞳の色が変わってるけど、間違いなくカミル・クレストがそこにいる。
「ええ、久しぶりね。そちらの品のない女性はどちら様?」
「こいつは「私が品がない?だとしたら世の中の女のほとんどが品のない女ってことになるわね」」
カミルの言葉を遮り、女は厭な笑みを浮かべている。心なしか、カミルに絡み付く腕に力が入ったように見えた。
「自覚がないなんて可哀そうに。さぞ、交友関係に苦労されてるのでしょうね……」
目を細め、憐れむような視線と悲しむ演技を混ぜつつ貶していく。
それでも女は動じない。
「あらぁ、世間が見えていないのはそちら様ではありません?」
女の視線が背後に控えているメリッサへと移り、すぐにこちらへと戻って来る。
「お嬢様と呼ばれる方々はよく勘違いされるんですよ。自分の価値観が一般的だと。お高く留まるのは勝手ですけどねぇ、人の色恋沙汰に口を挟まないでくださいよぉ、お嬢様」
その瞬間、ファティは察した。
この女、私が敵だと勘付いている……。
ミュイカがあえてお嬢様呼びしたのは、ファティとカミル達に一線を引く為だった。貴女はこちら側の人間ではない。だからこちらに干渉してくんな、そう言いたいのである。
「年齢を考えなさい。年増が年下の男性を摘まもうとするのははしたないわよ」
ファティとミュイカにそれほど歳の差を感じない。それでも10代と20代では隔絶した明確な壁があった。
「年上の女の魅力がわからないなんて、お嬢様もまだまだお子ちゃまなんですね。ちょっと?カミル君?」
カミルは二人が会話に花?を咲かせている間に逃げようと腕を振っているが、思いの外力が強いのか脱出するには至っていない。それどころか、動かす度に押し当てられた二つの小島を押し上げ「人前でそん…ぁっ」艶めかしい声を出され、身体を硬直させた。
もちろん、ミュイカの演技であった。多少腕が擦れた程度でそんな声を出しはしない。カミルを逃さない為の策である。
その瞬間、身体が動いていた。
二人に近寄ると、ミュイカの腕を掴み上げ、思いっきり捻り上げた。
「痛ッ!?痛いって!?何すんのよッ!!痛……ッ」
「悪戯が過ぎてるのよ」
ミュイカの腕が離れたことで、カミルがようやく解放された。
「待て待て。いくらなんでもやり過ぎだろ」
ゼルがファティの腕を掴み、非難の目を向ける。
「被害者のカミルがやるならまだしも、お前がやるのは筋違いだろうに……」
僅かな沈黙の後、ファティの手は離された。
カミルを睨みつけ、
「変な女に引っ掛かるからこんなことになるのです。すぐに色香に唆されるんだから、本当に男って単純ね」
「俺が悪いわけ!?」
「カミルがはっきりとした態度を取らないから、この女がつけ上がるのよ。もっと毅然とした態度を取りなさい」
口から出るのはキツイ口調の言葉ばかり。本当はこんな再会の仕方なんてしたくなんてなかった。会えた喜びに胸が震える、そんな展開を期待していた。それなのに……、こんなの酷いよ。
「散々人をコケにしといて、苛立つとすぐ手をあげる。これだから良いとこのお嬢様は……」
捻られた腕を摩り、ミュイカは恨めしい言葉と蔑む視線をファティへと送った。
「はいはい、もう終わりだ」
ゼルが二人の間に入り仲裁を始めた。
「あんたも今日はもう帰ってくれ。このままじゃ収集がつかん」
「このまま帰れっていうの?手まで出されたのよ?私の気が済まないわ!!」
ゼルに凄むも、
「もし、あんたがファティに手を出そうものなら、控えてる侍女が全力であんたを無力化しに来る」
視線をメリッサに移すと、懐に手を突っ込んですぐに行動に移せる状態だった。
「仮に、あんたが侍女を抑え込めたとしても、目の前にいるのはアロシュタット家の令嬢だ。魔法を放たれてあんたが無事でいる未来が視えない」
ミュイカははっとファティを見つめた。
「アロシュタット……?ザントガルツを治める伯爵の!?」
その瞬間、ミュイカは悟った。実力では歯が立たないという事実を。
「なんでそんなお嬢様がカミル君を……」
「私達はこれから学園特区に帰ります。どいてくれるかしら?」
ミュイカは舌打ちをすると、おずおずと距離を取る。
カミルへと向き直ると、笑顔を向け告げる。
「積もる話もあるでしょう?カフェにでも寄って行かない?もちろん来てくれるわよね?ね、カミル?」
「お、おぅ……」
ファティの笑顔の圧に、カミルはただ肯定することしかできなかった。
寮からほど近い一角に、白を基調とした明るいカフェがある。道路面はガラス張りで、光を良く取り込む造りだ。極力仕切りを失くし、店内は開放的だ。2階の客席を繋ぐ吹き抜けがお洒落な雰囲気を演出していた。日が沈み出した時間帯ともあり、茜が混じる光が店内を染め、日中とは違った雰囲気を作り上げている。
2階のガラスに面した席に、隣にゼル、対面にファティ、対角に侍女が腰を落ち着かせ、これまでの経緯の一部始終を説明させられるに至る。
「これが俺が歩んだ半年です……」
突き刺さるファティの視線が恐ろしく、目を見て語ることができなかった。テーブルの上に置かれた両手を見つめることで視線に耐えてきたが、時折握られる拳にハラハラさせられた。
ゼルは2度目の話ともあり、一人カツサンドを頬張っている。
「そう、大体わかったわ。戦争の阻止、リアさんの救出。かなり頭が痛い内容よね」
声が落ち着いてる?案外怒ってないのかもしれない。そう期待し視線を上げると、冷たい瞳はそのままだった。
「まあ、いいでしょう。時間はたっぷりありそうですし、じっくりと詰めて行けば大丈夫でしょう」
その言葉は心強かった。ファティが動けば、確実にザントガルツを治める伯爵に言葉が届く。動いてはくれなくとも、警戒してくれるだけでも展望が変わるかもしれない。
「なんせ相手は未来にいるのですから。貴方の心を奪う機会なんていくらでもあるということでしょう?」
「へっ?」
ズズズズズーッ。
ゼルがストローで啜る音が響く。
ファティは嫋やかに微笑むと、そっとカミルの手を取った。
「大丈夫です。彼女を失った心の傷、私が癒してあげますから」
「ファティマールお嬢様。本気でお考えでしたら、しっかりと御父上に相談されるべきかと」
「まだ時期尚早よ。しっかりとカミルには実力をつけてもらわないと、堅物のお父様が頷くとは思えないわ」
勝手に進む会話に「ちょっと待て」不快感を露わにして阻む。
「お前達、何の話をしている?」
「何って。これからのことでしょう?」
首を傾げるその仕草が気に食わなかった。だから―――。
「俺は、リア以外の女性と付き合う気は無い」
はっきりとファティの意見を拒絶した。けれど、
「すぐに靡かないのはわかってます。でも、放っておいたら、また変な女を引っかけてくるかもしれないじゃない?だから、傍から見てもわかるように、私がしっかりとサポートするから安心してね」
カミルは呆れ果てた。自分勝手な言い分を並べて、カミルの意思など尊重しない。
ファティはこんな人だったのか……?確かに、半年という期間でファティマール・アロシュタットという人間を理解するには短かったかもしれない。でも、こんなにも強引なことをしてくる人じゃなかったはずだ。
自分の珈琲代をテーブルに置き、ファティを睥睨し、カミルは立ち上がった。
「アロシュタット家のお嬢様の悪巫山戯に付き合うつもりはない」
席を後にした。
「ちょっと待ちなさい!!」
店内に響く叫び声に、視線が一気にファティへと集まった。
だが、カミルはそれすらも無視を決め込み店を後にした。
「メリッサ、私、何か可笑しなこと言ってたかしら?」
その言葉に、ゼルは目を剥いた。
いやいや……。どっからどう聞いたって好意の押し売りだろう。しかも束縛系の……。
「最初から最後まで全部可笑しかったと思われますが?」
侍女の発言に、ゼルはほっと胸を撫で下ろした。
良かった……。侍女はまだ真面な部類の人間らしい。こいつの侍女を務めなきゃいかんとは、ご愁傷さまだ。
「そうかしら?ゼルはどう思います?」
唐突に話を振られ「ふぇ?」変な声が出た。
「ですから、私とカミルがくっつく話ですよ」
「ありえねーだろ。リアスターナさんって恋人がいる以上、お前は二人の仲を裂こうとする性悪女にしか見えねーぜ?」
「相手が、もうこの世界に戻って来れないかもしれないのにですか?」
性悪女と口走ったせいか、ファティは不機嫌さを隠さない。
「そうだとしてもだ。まだ帰って来れないと確定したわけじゃねーんだし、今その話をしたところでカミルに嫌われるだけだ」
元霊と呼ばれる存在の力は当てにできないだろうが、その力無くして未来には飛んだんだ。なら、その逆だって起こり得るだろう。
「ファティマールお嬢様は昔から人付き合いが苦手でしたからね。同性との付き合いもわからないのに、殿方の扱いなんてできるとは思えませんよ」
「うっさいわねっ」
珍しく頬を朱に染めている。普段から偉そうな態度なだけに、ボロが出るのを嫌うのかもしれない。
「次に会ったらきちんと謝れよ?カミルは相当リアスターナさんに惚れ込んでるぜ?そうじゃないと、距離を置かれるかもしれないな」
ファティの血の気が引いていく。侍女と向き合うと、
「どうしよう……」
「いや、謝るしかないと思いますけど……。今は気が立っていますから、少し時間を置かれた方が良いかもしれません」
何とも言えない空気に「まあ、頑張れよ」テーブルに代金だけ置いて、そそくさとその場を後にした。
1週間ほど過ぎたある日、セルヴィナ学園に訪問者が訪れた。
「おい、あれ見てみろよ。聖なる焔だぜ」「カナン様、相変わらずお美しい」「なんで学園に?」「ユリカ様ぁぁっ、少し体調が悪くて……見てもらえませんか?」
登校の時間と被っていることもあり、学生達から様々な声を受け、適当に手を振り来賓玄関から職員室へと向かっていく。
「カナンさんの人気は相変わらずですね」
クヴァは窓から覗く学生達を横目に呟いた。
「人気があるのは嬉しいものだけど、変な絡まれ方もするから大変なのよ」
カナンは何かを思い出したのか、両手を脱力させ、首が力無く傾いだ。
「さすがに、指輪を贈られそうになった時はドン引きしましたけどね」
苦笑いを浮かべているプロフもまた、迷惑を被っていた。かく言うプロフ自身も女性からの人気は高い。姉弟ともあり、整った顔立ちをしている。魔導師として活動している為か、筋肉量が多少足りていないが、それを差っ引いても引く手数多だろう。
職員室に辿り着き、近くの先生に訪問理由を告げると、キョウ・シンジョウ先生が対応してくれる。応接室に通され、キョウはカミルの教室まで迎えに行ってしまった。
「ようやくね。これでリアの手掛かりが掴めるわ」
ソファーに腰を下ろしたカナンは腕を組んで緊張した面持ちで待っている。それでも落ち着かないのか、左足が上下に小刻みに揺れ、貧乏揺すりをしている。
「カナン、はしたないわよ。脚を止めなさい」
ユリカが窘めると「そうね」脚がピタリと止まった。どうやら無意識だったらしい。
「焦っても仕方ねぇっての。のんびり待とうや」
最年長のガストンは落ち着いた態度だった。ソファーに深く腰を下ろし、背もたれに身を預け、ぐでーんとリラックスしている。
カミルが無事でいたことにほっとした。一緒に帝都に向かった身として、二人の消息は気がかりだった。帝城の騒動に巻き込まれ、死んでしまったのではないかと不安だった。あの魔導兵器ってのの威力を見れば、そんな想像が頭の中を駆け巡っても仕方のないことだった。ましてや、それと同等の威力を誇る力を魔族が放っていたんだ。どこで誰が死んでいてもおかしくない状況だった。
それでも、僅かな希望があった。カミルと元素の繋がりは途切れていない、そう言われたからだ。元素との繋がりがどうとか、俺にはさっぱりわからないが、カミルの両親に頭を下げる事態ではなさそうなことに、心から安堵していた。
お前に何が起きたか、詳しく聞かせてもらうぞ。
教室に行くと、珍しく騒めいていた。普段は気だるげな学生が欠伸を噛み殺して机に突っ伏しているのだが、この日ばかりは誰もが教卓の方を気にしている。
誰か来ているのか……?
カミルの足が止まった。皆の視線が注がれている教卓には、キョウ・シンジョウ先生が立っていた。
こちらの姿を確認すると、まっすぐ歩いて来る。
「カミル・クレスト。来客が来ている。私と一緒に応接室まで来るように」
「俺に、ですか?」
「ああ。聖なる焔とクヴァ・ロウルがお前を待っている。すぐに向かうぞ」
ざわつく教室を抜け、キョウの後を着いて行く。
聖なる焔、その名を聞くだけで胸が痛んだ。いずれは伝えなきゃいけないこと、避けては通れない道だ。それでも、一歩一歩応接室に近づく度に、胃がキリキリ痛みだす。
コンコンコンッ
「キョウ・シンジョウだ。入るぞ」
応接室の扉が開かれた。
中は緊張感に包まれていた。視線がこちらに集中し、なかなか一歩が踏み出せない。
「どうした。中に入れ」
キョウに促され、重たい足を動かし中へと入っていく。
「空いている席に座れ」
着席を促したキョウは、移動式の黒板を上座の方へと移動させ、チョークを握った。
「カミル君、久しぶりね。元気だったかしら?」
カナンさんは笑顔とはほど遠い、真剣な表情だった。
「あぁ。いろいろあったけど、何とか元気でやってますよ」
カミルの口調にカナンは違和感を感じたが、話を先へと進める。
「早速で悪いんだけど、リアがどうなったか知ってる限りでいいから話してもらえるかしら?」
髪色が変わったことも、口調が変わったことも無視され、核心をついてくる。
痛む胃に耐えながら、罵倒される覚悟ですべてを曝け出した。
すべてを話し終えると「そう」予想に反してカナンさんは落ち着いていた。リアを置き去りにしてしまったこと、酷く罵倒される覚悟だったんだが……。
シンジョウ先生が情報を黒板に書き起こし、他のメンバーは沈黙を貫いている。
「それですべてかしら?」
「あぁ、今ので全部だ。嘘偽りのない事実だよ」
「そう」
短い言葉だった。何を考えているのか分からず、カナンさんに視線を向けたまま固まっていた。
「なら、もういいわよね」
カナンはすっと立ち上がると、カミルを見据えた。
「歯、食い縛りなさい」
「え?」
その直後、きつく握られた拳がカミルの頬を打ち抜いた。
頬に痛みが走り、視界が回る。身体が流れる感覚に抵抗できなかった。
ドガッ バタンッ
カナンの拳はカミルごと安定感のあるソファーまでをもひっくり返し倒れ込んだ。
クヴァが咄嗟に腰を上げるも、その場に押し留まる。
殴られたのか……。
カミルの上に乗っかったソファーを、カナンは足蹴にしてどかすと、カミルの上に馬乗りとなる。
「あんたがしっかりしてれば、リアが未来で一人ぼっちになることなんてなかった」
ドゴッ!!カナンの右拳が頬を殴りつける。
「確かにこれはリアの選択なのかもしれない。でも、付き合ってるんでしょ?恋人なんでしょ?リアが考えそうなことくらいわかるでしょっ!!」
ドゴッ!!今度は左拳が頬に突き刺さる。
「どうしてこうなることを止められなかったのよッ!!」
ドゴッ!!再び右拳が振るわれる。
「すまない……」
カミルの謝罪が、更に怒りを煽った。
「謝るくらいなら、最初からこんな結末を迎えるなッ!!」
カナンの瞳から涙が溢れ出した。生きていることがわかった安心からの涙。でも、会うことができない寂しさの涙。そして、そんな状況なのに自分の力では解決できない悔しさの涙だった。
ドゴンッ!!ドゴンッ!!ドゴンッ―――。
交互に振るわれる拳を、その場にいる誰もが止めることはできなかった。
それは八つ当たりにも似た行動だった。感情を吐き出す場が欲しかったのだ。仲間達もその心がわかるからこそ、止めることができない。すべてがカミルの責任ではないのはわかっている。それでも、カミルならリアを一人ぼっちにするのを回避できた。大切な仲間を守ることができた。そう思うと、少なからずカミルを恨んでしまうことが止められないのだ。
カミルもまた、彼女らが起こす行動のすべてを受け入れている。どんなに罵倒されようが、どんなに傷付こうが、それで彼女達の心が僅かでも慰められるのなら安いもの、そう考えていた。
殴られ続けた頬は腫れ、口の中は鉄の味で溢れ、歯が何本も折れたのか、口の中に転がっている。
身体が訴える痛みが、カミルの心を救っている。贖罪の機会に巡り合えたことに感謝していた。
これでいい……。こうなるべきなんだ………。
「その辺で止めておけ」
見かねたキョウがカナンの腕を掴んだ。
「止めないでくださいっ」
顔を向けることなく放つ言葉は、震えていた。
「いくら俺でも、死んでしまったら回復はできないんや」
キョウの口調が変化する。技能講師としてエルンスト・ハーバーの代わりを務めようとするあまり、彼の口調が移っていた。だが、今の彼は教師というよりも、一人の人間として二人の仲裁に入っている。
握られた拳から力が消えていく。
「そうっ。もうそんなに殴ったかしら?」
「見てみぃや。もう顔の原形を留めてへん」
「なら、治してください。完治したらもう一度殴れますから」
「それはできへんよ。回復したからって体力が戻るわけやないんやからな」
カナンは無言でカミルの上から立ち上がった。
「それに、リアスターナ・フィブロは、あんさん達を守りたかったんやろ。でなければ、カミル君を元の時代に戻そうとは思わへんはずや。帝元戦争、精霊の黄昏を越えて生き続けて欲しい、そないな願いが籠っとるんやないの?」
カナンは、カミルが持ち帰った情報の意味を考える。
リアは、カミル君に託したというの……?私達が生き残る未来を……。より良い明日を導く為に。
「とりあえず、手こっち出し。カナンの拳もぐっちゃぐちゃやで」
そこで初めて自分の拳の皮が捲れ上がり、真っ赤に染まっていることに気付いた。そう認識した瞬間、ジンジンと痛みが押し寄せてくる。
キョウが両拳の下にそっと手を添える。すると、胸元にある白い宝石が輝き出し、両拳が暖かな光に包まれた。傷口が徐々に塞がり、血の跡だけを残して完治した。
「ありがとうございます」
「君達は一旦宿に戻りなさい。これ以上騒がれたら講義に影響を与えかねない」
キョウの口調が先生のものへと戻っていた。
「皆さんは先に戻っててもらえますか?俺はこいつに付き添います」
クヴァが提案を受け入れると、聖なる焔の面々はカミルの姿を一瞥し、応接室を去っていく。
扉が閉まるのを確認し、改めてカミルの姿に目をやった。
手ひどくやられたもんだな。
顔は大きく晴れ上がり、口からは大量に出血している。
「これ、治ります?」
酷い顔の具合に、思わずシンジョウ先生へと尋ねてしまう。
「生きているんだ。大丈夫だろう」
手早く回復魔法をかけ始め、カミルの顔の腫れが引いていき、折れた歯でさえ修復されていく。
ここまで酷い状態からの回復を見るのは初めてだった。傷口が逆再生されていくようで、見ていて気持ちの良いものではない。
「とりあえず、傷口は塞がったが……。血が足りてないのと、体力的にも精神的にもしばらくは無理そうだな」
赤く染まった口元と制服を眺め「そうっすね」クヴァの見立てでもそう感じずにはいられなかった。
「こいつ、預かってっていいですか?どうせ講義も受けれないだろうし」
「ああ、構わないさ。カミルも酷な運命を背負わされたものだ」
「なんだったんでしょうね。オーウェンっていうダインの戦士は」
「竜剣なるものを持っている以上、騎士団的にも放っておけないだろう。ルナーナ大陸への遠征が必要になって来る可能性すらある」
「うへぇ……」
今後の趨勢に、クヴァは気分が重たくなった。
― セルヴィナ学園 Cクラス教室 ―
時を同じくしてCクラスの教室に一人の来訪者がやって来ていた。
バンッ!!勢いよく開かれたスライド式の扉が強烈な音を響かせた。
その音に、クラス中の視線が集まった。
「カミル・クレストを出せッ!!!!」
教室に響いたのは、先日、カミルによって倒されたSクラスの剣士、モーガン・ガレッソォだった。
「カミル・クレストなら、シンジョウ先生に呼ばれて応接室に向かったけど……」
クラスメイトの一人が答えると「ちぃッ!!」舌打ちをして去っていく。
「なんだかカミル君も大変そうですね」
ジョアンがドワーフの女子学生、シルキーウェイルズへと語り掛けた。
「なんかバタついてるみたいね。カミル君って問題児なの?」
青藤色の編み込みツインテイルを整えながら、話半分に会話に参加している。
「う~ん、どちらかというと不幸体質?問題が向こうからやって来る、そんな感じかな?」
「へぇ~、難儀な人生を送りそうね」
「間違いないね。でも、良い人だよ。だからあれだけ人が集まるのさ」
「そういうもの?」
「人は、居場所を作ってくれる人のところに集まるものなんだよ。だから、不幸体質であっても、きっとカミル君は幸せな人生を送れると、僕は思うな」
人はよく居場所がないと嘆く。安心して居られる場所を提供できる人は限られているし、居心地の良い空間なら、進んで人が集まって来る。それを自然体でやってのけるカミル君は、きっと愛された存在なんだと思う。
そんな彼が少しだけ羨ましいんだ。




