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砲金色の魔導師  作者: 庚颯
第二章 理外の剣士
131/177

ep.124 海の宝石

「カミル・クレストがセルヴィナ学園に戻って来ているらしい」

 ガナード・ラウ騎士団長から放たれた言葉に、カナン・サーストンに衝撃が走った。

「それは本当なんですかっ!?」

 詰め寄るカナンを、弟のプロフェント――プロフとユリカ・カムロギが肩を押さえて必死に押し留めた。

「ああ、間違いないとも。数日前に港町フィース方面からエジック山脈のトンネルを通過している。宿の番を任せている昔馴染みの部下からの連絡だ。信用はできる」

「リアは……。リアスターナ・フィブロもいたんですよね?」

 カナンの必死な眼光に、ガナードは目を伏せた。

「残念だが、カミル・クレストに同行者は居なかったようだ」

 その瞬間、カナンを始めとする聖なる焔の面々の表情に陰が差した。

「そんな……」

「それで?俺達を呼んだのは、そんな残念な話を伝えるだけじゃねーんですよね?」

 ガストン・クロックアーツは努めて冷静な口調で問い質す。

「無論だ。カミル・クレストと旧知の仲である部下に事情を聴きに行かせる。一度は共に旅をした仲だから知ってはいると思うが、第三騎士団所属のクヴァ・ロウルだ」

 手の平で指し示すと「お久しぶりです」クヴァは頭を下げた。

「彼と共にアルフに行くつもりはない「行きます」」

 食い気味にカナンは即答する。

「カミル君なら、少なからずリアの情報を持っていると思います。準備ができ次第すぐにでもアルフへ発ちますよ」

 ここで会話をしている時間すら惜しい。そんな雰囲気をガナードは感じ取った。

「そうしてくれるとこちらとしても有難い。帝城での一件は、我々としても情報が欲しいし、関係者である聖なる焔の動向はこちらも把握しておきたい」

「また一緒の旅になりますが、よろしくお願いします」

 クヴァが手を差し伸べると、カナンは迷わずその手を握った。

「最速で辿り着いて見せますよ。覚悟はしておいてくださいね」

 にっこりと笑顔を浮かべているはずなのに、クヴァにはその笑顔の圧にやられ「お、お手柔らかに……」引き攣った笑みを浮かべるだけだった。



 広がるは青い空と青い海。一片の曇りのない空と海が混ざり合い、綺麗な水平線を拝むことができる。

 学園の休日を利用し、カミルは冒険者として依頼を受け、アルフから北上した海岸まで来ている。放課後に冒険者の適正試験を終え、ようやく冒険者としての一歩を踏み出したばかりだ。またブロンズからの出発だが、今は割の良い仕事にありつけるだけマシなのだ。学生のアルバイトではどうしても頭打ちが存在する。多少の危険を冒してでも、今から資金を貯めて行かなければ、移動もままならなくなる。

 この依頼を受けたのは、学園から少し離れたかったからだ。モーガンとの一戦以降、周りの見る目ががらりと変わったのだ。煩わしいことから解放される為に受けた模擬戦が、モーガンを打ち負かしたことで注目を集めてしまったのだから皮肉が利き過ぎている。

 依頼で出かけると聞いたゼルも来たがってはいたが、そもそもゼルは冒険者登録が済んでいなかった。今頃必死に適正試験でも受けているのだろう。

 今回受けた依頼は、カバーニィと呼ばれるカニの魔物の一種を狩ることにある。脅威度は低いが、小さくすばしっこいということもあり、それなりに時間のかかる部類の依頼だ。そもそも、見渡すも生物らしき姿が何もいないのだ。

「気配を探る鍛錬と思えば……」

 そう自分に言い聞かせ、岩場の隙間を隈なく見つつ、砂浜へと進んでいく。

 ジスタークでは、カミュンと初めて逢ったんだっけ。ここは街から離れているし、誰とも会うことはない。そう思っていたんだ。目の前の光景を目にするまでは―――。

「死んでるのか……?」

 波打ち際に一人の男性がうつ伏せの状態で転がっていた。青い髪と爪、水掻きまで付いているとくれば、ネブラ族であるのは間違いない。………、水が得意なネブラ族も溺死とかするのか?と考えたところで、生態について思い出した。ネブラ族は命を散らした瞬間に転生を果たす。身体は5歳ほどまで縮むが、これまで蓄えてきた知識を受け継ぐことができる。だが、亡くなった者の人格は消失し、新たな存在として生まれ変わるのだ。

 なら、こいつはまだ生きているはずだ。

 呼吸が出来るように慌てて身体をひっくり返した。そこでカミルは固まった。

 見覚えのある顔だった。でもそれは、遥か未来での話だ。水の精霊アリューネの祭壇を案内してもらえるはずだった男、目の前にいたのはシクロッサ・グナイデスだった。

「シクロッサ……さん?」

 カミルの呟きに反応し、シクロッサは一度ぐっと目に力が入ると瞳が開かれた。手足をぐっと伸ばし「ふぁ~ぁ」欠伸をしている。

 上半身を起こすとキョロキョロと辺りを窺い、

「うたた寝してたら流されたぁぁッ!?」

 大袈裟に喚き散らす。

 うん、見なかったことにしよう。確かにこの人はシクロッサさんなのだろう。でもそれは、過去の人格であり、姿形はシクロッサ・グナイデスではあるものの、未来の彼とは別人なのだから。

 すっと立ち上がり、その場を後にしようと足を動かそうとした瞬間、足首を掴まれ「うわぁ!?」砂浜の上へとダイヴする羽目になった。

「ちょっと兄ちゃん。放って行くなんて連れねーんじゃないの。旅は道連れって言うだろ?話くらいは聞いてけよ」

 砂に塗れた身体を押し上げ、砂を手で払っていく。口の中がジャリッと嫌な感触がする。

 くそっ、口ん中に砂が入っちまった……。

「おぉ~い。聞いてっか?」

 カミルは短く溜息をつくと「なんなんだよ」身体を捻り、砂浜の上に座り込んだ。

「へへっ、悪ぃな。暫く一人で作業してたもんだから、喋る相手が欲しくなってな」

 くっそどうでも良い理由だった……。

「ならもう充分だろ?俺はもう行くぜ」

 片膝を立て立ち上がろうとすると「良いのか?良い儲け話があるんだぜ?」詐欺っぽい勧誘の仕方に、ゴミを見るような冷たい視線を送る。

「その目、全然信用してねーな?確かに、こんな砂浜に打ち上げられてた良くわからん奴にこんな話されちゃ怪しいわな。だが、人生ってのは巡り合わせってのが重要なんだ」

「この出会いも巡り合わせだと?馬鹿馬鹿しい」

「ははっ、手厳しいね」

 そこでシクロッサの表情が引き締まった。

「今が千載一遇の稼ぎ時なんだ。帝国が物資を集めてるのは知ってるか?」

 先日ジョアンから聞いた話を思い出した。

「あぁ、知り合いの商人がそれで儲けてるらしいが」

「なら話は早い。俺がこんな辺鄙な海岸で何をしていたのか。()()()()の結晶、宝石って呼んだ方が伝わりやすいか。そいつを採掘していたんだよ」

 こいつ、今、青の元素って……。精霊時代では水の元素と呼ばれているはずだ。

「それを帝国に売ろうってか?」

 水掻きの付いた指を鳴らし「ご明察だ。今は単価が高い。それだけ帝国が力を入れているって証拠だな」途端に笑みが溢れ出した。

 怪しい儲け話かと思ったら、案外まともな話だったな。需要と供給、そのバランスが取れていないのだろう。でも、本質はそこじゃない。帝国がなぜ元素の結晶、宝石を求めているのか。答えは単純じゃないか。戦争の準備をしているから……。魔導兵器に流用する為の元素の力を求めているんだ。そんなものに手を貸すのは莫迦げている。

「みたいだな。でも俺は依頼の真っ最中なんだよ。手が欲しいなら他を当たりな」

 こんな所に早々人は来ない。1日、いや数時間だとしても時間を遅らせることができるならそれで構わない。

「正気かよ……。大金を手にする機会を見す見す手放すのか?お前だって、金が欲しくて冒険者なんてものやってるんだろ?短時間で最大限の利益が出る。こんな巡り合わせは早々やって来ない。それでもいいのか?」

 心がぐらりと揺れた。金の為に冒険者をやっている、それは事実だったから。ちまちまと依頼をこなして小銭を稼ぐよりも、目の前にあるチャンスを掴んで、資金繰りに奔走する時間を節約した方がいいんじゃないのか?その時間を鍛錬の時間に当てた方が結果的には近道なんじゃないか?

 迷いの生じたカミルに、シクロッサは告げる。

「言っただろう、これは巡り合わせなんだ。お前に断られたら別の奴を探すだけだ。こんなとこ、人が早々通るとこじゃない。断られたらアルフまで行って人を探さないといけなくなるが、こんな旨い話、すぐに人手は確保できるだろう。最後にもう一回聞いてやる。やるか?やらないか?さあ選べ」

 迷いの末、カミルは―――。

「やってやるよ」

 誘惑に負けてしまった。

「へへっ、良い判断だ。なぁに、手伝って欲しいのは元素の結晶の回収だけだから、そんなに難しい仕事じゃねえよ。俺はシクロッサ・ウルスベン。見ての通りのネブラの民さ」

 ウルスベン?まさか、似ているが別人か?

「あぁ、俺はカミル・クレストだ。よろしく」

 二人は悪手を交わした。

「………。なあ、ひとつ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「あんたにそっくりな人を見かけたことがあるんだが」

 シクロッサはじぃっとカミルの顔を眺め、顔を傾げた。

「お前の顔は見た事ないと思うんだけどな……。知っているとは思うが、俺達ネブラの民は知識や記憶を保有したまま転生する。()()()がお前と会っているのなら、すぐに気付けるさ。そうじゃないってことは、俺とお前は初対面ってわけ」

「だから兄弟がいるのかと聞いている」

「いーや。お前はネブラの民というものを十分理解してねーな。ネブラの民はすべてが兄弟なのさ。この世界が誕生してから人数は増えも減りもしない。人と違って生殖機能すらない。男型、女型に分かれてはいるが、誰一人として似ているヤツなんかいねぇのよ」

「つまりは、シクロッサに似ているネブラ族は存在しない、と?」

「ああ。お前がどこで俺を目撃したのか知らねえが、少なくとも対面であったことはねえのよ」

「そうか……。なら、シクロッサ・グナイデスという名に心当たりはないか?」

 シクロッサは暫く考え込むと「いや、今までにグナイデスと()()()()ヤツはいない」そう告げた。

「名乗った?どういう意味だ?」

「まんまの意味だ。俺達は転生するごとに氏が変わるのさ。名は継承するが、いつの時代に生きた者なのかを記録する為に、自ら新たな氏を名乗り出す。俺の場合はウルスベンだ」

 なら、やっぱり目の前にいるのが、未来の世界で出会ったシクロッサ本人に間違いない。ってことは、アイツ……。俺のこと知ってて黙ってやがったな。

「ネブラの民のこと、よくわかった。ありがとう。どうやら俺の聞き間違えってことなんだと思う」

 シクロッサは納得いってない顔だったが、

「まあ、本人が納得してんならそれでいっか。それじゃ、改めてよろしくな」

「ああ、よろしく頼む」

 シクロッサの案内の下、採掘ポイントまで移動を始めた。


「おい、ちょっと待て。採掘すんのは海の中なのか?」

 シクロッサに案内されたのは、岩場の奥にある入り組んだ洞穴の中だった。中はそれなりに広く、それなりに大きい船なら入って来れるほどだ。所々が繰り抜かれているのか、日の光が射しこみ、洞穴であっても明るさはある程度担保されている。その深部、水路が止まったその場所で「海の中に行くぞ」とシクロッサが飛び込んだのだ。

「青の元素の結晶なんだから、水の中で生まれるのは当り前だろ?」

「まあ、そうなんだけどさ……。せめて初めに一言くらいあっても良かっただろう?」

「へっ、金が欲しいやつがその程度で尻込みしねーよ。お前だってそうだろ?海の中での作業でも、仕方ないで済ませられる。そんなタイプだ」

 心の中が見透かされているようで憎たらしい。

「お前は海の中でそんなに長時間作業しないっての。俺が採掘した結晶を地上に持ち運んで欲しいのさ」

「その為の人手か」

「そういうこと。俺一人でやれなくもないが、あまりに時間が掛かり過ぎる。売り時を逃すと、それだけで価値がガクっと下がっちまうからな。人手を増やしてでも回転数を上げた方が良いのさ」

「仕方ないか」

 カミルは上半身の衣服を脱いで放ると、シクロッサが待つ海へと飛び込んだ。

 水中で呼吸を長く保たせる魔法が飛んでくる。

「海の中に鉄製のザルが置いてある。回収はそれを使ってくれ。いくぞ」

 ドボンッ。水飛沫を上げながら、シクロッサが水中へと消えていく。

「金の為、金の為だ」

 自分に言い聞かすと、シクロッサの後を追い、水中へと潜っていく。


 水中は暗かった。洞穴に光が射しこんでいたとはいえ、水中に届くのは僅かな光のみ。深く潜れば、すぐに光は薄れ闇の世界が広がりを見せている。

 光源のない中をグングンとシクロッサは潜っているところを見ると、暗闇で正確に把握できる目かどこかの感覚野が発達しているのかもしれない。

 だが、カミルはそうはいかないのだ。宝石に魔力を流し、初級光属性魔法ルイズで光球を作り上げ、照明として後を追っていく。

 光に照らされた海の中は綺麗だった。淀みの無い水中を魚が泳ぎ、珊瑚礁が彩っている。その中に、今回依頼で狩る予定だったカバーニィの姿もあった。

 あとでシクロッサに手伝ってもらって狩るとするか。

 カミル達が近づくと、一斉に海の生き物たちは散っていく。

 シクロッサは、親指だけを立てた拳で進む方向を指し示すと、海底の一角に泳いでいく。どうやらそこが、採掘ポイントらしい。周囲にはすでに採りだした2cmほどの結晶が無数に転がっている。俺はこれを陸へと運ぶ役割らしい。

 海底に放置されていた(たがね)と呼ばれる石や鉄などを削る道具を手にして、青く光を反射する岩場に押し当てた。通常の(たがね)に比べて叩く面積が大きいのが特徴的だ。だが、叩くべきハンマー見当たらない。どうするのかと見守っていると、(たがね)に向かって海水を操り始めた。

 ドゥンッ!!ドゥンッ!!

 海水を操る度に衝撃が周りへと広がり水の流れが生まれていく。

 あれは、圧縮された海水を撃ち出しているのか?

 密度を高めた海水を勢いよく撃ち出すことでハンマー代わりに利用していた。そんなことよりも、圧縮を利用するという概念が、この世界に存在していることが衝撃だった。

 魔力を圧縮し武技や魔法に活かすことで道を切り開いてきた。どこかで、この手法は自分だけのものと勘違いしていたのだ。すでにその発想は存在し、利用されていた。その事実が、カミルを焦らせる。

 そもそも、未来に飛ばされる前に圧縮魔力の公表をしようと持ち出したのは自分である。未だに世界に広がっていないところを踏まえると、帝城の一件でそんなことしている場合ではなくなったのだろう。それでも着実に、確実に圧縮を利用した技能を扱う者が誕生しているのだ。そう遠くない未来、技術は体系化されて一般化されてしまう。そうなってしまえば、カミルという元素の適正が高くない者は、補う術を失ってしまう。それが怖かった。

 自分が、平凡以下に沈み込んでしまうことが―――。

 ドゴッ!!

 一際大きな衝撃が響くと、岩の中から青い結晶がシクロッサの手元に落ちていく。5cmほどの大きな結晶だ。あれだけでも相当な金が動く、そう直感した。

 削り取られた岩の粒子が海水を濁らせるも、その淀みすら海水を操り追いやってしまった。

 こんな採掘、ネブラ族しか不可能だろ……。

 採掘を続けるシクロッサから視線を外し、自分の仕事へと取り掛かる。

 傍らに置かれていた鉄製のザルに、転がる青い結晶を次々に回収していく。小粒揃いではあるものの、それなりに数がある。

 そこから海底から陸へと往復を繰り返し、結晶が無くなるまで採掘を続けていく。


「さすがにもう出てこねーか」

 陸に上がった二人は、採れた結晶の山を見て満足そうな笑みを浮かべていた。

「でもよ、ここでこんなに採れるってことは、他でも大量に産出されてるんじゃないのか?きちんと利益になるのか?」

 3時間ほど休憩を挟みながら採掘をしたが、目ぼしいサイズのものは数える程度である。その中で一際輝いているのは、20cmほどの大きさを誇る塊だ。これほどの大きさともなると、一般的に目にすることさえ困難なのだ。多くは国や貴族が買い占め、市場に出回って来るのは良くて2~3cmほどのものである。

「おいおい、青の結晶の価値もしらんのか。青はな、産出地が極めて少ないんだ。ほら、これを見ろ」

 シクロッサが手にしたのは、2cmほどの結晶だ。

「この大きさの結晶ですら、銀貨200枚はくだらない」

「200枚!?赤はその半分くらいしかしないはずだろ……?」

「あぁ、そうさ。これが青だからだよ………。お前、()のことを()と呼んだか?」

 未来での生活に馴染み過ぎたせいか、6色の名で呼ぶことが染み付いてしまっていた。

「昔は、そう言ってたらしいじゃないか」

「へぇ、竜の時代の知識を持つか。考古学でも専攻してんのかね」

「確かに、周りにいるやつで色で元素を呼ぶのはいないか……」

 変にツッコまれるのが嫌で、咄嗟に話を合わせる。

「………。まあいっか。それでな、青の結晶は水の精霊アリューネの領域であるクラッカ諸島でしか基本は採れない。アルフ近郊はクラッカ諸島からほど近く、青の元素が流れ込みやすい。だからこうして、青の力が滞留しやすい場所に結晶化することがあるんだよ」

「そんなこと、俺に教えてもいいのか?」

 シクロッサは鼻で笑った。

「教えたところでネブラの民以外があんなところで採掘なんてできるはずがねーだろ?それに、採掘できる場所なんて早々見つかるものじゃない。俺がここを見つけたのも、漁の時にたまたまここで休憩を取ったからに過ぎんよ」

「青の結晶が高いのは希少性ってことか?」

「正解だ。今は帝国が買い取りに力を入れているせいか、通常の1.5倍ほどに買い取り額が跳ね上がっている。だからこいつでも、ひとつ銀貨300枚くらいにはなるんだよ」

「300……」

 思わず生唾を飲んでしまった。

「取り分は7対3、と言いたいところだが、カミルも頑張ってくれたからな。そうだな、6対4―――6.5対3.5でどうだ?」

 札で頭を叩かれたような気分だった。2cm前後のものだけで40個以上、それ以上の結晶も入れると、途方もない金額になるのがわかる。

「それでいい!!それでいいぞ……、ははっ」

 カミルの顔が悪い笑みで染まった。

「金が人を駄目にするってのは本当らしいな……」

 欲望塗れのカミルの姿に、シクロッサは憐みの視線を送る。

「換金できたら連絡する。その年頃ならセルヴィナ学園に通ってんのか?」

「あぁ、今第2学年だ」

「なら、換金出来次第、アルフの冒険者組合(ギルド)を通して支払いをしよう。1~2週間もあれば売却できると思う。それ以降にギルドで受け取りをしてくれ」

「わかった」

 これでまとまった金額は確保できた。暫くの活動費としては十分過ぎる金額だけど、金はいくらあっても困ることはない。金を積めば人の心を動かすことも可能だろう。それが戦争を回避する手段となり得る可能性すらある。冒険者稼業は続けていかなきゃな。

「そういや、あんたはそれだけの金を稼いで何をするつもりなんだ?」

「村を作りたいんだよ」

「村?」

「ああ、ネブラの民の村だ。世界中に散らばってる同胞を集めた村をな。リディスの民はホガミという街がある。ダインの民にはルナーナ大陸がある。でも、俺達には故郷と呼べる場所が無ぇ。だから欲しいのさ、魂の拠り所をさ。この程度の金じゃ生活の基盤すら作れないが、時間をかけてでも造り上げたいんだよ」

 未来のシクロッサは王国領の港町ジスタークで舟に乗っていた。少なくとも1000年以上の歳月をかけてもそれが実現できていない。人の心は移ろうもの。時の流れの中で、彼の心が変わってしまったのかもしれない。

「規模のでかい話だな。ま、頑張れよ」

「おうよ」

 嬉しそうに語ったシクロッサの笑顔がやけに眩しく見えた。

 戦争を防ぎ、リアを取り戻した後、俺は何がしたいのだろう。国の為に仕える騎士?その日暮らしの冒険者稼業?アズ村に戻って農作業を引き継ぐ?わからない……。自分が何をしたいのか、思い浮かぶものは何もなかった。今の俺は、目の前で起きてる出来事にただ流されてるだけなんだろうか……?そう思った瞬間、未来に対して漠然とした不安に襲われた。


 洞穴を出た後、シクロッサの手を借り討伐対象のカバーニィを倒し、アルフまで戻って来ている。ギルドで清算していると「よっ」適正試験の一段階を終えたゼルに話しかけられた。

「依頼の清算か?なかなか手慣れてるじゃねーの。いくら稼いだ?」

 いきなりの下世話な話だが、冒険者になろうとしているゼルからすれば、どれくらい稼げるのか気になるところか。

「まだまだ駆け出しの冒険者だぞ?今回、割の良い依頼で銀貨10枚さ」

 その言葉と同時に、受付のお姉さんが銀貨10枚を差し出して来る。それを受け取ると、受付から離れていく。

「一日中バイトした金額と大差ないな」

 ゼルはがっかりしているが、ブロンズの依頼なんてそういった類のものである。利点は短時間で依頼が完了するところだろう。隙間時間に依頼をこなせる分、タイパは良い部類に入る。バイトと併用すれば、学生の身分でもそれなりの貯蓄も可能だ。

「ランクが上がれば報酬も上がるよ。危険度も上がるけどな」

 ギルドを後にし、学園特区へと歩き出す。

「ゼルはさ、将来の夢とかってある?」

「なんだよ突然。そうだな……。学園を卒業したら騎士団に入るだろ?行く行くは騎士団長になるくらいかな?」

「なら、その先は?」

「いやぁ、先のこと過ぎて思いつかねえが、たぶん―――」

 腕を組み、口を尖らせ考え込むゼルは空を仰ぎ見た。

「部下の育成に励んでるんじゃねーのか?自分の名を上げることも名誉なことだけどよ、自分が育てた騎士が武功を上げる姿を見るのも悪くないと思う」

「ゼルが指導すんのぉ?」

 ゼルの学科の出来を知っているカミルはにやついた。

「へっ、確かに俺は理解力は高くねーよ。でもな、だからこそ色々と考えるわけよ。自分が思い悩む分、色んな言葉で伝えることができるはずなんだ。躓くからこそ見える景色もあるんだよ。優秀なやつにはわからない、そういった事を伝えられるんだと思う」

 予想外だった。いつも能天気にノリと勢いに任せたような行動を取るゼルがここまで考えているなんてな。学科の点数では俺の方が上だったけど、点数に囚われない部分では、ゼルの方が遥かに先を行っている。

「お前こそどうなんだ?夢とかあるのか?」

「俺は……」

 言葉が続かなかった。戦争を止める。リアを取り戻す。それはやらなくてはならないことであって、自分のやりたい夢なんかじゃないから……。

「私と一緒に世界に名を轟かせることでぇ~す」

「え?」

 不意に言葉を掛けられ、声がする方へと振り向いた。そこにいたのは、桃染(ももぞめ)の髪をハーフアップにした、垂れ眉とつり目の女性――ミュイカ・エラだった。

 カミルに腕を絡めると、媚びる声で詰め寄ってきた。

「あれから随分探したんだぞぉ?」

 顔が引き攣った。この街で、今一番出会いたくない人物に出会っちまった……。

「誰だ、この人は?」

 にやつく顔で興味津々といったゼルが肘打ちをしてくる。

「カミル君の彼女候補でぇ~す」

 ゼルに適当な言葉をかけてウィンクを投げている。

「おいおいおいおい、カミル。いつの間にそんな人を作ってたんだよ?」

 いや、お前にはリアとの関係性について話したはずなんだが?

「出会ったのはつい最近なのよねぇ。フィースからアルフへの馬車で運命的な出会いをしちゃって」

「勝手なこと言ってんなって。俺はお前をそんな風に思ったことは一度たりとも無い」

「馬車でゆっくりと愛を育んだの」

 きっぱりと否定するも、やはり都合の悪いことは聞き流すらしい。


「あら?暫く見ない間に女を(はべ)らせるようになったのね?」


 凍えるような女性の声色が耳に届き、恐る恐る振り返れば、そこに般若がいた。

 背中まで伸びる亜麻色の髪が風に靡き、不機嫌そうな表情も相俟って不気味さが増している。

 なぜ怒っているのかわからないが、とりあえず冷静に対処しなくちゃいけないのだけはわかった。

「ふぁ、ファティ。久しぶりだね?」

 そう、声の主は、ファティマール・アロシュタットだった。

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