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砲金色の魔導師  作者: 庚颯
第二章 理外の剣士
124/177

ep.117 罪過と贖罪

 「白炎……?そんな、馬鹿な……」

 空を舞う白き鳥をただ呆然と眺めていた。

 カミルは今、坂道を下った先、林の前に居る。ケケイルに投げ飛ばされ、転がり落ちたのだ。

 ラウドの身体を焼き、岩をも溶解させ、ララヅクを白き炎で染め上げていく。

 頭によぎるのは二人の白炎の使い手。天技である聖火を操るカナン・サーストンと幼馴染であるクヴァ・ロウルだ。

 どっちかが霊峰まで来ているのか?

 カミルがそう思うのには理由があった。白炎という特殊な炎というのは、火の精霊ジスタードの影響を色濃く受けている、そう解釈しているからだ。

 未来の世界で見た火の精霊ジスタードの加護を宿す剣ノヴァズィール。加護の剣が白炎を操った時、今まで見てきた力の根源が何なのかを悟ったのだ。天技を授けるのはおそらく精霊。クヴァが白炎を操れるのは、ジスタードに選ばれた存在、もしくはジスタードに由来する何かを所持しているからだろう。

 白き鳥が地上へと舞い降りる。

 陽炎の先に見える人影は、男であった。だが、その姿はカミルが思い描いていた人物とは一致しない。歳は若く、20歳に至っていないであろう青年だったのだ。

 カミルは訝しむ。

 誰だ……?ケケイルに似ている気もするが、弟でもいたのか……?

 鳥を模っていた白炎が萎んでいき、霧散して消えていく。

「まだこんな所に居やがったのか。俺は先に行けと言ったはずだが?」

 そこで目の前の男が誰なのかを察した。

「お前……、ケケイルなのか?」

「はんっ、どこからどう見ても俺だろうが」

 新朱(しんしゅ)色の髪も、面長の顔も、身に着けている装備ですら一緒だが、明らかに若返っている。肌の艶を取り戻し、声でさえも僅かに高い。カミルが最後に見たケケイルの姿は30代半ばだった。姿形は似ているが、どうしても同一人物とは思えない。

「だってお前、その身体―――」

 言葉を掛けていると、途端に肌の艶を失い始めた。張りを失い、皺が刻まれていく。筋肉は収縮し、背中が丸まった。それは最早おっさんと呼べるほどの姿をしていない。後期高齢者と呼ばれる姿になり果てていた。

 カミルは絶句し、言葉が出なかった。

「とりあえず、命は繋いだか……」

 響くのは嗄声(させい)だった。

 天技を使ったのか……?だがあれは若さを代価にして生きながらえる力のはず。俺の知らない力の使い方があった、というわけか?

 ケケイルの視線が自らの手へと注がれた。

「こんな皺くちゃの手になりやがって」

 ケケイルの視線が上がり、カミルを見据える。

「俺は今、相当な爺さんの見た目なんだな……?」

 カミルは静かに頷いた。

「そうか……」

 呟くその声に、力は感じ取れなかった。

 だが、その表情も一時の事。

「さ、帰ろう。悪ぃが肩貸してくれんか?やけに関節が痛みやがる」

 顔を皺くちゃにして笑いゆっくりと歩く姿に、カミルはケケイルに背中を向けてしゃがみ込んだ。

「乗れ。そんなたどたどしい歩きじゃ日が暮れちまうっての」

「悪ぃな……」

 カミルの背にそっと身体を預けていく。

 すっと立ち上がると、確かな足取りで林の中へと歩いていく。

「俺のせいでそんな姿になっちまったんだ、謝る必要なんてない。むしろ感謝してもしたりねえよ」

「そうでもねぇんだよ。お前を助けたのは、俺自身の贖罪だ。お前が気に病むことじゃ無ぇ」

「贖罪?」

「昔、ブルっちまって見殺しにしちまった弟がいたんだ」

「恐怖に身体が動かなくなるのは誰にでもあるだろうが。それはお前のせいなんかじゃねえだろ」

「確かにな。でも俺には助ける、いぃや、身代わりになることはできたんだ」

「……不死鳥の天技か」

「あぁ、そうさ」

 ケケイルは懐かしそうに、木々の隙間から降り注ぐ木漏れ日を浴び語り出した。

「俺が初めて天技の存在に気づいたのは、5歳の時のことよ。1つ下の弟――ジスパルと一緒に村を抜け出しこの林に遊びに来たんだ。その時に、フィックスの亜種、フェディクスって単独で生活を送る魔物と遭遇しちまった。村の近くには魔物が出ねぇって話だったんだが、例外ってのはどこにでもあるみてぇでな。フェディクスは俺ら発見すると、目つきが鋭くなった。まあ、エサがノコノコとやって来ればそうもなる。俺は足の竦んだ弟の手を引き村へと駆け出した。子供の足だ、逃げ切れるはずもなくすぐに追いつかれたのさ。弟に飛び掛かったフェディクスの前に立ちはだかって、頭を噛みつかれてすぐに死んじまったんだ」

 淡々と語るにはあまりにも酷い体験だ。

「その時だよ。天技が発動したのは。食事の為に俺の身体から離れなかったのが災いし、俺の身体もろともフェディクスの身体も燃え上がり命を落としたらしい。俺は灰の中から傷の無い状態で姿を現したってわけよ。ま、全部ジスパルの言葉だからどこまで信用できるかわかんねぇけどな」

「弟は助けてるじゃねえか」

「結果論に過ぎん。ジスパルを助けたこと、天技の存在を知った両親は喜んでくれたさ」

「そりゃ、親なら命を張ってまで弟を助け、若さを代償にしても生きながらえることができることを知ればそうもなるだろ」

「ははっ。普通の親ならな?」

 含みのある言葉に、嫌な感じがした。

「俺は昔から出来が悪くてな。何でもそつなくこなす弟と比べられてたんだ」

 子供の成長にはムラがある。一人ひとり成長速度は違い、出来ること、出来ないことが顕著に表れてしまう。でもそれは遅いだけであって、いずれ出来るようになるのだ。それを親は理解せず、出来の悪かったケケイルを疎ましく感じてしまったのだろう。兄弟で比較できてしまうのなら尚更だ。

「親が天技の、不死鳥の力を知って喜んだんだのは、ジスパルに降りかかる危険を肩代わりできると踏んだからだ」

「いや……、それはお前の思い込みじゃねえか?何だかんだ言っても、親は子を想うもんだぜ?」

 長いとは言えない人生においても、子を慈しむ親の姿を見てきている。廉の両親も、俺の両親だってそうだ。子を軽んじる親なんて、見たくもない。

「そう思いたいのはわかる。だが、事実だ。直接『お前の命と引き換えにしてでも、ジスパルを守りなさい』そう言われたんだぜ?」

「それは……」

 言葉が出なかった。いくら不死鳥の恩恵で死ぬことは無くとも、死に至る痛みを知るカミルは、ケケイルの両親に憤りを感じずにはいられない。それ以前に、ケケイルを軽んじすぎている。

「そんな親の言い分は別にして、ジスパルとは仲が良かった。だから、俺は進んで身を盾にできる――そう思ってたんだがなぁ……」

 声が尻すぼみしていく。

「実際にその場面に出会(でくわ)した時、俺は動けなかった。襲われたのは9歳の時だ。奇しくも襲ってきたのはフェディクスでな、心では助けなきゃいけない、そう思っても足が動かなかった。情けねぇ話、頭を噛み砕かれる痛みを身体が覚えてたせいで、1歩が踏み出せなかった。その間にジスパルは喰われちまったよ。何度も『助けてぇぇ!!助けてぇぇぇえッ!!』と訴えるアイツの顔、今でも時折夢に見るよ」

「……ご両親との関係性は、どうなんだ?」

 両親とケケイルを繋いでいたのはジスパルだ。彼が亡くなった後の関係性が心配だった。

「死んじまったよ」

「えっ?」

「ジスパルの後を追って自宅で首を吊っちまった」

 かける言葉が見当たらない。仲の良かった弟を失ったばかりか、関係性が悪くとも実の両親が後を追って自殺するんて考えたくもない。

「俺がもっとうまくやれてりゃ、ジスパルも、家族もみんなうまくいっていたかもしれん」

「それが、俺を助ける理由になるとは思えないが……?」

 命の重みを痛いほど理解して助けた、なら話は通るが、見ず知らずの俺を自分の命を削ってまで助ける理由がわからなかった。

「似てたんだよ、ジスパルに。顔がな。だから、嫌でも重ねちまったのさ。ジスパルが生きてたら、お前のような姿になっていたのかと、な」

 過去をやり直すことはできない。それが時の(ことわり)であり、それを犯すのは俺のような(ことわり)の外へと片足を踏み外した存在だけだ。そう考えた時、自分は何度気に食わないからという理由だけで時を巻き戻して来たのか……。

 悪戯に時を犯すこの心技。俺なんかが持ってていいものなのだろうか?いつか大きなしっぺ返しが来るのかもしれない……。

 でも、それでも、リアを取り戻す為にはこの力に頼らざるを得ない。まずは自分が生き残ること。そうしなければ、より良い明日は迎えられない。

「これでもお前に感謝してるんだぜ?」

「感謝?こんな目に遭わせたヤツにか?」

「だから、それはお前の思い込みだ。俺はお前と出会えたことで、贖罪の機会を得た。おかげで少しばかり心が軽くなった。感謝している」

 人は誰しも犯した罪に対して贖う機会を求めている。被害を受けた人への申し訳のなさからでもあるが、それと同時に、奉仕をすることで罪悪感を薄めたいという感情も湧いて来る。罪悪感に苛まれ生きていくのは辛いことだ。

「そうかよ」

 なんて言葉を返していいものか迷い、ぶっきら棒な言葉しか出て来なかった。


 バダンッ!!


 唐突に、背後に響く物音にカミルは警戒しながら振り返った。

 そこには――何もいなかった。

 視界の端にロングソードが目に入り、視線を下ろした。

「すまん、握力が弱ってきたみたいだ」

 ケケイルを背負いながら膝を折り、落ちた剣を拾い上げた。

「もう少しで村だ。もう少しだけ頑張ってくれ」

 剣を手渡し歩き出す。

「悪ぃ、気を付けて持って―――」

 バダンッ

「言ったそばからかよ」

 もう一度剣を拾い直すと、バダァァンッ!!更に背後に物音が響いた。振り返ると、今度はラウンドシールドが落ちている。

「おい……」

「もういいさ。後で弟分にでも取りに来させるさ」

 カミルは短く「はぁぁ~」溜息をつくと盾に手を伸ばした。

「俺を舐めてもらっちゃ困るぞ。この程度、一人で運べるってのッ!!」

 剣と盾に圧縮魔力を込めていく。村が近いとはいえ、ケケイルの話ではこの林にも魔物は来るらしいし、極力魔力を使いたくはなかったが致し方なし。念動力を駆使して宙に浮かせて見せた。

「なんだ、お前も天技持ちだったのかよ」

 手を使うことなく運搬を始めたカミルを、ケケイルは天技持ちであると勘違いする。精霊時代において、理外(りがい)の力はまだ一般的でなく、異能と呼ばれるもの全般を天技だと判断する傾向が強い。

「んなわけねえだろ。これは努力すれば誰でも習得できる力だ。ま、習得するのに時間を食うからな、適正のある魔法の鍛錬に励んだ方がよっぽどいいさ」

「そんな力があるんだな。世の中ってぇのは広いな」

「あぁ、だから……長生きしろよな」

 心からの願いだった。


 まだ日の高い内にリタミア村へと辿り着いた。

 門で村の警備員に止められはしたが、背中に背負っているのがケケイルだと苦労して説明すると、何とか村の中に入ることができた。村ではケケイルの天技、不死鳥は有名らしい。老いた姿になったとしても、彼の鎧の中に収められていた魔法陣が刻まれた宝石を示すことで身分を証明できるように凝った細工が施されていたようだ。

 中に入ると、ぐるりと村を一瞥する。

 村を囲う高く積まれた石の壁、四隅に(そび)える物見櫓(ものみやぐら)、村の外から引かれた水路には水車が設置されている。畑を内包しているようで、村民の数に対して村の規模は大きい。

 リタミア村の雰囲気が、カミルの故郷であるアズ村に酷似しており、妙に懐かしい感覚が蘇ってきた。

 村の中を歩いていて一つ気になる点があった。やたらと子供の数が多いのだ。人手が必要なのは理解できるが、(いささ)か多すぎる気がする。日中の時間帯ということもあるが、大人と子供の割合が1:4ほどもある。食料も限られた山の中でどのように生活しているのか気になるところではある。

「かなり厳重な囲いを作ってんだな」

 石を積まれた壁は7~8mほどの高さを誇っている。並みの魔物では壁を崩すことも、跳び越えることすら難しいだろう。

「それでも、ラウドやララヅクが来れば一溜りもないからな。定期的に山に入って、餌と成り得る魔物を山頂付近から反対側の山へと追い立てるのさ。でなければ当に村は滅びている」

 脅威であったラウドもララヅクも、ケケイルがすでに打倒している。村の安全性は高くなったはずだ。

「そこの水路の橋を渡った300m先が俺の家よ」

 村に当然宿などない。村の外から来た者は、村長の所まで滞在の許可を得てる必要があるらしい。滞在が認められれば、物置の2階の一室が貸し与えれるようだ。

 だが、俺はそこに泊まることはない。ケケイルの家に世話になる運びとなっているのだ。それでも村長へ滞在許可を得に行かねばならないが。


「意外と年季が入ってんな」

 ケケイルの家を見た一声がそれだった。

 2階建ての石造りの堅牢な雰囲気の家だが、建ててから長い年月が経っているのか、石の一部は欠け、黒ずみ、木でできた扉は色褪せている。

「当たり前だ。今年で120年が経つ。補修しながら代々受け継いで来ているんだ。それも、俺の代で終わりだろうがな……」

 ケケイルの肉体年齢は70~80歳ほどに達している。子をつくり育てるには、あまりにも時間がないのだ。

「まったく、天技ってのは授かりもんって言ったヤツは誰なんだろうな?この力に振り回され、俺の家族はかき乱され不幸になっちまった。こんなもの、祝福や加護なんかじゃ無ぇ。ただの呪いじゃねぇか」

 呪い、か……。

 カミルはかつて日本のとある神社で聞いた『天技なぞ呪いだ』その言葉を思い出していた。

 ハーバー先生やカナンさんを始めとする天技を持ち合わせて生まれた者達は戦場へと駆り出されることが多い。それは自分の意思なのか、天技によって仕向けられているのかはわからない。少なくともハーバー先生は天技を最大限に利用し騎士団長として腕を振るっていた。その結果、角付という強力な魔族と戦闘に陥り、一線を退くことになっている。

 天技を持って産まれてきた人達って本当に幸せなんだろうか?

 ケケイルとの出会いが、天技に対して一石を投じる形となった。

「あぁ、悪ぃ……。愚痴るつもりじゃなかったんだがな」

 後頭部をガシガシと掻き毟ると「鍵は開いている。入ってくれ」中に入るように促した。


 玄関を潜り、廊下を進んだ先のリビングへと通された。石造りの影響か、中はひんやりとした空気で満たされていた。木材をふんだんに使った家具たちが存在を主張し、檜の香りを届けてくる。その中に僅かなカビの臭いも混ざっているあたり、ケケイルは掃除が苦手なのかもしれない。

「荷物は適当にテーブルの上にでも置いておいてくれ。村長のとこまで行くんだろ?付き合うぜ」

「いや、いいさ。あんだけの戦闘をこなしたんだ。アンタだって疲れてるだろ?村長の家を教えてくれ」

「あれくらいの戦闘どうってことない――て言いたいとこだが、この身体には堪えるらしい。ソファーに降ろしてくれ」

 テーブル席の奥、L字に設置されたソファーにケケイルを下ろすと、テーブルの上に置いてあった羊皮紙にざっくりとした地図を描き始めた。

 ペンを走らせるその紙を眺め、カミルはため息をつきたくなった。

「……おい、まさかこれが地図とか言うつもりじゃないだろうな?」

 描かれていたのは、正方形に囲まれた村の壁と、ケケイル宅から村長宅までを一筆書きで線で結んだだけの地図と呼ぶには(いささ)か不安の残るものだった。

「見たまんま地図だろうが。この通りに進めば辿り着く。行ってこい」

 不安しか残らない地図を受け取り、道中、村人に尋ねながら向かおうと心に誓うのだった。


「良かろう。許可しよう」

 ケケイルの名を出したところ、二つ返事で村長からの滞在許可が下りてしまった。

「許可を貰いに来た身でなんだが、あまりにも簡単に信用しすぎじゃ?」

 警戒心の低い村長に思わず進言してしまった。

「ケケイルが信用しとるのだ。それ以上の信の置ける条件はない」

 白髪を後頭部でお団子にまとめた、60代を過ぎたであろう女性の村長は穏やかに微笑んでいる。口調はきつめではあるが、心根は優しい方のようだ。

「なら、話は終わりでいいね?アニキについて聞いておきたいことがあるんだ」

 村長に視線を送る。

「こちらは?」

「あ、すみません。ボクはガレウス・ククウェル。村長の孫に当たります。アニキ――ケケイル・エィスタについて何があったのか話してほしい。警備から聞いた話では、アニキの姿が老人になっていたというのは本当なんですか?」

 真剣な眼差しがカミルを射抜いた。金春(こんぱる)色の髪をツーブロックにし、長い髪を後頭部で束ねたカミルと同年代であろう青年だ。二重の大きな瞳が特徴的だった。

 こいつがケケイルの言っていた弟分ってやつか。耳が早い。

 ガレウスの身なりは、ケケイルの装備と遜色ない。違いがあるとするなら鎧を身に着けていない点だろう。察するに、彼もまた村の戦士だ。

「あぁ、その情報に相違はない。山での戦闘の際、幾度か不死鳥の天技が発動していた。それに……」

「それに、なんです?」

「寿命を対価に力を得ていた節があった……」

 ガレウスと村長の目が見開かれた。

「カミル殿、詳しい話を聞かせてもらえんか?」

 村長の口調が僅かに強張った。

 ケケイルは、この村で重要な役割を担っていたのか……?二人の目が怖いが、誠実に対応すべきだ。

「はい。山頂でガウディアに襲われかけたところを―――」

 山で起きた出来事を語っていく。


「そんな……。アニキはもう……」

 ガレウスは悔しさに歪めた顔を伏せた。

 胸が痛かった。俺と出会わなければ少なくとも今の姿よりも一回り若かったはずだ。ラウドやララヅクと遭遇しなかった可能性すらある。俺が、ケケイルの時を奪ったんだ。

「ケケイルは、村で重要な役割を担う人間だ。彼が動けなくなったのなら、この村ももう終わりかも知れぬな……」

 穏やかな口調ではあるものの、声に失意の感情が読み取れる。

「脅威であるラウドとララヅクを討伐したのにですか?」

「あぁ、その2体も十分村にとっては脅威だったさ。でもな、1番の脅威はそいつらじゃない」

 あの2体以上に強力な魔物がいるのか……?

「この村は、空飛ぶ大蛇『ナユタ』に支配されておる。ヤツは年に1度村娘を差し出すように要求しておる。霊峰の山頂、そこに祭壇を作り、村で製造しておる酒と村娘を捧げなくては村が消し飛ばされてしまう」

 それって……。

人身御供(ひとみごくう)ってことですか……?」

「端的に言えばそうなる」

 頭がクラクラした。この世の中に、そんな風習があるなんて……。

「なぜ、この場に留まっているのですか?西に進めば王都だってある。ナユタに支配される必要性なんてないじゃないか」

「我らは代々この地を守り続けてきた。生まれ育ったこの土地を捨てることなど、我らの誇りを捨てるも同義。村を捨てて逃げ延び生き続けるのなら、この村と運命を共にした方がマシだ」

 カミルには理解できなかった。

 村の仲間を犠牲(いけにえ)にして生き長らえて何になる……。移り住み、誰かが欠けることなく暮らした方が遥かに幸せじゃないか……。

 文化、価値観の相違の前に、カミルはただ押し黙った。


 ガチャ キィィィ


 奥の扉が開き、思わず視線が向いた。

 開いた扉の隙間から覗き込むように顔を出したのは、金春(こんぱる)色の髪をサイドテイルにまとめた女の子だった。白いワンピースの上に、空色のショート丈のジャケットが羽織られている。あれがおそらくケケイルが占星術で視てもらったというレメイルなのだろう。顔立ちからすると14歳前後くらいか?

「ばっちゃ―――」

 村長へ呼びかけるレメイルと視線が合う。その瞬間、彼女の表情は悲しいものへと変わってしまい、目を逸らされた。

「どうしたんだい?」

「その人、ケケイルさんと一緒に村に来たって言う……?」

「そうさ、ケケイルが命辛々救ったっていう客人だよ」

「やっぱり……」

 彼女には、俺という存在が視えていたのかもしれない。ケケイルに取り返しのつかない厄を与えた存在として。

「レメイルもお話に参加してもいい?」

 レメイルは一人称が自らの名前らしい。

「構わないよ。――あんた、また何か視たんだね……」

 レメイルは静かに頷いた。

「なら、座りなさい。カミル殿もそれでいいですかな?」

「あぁ、構わないよ。占星術を操る子だろ?何が視えたのか俺も気になるし」

「ケケイルのヤツ、何をどこまで話してるのか」

 レメイルが席に着くと、村長が問い質す。

「で、何が視えたんだ?今ここに来るってことは」

 視線がカミルを捉えた。

「カミル殿に関係した話なんだろう?」

 ちょこんと座るレメイルもまた、カミルへと視線を向ける。

「はい。その、カミルさんが霊峰の山頂でナユタと対峙する、という結果が出てしまいました……」

「俺が……?」

「はい。レメイルには理由まではわかりません。その様な結果が出ただけですから」

「そうかい。でも、そんな未来は起こり得ないよ。ケケイルが動けないんだ。とてもじゃないが魔物を狩り、祭壇なんて設営できやしないんだから」

 レメイルの表情は暗い。

「すまないが、ナユタへの貢物の件、詳しく教えてもらえないだろうか?ケケイルがあんな状態になったのは俺のせいだ。できることなら力になりたい」

 自分で蒔いた種だ。自分で刈り取る責任がある。

 バンッ!!これまで意気消沈状態だったガレウスがテーブルを叩き、鋭い目つきで睨んできた。

「そうだ。お前のせいだ!!お前のせいでアニキの寿命が減っちまったんだッ!!責任を取ってもらおうじゃないか」

 ガレウスはケケイルをアニキ分として敬っている。当然の態度だろう。彼には悪いことをした……。

「こら、ガレウス。ケケイルがああなったのは、ケケイル自身が選んだ結果なんだ。それを否定するってんなら、ケケイルの意思を否定するも同じさ」

「でもッ!!」

「カミル殿。孫の無礼、申し訳ない」

「なんでばっちゃが謝るんだよ!!悪いのはコイツが山頂で寝そべってたからだろ!?アニキは優しいから、コイツを放っておけなかっただけだ!!」

 依然としてガレウスの怒りは収まる様子はない。それでも、有難かった。無条件で許され、何も言われなかったのなら、俺の心は耐え難い苦痛に苛まれていただろう。罵声を浴びることで罰を受けられる。そうすることで少しだけ心が救われるのだ。

「その通りだ。だから俺に手伝わせて欲しい。本来ケケイルが担うはずだった仕事を、俺にやらせてはくれないだろうか?」

 村長の瞳がジーッとカミルの姿を捉えて離さない。どうすべきなのか決めかねているのだろう。

「カミル殿は帝国のセルヴィナ学園の学生なのだろう?魔物を相手にするにはまだ若すぎる。ましてや山の魔物は空を飛ぶものが多い。失礼だが、一介の学生が退治できるとは到底思えんのですよ」

「ばっちゃ、いいじゃねーか。本人がやるって言ってんだからよぉ。どの道、供え物を捧げられなきゃボク達は終わりなんだぞ?わかってねーのかよ……」

 嘆きにも似たガレウスの言葉が痛かった。

「それでも、このまま霊峰にさえ近寄らなければカミル殿は無事に帝国に戻ることができるのだぞ?」

「そんなもの、覚悟の上で提案している。それに、俺は学生ではあるが、成り行き上ここ半年は学園を離れて実戦経験を積まされてたんだ。倒した魔物の数なら、駆け出し冒険者の討伐数を遥かに凌駕する。それで命を落とすんなら、俺はその程度の人間だったってことさ」

 村長は再び悩み出した。座して死を待つか、ケケイルを欠いたまま悪あがきをするか、二つに一つである。

「わかった、好意に甘えるとしよう」

 不承不承といった面持ちだが、それでも村を預かる人間としての判断としては正しいと思った。

 嫌悪感を隠すつもりのないガレウスの顎は僅かに上がり、カミルを見下すように鋭い視線を送っている。

「精々()き使ってやるから覚悟しとくんだな」

「あぁ、それでいい」

 それでいいんだ。俺はこの村の為に尽力しなければならない。それが俺が犯した罪への罰なのだから。

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