ep.119 その心、変わらず
精霊に管理されたこの時代に竜が存在するとはな。
舞い降りたナユタは、白き鱗を持つ全長20mを越える竜であった。未来の世界で遭遇した竜とはまた雰囲気が少し違う。瞳が赤黒く濁り、鱗の隙間から瘴気が溢れ出していた。
「おい!!ナユタってのは、魔族化し始めているのか!?」
「いえ、私が戦士としてナユタと遭遇してから姿は変わっていませんが……?」
確かに、魔族と化していれば破壊衝動に駆られ、リタミア村を滅ぼしていてもおかしくはない。となれば、瘴気を放つ姿そのものがナユタという竜の姿ってことか。なら、なぜ白い鱗を持っている?白と黒は相反する色。2つの色を持ち合わせるのは極めて稀なはず。特異な存在が竜として顕現しているのか……。
『今年は煩い蝿がおるではないか。年に一度の食事時、邪魔立てするなら命は無いと思え』
喋った!?――いや、ナユタから取引の要求が来ている時点で気づくべきだった。でなければ対話など成立するはずがない。
「カミル君、剣を収めてください……。無駄な犠牲を出すわけにはいけません。悔しいのは私も同じです。ここは我慢を……」
「悪いが、そればかりは聞けない頼みだ」
「いいから大人しくしてろよッ!!機嫌を損ねたら村が消えちまうかもしれねーんだぞッ!!」
「だからこそだ。犠牲をゼロにできるんだ。これで、ケケイルの人生を削った詫びができるというもの。黙って見れいればいい」
「おいッ!?」
ガレウスの叫びが響く中、月読の輝きを纏い祭殿へと歩き出す。
『愚かなる人の子よ。いくら時を経ようと、その傲慢さは消えぬらしいな』
「へぇ?てめぇは長生きしてんだな?さすが、竜の時代の生き残りは言うことが違うねえ」
ナユタの首が伸び、カミルの姿を覗き込んだ。
『お前、我を竜と認識しておるのか。実に興味深い。竜の黄昏を越え、今尚生きる当時の人間に会うのは久しいが。なんの力も感じ取れん。力を失った哀れな存在か』
こいつ、今なんて言った?竜の黄昏以前の人間がこの世界にいる……?
『せめてもの情けだ、大人しくしておれ。そうすれば見逃してやろう』
黎架の棟を肩へと乗せ、トントンッと跳ねさせナユタを挑発する。
「おいおい、なんで上から目線なんだ?今この場において、最優なのは俺だぜ?許しを請うべきはナユタ、あんたの方だ」
村の戦士達の顔は青ざめ、声に成らない絶叫を上げていた。
屈強な戦士達以上に肝が据わっている人物がいる。犠牲に捧げられた娘だ。ナユタが現れる直前まで祈りを捧げていたにも関わらず、畏れも抱かずナユタと対峙するカミルの姿に希望を見出したのか、熱い眼差しを寄せていた。
『くっはははははははははッ!!!!』
ナユタの首が引っ込み、カミルを睨みつける。
『思い上がったな人の子よ。その傲慢さのツケ、きっちり払ってもらうぞッ!!』
その瞬間、大気が焦げる臭いが漂った。
ナユタの口が開かれ、黒き炎が渦巻いている。
黒炎!?
かつての戦いが脳裏に甦った。凛童が操り、仲間を苦しめた黒炎が今正に牙を剥こうとしている。
カミルは咄嗟に戦士達へと駆け寄り「死にたくなければ俺の身体に触れろッ!!」左耳の丸鏡のイヤリングを介して日ノ神の力を解放する。
光の衣がカミルの身体を包み込んでいく。蒼気と混じり合い、蒼き光の衣へと変化した。
咄嗟のことに、歴戦の戦士達は瞬時にカミルに手を触れさせるも、判断力の甘いガレウスだけが呆然とカミルを見つめるだけだ。
「この利かん坊がッ!!」
左手でガレウスの肩を掴んだ。
その直後、黒き炎の波が一面を覆い尽くしていく。地に生える草を焼き、大気を焦がし、熱波が周囲に陽炎を生み出した。その破壊力は竜という名に恥じぬ威力を誇っている。光の衣が無ければ、カミル達は瞬く間に灰燼と化していただろう。
凛童の黒炎なんて可愛いものだな……。
一瞬の内に世界を黒一色に染め上げたナユタの力に純粋に感心していると、
「おいッ!?なんてことしてくれたんだッ!!これで村が無くなっちまったら……」
言葉は続かなかった。情景を想像し、絶望したのかもしれない。
「本当に勝機はあるんですか!?」
さすがのニックスも慌てた様子で詰め寄って来る。
黒炎の威力が収まり、視界に彩が戻ってきた。
ナユタへと振り返ると、黎架を水平に構える。
「あぁ、問題ない。対竜だけは一日の長がある。任せておけ」
ガレウスと変わらぬ歳の子供に言われたところで安心はできないだろう。逆の立場ならきっと俺もオロオロと取り乱しているかもしれない。だけど、今は信じてもらう他ない。幾度も苦難を吹き飛ばして来た、この月読の力、精霊時代で使うことになるとはな。
『伊達に大口を叩くわけではないか。まさか、相殺することもなく、原初の魔法を受け流すとは。精霊の時代の生温い魔法に浸かっていたわけではないようだ』
原初の魔法……?やはり、こいつの口から飛び出す言葉は竜の時代の知識だ。その知識を得れば、帝元戦争で優位に動ける可能性もありそうだ。
「生憎と元素の力は衰えちまったが、別の力を手にすることができた。簡単に勝てるとは思わないことだな」
『減らず口が。なら我が力、捌いて見せよ』
ナユタの右手の爪が空を真横に裂いていく。裂けた空間から無数の蒼く輝く氷柱が飛び出して来る。
「隠れてろ」
戦士達に言葉を投げると、カミルは「駿動走駆」氷柱に向かって駆け出した。踏み出す瞬間のみ魔力を放ち、ぴょんッぴょんッ跳ね回るようにして魔力の消費を抑えて駆けていく。落下する氷柱の間をすり抜け、躱しきれない氷柱を受け流し進んでいく。
原初の魔法とやらであろうとも、すでに光の衣が魔法を受け流している。元素由来の力であるのなら、この衣の前では無意味だ。
『縋ったのが精霊の力とはな。それがお前の得た力とやらなのか?片腹痛いわ。小手先だけの力に溺れるとは、竜の時代を生き抜いた者の面汚しがッ!!』
三度魔法が振るわれる。
虚空より呼び寄せられた岩の塊が、ナユタの頭上から射出された。それはただの岩の塊ではない。雷を帯び、撃ち出される速度が跳ね上がった岩の弾丸であった。もはや避けることは困難であり、向かって来る岩の圧に足が止まった。
それでも光の衣は原初の魔法を受け流す。雷の爆ぜる音、地面に着弾し大地を抉る音が響き渡る。山の形状が削れ、大地の形を変えていく。
ナユタの魔法の一つひとつが2つの属性を帯びている。精霊時代にも、未来の竜の時代に回帰した世界でも見ることの無かった原初の魔法。理が書き換わる前の魔法の力に、カミルは圧倒されていた。
この力があれば、魔導兵器に対抗できるかもしれない……。
けれど、ナユタを倒さなければ、リタミア村の未来はない……。
継続的に使用している光の衣の影響で息が上がり始めていた。長期戦になればカミルの優位性も消え去ってしまう。
カミルは迷わず黎架に圧縮魔力を流し込んでいく。
優先すべきは人の命だ。
俺は迷わない。
助けられる命を見捨てたりはしない。
だから―――。
「お前達の時代はもう終わったんだ!!そろそろ世界の一部に還りやがれぇぇッ!!!!」
祭壇を踏み台にして跳び上がった。娘の頭上を越え、ナユタの姿が迫る。
「衝波裂覇斬!!」
黎架を横薙ぎに振るい、刃から月読を纏った魔力の斬撃が飛び出して行く。
『灰と散れ!!!!』
赤の元素の反応が急速に広がっていく。純粋な赤一色から成る灼熱の炎が空間を支配する。それは犠牲として差し出された娘さえも呑み込もうとする赤の奔流。万物を灰へと還す殺戮の炎が立ちはだかった。
カミルに笑みが零れる。
月読の前に元素を差し出すことがどれほど愚かしい行為か、ナユタは知る由もない。
魔力の斬撃が炎を喰らう。
空間を侵食する赤の奔流を、月読の暴虐さが上回る。
赤の元素は呑まれ、元素を糧に魔力の斬撃が肥大化していく。
轟ッ!!
響いたのは刹那的な喰い破る音だった。
ナユタの頭と両の膝下の脚だけを残して、肉体が世界へと還って行った。
ドスンッ!!
ナユタの頭が大地へと落下し、目の前のカミルを見上げた。
『我は……敗れたのか……?』
「さすがは竜種。生命力がだんちだな。あぁ、そうさ。元素の扱いが得意じゃないただの人間に敗れたんだよ」
『是非もなし。我はこの結末を受け入れようぞ』
「散々なこと言っといてあっさりしてんだな?」
『世界の理に従ってたまでだ。弱肉強食、それがこの世界の真実の姿だろう?ならば我も受け入れざるを得ん』
「あくまで理に従うか」
『誰もがその呪縛から逃れることはできん。――例外的だったのは、神来社 廉くらいのものだろう』
「なッ!?てめぇ!!なんで廉の名!?」
『何を莫迦なことを言っておる。あの時代を生きたものなら、誰もが知る名ではないかぁ……』
ナユタの瞼が下がり始めた。
「おいッ!?まだ逝くなッ!!てめぇには聞きたいことがたくさんあるんだッ!!」
眠らせまいと、ナユタの頬をガンッガンッ殴りつける。拳が刺さる度、月読の力が鱗を砕く。それでも瞼は留まることを知らない。
『思い通りにいかないことこそが、生きる、というものだろうに……。求めよ、然らば与えられん―――』
その言葉を最期に、ナユタは輪廻へと還って行った。
「くそがっ……」
まだだ。ナユタの言葉が本当なら、この時代に竜の黄昏以前の人間がいる。そいつを探し出せれば、戦争に抗う力を得られるかもしれない。
僅かな望みを手に、カミルは戦争回避の道を模索する。
「助けていただき、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
涙を浮かべた娘は、何度も何度も感謝の言葉を口にする。
「終わった……のか?」
ガウレス達は恐る恐るナユタの顔があるカミルの下へと歩み寄る。本当に死んでいるのか半信半疑である。
「言っただろう?犠牲者ゼロにできるって―――ッ!?」
途端にカミルは膝から崩れ落ち、地面にぺたんと座り込んだ。
「カミル君!?」
ニックスがすぐに駆け寄り様子を窺って来た。
「大丈夫だって。ちょっと力を使い過ぎただけなんで」
「ちょっとって……」
ニックスの視線がナユタへと注がれた。
「まさか、本当に倒しきるなんて……」
夢心地といった様子で死した竜の姿を眺めている。
「そいつ、蛇なんかじゃなかったんでなんとかなったんです」
「へっ?」
ニックスには珍しい間の抜けた声が飛び出た。
「それ、竜時代の生き残りの竜ですよ?」
「えぇぇぇぇぇッ!?」
大きな口を盛大に開けたまま固まってしまった。
ここまで大袈裟にリアクションを取ってくれる人は稀だな。普段真面目な人が時折見せる抜けた表情ってのは面白いもんだ。
「とりあえず、下山しねーか?村の皆にも伝えないといけないんだしさ」
「でも、この頭、どうしましょうか……?」
残されたナユタの頭に視線が集まった。
「消すか?」
「こんな貴重なもん消すなッ!!」「これほどの素材を無駄にしては駄目ですッ!!」
二人の必死さに、仲間の戦士達はたじたじだ。
一先ず放置して後で回収に来ることとなり、カミル達はリタミア村へと戻ることとなった。
「なんと礼を言ったら良いか」
「おい、まじでやっちまったってのか……?」
村長宅へと報告に伺うと、そこにはケケイルが村長と話し合いをしていた。手間が省けたとナユタ討伐の話を二人へと伝えたのだ。
「まあ、運が良かっただけさ。ナユタが本当に蛇だったら俺では倒せなかっただろうしな」
あれほどの巨大な身体を誇っていれば、いかに黎架であったとしても首を断つなんてできなかっただろう。
「いやいや、竜って伝説上の存在が生きてるのもおかしいし、それを屠れるのもおかしいんだって……」
呆れ顔のケケイルは、すぐにナユタの頭と両脚の回収に村人を動かした。
「竜の素材ともなれば、途方もねえ額が動くだろう。どうするかはお前に委ねる」
「あんな大きな物、俺一人でどうにかできるものじゃない。売るにしたって時間がかかるだろ?生憎と、俺は先を急ぐ身なんでね」
「一生働かなくて良い金額になるんだぞ?それを見す見す手放すってのか?」
驚くケケイルに首を振った。
「第一、ケケイルが俺の命を救ったから生まれた結果なんだ。俺からの返礼だ、受け取ってくれ」
「だが……」
納得がいっていないのか、ケケイルは素直に受け入れることはなかった。だから、譲歩案を出すことにした。
「ならどうだ?あれはケケイル、お前に預ける。売却できたら一部、帝国領にある賢闘都市アルフのセルヴィナ学園に送ってくれないか?俺はあと4年ほど学園に通うしな」
「まあ、お前がそれで良いってんならそれでもいいがよ」
「なら決まりだ」
渋々ながらも、ようやくケケイルは提案を飲んでくれた。正直、金は欲しいが、それよりも今は時間が惜しい。リアを取り戻す方法を探すにも、帝元戦争を回避する為に動くにも、まずは俺自身が実力と知識を身に着ける必要がある。目的は定まった。後は、実行に移すのみだ。
「明日には村を発つつもりだ。あんまり遅くなっても、実力が周りに置いて行かれちまうからな」
「どこから帰るつもりなんだい?」
村長に問われるも、何故そんなことを聞いて来るのか分からなかった。たった一人で港町ミストラークに向かうと思っているのだろうか?
「王都経由で大陸を回っていくつもりだが?」
「急いでいるのだろう?なら、村の者しか知らんミストラーク方面に繋がる洞穴を通っていくがいい」
ケケイルがにやけた顔で「へっ、存外、こいつのこと気に入ってたんだな」茶々を入れるも、村長の一睨みでケケイルは「怖ッ怖ッ」身体を仰け反らせ笑っていた。ケケイルが老け込んだこともあり、掛け合いだけを見れば、昔馴染みのような関係にしか映らない。
「そんな道があるのか?」
「ああ、村のもんでも滅多に使わんがね。ニックスに案内をさせる。帰りを待ってる人がいるんだろう?迂回して無駄な時間を掛ける必要はないさね」
有難い提案だった。ミストラークを経由して行けば、対岸の港町フィースへと渡ることができる。馬車を利用すれば、アルフまで1ヵ月もあれば辿り着けるだろう。
「助かるよ」
「礼を言うのはこっちだよ。村を呪縛から解き放ってくれてありがとぅよ」
村長と別れ、ケケイルと共に家路についた。
ゴソゴソゴソ。
日を跨いであろう夜更けに響いた音を拾い、布団で眠るカミルは重たい瞼を持ち上げた。
なんの音だ……?
そこで足下に気温の下がった空気が触れているのに気付いた。それだけじゃない。下半身を何かが触れている。
この感覚は……、手?
冷たい手が膝下から太股に撫でるように上がって来る感覚がある。
「誰だッ!?」
反射的に掛布団を剥ぎ取り、ベッド脇にある簡易照明を点けると、そこに居たのは―――。
「犠牲にされかけた娘……?」
縹色のセミロングの髪の少女がいる。額に影を落とすシースルーバングに、鎖骨あたりで不揃いに跳ねるレイヤーの毛先は、微風を掬い取るかのように軽やかだ。垂れ目の上で長いまつ毛がその存在を主張し、シャープな顎のラインが肉付きの悪さを物語っていた。
カミルは困惑した。なぜ自分のベッドに娘がいるのか。しかも、こんな夜更けに。理解が追いつかず固まっていると、娘は口を開いた。
「あら、お目覚めですか?もう少しじっくりと触れていたかったんですけどね」
妖しく微笑む娘の姿は幼い。
意識が段々とはっきりとしてきたことで、可笑しな現状を把握することができた。
「何をしていた……?」
娘は人差し指を頬にくっつけると僅かに首を傾げた。それでも視線だけはカミルの瞳を捉えている。
「夜這いってやつですよ」
「はっ?」
そこで初めて自分の下半身が下着含めて脱がされていることに気づいた。
なッ!?離れなきゃッ!?
両肘を着き、腰を引こうと動かしたところで、ガシッ。太股が娘に掴まれ、娘の脚が太股の上に乗る。
「お礼ですよ。命、助けてもらっちゃったから」
「そ、そんなもの、必要ないッ!!」
曝け出した下半身を見られているという羞恥に、視線を逸らした。
「そんなに慌てて否定しなくてもいいのに。お礼は建前です。私がそうしたいんですよ」
言葉と共に冷たい指先が太股の内側をつぅ~っと撫でられ、カミルの身体がビクッと跳ねる。
「ナユタに捧げられたあの時、私は死を覚悟していたの。村の為なんだと、何度も何度も言い聞かせて、運命を受け入れようと必死だった。でもね、ナユタが目の前に現れた瞬間、死にたくない、もっと生きていたいって心がそう叫んでいたわ」
カミルは目線を合わせず、娘の言葉に耳を傾けていた。カミルもまた、生への執着が強い方である。生きたいという願いに強く共感してしまったのだ。
「そうしたら、貴方がナユタに立ち向かってくれた。死を迎えようとしていた私に、希望の光が舞い降りたのよ。嬉しかった。村の皆は儀式を受け入れていて立ち向かうことなんてしない。仮に私が逃げたとしたら、きっと別の子が犠牲にされる。そう思ったら逃げれなかった。世界でただ一人、ナユタに立ち向かってくれたのは貴方だけだったのよ」
「それは、俺が余所者だからできた決断だよ。繋がりが希薄な分、雁字搦めじゃなかったからだ」
「うん。それでも、私にとって貴方は――カミル様は英雄でした。ナユタに立ち向かい、討ち取ってくれたあの瞬間、私の心は奪われました。でも、カミル様はすぐに村を発つということだったので、この想い、どうすべきなのか両親に相談したんです。二人は『既成事実を作って来い』と助言してくれて―――」
おいおいおいおい……。なんちゅうアドバイスしてんだよ……。この村の性教育どうなってんだ……。
「『うまいこと子を成せば、情が湧き、私の下へ帰って来てくれる』そう教えてくれました。あ、因みにこれは母が父へと実行した作戦でもあるんですよ。だから折り紙付きなんだとか」
山頂で麗しき家族愛を見たと思ったんだがな……。かと思えばしたたかさを見せつけられてしまった。
「だから―――」
触れた指が更に上へと登って来る。
「悪いが!!俺にそんなつもりはないッ!!」
夜中だというのに、思わず叫び声を上げてしまう。
逸らしていた視線を娘の瞳へと移す。
「俺にはもう心の中に決めた人がいるんだ。だから、その……。君の気持ちには応えることはできない。そもそも、名前も知らない女の子と一夜を共にすると思われていたなんて心外なんだが」
娘は微笑んだ。艶っぽいその表情は、とても少女が出す雰囲気ではなかった。
「確かに、まだ名乗っていませんでしたね。失礼しました。私はソニア・プラニスです。でも、嘘はいけませんよ?」
「嘘?いったい何を……?」
「だって、ほら」
ソニアがとある部分に向けて指を差した。
「身体は正直じゃないですか」
「なッ!?これはッ!?!?」
言葉とは裏腹に元気に上を向いていた。
慌てふためくカミルの様子に、ソニアは満足した顔を浮かべ、そっとカミルの脚の上から降りた。
「少なくとも、私を女として見ていただけてるのは分かったし、今日はこの辺にしといてあげますよ」
勝ち誇ったソニアの表情に、カミルは慌てて脱がされた衣服を着ながら言葉を重ねる。
「これは違うッ!?寝起きだったからで、そういった意味合いなんかじゃない!!俺は、未成年の女の子に手を出すクソ野郎じゃないんだ……」
ソニアはにやついた。
「つまりは、成人すれば手を出していただけると?」
「あぁ、もうッ!?人の揚げ足ばかり取るんじゃない!?」
「ふふっ。あと3年もすれば、私も15歳になります。確かにまだちんちくりんな身体かもしれませんけど、成人するまでの数年もあれば、立派な女性として成長してみせますよ?その時はお覚悟を」
ソニアはベッドから降りると、花柄のワンピースを翻し、部屋の扉へと歩いていく。振り返りざまに「アルフで待っててくださいね。成人したら私もアルフへ向かいますから」歳相応の笑顔を見せる。
ガチャッ キィィィ
唐突に扉が開かれ、二人の視線は扉の奥にいる人物へと注がれた。
「煩い」
「「あっ、すみません」」
無表情のケケイルが圧を掛け、ソニアを追い出し夜が更けていく。
「この度は大変お世話になりました。ぜひ、また村までお越しください」
旅立ちの朝、村民総出で見送りをしてくれた。その中で、ソニアが代表として挨拶を進み出たらしい。
昨日の夜、夜這いをかけて来てよくもまあそんな笑顔を向けられるものだ……。
「気が向いたらな……」
そう返すのが精一杯だった。
「ガレウスも立派な戦士の仲間入りもしたし、これから村はもっと栄えるだろうよ。そん時は一緒に酒でも飲もうや」
「それまで生きてろよ?」
「そう簡単にくたばるかよ」
短い時間だったけど、気兼ねなく言い合える相手がいたのは有難いことだと思う。感情を表に出すことが出来たおかげで、心が病むこともなかったわけだし。
「ガレウスもケケイルみたいな立派な戦士になれよ?」
「当たり前だ。アニキよりも、お前なんかより強くなってやるさ」
最期までガレウスが突っかかってくるのは変わらないな。まあ、それでもいいさ。人ってのは万人に好かれることなんてない。気にし過ぎても仕方のないことだ。
「でも――礼だけは言っとく。村を救ってくれてありがとよ」
そう言うガレウスはそっぽを向いている。
ちょっとニステルに似た部分があるな。
「男のツンデレは気色悪いぞ?」
「はっ!?んだよ、意味わかんねーこと言ってんじゃねえ!!」
ガレウスを揶揄うこともこれで最後だな。
「そろそろ向かいますか。村のみんなも仕事があるだろうし」
ニックスの言葉に「そうだな」カミルも同意する。
「それじゃ俺はこの辺で」
ニックスと足並みを揃えて村を後にする。背後から「また来いよ!!」「ありがとーッ!!」と様々な声が聞こえて来る中に、「3年後、待っててねぇぇえ!!」不穏な言葉が聞こえ、肝を冷やすのであった。




