ep.115 眼差しの彼方
― 竜歴1210年 霊峰クシアラナダ 頂上 ―
気付けば草原の上で大の字で寝そべり、空を見上げていた。雲一つない青空。頬を撫でる柔しい風。その優しさが、今はとても辛いものに感じる。
リアを失った。
その事実が重く圧し掛かる。
涙が自然と零れ、留まることを知らなかった。
どれだけ時間が経ったのかもわからない。
ぐぅぅ~
それでも腹の虫は鳴るらしい。悲しみ以上に空腹を感じる自分が嫌だった。それももう終わりかもしれない。立ち上がる気力すら湧かないのだ。動けずにいれば、その内魔物に襲われてしまう。そうなれば、俺は死んでしまうだろう。
生へや執着心が強いはずのカミルですら、大切な人との別れの前に生きる気力を失っていた。
「おい!!そんなところで寝転んでるとガウディアに食い殺されんぞ!!」
真朱色の長髪を無造作に後で束ねた20代半ばほどの面長の男性が近づいてくる。赤朽葉のシャツとパンツスタイルに、胸部と左肩部分を鋼で覆っている。手足は革のグローブとブーツを身に着けているあたり、金属が不足しているのか、資金面に難があるのかもしれない。その代わり、ロングソードとラウンドシールドはしっかりとしたものが選ばれていた。
「そうなったらそうなった時だ。それが俺の運命なんだよ」
まるで生きる気力が湧いてこない。喪失感が上回り、身体に力が入らないのだ。
男は近寄り、カミルの腕を肩へとかけた。
「こんなところで死なれちゃ、俺の目覚めが悪いんだ。あんたにだって待っている人がいるのだ、ろ、う?」
カミルの顔を見た男は固まっていた。
ひどい顔をしているのだろう。死んだ表情に涙でぐちゃぐちゃだ。言葉が詰まるのもわかる。
男はかぶりを振り、カミルの身体を引っ張り上げる。
「いいから。俺の村に行くぞ。勝手に死ぬのはいいが、俺に救われた後にしろ」
「勝手なことを」
「それはお互い様だ」
有無を言わさず山を下り始めた。
霊峰クシアラナダの頂上は標高5000mはくだらない。にも関わらず、やけに海が近く感じる。
精霊時代の霊峰は高い山じゃなかったのか……。
確かに高さはあるが、せいぜい2000mほど。その事実がカミルの胸を締め付ける。
本当に戻って来ちまったんだな……。
シャァァァァキュッ
息の漏れるような音の後に甲高い鳴き声が響き渡る。
「ちぃッ!!ガウディアに勘付かれたかッ!!走るぞ、しっかり掴まってろよぉぉぉッ!!」
男はカミルを引きずるように駆ける。
一歩踏み出す度にカミルの身体は大きく揺れ動く。
「お、おい!!俺はいいから、あんただけでも逃げろ!!」
自分は命が尽きようが構わない。だけど、誰かを巻き込むのだけは駄目だ。
必死に腕に力を入れるも、思ったように腕が動かない。
「そんなことッ!!できるわけがねえぇぇッ!!」
勢いよく引っ張られ、カミルは前のめりに身体が傾いていく。そのまま遠心力で投げ飛ばされ、地面を転がりながら男と距離が生まれた。
男はガウディアと呼ばれる、蛇と鳥が合わさったような魔物と対峙している。胴体は人と大して変わらぬ大きさではあるものの、広げられた翼は片翼の直系が3mほどあり、大きな飛行型の魔物であることがわかった。
「へっ、逃げ切れねえなら戦うまでだ。ちょっとそこで待ってろ!!」
男は剣を突き出し、剣先から火球が連続で飛び出して行く。
ガウディアは一度大きく羽ばたくと、上空へと跳び上がった。男を無視し、転がっているカミル目掛けて急降下を始めた。
「させるかよぉぉッ!!」
男はカミルとガウディアの間に立ち塞がると、盾を前方に押し出しながら剣を一振りする。「衝波裂覇斬!!」魔力を込めた衝波斬の上位武技を発動させ、魔力の斬撃を放った。
まっすぐ突っ込むガウディアは身体を横にずらし躱すも、その大きな翼に魔力の斬撃が引っ掛かる。縦方向に半幅斬り裂くことに成功した。
だが、ガウディアの勢いは死んではいない。鋭い足の爪が急降下し、ガキィィィンッ!!激しく盾と接触した。
男の身体が後方へ流れた。
「なんのぉおッ!!」
瞬時に左足を引き、体勢が崩れるのを回避した。
次の瞬間――尾が盾を回り込み、男の腹部を貫いていた。
「ぐふぁッ!?」
貫いた尾が引き抜かれ、宙を男の血が踊る。
「おい!!俺を置いて逃げろ!!あんたが死んじまう!!」
一目で致命傷なのはわかった。でも、村にリディスさえいればまだ助かる見込みはある。
「舐めんなぁぁぁぁッ!!!!」
ロングソードが煌めいた。赤の元素を纏い「炎陣裂破ぁぁぁぁぁぁッ!!」魔力を纏った剣が弧を描き、ガウディアの胸部を斬りつけた。
シャァァァァキュアッン!?
ガウディアの悲鳴が響く中、赤の元素に炎が灯る。斬り傷に一筋の炎が走っていく。
堪らず上空へと舞い上がり、男から距離を取る。
「おい!!今の内に逃げろ!!」
「へっ、こんな傷、どうってこたぁねぇよ」
その瞬間、男の身体が炎に包まれた。
「おいッ!?」
炎陣裂破の炎が男に引火した。そう思ったが、炎は一瞬で消え去り、灰と化した。その中から男は現れた。腹部に受けた傷が完全に塞がった状態で。
何が起きた……?
目の前で起きた現象なのに、カミルの頭は処理が追いついていない。
「俺はそう簡単に死なねぇのよ。ガウディア1体くらい、討ち取って見せる」
男が剣を構え直すと、深手を負ったガウディアは狩りを諦めたのかどこかへと飛び去って行った。
「なんでぇ、仕舞いかよ」
ガウディアを見送り、剣を鞘へと納めた。
「おう、大丈夫か?投げちまって悪かったな」
振り返った男の姿を見て絶句した。
「ああ、これか。これは死ぬはずの運命を歪めた代価みたいなもんさ」
男の姿は、明らかに老けていたのだ。
男はカミルの前に屈むと、再び腕を肩へと回した。
「俺には生まれつき『不死鳥』って天技が備わってのよ」
カミルの身体を引っ張り上げ、再び村に向かって歩き出す。
「不死鳥って知ってっか?死んでも灰の中から甦る鳥って話なんだが、俺の天技がそれに酷似してたんでそう名付けられたんだよ」
「でも、代償があるんだろ?」
男の顔を見たカミルは不安げだ。
「まぁな。死を回避することができる代償だ、やっすいもんじゃねぇさ。自分の寿命を対価として払う必要がある」
「それって……」
それが本当なら、男の身体は寿命分だけ老化したことになる。
「ざっくり言えば、5年分年老いるってとこだな。そうそう死ぬようなことはねぇし、気にすんなよ?」
そう言われたところで気にしないなんてことできるはずもない。
「お前、本当は何歳なんだよ……?」
「お前って……。まだ名乗ってなかったか。俺はケケイル・エィスタ。この山の麓にあるリタミア村の戦士の一人だ」
「俺はカミル・クレスト。賢闘都市アルフにあるセルヴィナ学園の、もうすぐ2回生だ」
そうだ。もうすぐ1学年上がるんだ……。
「アルフだって!?」
ケケイルは大袈裟にリアクションを取ると「なんでまたこんな山奥にいんだよ……」呆れ顔で浮かべた。
そりゃそうか。霊峰は王国領。しかも対岸の帝国領の学生が山奥で独りでいれば不審がるよな。
「あれか?学園の遠征で置いてかれたか?」
「はは、違うんだよ。ちょっと所用でここまで来ただけだよ」
「???。まぁ、言いたくないなら別に構わねぇけどよ」
完全に不審者を見る目だった。
「で、結局ケケイルは何歳なんだよ?」
「年下のくせして呼び捨てか?まあいいや。俺の本当の歳は19だよ」
出会った頃は20代半ばくらいの見た目だった。なら、1度どこかで死にかけて自分の天技の力を知ったってとこか。
「そうか、それは……すまないことをした」
「なんだ?俺、もうそんなおっさんに見えるのか……?」
ケケイルは矢張りショックを受けている。
「それも仕方ねぇか。ま、死ぬよりマシだろ」
ケケイルのポジティブさが、カミルの罪悪感を薄めてくれる。
大分足にも力が戻ってきた。これならもう自分の足で歩けるはずだ。
「肩貸してもらって悪いな。もう歩けそうだ」
ケケイルの肩から腕を外し、一人で立って見せた。
「なら結構。で、なんで泣いた?なんかあったんだろ?」
村へと歩き出すと、無様な姿を晒していた理由を問う。
心の内を吐き出せば、多少は楽になるか?
カミルは、これまでの旅路を話してみた。
未来に飛ばされ、最愛の人に元の時代に戻されたこと。そんな話、誰が信じるのか?そう思いはしたが、笑い話の一種として一蹴されても良かった。ただ、誰かに聞いて欲しかった。それだけだ。
「要するに、恋人に会えなくなって泣いてたわけか」
あまりにも簡潔過ぎる要約に、カミルはただ唖然としていた。
確かに、端折ってしまえばそうまとめられるだろうけどさ……、それじゃただの女々しい男みたいじゃないか……。
「なんだその顔は。本当のことだろ?」
ケケイルの半笑いの顔がむかついた。
「それならやることなんて単純だろ?」
「単純?」
「未来に取り残されたなら、未来から奪い返せばいいだけだろ?」
頭をハンマーで叩かれたような気分だった。そうだよ、なんでそんな単純なことに気付かなかったんだ……。1度は未来に飛ばされたんだ。つまりは、未来へと繋がる道があり、本来の時代に戻る道も必ず存在する。
それは確定的だった。未来に飛べさえすれば、何とか元霊の力を行使できればこの時代に帰ってくることができる。カミルに希望の光が灯る。
その瞬間、右目に魔力が吸われる感覚に陥った。
この感覚、左目の力を行使した時と同じ……?まさか!?
右目の心技の覚醒を感じ取り、どんな現象が起こるか注視した。
右目に移る景色がブレる。
次の瞬間、背後からガウディアの群れに襲われ、ケケイルの頭の半分が吹き飛び、弾けた顔から飛び出した目玉がカミルの頬に直撃するという悍ましい映像が視えた。
なんだ?このイメージは……。
左目に映る景色とのギャップに、脳が混乱し、胃から込み上げるものを感じ取った。思わず右目を閉じ、口を押さえ顔を伏せる。
「お、おい!?大丈夫か!?」
狼狽するケケイルの背後に無数の影が現れた。
気配に反応し、ケケイルは即座に剣へと手を伸ばした。
その直後だった。身体を横に捻りながら急降下したガウディアの翼がケケイルを襲う。
反射的に腕を伸ばしていた。ケケイルの襟元を掴むと、一気に地面へと引き倒す。
シュゥゥゥンッ
ケケイルの頭上をガウディアの翼が通り過ぎて行く。
「ぐはぁッ!?」
体勢を崩したケケイルは背中を地面に叩きつけられ転がった。
ちぃッ!?魔物の接近に気づかないなんて……、俺はとんだクソ野郎だ……。頭痛はするが、今はこいつらを何とかしないと。
黎架を引き抜き立ち上がる。
少し休んだおかげか、何とか動き回ることはできそうだ。だけど……。
視線の先には5体のガウディアが飛んでいる。その内の1体はさきほど深手を負って消えた個体である。
「おい、お前!?その髪、どうしちまったんだ!?」
立ち上がるケケイルが見たものは、銀髪姿のカミルだった。特徴的だった黒髪を失い、瞳の色さえも黒から勿忘草へと変化している。
「話しは後だ!!アレを何とかしないと!!」
「あぁ、だが戦うのは無しだ。5体も相手にしてたらこっちがやられちまう。ついて来い!!」
ケケイルは反転し一気に山を駆け降りる。その後を追うが、背後から翼を羽ばたく音が響いて来る。ただ単純に逃げるだけでは、逃げ切る前にカミル達の体力が尽きる方が早い。
「崖を滑り降る!!その先にある藪の中に飛び込め!!」
「わかった!!」
ケケイルが先導して飛び降りると、重心を低く保ち転ばぬように滑り降りていく。
その後を追うカミルもまた飛び降りた。
くッ!?勾配がきつすぎる!!
崖を数m宙を舞うと、辛うじて傾斜と呼べる崖のような地面を降る。気を抜けば文字通り転がり落ちることは避けられない。50mほど降ると平らな地面へと辿りついた。
「こっちだ!!止まんなよ!!」
降りた先、10mほど進み藪の中へと必死に飛び込んだ。
その直後、ドォォォオンッ!!地面に何かが落ちる衝撃が辺りに響いた。藪の中から確認すると―――。
「砕けた、岩……?」
「ああ、上空から大岩を落として潰すのは、ガウディアの常套手段だ。大方、崖を降り始めたんで土属性魔法で大岩を作り出したんだろうさ」
ケケイルは身を翻し、藪の中を歩いていく。
「藪の中だからって安全なわけじゃねえ。姿を瞬間的に隠したに過ぎん。今から罠がある場所まであいつらを誘導するぞ」
「罠?」
「空飛ぶ魔物は狩り辛い。上級風属性魔法シルフィードを使えりゃ楽なんだろうが、生憎と村で扱えるのは数える程度だ。だから俺達は至る所に罠を仕掛けてるのさ」
藪を掻き分け進むも、上空に響く羽音は消えることはない。上空を旋回し、こちらを探し回っている。
「まあ見てな。こいつが俺達の戦い方だッ!!」
ケケイルの左手が上空に伸び、掌から直径50cmほどの岩が形成され空に向かって放たれた。ガサガサガサッ!!藪を突き抜け空へと昇る。その瞬間、岩が一瞬で砕け散った。3体のガウディアが爪を立て、岩を突き刺したのだ。
バラバラと地上に降り注ぐ岩の破片を見て、ケケイルはニヤリと笑った。
「はっ!!こいつは土産だ、とっときなッ!!」
木と地面の境界線、そこに張られた紐を剣で断ち切った。幾重にも束ねしならせた若竹が解放され、先端に取り付けられていた無数の槍が空へと放たれた。
ビュゥゥゥゥゥゥン
岩を放ったのは、そこにガウディアを集める為。其処に集うガウディアを、仕掛けた槍の雨が串刺しにしていく。
シャァキュッ!?
息の漏れるような音に鳥の鳴き声が混じった独特の鳴き声が響くと、2体のガウディアが地上へと落下していく。翼を支える筋組織が断裂したのだろう。
「地上に落ちたガウディアの始末は任せたぜ。俺は空に残ったガウディアを仕留めてくる!!」
「仕留めるって、おいッ!?」
カミルの言葉を待たずに、ケケイルは足元から岩の柱を伸ばし、押し出される形で空へと昇っていく。
「ったく!!忙しないヤツだな」
脚に魔力を込めると「駿動走駆」落ちたガウディアに向かって駆け出した。
落ちたのは2体。飛び続けることができなくなっただけで、爪も牙も健在だ。仕留めるなら短期決戦一択だ。
左手で拳銃を模した形を模ると、まっすぐ前方に突き出した。
― 豪然たる水の意志 其は獰猛且つ冷酷なる狩人 アプラース ―
宝石の魔法陣を介すと、指先に魔法陣が投影され水が集った。生み出された水弾はピンポン球ほどで大きくはない。魔法そのものを圧縮し、威力と射出速度を底上げした圧縮型の中級水属性魔法アプラース。藪から飛び出すと同時にガウディア目掛けて放たれた。
30mという距離を水弾は一瞬で駆け抜け、体勢を立て直したばかりのガウディアの翼の付け根に吹き飛ばした。
痛みに鳴き叫ぶガウディアを1度放置し、もう1体の方へと後方に回りながら間合いを詰めていく。
ガウディアが振り返る。
ちぃッ!!わざわざ背後に回り込んだってのに、野生の勘ってのはどうなってやがるんだ!!
ガウディアは翼を動かそうとするも、貫かれた筋肉ではうまく動かせないのか、パタパタと弱弱しく扇ぐのみ。
一気に決めきる!!
黎架に圧縮魔力を流し込み、ガウディアへと肉薄した。
踏み込んだ足に力を込めると、黎架を振りかぶる。
「炎陣―――」
その瞬間、右目の視界がブレ、尾が身体を打ち付ける映像が浮かんで来た。
咄嗟の判断だった。
身体を捻り、黎架の軌道を右目が捉えた尾の軌跡へと無理やり動かしていく。
「ッ裂破ぁぁぁぁ!!!!」
何もない空間に刃が振り下ろされていき――ガギィィィンッ!!迫る尾とぶつかり合った。
やっぱりか……。この右目の力は未来を見通す。
半信半疑だった。ケケイルを助けることができたあの瞬間、可能性としては考えていた。だが、今目の前で尾を打ち付けている事実が、仮説を裏付けている。そもそも、この右目の力の持ち主だったフィリカ・エルザクスの心技は未来視だった。人の死ぬ間際の映像を視る、何とも惨たらしいものであったが、カミルの力はそれともまた違う。直近で起こる危機的な状況を見通す未来予知に似たものだ。彼女の力に引っ張られたと考えるのは浅はかだろう。心技は忌み嫌う心を映し発現する神秘。おそろくは、リアを置き去りにして来た後悔が未来を視るという形で現れたんだ。その証拠にリアの姿を映してはくれない……。未来を視る力を与えときながら、望む未来だけは視せてはくれないのだから。
激しくぶつかり合う刃に炎が灯る。刃は尾を切断し始め、そして、完全に断ち斬られた。
フシャァァァキュァァァァッ!!!!
手首を返し、振り切った黎架が跳ね上がる。
キィィィィンッ
黎架がガウディアの首を断ち斬った、はずなのだが、首が落ちる気配がない。確かに手には軽い衝撃があったのみ。
仕損じたか?
思考を巡らすカミルの僅かな隙を突いて、ガウディアの首が動いた。鋭い牙が収められた口が大きく開いていく。
「ははっ」
カミルは思わず笑った。今にも噛みつこうとするガウディアの首がズレたのだ。首を突き出そうと動かした拍子に、前へと滑り落ちていく。
黎架は確かに斬り裂いていたのだ。その斬れ味故に抵抗を感じず、首に衝撃が伝わらなかった。だから首が落ちなかったのである。
それが今、カミルに喰らいつこうとした為に、乗っかっていた首がずり落ちただけ。すでにガウディアの命運は決まっていた。
すぐに思考を切り替える。
まだもう1体残っていやがる!!安心すんのはまだ早い。
アプラースを撃ち込んだガウディアへと向き直り、訝し気にその光景を眺めた。
肩を撃ち抜かれ、衝撃で身体が後方へ流れた状態で凍っていたのだ。
あれは、ククノチの森で起きた現象と一緒か?
未来の王都アルアスターからほど近い場所にククノチの森がある。そこでドムゴブリンとの戦闘の最中、放ったアプラースが凍り付いたことがあるのだ。
あの時と共通するのは、普段魔法を使う時には現れない魔法陣が指先に投影されたこと。フルメシアが白炎に変わった時もそうだ。どちらも魔法陣が投影されている。となれば、鍵となるのは魔法陣の投影か?
ドゴォォォォォッ キィィンッ
頭上で響く戦闘音に、カミルの意識はケケイルへと向いた。
今は考え事をしてる場合じゃない。早くケケイルに加勢しないと。
墜ちたガウディアをカミルに託したケケイルは、岩の柱をぐんぐんと伸ばし空に舞うガウディアの下へと上昇していく。一般的な冒険者が取る戦法ではなかった。落ちてしまえばそれで命を落とすのだ。リスクが高すぎる選択だ。それでもケケイルに迷いはない。1対1であればケケイルが負けることはないだろう。だが、今上空には3体のガウディアがいる。まともにやり合えば不利になるのは必至である。だからこそ、相手の土俵に踏み入るのだ。
一早く反応したのは、ケケイルに深手を負わされたガウディアだった。翼をはためかせ、風の元素へと働きかけた。翼の動きに連動し、風がビュウッ!!ビュウッ!!羽ばたく度に風量が増し、強風となりケケイルの身体を揺さぶる。
「うぉぉおっと!?」
上半身を僅かに反らせ、腕をバタバタと動かし体勢を整える。
「っぶねぇ……」
堪らず息を呑む。すでに上空40mほどに達している。気を抜けば地面に叩きつけられて命を落としてしまうだろう。
何をビビったやがる。これから行うことに比べれば生易しいじゃねぇか。
剣と盾を握る拳に力が籠る。
虚を突いた今しか好機はねぇ。やってやるぜ!!
足場を踏み込み、ケケイルは上空へと飛び出した。当然そこに足場はない。僅かな上昇後、自然落下が始まった。
だが、ケケイルが地面に落ちることはなかった。瞬間的に岩でできた足場を形成し、跳ね上がりながらガウディアの下へと跳ねていく。
自分の領域を侵されたガウディアは体当たりを試みるも、体格差から小回りはケケイルに及ばない。ケケイルがいた岩場に激突し、その背中に飛び乗られてしまう。
「捕まえたぜ?」
背中を駆り、剣に魔力を込めていく。剣を振り上げ言葉を紡ぐ。
「炎陣裂破!!」
魔力の籠った刃がガウディアの首を裂いていく。断ち切るまでには至らないが、ケケイルは頭を踏み台にして更に空へと踏み出していく。
斬り裂かれた首から炎が燃え盛る。身体を左右にイヤイヤとするかのように身体を捩り、全身を炎で焼かれ地面へと落ちていった。
倒しきるのを確認すると、残り2体へと視線を向ける――その瞬間、ガウディアの尾がしなりながらケケイルに迫っていた。
「ぬッ!?うぉぉ!?」
ゴォンッ!!反射的に押し出したラウンドシールドと尾がぶつかり合い、勢いに押され中空へと投げ出された。途端に始まる落下に、大きな縦長の岩場を形成し、着地の衝撃に耐えられる足場を生み出した。
ドンッ。着地を決めるも、その足場もまたすぐに落下を始める。落ち切る前に次々と足場を生み出しては飛び跳ね地面に叩きつけられるのを回避することに成功した。
「っぶねぇなぁ……」
さすがのケケイルも肝を冷やした。足場を生み出し跳び続ければ落下することない。だが、もし意識を失うようなことになれば―――。考えたくもない。
少しずつ高度を下げながら2体のガウディアを誘い出す。数が減ったとはいえ、不利なことには変わりはないし、魔力が無尽蔵にあるわけでもない。
カミルに加勢してもらえば、随分と楽になる。1度仕切り直しだ。
ケケイルを追うガウディアが急降下を始めた。
空中で刺し殺すか、地面に叩きつけるかの2択だろう。動きを見て対応すれば―――。
ケケイルは目を見開いた。確かに、ガウディアの足の爪が迫って来ている。だが、速度がおかしい。これまでの戦闘経験から、ガウディアの急降下は見てから反応しても回避できていたのだ。それが今はどうか?足の爪を向け急降下を始めたと思ったら、瞬く間にケケイルの目の前まで降りて来ている。
不味い!?回避を―――。
「ぐぁはぁッ!?」
腹に焼ける痛みが走った。ガウディアの爪が貫いたのだ。ケケイルの血が貫いた爪を伝い、地面へと血の雫を垂らしていく。瞬間的に意識が飛び、気づけば足で掴まれ上空へと舞い上がっていく。攻撃してきたガウディアの背後、もう1体のガウディアが激しく翼を羽ばたかせている。
くっそがぁ……。おいおい……、仲間の背に……風を叩きつけて加速させるかぁ……?そんなの……、今までに見た事ねぇ……ぞ………?
出血多量により、ケケイルの意識は飛んでしまった。
その直後、身体を包み込む炎が巻き起こる。
突然の発火に、ガウディアは足を焼かれ、炎から逃れる為にジタバタと足を振るう。ようやくのことで突き刺さった爪が外れ、ケケイルは炎に包まれながら落下していった。




