ep.123 誇りの代償
「Cクラスのカミル君。Bクラスに上がった俺を敬えよな」
肩をポンポンッと叩かれ、ゼルは踏ん反り返っていた。
ゼルとジョアンと合流後、カミルは寮監に学園の復帰と寮の再使用の旨を告げた。部屋は半年前のままにしてあるらしく、学園に復帰するのであれば学園の受付に行くように促され、復学の申請をして自室に戻って来ている。
「うっさいなぁ。強制的に学園を離れることになったんだから仕方ねぇだろうが……」
久しぶりに会ったと思ったら、早速ダル絡みされている。それも少しだけ懐かしいと思ってしまった自分が恨めしい。普段呼ばない君付けなんてしてきている辺り、おちょくる気満々だ。
「でも、有難く思ってよね?カミル君がいない間、月2回は部屋を掃除しておいたんですから」
カミルは即座に地面に頭を擦りつけ、
「ありがとうございました。お陰で変な虫が湧くこともなく、綺麗な部屋を使うことができます」
全力で感謝の意を示した。
2週間の予定だったこともあり、冷蔵庫の中には日持ちする食材が残っていた。腐ったまま放置されていたらと思うと、ぞっとする思いだった。
「カミル、何だそりゃ?」
土下座が通じない。そのことが精霊時代に帰って来たことの実感をくれる。
未来の世界では、世界人口の4割が日本人の先祖を持つリディスだったこともあり、土下座や食前食後の感謝の言葉も自然と受け入れられていた。だが、精霊時代である今は、世界人口の1割程度しかリディスはいないのだ。奇跡の御業と称される回復魔法を扱える者が少なく、怪我や病気にはかなりシビアな対応が必要となってくる。
「頭を低くすることで、貴方に頭が上がりませんということを目に見える形で表した最上級の謝罪の形なんだよ」
「へえ、お前の村にはそんな風習があるのか」
「そんなに畏まらなくていいって。落ち着かないから頭上げてよ」
ジョアンは必死に頭を上げようと、カミルの肩を引っ張り上げた。
「で?こんなに長い時間、帝都で何やってたんだ?」
話すべきかどうか……。いずれは誰かに話さなきゃいけない話だし、今から根回ししておくか。
「実はさ―――」
二人にアルフを出てからの旅路のすべてを話してみた。これからこの世界に何が起こるのか。未然に防ぐ為に力と知識を着けなければならないこと。未来に取り残されてしまっているリアのこと。にわかには信じ難い内容だけに、二人は怪訝な表情を浮かべていた。
「いや、それはさすがに信じられねーんだが……」
ゼルはこれから戦争が起き、世界の理が書き換わることに懐疑的だった。逆の立場であれば、俺自身信じ難いと思うし、当然の反応なのだろう。
「………。ちょっと前からなんだけど、帝都に宝石を始めとした元素の結晶や回復薬が流れ込んでいるという話は確かにあるんだ。父がその交易で利益が伸びていると言っていたし、戦争かどうかはわからないけど、それらしい動きは実際に起きているみたいですよ」
「まじかよ……」
ゼルは顔を引き攣らせた。
「もう下準備が始まっているのか……。いや、世界を統一しようとするのなら、数年単位で行っていても不思議じゃないか」
着実に歯車は回り始めている。まだまだ猶予があると思っていただけに、こんなにも身近なところから証言が出てくるなんてな……。未来で得た情報が確かなら、帝元戦争が勃発するのは5年後だ。あまりにも時間の余裕が無さすぎる。
「この先どうすんだよ?」
ゼルは不安そうに呟いた。
「やることは変わんないさ。まずは騎士や兵士と互角に戦える力を得ないことには、行動にすら移せない。学園でしっかり学ぶべきだろうよ。当てなら4つほどあるし」
「当てって何だよ?」
「1つ目はガナード・ラウ騎士団長だ。現皇帝派であり、ゼーゼーマンを危険視し、第二皇子を警戒していたから話は聞いてもらえると思う。2つ目は竜剣を持っていそうなエジカロス大森林に住まうエルフ、サティエリュース・イル・フルール。未来の世界で出会ったカミュンは彼女の子孫で竜剣の残滓を持っていた。少なからず竜剣に近い位置にいると考えている。3つ目はザイアス王国の第30代国王、フィルヒル・サン・ザイアス。この時代では面識はないけど、彼が世界の安定の為に奔走していたというのは伝え聞く。上手く接触できれば一緒に動いてくれる可能性は十分にある。4つ目はルナーナ大陸にいるダインの民。彼らが帝国を攻めたのは元素の乱れを生み出す魔導兵器を破壊し、戦争そのものを止める為だった。目的は一緒なわけだから、そちらとも共同で動ければ、とは考えている」
名だたる人物達の名が並び、二人は面食らったかのように、ただカミルの言葉に耳を傾けている。
「どう動こうにも、必ず長距離の移動が必須になる。魔物や魔族を倒せるほどの力を手に入れないと何も始まらないさ」
場数だけで言えば、新任の騎士や兵士並みには戦いを繰り広げてきた。竜や鬼みたいな化け物級に出会わなければ、どうとでもなる。
「お前、変わったな」
ゼルは至って真面目な口調だ。瞳にはちゃらけた雰囲気など一切感じなかった。
「そりゃ、いろいろ見てきたからな」
「落ち着いたってのもあるけど、口調が前みたいなナヨナヨした感じが無くなってるんだよ」
ナヨナヨって……。
「それは僕もそう感じたかな。本当に同級生なのか疑わしくなるよ」
ジョアンにすらそう映るってことは、間違いないだろう。それと同時に、ひとつの不安が頭をよぎった。
「俺、そんなに老け込んだ……?」
黒髪から銀髪に変化したのも、見ようによっては白髪に見えなくもない。ましてや、日本という国で5年も過ごしているのだから、精神年齢は実年齢の+5ということになる。
「雰囲気だけならもう20歳過ぎかな」
ジョアンが困ったように控えめな声量で言葉を紡ぐ。
「もうおっさんだな」
ゼルの容赦のない言葉が凶器となり、カミルの胸を貫いた。
「くそぅ……。俺も二人と同じ16歳のはずなのに……」
本気で悔しがるカミルに、二人は愛想笑いを浮かべるのみだった。
久しぶりの登校に心が浮き立つ中、2年になって初めて教室の中に入っていく。教室の中は1年の頃と違い、人数が疎らとなっている。半年に1度行われる試験に合格すれば上位クラスへと上がることができる為、多くの者がCクラスからBクラスへと上がって行ったことになる。
その中にジョアンとドワーフ族の女性、シルキー・ウェイルズの姿もあった。
見慣れぬ学生の登場に、教室が一瞬ざわついたが、カミルということを明かすと幾人かの人は思い出し、興味が失せカミルから視線を外して行った。
「半年ぶりの登場ともなると、やっぱり目立っちゃうよね」
ジョアンだけが気さくに声を掛けてくれる。シルキーさんとは都市外戦闘訓練の時に臨時パーティーを組んではいたが、それほど仲が良かったわけでもなく、会わない期間が空いてしまったせいか無関心であった。
「仕方ないさ。見慣れない男がうろついてたら嫌でも気になるだろ。ゼルはBクラスだとして、ファティもBクラス?」
「うぅん、アロシュタットさんは今年度からAクラスに上がったんだ。1年でAクラスまで上がるなんて、努力家だよ」
ジョアンは「さすがアロシュタットの家柄」なんて言わない。血統だけで評価されるのを嫌っているのを知っているから。ジョアンは商人の家系であり、彼自身も商人を目指している。人の心というものを良く理解している部類の人間である。一人の人間としてしっかりと向き合い、評価を下すのは当然のことだった。
「もうAクラスかよ……。すっかり差を付けられちまったな」
仲間のステップアップを喜ぶ反面、羨ましさもある。
ファティにも1度顔を見せに行かないと。アリィのこともあるし、セオリツという術式のことも気になるしな。彼女が担う役割が何なのか、少しでも手を貸してやれれば良いんだが。
「お互いCクラスを脱出できるように頑張らないとね」
「そうだな」
講義の始まりを告げるベルが鳴り、教室に先生が入ってくる。
新たな学園生活が始まろうとしていた。
「ちょっと面貸せよ」
唐突だった。
復学初日の授業を終え、ファティに会いに行こうと教室を出た直後に一人の学生に因縁をつけられたのだ。
蘇芳色の髪をツーブロックにしたマッシュを七三分けにした男子学生――モーガン・ザレッソォ。確かSクラスの剣士で、学年主席だったはずだ。
「なぜ?俺には行かないといけない場所があるんだよ」
「半年前、聖なる焔の技能講習での一件を忘れたか?本来、聖人カナン・サーストンと模擬戦を行うのは俺だったんだ。それを掠め取り、魔族の登場で有耶無耶になった責任を取ってもらいたくてねえ」
意味がわからない。俺は指名されたからカナンさんと戦っただけで、モーガンに迷惑をかけた覚えはない。
「あれは事故みたいなもんだろ?俺に八つ当たりすんのは止めろよ。みっともない」
モーガンの眉間に皺が寄る。
「言うに事欠いてみっともない?俺を誰だと思ってやがる。帝国が将来有望と価値を認めた男だぞ?聖人と模擬戦を行うことで更なる高みに上がれる機会を奪われたんだぞ?お前のようなCクラスの掃き溜めにいる無価値な存在とはわけが違う。言ってしまえば、俺の成長を阻害したことは、国にとっての損害だ。正しい認識もできん凡人が、この俺様に楯突いてんじゃねえよッ!!!!」
その叫びは、Cクラスの教室の扉を潜った直後ともあり、中にいるクラスメイトの耳にも届いている。不快感を露わにした視線がモーガンに注がれているが、当の本人は気にした素振りもない。
隣のBクラスの学生まで野次馬として遠巻きに見ている。
「実力はあるかもしんねぇけど、心は未熟の一言に尽きるな。俺は帝都で本物の騎士を見てきた。カナード・ラウ騎士団長も、ソル・グロワーズ副騎士団長も、相手を愚弄する言葉など用いなかったぞ?そんな態度しか取れない未熟なガキに、敬意を払う必要なんてあると思うなよ」
モーガンの表情は歪み、目が血走った。
「なら、見せてやるよ。如何ともし難い俺とお前の実力の差ってやつをなぁぁッ!!」
「こんなとこでやり合うつもりかよ」
「そんな馬鹿なことがあるか。既に訓練場の使用許可は得ている。それだけの口を叩いたんだ、逃げるなんて真似はしねえよなぁ?」
声を掛けた時からそのつもりだっただろうに……。そうじゃなきゃ、訓練場の使用許可なんて取っているわけがない。ファティに会っておきたかったけど、今後また絡まれるくらいなら、今ここでモーガンの相手をしておくのも悪くない。
「いいぜ。その喧嘩、買ってやるよ」
「くぅはっはっはっは!!喧嘩だと?これだからCクラスの野蛮人は困る。俺達がやるのは模擬戦だ。力を高め合う為のな」
高笑いを響かせ「ついて来い」モーガンの後を追い訓練場へと移動を始めた。
「なんか、面白いことになってんな」
聞きなれた声に顔を向ければ、頭の後ろで指を組むBクラスのはずのゼルが可笑しそうに笑みを浮かべていた。
隣のクラスなら、モーガンの叫びは聞こえていたか。
「一度相手をしてやれば満足するだろ。あんなのに時間を奪われ続けるくらいなら、今日の放課後が潰れるくらいなんてことないさ」
「なんだつまらん。もっと怯えてんのかと思ったのによぉ」
口を尖らせ不平を漏らすゼルもまた暇人ってとこだろうか。
「でもな、モーガンをあまり舐めて掛かんない方がいいぜ?性格はあれだが、実力は本物だ」
そう言えば、モーガンが剣を振るっているところをまともに見た事はないな。
「特に気をつけたいのは、火の「ああッ!!言わなくていいって。楽しみが減るだろ?」」
初見だからこその楽しみがある。ネタバレは勘弁だ。
「おいおい、大丈夫なのか?痛い目見るぞ?」
「こっちだって、何度も死線を潜り抜けて来たんだ。簡単にはやられないっての」
「へへっ、そりゃ楽しみだ」
竜や鬼と対峙する絶望感に比べたら、モーガンなんて可愛いものだろう。
「で、なんでこんなに観戦者がいるんだ?」
訓練場でモーガンと対峙していると、次から次へと学生達が2階の観覧席に流れ込んでくる。
「そりゃ当然だろ?モーガン様の模擬戦が無料で見れるんだぞ?当然の行動さ」
両手を広げ、自信満々に語る姿は見るに堪えなかった。
なんだこの自意識過剰ぶりは……。ただの勘違い野郎に思えてきたぞ……。
「あっそう。時間も勿体ないし、さっさと始めよう」
その言葉にモーガンは怪訝な表情を浮かべた。
「武器も持たずに何を言っている。自前の武器さえ用意できん貧乏人なのか?なら、公平に練習用の剣での勝負になるが」
モーガンの腰には、無駄に装飾が施された剣が収められている。
「問題ない。俺は武器を持ち運ぶ必要性がないんだよ」
虚空から黎架を形成し、鞘を抜いた。
「なんだ……?どこから出しやがった」
傲慢なモーガンの驚く表情を眺めるのは愉悦なのかもしれない。
「手の内を晒す莫迦がいるかよ。ほら、お前も構えろよ」
「傲岸不遜なその態度、2度と取れぬように圧し折ってやる」
モーガンの手が柄に伸び、赤き宝石があしらわれた剣を中段に構えた。
どの口が言ってんだか。
「先手はくれてやる。どこからでもかかって来るが良い」
「そりゃどうも」
左手を拳銃を模らせ、モーガンへと突き出した。
― 豪然たる水の意志 其は冷酷なる刃の狩人 アプラース ―
躊躇なく圧縮された中級水属性魔法アプラースの水弾が解き放たれた。通常のアプラースよりも規模は小さいが、威力と弾速が強化された水弾は、瞬く間にモーガンの右肩へと着弾する。
肩を押さえれる形となったモーガンは、大きく身体を揺さぶられ、後ろに一歩下がってしまった。
「さっすが学年主席様。当たってくれるなんてお優しい。Cクラスの野蛮人の攻撃が躱せないなんてねぇもんな?」
明確な煽りだった。元素への適正不足により、圧縮されたとはいえ威力が足りてない。それでも、弾速だけなら一級品である。格上相手だったとしても、外すことはあっても躱されたことは未だかつてないのだから。
モーガンは何が起きたのか理解すらできていなかった。
水の元素が集ったと思ったら、肩を撃たれていただと……!?
屈辱だった。先手は譲ったが、攻撃など喰らってやるつもりなんて端から無かったのだ。既の所で躱し、嘲るつもりだった。それがどういうわけか、気づいた時には既に肩を攻撃され、身体が大きく後ろに流れてしまった。結果、脚を後ろに引かざるを得なくなった。
これまで、同年代との模擬戦で後ろに下がるということは一度たりとも無かった。剣術で、魔法で相手の攻撃をいなし、前へ前へと進むことで喉元に刃を突きつけて来たのだ。観衆が集うこの場で、人生における汚点を付けられた。そう感じずにはいられなかった。
油断、そう言われてしまえば何も言い返せない。カナン・サーストンとの模擬戦を奪われ、聖なる焔に認められているのがカミル・クレストだという噂が出回ったことで、モーガンの品位が損なわれた。不名誉な印象を払拭させるべく模擬戦を持ちかけたというのに、更なる汚点を生み出してしまった。
許せない。
カミル・クレストに対してもだが、それ以上に自分自身を許せなかった。
完膚なきまで叩きのめし、汚された誇りを取り戻す!!
「減らず口もしそこまでだ。帝国に認められた力、拝ませてやるッ!!」
ぼぅッ。刃に炎が灯った。赤き宝石に魔力を流すことで、炎を纏うことを可能とする。騎士の家系に生まれ、潤沢な資金を元に作られた世界に二つとない魔剣である。元素の適正の高さから、幼少の頃から両親の期待はすごいものだった。剣の師を付け、魔法の師を付けられた。装備も一級品が与えられ、人の上に立つべくして育てられてきた。「魔剣で戦うなんて卑怯だ」なんて言われたこともあったが、戦いというものは如何に万全な準備を行えるかにかかっている。装備を整えるのも実力の内なのだ。
それに、これはモーガンなりの優しさでもある。一級品の装備の性能を示すことで、如何に良い装備を集められるかが勝利へ直結するのかを示している。実力が劣ろうとも、装備で補えば勝利を手にすることができる。そういったメッセージ性も含まれている。
現に、モーガンは1つ、2つ上のAクラスの先輩と模擬戦をして勝ち越しているのだ。
モーガンという男はプライドが高いだけの人間ではない。格下の者であろうとも、より高みへ引き上げたいと思っている。それでも優先されるべきは誇りであるという事実は変わりはしないが。
「駿動走駆」
脚に風を纏い、炎を纏う剣がカミルへと迫った。
炎を纏う剣か。
カミルに驚きはなかった。モーガンが振り翳す剣よりも上位の剣に出会っている。カナン・サーストの聖火を纏う剣然り。クヴァ・ロウルの白炎の剣然り。クォルスの火の精霊の加護の剣ノヴァズィール然り。半年という時間の中での経験が、カミルを冷静へと導いている。
黎架に圧縮魔力を流していく。
モーガンは素早く迫り、轟轟と猛る剣を振り下ろす。
「爆砕過焼!!」
勢いの乗った刃が迫り、黎架をぶつけて剣を受け止めた。
ドッカァァァァァンッ!!
その途端、炎が広がり爆発した。
黎架は弾かれ、爆風をもろに食らったカミルの身体は、1歩、2歩、後方へと流れる。
モーガンはほくそ笑む。
赤の元素が空間を侵食していく。周囲に満ちたその瞬間、世界は無数の焔で埋め尽くされた。
それは赤き刃の雨。前方120度に及ぶ範囲から撃ち出された赤の猛威に、圧縮式の「駿動走駆」で飛び退いた。
赤き刃の雨が、カミルがいた地面に降り注ぐ。ゴォッ!!ゴォッ!!と焔が地面を叩くだけの光景に、モーガンは目を剥いた。ただ後方に飛び退いただけならモーガンも納得できただろう。だが、カミルが発動させたのは圧縮式の駿動走駆、瞬く間に姿を見失っていた。
後方、15mほど先にカミルの姿を捉えたモーガンは、
「逃げ足の早さは一級ってわけか」
躱された事実よりも、目にも止まらぬ速さで逃げたことを嘲笑していた。
詠唱無しでこの威力……。ったく、羨ましいぜ。
モーガンの魔法の威力を目の当たりにしてなお、カミルは前へと踏み出した。
再び色濃い赤の気配を察知すると、無数の赤き刃が降り注ぐ。さきほどの比ではない。2倍ほどあるだろうか?今度は逃す気はない、そう言っているようだ。
赤き刃が射出される。
横に飛び退き回避すると、瞬時に別の刃が向かって来る。
「逃げ場なんてあるわけねーだろうが!!」
更に横に飛び退くと、すぐにまた刃が射出される。回避は間に合うにせよ、これではモーガンに近づくことができない。
無数の赤き刃の雨を躱し続けていると、業を煮やしたのか、モーガンの魔力が膨れ上がっていくのを感じた。
別の手を仕掛けてくるな……。
自慢の装飾剣を突き出すと、モーガンは言葉を紡ぎ出す。
― 我が魔力を糧に 呼びかけに応えよ
頂者にして 猛き焔を纏いし獣
其の顎を以って喰らい尽くせ ガルドブラム ―
場に満ちる赤が一塊と成り、白炎を纏う巨大な獣の頭を形成していく。灼熱が周囲の青を対消滅させ、訓練場内が熱波に埋め尽くされた。
それは、全長50mに及ぶ巨大な竜の頭。火の極致魔法ガルドブラムによって生まれし白炎なるもの。
「おいおい、さすがにやりすぎだろ!?」
遠くでゼルの叫び声が聞こえる。それを皮切りに「加護の魔法は耐えられるの!?」「もう模擬戦の域を出てるだろ!?」「おい!!先生を呼んで来い!!」様々な声が上がっている。
訓練場には加護の魔法が張られており、極致魔法ですら耐えることが可能である。それも、角付の魔族との戦いにおいて天井が破られたことで不十分と判定され、今では3重の加護の魔法が張られているらしい。
モーガンが不敵に笑う。
「死にたくなければ、その一級の逃げ足で生き延びてみろ」
竜の頭は、左右に顔を振ると巨大な顎を開き、カミルを目指して飛び込んでいく。その動きは軽やかだ。大きいと言えど、形成するのは白炎。炎をうねらせ、灼熱が容赦なくカミルを呑み込んでいく。
訓練場のあちこちから大きな悲鳴が上がり、モーガンは満足そうに笑っていた。
「まさか、この程度の魔法で勝負が決まったなんて思ってねぇよな?」
白炎の中から響くカミルの声に、モーガンの笑みは途絶えた。
「馬鹿なッ!?完全に捉えたはずだッ!?」
初めてモーガンの顔に焦りの色が浮かぶ。
コツン、コツン、コツン。
足音が響き、白炎の中から光の衣を纏ったカミルが姿を現した。
「なッ!?無傷だと……ッ!?そんな……、そんな馬鹿なことがあるかッ!?貴様ッ!!何をしたッ!?」
「生憎と、俺に元素の力は通じない。ただそれだけだ」
モーガンの首が小刻みに左右に振るわれる。
「ありない……。そんなこと在り得るものかッ!?ガルドブラムだけじゃない。この剣にはな、貴重な赤竜の牙を使って打ち出された至高の一振りなんだぞッ!!竜の力が乗った極致魔法を食らって無事で済むはずがねーだろうがぁぁぁッ!!!!」
それでか。妙に胸の宝石が熱くなってんなとは思ってたんだ。
赤き宝石を抱き込んだ勾玉から蒼気が溢れ出している。
「確かに圧倒的な赤の力だったさ。でもそれは、竜の力であってお前の力じゃねぇんだろ?あれだけ啖呵を切っといてこれかよ。学年主席が聞いて呆れる」
歯を食い縛ったモーガンの口がピクピクと跳ねている。
「はっ、ははっ……」
― 我が魔力を糧に 呼びかけに応えよ
頂者にして 猛き焔を纏いし獣
其の顎を以って喰らい尽くせ ガルドブラム ―
懲りずに再びガルドブラムを唱えると、白炎の竜の頭が出現する。
「さっきのは何かの間違いだ。今度こそ、その生意気な口を閉ざしてやるよッ!!!!!!」
白炎の竜の頭が動き出す。
知らせを受けたキョウ・シンジョウは訓練場に向かって駆けていた。普段は廊下を走るなと煩く注意する立場ではあるが、今は緊急事態だ。極致魔法が放たれたとなれば、下手をすれば命の危機に瀕している可能性もある。
間に合ってくれよ……。
訓練場の扉を潜ると、キョウはその光景に絶句した。
ま、こうなったからには仕方ないか。
光の衣に、月読の蒼気を混ぜていく。
どう足掻いても、竜との因縁は断ち切れそうにないらしい。なら―――。
「衝波裂覇斬」
横薙ぎに振るわれた黎架から、蒼気を纏う魔力の斬撃が飛び出した。それは、巨大な白炎の竜に対してあまりにもちっぽけだ。だが、ひとたびガルドブラムに触れた瞬間、白炎の竜は小さな蒼い斬撃に喰われていく。進む白炎は、まるで誘導されるように斬撃に吸い込まれ、養分となり魔力の斬撃を成長させていく。喰らい尽くす頃には、竜の頭の大きささえも奪い取り、50mにも及ぶ大きな斬撃となってモーガンへと迫っていた。
「馬鹿な……、バカな、馬鹿な、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?!?」
巨大に膨れ上がった斬撃を前に、モーガンに逃げ場などなかった。
モーガンは蒼に呑まれた。
信じられない光景だった。モーガン・ガレッソォは在学中の学生の中でも秀でた存在だ。ガルドブラムを放っていながら、彼の悲鳴を聞くことになるとは、誰が想像できたか。
ゆるくパーマのかかった鉛色の髪を靡かせ、キョウはモーガンがいるであろう場所に近づいていく。
蒼の中に人影が揺らめいた。
立っている……?あの馬鹿でかい斬撃をいなしたっていうのか……?
月読は竜の力に起因したもの以外を傷つけない。どれだけ斬撃が大きくなろうとも、竜でなければ無害なのだ。
呆然とするモーガンの手の中には、自慢の装飾剣の姿はなく、その存在は無に還ってしまっていた。
「もう終わりでいいか?」
この大衆の中での敗北だ。ちったぁ身に染みてくれるといいんだけどな。
「まだだ」
カミルは耳を疑った。
「まだ俺は倒れていない!!負けてなんかいない!!」
無手の状態で駆けてくる。その姿は優雅さの欠片もなかった。負けを認めたくない、ただの負けず嫌いがそこにいた。
だから―――。
「駿動走駆」
圧縮式の駿動走駆で瞬間的にモーガンに飛び込むと、その勢いを利用して黎架の棟で腹部を打ち付け吹き飛ばす。「ぐへぁ゙ッ!?」潰れた蛙のような声を上げ、モーガンは壁まで弾き飛ばされ、背中を強打したことにより意識を手放した。
誇りを取り戻す為の模擬戦が、誇りを傷つけられる形になったのは皮肉であった。




