欠けし焔
― 迸る『聖火』の導きを 我が手に ―
詠唱にも似た聖句を紡ぐと剣に白き炎が絡み付き纏っていく。海棠色のポニーテイルの毛先が灰色へと変わるグラデーションを生み出し、髪色と同じ瞳もまた灰色へと変化した。白銅色を基調とし細部を海棠色で染め上げた鎧を纏う剣士――カナン・サーストンは天技の聖火状態へと姿を変え駆け出した。
カナン率いる冒険者パーティー聖なる焔は、帝都イクス・ガンナの北部、エジック山脈を越えた先に広がる丘陵地帯で魔物と対峙していた。ジャッカルのような姿をしたフィックスと呼ばれる魔物の討伐の依頼を引き受けている。群れを成し行動するフィックスを13匹討ち取ったところで、その中に赤き瞳を持つ魔族が現れたのだ。姿形はフィックスと変わらないものの、闇の元素を垂れ流していた。
魔族。精霊時代に魔族と呼ばれる存在は、元素の乱れが生み出す世界の悲鳴と捉えられている。淀んだ元素が闇の元素を呼び寄せ、破壊衝動を誘発させる。
白炎を纏う剣が魔族の首へと伸びる。
鋭い爪が刃を受け止め、口元に光る牙がカナンの首を襲う。
「硬殻防壁」
地の元素がカナンを包み込んでいき、殻のような防壁を生み出した。
ガキィィィィンッ!!
殻の表層が崩れるも、魔族の牙を受け止めている。連続して噛みつき、ジリジリと殻が削り取られていく。
「このッ!!」
腹部を蹴りつけ、魔族との距離を取る。
その直後、黄色を纏う矢が3射、カナンの脇を通り魔族へと飛んで行った。
さすがガストン。良いタイミング。
魔族は飛び退き矢から逃れると、地面に突き刺さる矢が、ドゴンッ!!ドゴンッ!!ドゴンッ!!大地を抉り、その威力を知らしめた。
魔族が着地を決めると同時に、素早く突き進む光弾が直撃する。
光が闇を浄化し、魔族の身体から闇を引き裂いた。
「駿動走駆」
風を纏った脚が大地を踏みしめる。15mほどの間合いを一息で埋め、白炎をを宿す刃が魔族の胴体目掛けて振り切られた。
ブゥンッ
魔族は身を伏せることで剣を躱すと、カナンの懐へと飛び掛かった。
「舐めるなぁぁぁッ!!」
踏み込んだ足を軸にし、魔族の腹を蹴り飛ばす。
キュルルッ!?
魔族の身体が宙を舞う。
蹴り出した足を踏み込み、軸にして身体を回転させた。
「炎陣裂破」
刃に火の元素が収束し、白炎は煌々と燃え盛った。
「無に還れぇぇぇぇええッ!!」
白炎を纏う横一閃。
魔族の身体は焼け、闇は光に浄化されていく。纏った闇は晴れ、赤き瞳を失ったフィックスは骨を残して霧散していった。
剣の動きが止まると、纏う白炎は霧散していく。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。肩で息をしていると、「思ったよりも苦戦したわね」紅碧色の髪を腰まで伸ばした閃族――ユリカ・カムロギがのほほんとした口調で呟いた。白百合色のシャーリングブラウスに薄花色のデニム調のパンツ姿という、冒険者としてその格好はどうなの?とは思うけど、回復魔法と支援魔法を扱え、体術の心得もあるユリカなら大丈夫か、と信頼もしている。
「こっちはッ、連戦なんだからッ、仕方ないじゃないッ」
フィックス13体との戦闘の前衛をこなした後の魔族との戦いである。後衛と違い、ひたすら動き回る前衛に負担がかかるのは仕方のないことだった。
「リアがいればねえ」
ユリカがぼそりと呟いた言葉に、行方不明となってしまった大切な仲間の姿が脳裏に浮かんだ。
「アイツのこった。野垂れ死ぬなんてことはねーだろうよ」
墨色の服の下に鎖帷子を仕込んだ少年のような見た目の男性――ガストン・クロックアーツもまた楽観的である。それ以上に、伽羅色の髪をツーブロックにしている彼は、髪の乱れがないかを気にしている。最近になってお洒落に目覚めたらしく、横の毛が少し伸びる度に丁寧に長さを整えているのだ。何でも「ツーブロックは少し髪が伸びるだけでバランスを崩しやすい」とか何とか。
かく言う私もリアが簡単に命を落とすとは思っていない。何らかの事件に巻き込まれた、そう思っている。
「姉さんは少し休んでてください。フィックスの牙は僕が集めてきますよ」
「ええ、プロフ、お願いね」
カナンと同じ髪色を持つウルフカットの白銅色のローブの男――プロフェント・サーストンは短剣を手に、散らばるフィックスの亡骸に向かって歩き出した。
聖なる焔は前衛二人と後衛三人からなるパーティーだった。突然のリアの失踪により、前衛が一人だけというバランスの悪いパーティーとなってしまった。新しい仲間を迎えるか?という話も議論されたが、カナンと息を合わせて戦える領域の前衛など早々見つかるものではない。実力者はすでに他のパーティーの要として活動している。独りで活動している冒険者など数える程度しかいないのが現状である。
それでも聖なる焔ほどのパーティーともなれば「ぜひパーティーに入れてください」という声もあるにはあるが、実力が伴わないか人間性に難のある人物ばかりである。
「リア、早く戻って来ないかしら……」
声は空しく空へと呑まれた。
冒険者組合に戻ると、見知った顔が並んでいた。アゼスト・ウェール率いる燿光の兆しの面々だ。
「あら、カナンじゃない。お疲れさま」
肩まで伸ばした金髪に緩やかなパーマがかかったゆるふわな女性――ティナリーゼ・アロシュタットが気さくに声をかけてくれる。シルクのような光沢と柔らかさのある服装が彼女の上品さに華を添えていた。左右の耳には宝石の色の違うイヤリングが揺れ、人の目を惹きつける。その姿はまさに貴族令嬢であった。
「ええ、お疲れさま。ティナ達も帝都にいたのね」
「最近、魔物の数が増えてるみたいでね。数を減らさないと私達の食糧まで食べられちゃうって言うじゃない。街の人も困っちゃうし、やるしかないわよね」
嫣然と一笑するティナの姿は、同性であるカナンでさえ胸をドキリと弾ませる破壊力があった。
確かに魔物の活動が活発になってきている。その中に、今日のように魔族が交じっているという報告も上がっていた。何かが静かに動き始めている、そんな気がして気分が晴れない。
「暫くは忙しくなるかもね」
談笑をしていると、清算を終えた燿光の兆しの仲間がカナン達のところまで歩いて来た。
「おや、聖なる焔の皆さん、こんにちは」
挨拶を交わすのは、燿光の兆しのリーダーであるアゼストだ。焦げ茶色の短髪はくせ毛なのか、僅かにうねっている。白銅色の鎧の胸部に乳白色の小さな宝石が埋め込まれているのが特徴的だ。彼はカナンと武器や戦闘スタイルが酷似しているライバルのような相手である。天技こそ持ち合わせてはいないものの、帝国に認められた数少ない冒険者パーティーと言えば実力も推し量れるだろう。
「アゼストさん、こんにちは。ご活躍されているそうで」
淑やかに微笑むと、アゼストは僅かに頬に朱が混じる。
ティナがパーティーにいる為、彼女と比べられて劣らないように、燿光の兆しのメンバーと話す時にカナンは努めて淑女に見えるように装っている。誰であろうと、軽んじられるのをカナンは嫌うのだ。だが、その笑みは男に誤解を与えてしまうものだ。天技の聖火を扱い、人を惹きつける美貌を持った人物が分け隔てなく慈愛に満ちた笑みを振りまけば、勘違いしてしまうのも致し方ない。
「いやぁ、まだまだですよ。魔物の数が多いだけで、強力な個体ではありませんからね」
「ふふっ、魔族に囲まれないだけマシですね」
「魔族と言えば……」
ティナが何かを思い出したのか、表情に僅かな陰りが見えた。
「魔族が何?どうしたの?」
「トランドランにね。出たって言うのよ」
「魔族が?」
「そうじゃなくって。人の言葉を介す魔族よ。カナンは前に戦ったって言ってたじゃない」
半年前、セルヴィナ学園に技能講習で赴いた際に、角付と呼ばれる言葉を介す魔族と戦闘に陥った。聖火の力でさえもまともに攻撃が通らなかった相手で苦労させられたのを覚えている。
「まさか、あの魔族がまた現れたっていうの!?」
「たぶん違うんじゃないかな。角がないって話だし、どちらかと言うと人に近いみたいよ」
「人に近い?」
魔族は魔物の淀んだ元素の成れの果てのはず。対象は魔物だけじゃなくって、人もなの……?考えられないことでもないか。人もまた元素で構成されている。元素が淀めば、人も魔族に成り得るって言うの……?
「穏やかな話ではなさそうね」
神妙な面持ちのカナンに、ティナは優しく微笑んだ。
「まだ可能性の話だし、お互いに気を付けましょう?」
「そう、だね。心を穏やかに、清らかに努めなきゃね」
やっぱりこのまま前衛を一人でこなすのには不安が残るわ。
依頼の掲示板の横にあるパーティー募集の欄に視線を向けた。
うちも募集かけないといけないわね。
元素の乱れの足音は、着実に迫って来ていた。それは遠くない未来で引き起こされる戦争へのカウントダウンだということを、彼女らはまだ知らなかった。




