子爵令嬢の憂鬱
ガタガタガタガタッ
砂利道の上を転がる車輪の振動がキャビン全体に伝わり、中に乗っている高貴な女性の身体を揺さぶっていた。毛先にウェーブのかかった背中まで伸びるほどに長い亜麻色の髪は、後頭部の高い位置でまとめられ、ウェーブのうねりがポニーテイルに立体感を生み出している。
嫋やかな雰囲気を纏う令嬢は、その雰囲気に似つかわしくない鬱屈な表情を浮かべていた。
「ファティマールお嬢様。もうじきアルフに到着します。そのような表情はお控えください」
付き人の30代の女性が注意を促すも、素直に聞き容れず、依然として表情は晴れない。というのも、ファティマール・アロシュタットは、父が治める要塞都市ザントガルツで行われた舞踏会という名の婚活会場に押し込められたのだ。本人は乗り気ではなかった為、無理やりドレスを着せられ、したたかな笑みを浮かべる男性と踊らなければならなかったことにご立腹なのだ。
「舞踏会に参加されたくなければ、子爵令嬢に相応しい相手とご婚約なさればいいのです。奥方様譲りのその美貌がございましたら、男性の心を掴むことなど容易いでしょうに」
「それなら、もっとまともな男性を集めてもらえるかしら?家柄狙いのしたたかな男なんて願い下げよ」
私が求めるのは、家柄ない。実力と人間性なのよ。その点、セルヴィナ学園の生徒はまだ有望なのよね。まだ腹黒い社会に染まり切っていない純粋な心の持ち主が多い。
中でもファティマールのお気に入りはカミル・クレストであった。アズ村という田舎村出身ながら、圧縮魔法なるものを操り、謎の蒼い輝きで魔族すら退かせる力を有している。技能講習の一件で帝都へと旅立って以来、学園には一度も姿を見せていない。
もうじき2回生になるというのに、アイツは一体どこでなにやってるのかしら……。
車窓からアルフの街並みが見え、そっと溜息をつくのだった。
ファティマールは学園からほど近いマンションの一室を借り、付き人であるメリッサ・ロロアールと共に生活している。彼女は閃族であり、付き人ではあるものの、主な仕事は護衛である。暗器を得意とする暗殺者としての顔も持ち併せている。とはいえ、学園内への立ち入りを禁じられている為、ほとんど出番がなかったりする。
「変な男性に引っ掛からないように」
メリッサのいつもの言葉を聞き流し、学園の中へと歩いていく。
「あれ、ファティじゃねーか。もう戻ったのか?」
振り返れば、白銅色の短髪をツンツン頭にしたかつての同級生、ゼル・クラークが馴れ馴れしく話しかけて来た。
ファティマールは入学当初こそCクラスだったが、半年に一度の試験で実力を示し、技能講習の後にはBクラスまで上がっていた。先週行われた試験で更に一つ上のAクラスに上がることが確定しており、ようやくCクラスを脱出したゼルとは、講義を共にすることも無くなっていたのだ。
「そうよ?貴族社会というのも大変なんだから」
ぶっきら棒なファティマールの言葉に、ゼルは苦笑いを浮かべていた。
カミルがいた頃は圧縮魔法のことでぶつかり合っていた二人だが、半年ほど前にカミルがいなくなって以降、喧嘩の数は減り、今では他愛のない会話ができるほど落ち着いている。
指組をした手を後頭部に置き、ゼルは「男に言い寄られ続けるってのも大変だな」軽口を叩いた。
「まったくです。まともな男がいない苦労をわかってほしいものですね」
「おお~怖怖っ。カミルがいなくなってから、ずっとそんな顔してんな。そんなにお気に入りだったんかよ」
ゼルを一睨みすると、大袈裟に飛び退き「今の視線だけで人殺せるって!?」おちょくって来る。
「私、人を見る目はあるつもりですよ?Sクラスのモーガンなんかよりも将来性高いって気づかない?」
「まあ、カミルは未知数がでかかったからな。数字上では平凡以下なのに、結果だけは一級品。そばにいた俺でもよくわかんねーんだよ」
「………。カミルの行方、まだ掴めないの?」
ゼルの空気感が暗くなるのを感じた。
「まだなーんもだ。行ったのは帝都なのに、生死すら伝わって来ないなんておかしいよな?」
所用があれど、一ヵ月もあれば往復できる距離だ。手紙だって出すことができるのに、それすらして来ないのは不自然である。
「角付の一件、かなり重いのかもな。帝城が襲われたのも関係してる可能性も高いし」
そこでBクラスの教室辿り着く。
「また何か情報があったら寄越しなさい。どんなに些細な情報でもいいわ」
「へいへい、左様でございますか、お嬢様」
キッと一睨みすると、ゼルは笑いながらCクラスへと歩いていく。
カミル、早く戻ってらっしゃい。じゃないと、触れられないほどの高みに私は行ってしまうわよ。
本日の講義が終わり、教室を出て行くと上級生であろう男子生徒に呼び止められ、中庭まで来ていた。
これはいつものやつよね。
Bクラスへと昇格した後から、時折男性から告白されることがある。入学当初はCクラスともあり、出来損ないの子爵令嬢だと思われていたのだろうと想像がつく。来年度からはAクラスへの昇格が決まったこともあり、その噂が上級生にまで届いているのかもしれない。
サラサラの赤いマッシュの髪に、堀の深い顔。釣り目のせいか、高圧的な印象を受ける。
「俺は3-Aのケイルズ・ピュラーだ。貴女の気高く麗しい姿に惚れた。俺と付き合ってはくれまいか?」
見た目は可もなく不可もない。清潔感もある。自分の口で呼び出し、臆さず、私のどこに惚れたかを伝えてくる度胸は良し。でも―――。
「お断りします」
ピシャリと申し出を断った。
「……。理由を聞いてもいいか?」
「私はこれでも子爵の娘です。自分の強みを持たぬ者に靡くほど安くはありませんよ」
そう。自分を売り込むだけの実力を身に着けなければ話にならないのよ。家柄や元素の適正だけを売り込んでくる人もいるけど、そこじゃないのよね。このケイルズって人にはそれすらない。上級生でありながら、話題に上がってすらいない。他の生徒に埋もれているようでは、魅力的に映らないわ。
「そうか。時間を取らせたな、すまない」
沈む表情を前にファティマールは口を開いた。
「誠実さは合格点です。貴方ならもっと高みへ登れるでしょう。私に限らず、女性を振り向かせたいのなら、実力を身に着けなさい。そうすれば、女性の方から尻尾を振ってくれるわよ」
本心と、多少のリップサービスの言葉を送るとその場を後にする。
廊下を歩いていると鈍色の髪を営業マンさながらにセットされた同級生――ジョアン・イスタールがこちらへ歩いて来る。
「やあ、ファティ。また告白されてたんだって?」
その言葉にぎょっとした。
「ついさっきの出来事なのに、なんで知ってるのよ……?」
中庭から今戻ってきたばかりなのだ。情報が回るにしても、もう少し時間がかかるはずである。
「いやさ、シルキーさんが目撃してたんだよ。盗み見するのは気が引けたみたいだから、すぐに引き返してきたんだってさ」
シルキー・ウェイルズ。都市外戦闘訓練で臨時パーティーを組んだメンバーの一人である。1回生ですでに支援魔法を専攻している変わり者である。ドワーフ族の女性という点でもかなり希少な存在でもあるが、ファティマールは彼女のことをあまり得意としていない。何を考えているのかわからず、気味の悪さすら覚えていた。
「見られてたのね」
「それで?また振っちゃったりしたの?」
「そりゃそうよ。もう1年も学園にいて、噂にすらならない人には興味なんてないもの」
「はははっ、手厳しいね」
ジョアンもまた話題に上がらない一人であった。それでもファティマールはジョアンのことを気にいっていた。色目を使わず友人関係を築けた数少ない異性だからだ。そういった意味合いでは、ゼルもその部類に入るのだが、性格的に喧嘩になりやすいのが玉に瑕である。
「そもそも、ジョアンは私と付き合いたいなんて思ってないでしょ?」
「ファティみたいな綺麗な人と付き合えるなら、僕だって嬉しくは思うよ?でも、僕じゃ釣り合いが取れないのはわかってるんだ。僕は僕が幸せにできる人と一緒になりたいと思うかな」
商人の家系だけあって、かなり堅実的なものの考え方である。背伸びしても苦しむのは本人。それを理解しているのだ。それすらも凌駕するほどの熱がある場合はそれに限ったことではないが。
「へえ?そんな人いるんだ?」
それは初耳だ。大人しそうなジョアンからは想像できない。
「年上の女性ですからね。まずは店を任せてもらえるくらい手腕を手に入れないと難しそうですけどね」
「年上!?ジョアン、貴方って大人しそうに見えて心は熱いのね」
「はははっ、彼女が卒業するまでが勝負ですからね。そりゃ熱も入りますよ」
「手伝えることがあったら遠慮なく言うのよ?私、応援するからね!!」
ファティマールもまた年頃の娘である。恋バナとなれば全力で応援したくもなる。
「ありがとう。でも、できれば自分の力で振り向かせたいんだ。優しく見守ってくれると嬉しい」
ジョアンの意外な男気溢れる姿、少し焼けちゃうわね。私も焦がれるような恋がしてみたい。
「わかったわ。頑張ってね」
「もちろんさ」
自分の置かれている状況と比較して、ファティマールの気分は沈むばかりであった。




