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砲金色の魔導師  作者: 庚颯
第二章 理外の剣士
125/177

ep.118 時代に取り残されしもの

「おい、ちょと待てやッ!!」

 森の中に響く男の叫び声に、バサバサバサッと鳥たちが木々から飛び立ち、青い空目掛けて羽ばたいていく。鳥の動きに枝葉が揺れ、地面に落ちる木漏れ日がキラキラと踊っていた。

「どうした?お前も村の戦士候補だろ?これくらいの道のり、こなせて当然だろう?」

 振り返るカミルの視線の先には、祭壇を作る為の木材を背負ったガレウス・ククウェルの姿があった。木材を紐で括り、肩に通して持ち運んでいるのだが、山の中腹にも満たない場所でガレウスの足が遅れ始めたのだ。

「ったりめぇだッ!!山頂までまだ距離がある。速度調整しないとへばっちまうぞ!!」

 そう叫ぶ彼の表情には余裕がない。山は登り慣れていそうだが、これほどの荷物を背負い登ったことはないようだ。

 村長宅での話し合いの結果、村の戦士三名と見習いのガレウス、カミルを合わせた五人で山頂を目指す運びとなった。リタミア村には大人は25人しかおらず、その大半は畑仕事に精を出し、村の警備も考えると送り出せる人数は限られていた。

「???。たかだか標高2000mほどだろう?荷を背負ったところで苦労はしないだろう」

 かつて登った山々を考えれば、標高2000mという山を高いと感じなくなっている。この時代に戻って来る為に、8000段もの石段をも登りきったのだ。緩やかな傾斜など気にもならない。

「ははははははははっ、勘弁してやってくださいよ。あんな生意気な口を利いても、ガレウスはまだ16歳なんですよ」

 戦士の男の一人がガレウスを擁護する。整えられた深藍(ふかきあい)色の短髪に、深く刻まれた眉間の皺がある。特徴的なのは濃ゆい眉だ。髭も濃く、体毛が濃い人なのかもしれない。そこに山男の焼けた肌と筋肉質な身体を誇る。温和な雰囲気とは対照的に存在感は強い。40代半ばを過ぎたであろうこの人の名はニックス・フェア。戦士として長年村を守ってきた存在らしい。数少ない戦士の中では最年長であり、ケケイルが台頭して来るまでは戦士長としての役割を担っていたようだ。ニックスもまた、ケケイルやガレウスと同じ装備をしている。どうやらあの格好は村の戦士の正装なのだろう。

「だからこそだよ。俺も16歳なんでね、だから対等に話せるってわけ。年齢は関係ないさ」

 カミルとガレウス。二人の差は窮地をどれだけ潜り抜けて来たかの差に過ぎない。カミルは文字通り死に物狂いで旅を続け、今この場に居る。賢闘都市アルフに戻るまでに更なる旅が必要でもある。ひとつの村に留まり、村の掟やルーティンに縛られた生活とでは、経験の差に天と地ほどの差が生まれてしまう。

「多少体力があるからって調子に乗るんじゃねーッ!!下っ端らしく、大人しく荷を運べばいいんだよ」

 気に入らない者に指を差し叫ぶ姿は年相応の男の子――粗野な男の子であった。

 それだけケケイルを慕っていた証拠だ。カミルはそれ以上の言葉を口にせず、大人しく山を登っていく。


天斬(てんざん)!!」

 天へと掲げられたニックスのロングソードが魔力を纏うと、フィックスの群れの1体の脳天をカチ割った。他二人の戦士達もフィックスの首を飛ばし、腹を裂く。1体、また1体と数を減らし始めると、逃げ出す個体も現れた。

駿動走駆(しゅんどうそうく)

 素早く逃げたフィックスの後を追うと、黎架(れいか)を頭上から振り下ろし、背を斬り腹を裂いた。2つに断たれたフィックスの身体は地面を転がっていく。

 遭遇した群れは8体とそれなりに数はいたが、ニックス率いる村の戦士達が着実に数を減らしていく。群れから逸れたのはカミルが打ち倒し、大口を叩いていたガレウスは、フィックス1体を倒すのに苦戦していた。

「このッ!!このッ!!」

 振るう剣は(ことごと)くが空を裂き、前蹴りをもろに貰っている。

「うわぁ!?」

 後ろに蹌踉けるも踏み止まり、フィックスに剣を構え直した。

 無暗に剣を振り過ぎだな。剣は腕だけ振るものなんかじゃない。腰と上半身の使い方が重要となってくるってのに、明らかに鍛錬が足りていない。村の戦士の数が少ないせいか、まともに指導も受けられないってところか?だが、それ以上に―――。

 気付けばガレウスが相手にしている1体のみを残して倒しきっており、事の成り行きを見守っている。どうやらこれは訓練の一環のようだ。実戦経験を積ませ、自分に何が足りないのかを身を以って確かめさせる。百聞は一見に()かずである。



 アイツに倒せてボクにやれないはずがない!!

 ガレウスの前をフィックスが左右に飛び跳ねながら、徐々に距離を詰めてくる。

 ラウンドシールドを握る手に力が籠る。それは緊張から来るものだった。無意識下で盾を落としたら不味い、そう感じているのだ。

 フィックスが大きく跳躍し、鋭い爪を振り上げ飛び掛かった。

 爪の軌道を読み「盾環転過(じゅんかんてんか)!!」魔力を込めた盾をぶつけ、瞬間的にフィックスの認識をずらす。

 フィックスは消えたガレウスを探し首を振る。

 その隙を突いて側面に回り込んだ。

 ダダッ。響く足音を鳴らし、フィックスの首へと剣が振り下ろされる。

 もらったッ!!

 ダンッ

 剣の動き出しに合わせてフィックスがガレウスと距離を取るように横に飛び退いた。

「馬鹿な!?認識をずらしははずだ!?気付けるわけがない!?」

 ドンッ!!振り下ろされた剣が大地を叩き、衝撃がガレウスの手を痺れさせた。

「それだけ馬鹿でかい音を立てたら、お前の存在がわからずとも勘付かれるのは当り前だ!!武技を発動させた意味がない!!もっと考えて行動しろ!!」

 ニックスの激が飛ぶ。

 フィックスの目にガレウスが再び映り込む。警戒しながらもガレウスの周りをゆっくりと回り始めた。

 盾環転過(じゅんかんてんか)が利いたのか、なかなか飛び掛かって来ないな。こちらから攻めるべきなのか?

 経験不足から、どう戦いを繰り広げれば良いのかわからずにいた。

「何を待っている!?攻めろ!!刃をぶつけなけることができなければ、最終的に喰われるのはお前なんだぞッ!!」

「ッ!?」

 そうだよ。こんな魔物1体倒せなくて何が戦士だ。アニキの後を継ぐんだろッ!!しっかりしろッ!!

 一歩を踏み出し、剣に魔力を込める。

「うらぁぁ!!」

 力任せに剣を振るも、またしても飛び退き避けられてしまった。

「踏み込みが甘いッ!!そんなんじゃ避けてくださいと言ってるようなものだッ!!ビビッてないで立ち向かえッ!!」

 ビビってる……?ボクが?

 ガレウスの攻撃を通して言えるのは、どれも半歩踏み込みが足りていない。それを本人は自覚していなかった。無意識に自分を安全な位置に置こうとしてしまい、攻撃のタイミングがワンテンポ遅れているのだ。

「村の安全を担うのが戦士だ!!踏み込め!!前に出ろ!!自分に負けるんじゃねぇッ!!」

 ニックスの言葉がガレウスの背中を押す。

 やってやる……。やってやるさ……ッ!!

 ブゥンッ

 ガレウスの決意よりも早く、フィックスの爪が動いた。顔目掛けて進む前足は、真っすぐ瞳に狙いを定めていた。

 ガギィンッ!!盾で爪を受け止めると、ガレウスは一歩を踏み込んだ。その一歩は大きく、フィックスとの間合いを埋め肉薄する形となった。この状態では剣を振ることはできない。

(まとい)!!」

 剣を握る腕全体の力を強化し、フィックスの腹に刃を押し当て、力の限り握った拳を前へ前へと突き出していく。

 刃に血が伝う。押し当てた刃が着実に腹の内側に向かって動いていることを示していた。

 キュルルッ!?

 傷を負ったフィックスはすぐさま飛び退いた。

「逃がすかよッ!!」

 土属性魔法グラストを発動させ、フィックスの足元の地面を砕き足を取る。

 刃に魔力の輝きが灯り、振り上げた。

衝波斬(しょうはざん)ッ!!」

 振り下ろされた刃から魔力の斬撃が飛び出し、身動きの取れなくなったフィックスの首を掠め、首の付け根から胴体を裂いていく。内臓まで損傷したのか、ブルルッと身体を震わせ砕けた地面の隙間に滑り落ちていった。

 終わった、のか……?

 飛ばした斬撃で倒したところで、その手の中に斬り裂く感触は残らない。ガレウスは倒した実感が持てなかった。

「良くやった。初めて魔物を倒したんだ。もっと喜んだらどうだ?」

 ニックスが歩みより、そっとガレウスの背中を叩いた。

「なんだ、あれだけ騒いでおいて魔物を倒すのは初めてだったのか」

 憎々しい男の声が耳に届く。顔を向ければ、初めて目にした時と変わらないどこか冷めた目をしたカミル・クレストの姿があった。

 カチンと来るも、ガレウスが言葉を投げるよりも早くニックスの口が動いた。

「幾度か実戦経験を積ませてはいたんですがね、倒しきるまでにはいたらかなったんですよ」

「ふんっ、あの時は調子が悪かっただけだよ」

「3回ともですか?」

 どこかにやけた顔のニックスが問うと「3回ともだ」堂々と宣言する。

「まあ、討伐おめでとう」

 厭味ったらしい言葉に、そっぽを向いた。

 せっかく初めて魔物を一人で倒せたというのに、気分は最悪だった。



 俺が初めて魔物を倒したのは、アズ村にリディス族が巡業に来た時だった。護衛に燿光の兆しを帯同させ、熊型の魔族を焼き殺したのが始まりだ。今にして思えば、初戦の相手が魔族というのもなかなか経験した者はいないだろう。でも、あの夜の出来事がなければ、武技の習得に力を入れようとはしなかったかもしれない。必要な戦いだったと、今ならそう思える。

 ガレウスにとっても、今日は重要な一歩を踏み出した日となっただろう。村の未来を担う戦士の誕生の日。その瞬間に立ち会えたのは、幸せなことだと思う。

 その後もフィックスの群れやフェディクスと遭遇するも、少しずつ感覚を掴んで来たガレウスがうまく立ち回り、一人ひとりの負担が減ってきている。

 そして、山頂へと辿り着いた。


「気持ちが良いほどの快晴ですね。対岸の帝国領まで澄み渡って見えますよ」

 ニックスが眺める先には、これから向かうべき場所が確認できた。

 霊峰から賢闘(けんとう)都市アルフに向かうには、王都やザントガルツを経由して行く方法と、険しい山を越えた先にある港町ミストラークから対岸まで船で移動する方法がある。切り立った山ということもあり、多くの場合は安全を優先して王都側から回る陸ルートを取ることが多い。

 アルフに戻れるのはあと何ヶ月後か……。

 王都側を経由して行けば、必然的に移動時間が跳ね上がる。霊峰に向かった時は馬車を使って90日ほど消費している。歩いて向かうと考えただけでも気が滅入る。なら、ミストラークまで向かうべきだろうか?

 先日までは死さえ厭わなかったのに、今では早く学園に戻ることばかり考えてしまっている。そう自覚した瞬間、自分自身に呆れてしまった。

 よそ事を考えるのはもう止めよう。今はリタミア村を守ることだけを考えるべきだ。

「それで?どこに何を設置すればいいんです?」

「ちょっと待ってねぇ」

 ニックスは鞄の中に手を突っ込むと、一枚の羊皮紙を取り出した。広げられた紙には、祭壇の設計図が描かれている。予め切り加工した木材を組み合わせていく、所謂プレハブ建築と呼ばれる工法で祭壇を組み立てるようだ。サイズ的にはかなり小さめで、酒と犠牲(いけにえ)を捧げる舞台さえ整えばいいようだ。

 何とか犠牲(いけにえ)出さずに済む方法があればいいけど、そんな都合の良い方法なんて思いつきもしない。

 そこでふと気づいた。

 これ、八岐大蛇伝説と似てるような?蛇といい、生贄といい、酒といい。……、ナユタも酒に酔うのか?神話の時代の話を当てにするのはおかしいが、他に方法がないのであればダメ元で試してみるべきなのではないか?

 独り思考を巡らせている間に、ニックスが地面に印をつけ始めていた。

「設置する場所に番号を振っていくから、対応した木材を一度並べてしまおう」

 作業を眺めていると、ニックスと目が合った。

「カミル君、悪いけど周囲を警戒しといてくれないか?ガレウスにも教え込んでおきたいんだ」

「構わないよ。儀式は継承していかないといけないだろうし」

「すまないね」

 そう言うと、ニックス達は祭壇の組み立てを始めていく。


 ニックス達から少し距離を取り、周囲を見渡した。

 穏やかなもんだ。登山中には姿を見せていたフィックスの群れも山頂に近づくに連れ見かけなくなった。ここで一番警戒すべきなのは、ここに来た初日に襲われたガウディアだろう。だが、その影も見当たらない。ラウドとララヅクが消えた影響か?空と陸の王が共に消えたことで、魔物の活動範囲が広がったのかもしれない。

 そっと鞘越しに黎架に触れる。

 カミュンと別れた日から、黎架を元素の中へと溶かせないかと定期的に試みているものの、その手から消えることは一度としてなかった。元素の剣は竜剣とは別の力であり、そもそもがそんな力を備えていないのかもしれない。一度砕け、不純物が多く混ざってもいる。

「世界に溶かす、か。どうしろってんだ……」

 ついつい独り言が零れてしまう。

 カミュンの言葉に引きずられ過ぎなのか?世界に溶かすってことは、形が無くなるってことか?これまでは元素が霧散するように、黎架も粒子となり消えていく姿を想起していた。それはカミュンの竜剣の残滓で生み出された弓が消えていくのを見ていたからだ。

 視覚情報に頼り過ぎていたのか……?上っ面だけを真似たところで、根幹を成す部分を理解していなければ元素は応えてくれないのかもしれない。順序立てて、黎架が霧散していく姿を考えてみた。

 明確にイメージすべきなのは、黎架自体が黒の元素であると認識するところからだ。徐々に輪郭を失い、形を失い、黎架そのものが黒い粒子となり世界へと還っていく。溶けるというよりも、黒の元素へと同化すると言った方が感覚的には近いのかもしれない。

 鞘ごと黎架を引き抜くと、瞳を閉じる。

 今考えたプロセスを頭の中で描きながら、意識を黎架へと集中させた。

 手にかかる重みが僅かに軽くなるのを感じ、思わず目を開けると―――。

 黎架は未だにそこにあった。だが、カミルはそれでも嬉しかった。何故なら、今までと決定的に違い、刀全体が透過していたのだ。

 半分成功?……なのか?

 黎架が次第に彩を取り戻していく。世界に溶かすというプロセスの途中で意識が逸れたことで、不完全な現象となってしまったらしい。

 そうか。今までは姿が溶けてなくなる瞬間しか意識してこなかった。一つひとつ段階を踏んだイメージが必要だったのか。これなら元素に溶かせる日も近い。

 今度こそ完全に溶かしきる、そう思い瞳を閉じると「おーい、組み立て終わったよ」ニックスの呼び声で目を開けた。そこには簡易的に組み立てられた祭壇が出来上がっている。宮大工のような技術はなく、釘で打ち付けられたものだ。それでも一時捧げものを置く分には問題はないだろう。

 元素に溶かすのはまた今度でいい。やり方がわかっているのだから焦る必要なんてない。


 それから2時間もの間、魔物に祭壇が壊されないように護り続けると、捧げものである樽に入った酒3つと白無垢のドレスで彩られた12歳前後の女の子が村人に寄り添われ山頂まで登って来た。

「まるで嫁入りみたいだな……」

 ヴェールに覆われ、長い裾を二人の女の子が持ち上げている。その姿は花嫁のようだった。

「……最後の我儘なんですよ。本来であれば思いを寄せる相手との結婚式で着るものなんですが、もうあの子はそれすら叶わない。『晴れやかな日に着てあげられないから、せめてその姿だけでも両親に見せてあげたい』あの子はそう言ったんです。健気ですよね……。喰われる恐怖よりも、自分がいなくなった後の両親の心配をするなんて……。犠牲(いけにえ)が捧げられる都度、私達は自分の無力さを思い知らされるんです。もっと自分に力があれば、こんな理不尽を撥ね退けられるってのに、と」

 遣り切れない想いに、握られたニックスの拳がぷるぷると震えている。彼だけじゃない、戦士達を始め、この場に居る者すべてが悲しみに暮れていた。

「だから我々戦士はあの子の両親を、村を守らなければならない。そうでなければ、犠牲(ぎせい)になる者達が浮かばれない……」

 やはり、その考えには賛同できなかった。犠牲(ぎせい)にするのが嫌ならば、村を捨てればいい。村や土地を守るのは確かに誇らしいことかもしれない。でもそれは、平和な人の営みがあってこそだ。

「王国……、王都に討伐依頼は出さなかったのか?」

「出しましたとも。でも……、ナユタが強すぎるんです……。空を舞うナユタに致命傷を負わすのは難しく、依頼した王国軍も冒険者も炎に飲まれて灰燼(かいじん)と化してしまいました。それ以来、王国は不干渉を貫いています」

「自国の領土の出来事なのにか?」

「霊峰は、元々人が近寄るべき場所ではないというのが王国の方針なんです。それでも我らの先祖は麓に村を築きました。飢餓に苦しんだ折に、光の竜の導きを経て霊峰へ辿り着き、山の恵みによって生き長らえたと伝え聞いています。それ以来、毎年山頂に捧げものをしていたのですが……、いつの頃からか、ナユタに目を付けられ今のような惨状に成り果ててしまったのです」

 信仰が惨劇に変わってしまったのか。彼らの先祖も、自分達の子孫が喰われる未来なんて望まないだろう。村を捨てたとしても咎められるものじゃない。

 ……、これは俺が余所者だから言えることか。彼らにしてみれば、恵みを齎してくれた光の竜に感謝を捧げるのが誇りなのだろう。

 くだらない。


 犠牲(いけにえ)となる娘と両親が、涙を浮かべ抱き合い最期の別れをしていた。周りにいた村人達は、山を下る準備を始めている。誰もかれもが沈痛な面持ちだ。

「カミル君、君はもう帰りなさい。あとは我々だけで十分です」

「ニックスさん達は残るんだ?」

「我々は、あの子の最期を看取ります。独り哀しく旅立たせることはしませんよ」

 語るニックスの表情に悲哀を感じた。

「あの子の最期を見届け、村を守ることの重みを刻み込んでおかなければ、いつか恐怖に負けて逃げ出したくなってしまいますから……」

「部外者のお前はとっとと失せろ」

 口調はいつも通りだが、明らかにガレウスの声のトーンが低い。

「いや、俺も残らせてもらうよ」

「はぁ?何でそうなる。神聖な儀式を何だと思ってやがる」

 ガレウスに睨まれるも、帰る気など毛頭ない。ナユタに隙があれば、首を斬り落とす。

「言ってしまえば、俺はケケイルの代理みたいなもんだ。これから起こる事を記憶に焼き付けるべきだろう?」

「勝手にアニキの代理を名乗るな!!」

 憤慨するガレウスの肩にニックスの手が置かれる。

「人が喰われる瞬間なんて見れたものではありません。好奇心だけで語るのなら止めておいた方がいい。しばらくまともな食事なんてできなくなりますからね」

「覚悟の上だ」

 引かぬカミルに、ニックスは「我々より前に出ないでくださいね」そう告げ、祭壇へと視線を移した。ガレウスもまた鼻を鳴らし祭壇へと向いてしまった。


 別れを終えた村人達が下山していく。

 残されたのは、犠牲(いけにえ)となる娘とカミル達のみ。

 太陽が真上を通過しようかという時、娘は(かしづ)き、祈りを始めた。両親の未来を案じてのことか。はたまた村の行く末か。それとも、これから起こる惨事の痛みが少ないことを願ったのか。切に願うその後ろ姿が、心をざわつかせた。


 キュイィィィィン


 空に響き渡る鳴き声に、反射的に空を見上げた。何かが飛んでくる。逆光の位置から降りて来ている為か、その姿を把握することはできない。長細い胴体から翼が生えていることだけがわかった。

 その途端、場の空気が張り詰めた。

 ニックスもガレウスも、忌々し気に見上げる姿に、降りてくるのがナユタであると確信を得た。

 祈りを捧げる娘の身体がガクガクと震え出し、祭壇の目の前にナユタが着地する。

「ははっ」

 カミルから笑い声が漏れ出す。その声にガレウスが顔を歪めて睨みつけてくるも、カミルの笑みは止まることはなかった。

 なにが空飛ぶ蛇だ。そんなものにビビっていた自分が恥ずかしい。

 黎架に手を伸ばし、ナユタに向けて構えた。

「おいッ!?何やってやがる!!武器を収めろッ!!」

 そんなこと、できるはずがなかった。

 ケケイル。お前が命を張って守ったこの命、この時の為にあったらしい。誇ってもいい。お前の行動はリタミア村を救うことになるんだから。俺たちの出会いは、偶然なんかじゃない。リタミア村の皆が、あの子の為に祈った結果、俺という異質な存在が呼び込まれたんだ。

 業を煮やしたガレウスが「人の話を聞けッ!!」取り押さえようと近づいて来る。だが、カミルの身体が蒼気に包まれたことでその足が止まった。

 月読が発動したのだ。それが意味するのは、ナユタは空飛ぶ蛇などではないということ。爬虫類の躰と翼を持っていれば、精霊時代ではそう称すのも無理はない。だが、カミルはこれまでに目の前にいる蜥蜴(とかげ)の姿をした生物に幾度か遭遇していた。そう、精霊時代には存在するはずがない、竜という存在に。

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