ep.111 ヨミジク村
「ほら、カミル。さっさと行くよ」
リアの声で我に返ると、すでに皆は馬車に乗り込んでいた。ティアが不機嫌な顔でこちらを向いているのは、会話の途中で黙りこくってしまったからだろう。
「ああ、ごめん。今行くよ」
おずおずと馬車へと乗り込み、連なる石造りの伊勢鳥居へと動き出した。馬車の中とはいえ、鳥居をくぐる際に反射的に頭を下げれば、嫌でもカミルへと視線が集まる。
「お前、何してんの?」
ニステルの言葉が響くも、いつもの皮肉めいた口調ではなかった。純粋な疑問から来るものなんだろう。
「いやさ、癖、みたいなもんかな。鳥居は神域との境界門なんだ。だから、中に入る前に一礼して神様に敬意を表すんだよ」
「へえ、国王陛下に拝謁するみたいなもんか」
「そんな感じかな」
腕組みをし、二人のやり取りを聞いたいたティアは一つの答えを導き出していた。
「もはや核心的だな。霊峰はなぜリディスを受け入れるのか。なぜ鳥居が存在しているのか。リディスという種族の正体。カミル、お前には感謝しよう。さきほどの無礼は帳消しにしてやってもいいぞ」
ティアの表情は嬉々としている。謎が解けた達成感と結論を語りたくてうずうずとした感情が混ざり合い、落ち着きのない様子だ。どこか誇らしげな感じがするのは、出した答えへの自信の現れだろう。
「うん、ありがとう。でも一言謝らせて欲しい。きちんとけじめはつけておきたいんだ。さっきはごめんなさい」
頭を下げるカミルに、
「帳消しにすると言っておるのに、律儀な奴だな。ならば聞け。私としてはそうしてくれた方が嬉しい」
「わかった」
ティアは腕組みを解くと、膝の上へと腕を下ろし語り出す。
「この霊峰クシアラナダを紐解くには『日本』という国が必要不可欠だ。カミルの言葉、所作から、霊峰が日本との繋がりが強い場所ということは明白だろう。鳥居が神域との境界門であるとするなら、神に当たる存在は何なのか。そんなもの、祠に祀られている時を司る元霊以外に考えられない。そこで出てくる疑問が、鳥居を建てたジーク一族とは何なのか、リディス族とはどのような存在なのか、という点だ。日本に鳥居というものが存在しているのなら話は簡単だ。ジーク一族は日本という国の人間を祖先に持つということだ」
「鳥居というものを知り、作る技術を持っているから?」
「そうだ。たとえ鳥居の存在を知っていたとしても、作り上げ、この道に立てることなんてできやしないからね。なら、霊峰に迎え入れられるリディス族という存在がどう関わるのか。これも単純な話だね。大方、リディスもまた先祖に日本人を持っているのだろうさ」
「その通りです。私達、墓守の一族の中ではそう伝えられていますから」
キョウカがティアの意見に信憑性を持たせた。
ティアが言わんとすることがわかってきた。
「ジーク一族というのは、リディス族なんだね?」
ティアが口元を綻ばす。
「これだけヒントをくれてやれば理解はするか」
曲道に差し掛かり、馬車がガタガタと揺れ動く。その動きに合わせ、ティアの舛花色のポニーテイルと、結われた大きな白いリボンがゆらゆらと踊り出す。
「この世界に日本という国は存在しない。存在するのなら、ホガミがリディスの故郷の村なんて呼ばれはしないだろう?」
ティアが指を鳴らし、流れでカミルへと指を差す。
「つまりはだ。日本という異なる次元にある世界が存在するということだ」
日本が存在する、そう宣言され心が震えた。夢だと思っていた場所が、神来社 廉が実在する。アクツ村で先祖が日本人だと言われた時から、日本は実在するのだろうとは思っていたけど、どこかで空想の話なのでは?と否定する自分もいた。こうして皇国の学者であるティアに断言されると、妙に実感を持つことができる。けれど、同時に不安も増していく。日本が存在すると断定されるのなら、確実に神来社 廉はこの世界に何かしらの影響を与えたということになるのだ。
廉、お前はこの世界で何をやらかしたんだ……?
「俗に言う異世界ってやつですな。この世界に並行して別の世界が存在するなんてことは散々議論されてきましたけど、こんな形で存在が証明されるなんて、いやはや旅はしてみるもんですな」
嬉々として語るティアとフィリーとは対象的に、カミルの心中は複雑だった。
「でも、お二人が近づいた時に見えた朱色の鳥居と、カミルが近づいた時に現れた石造りの連なる鳥居の違いと言いますか、現象って何なのでしょう?」
人差し指を頬に当て、アリィは首を傾げた。
「まあ、現象だけ見れば、リディスの血筋の者が近寄れば朱色の鳥居が現れるのだろう。単純に出入りの許可が下りてるだけかも知れんがね」
「では、カミルは一体……?」
カミルに視線が集まるも、その答えを導き出すことは誰にもできない。カミルはヒュム族であり、リディスの血を引く者ではない。他の者と違いがあるとするなら、日本という国で過ごしたことがあるという点と、月読などの理外の力を操る点だろう。
「それをこれから確かに行くのさ。ヨミジク村のジーク一族なら、この不可思議な現象の説明ができるかも知れない。標高が高いせいですぐには辿り着けんのが心苦しいが、こう焦らされる時間というのも高揚感があっていいものだな」
フィリーへと暑苦しい表情を浮かべ迫っていた。
「ヨミジク村は逃げないのだから、もっと大人しくせんか。そんなんだから、研究室でいつまでも子供扱いされるのだよ」
「はぁぁぁ~~。おっさん、枯れてんなぁ。もっと楽しむ心を持てよ」
はしゃぐティアを宥めるフィリー。それはまるで親子のように映った。同じ研究所に所属し、同じハーフ同士。親近感もあるだろうし、情が湧くのもわかる気がする。
「一度、標高2000m地点で身体を慣らします。ヨミジク村までまだまだ掛かりますから、仲良く行きましょう?」
アリィは破顔し、霞みが晴れた山を見上げた。
僅かに雨雲が流れてきている。そう遠くない内に雨が降るかも知れない。そこで、この神域、元素の理に縛られない領域の洗練を受けるのだった。
「はっくしょぉぉぉ~んッ!!」
盛大にくしゃみをしたカミル声が反響する。馬車は今、降り出した雨を避ける為に、自然にできた岩の屋根の下にいる。
「きったねぇな!?くしゃみする時はしっかり手で押さえろよ……」
対面に座っているティアが、逃れるようにしゅっと足を引っ込め膝を抱えて身体を丸めた。
「ごめんごめん。でも、かなり冷えて来たね」
すでに日は暮れかけ気温が下がりつつあった。そこに加えての雨だ。馬車の中ということもあり濡れることはないが、風に乗り冷気が一行の体温を奪い始めていた。
「毛布の用意はしてあります。ちょっと待ってくださいね。今準備しますから」
ククレストは立ち上がり、荷の中から薄手の毛布を取り出した。だが、その生地は薄く、一枚だけでは心許ない。
「保存食に比重を置いてますから、嵩張らない様に薄手のものになっちゃいましたけどね」
傍らには保存食の詰まった鞄が並び、その横には霊峰に入る前に調達した猪の肉が僅かに残されている。塩漬けにしたとはいえ、使える塩の量も限られていた。早めに食べるに越したことは無い。
「ったく、魔法が使えねぇのがここまで面倒くせぇものだったとはな」
気温が下がってきたというのに、一行の周りには火を起こした様子はない。岩の屋根に入ったはいいが、そこは広くはなく、馬車が辛うじて収まるほどの広さしかなかった。当然、火を起こす場所もなければ、火を起こす道具すらない。元素と魔力を封じられた現状では、暖を取る手段がなく、肩を寄せ合い毛布に包まることが体温を保つ手段であった。
魔法という術が発達した反面、この世界の道具の発達は未熟であった。魔法一つで火を起こし、光を操り、水の確保すら可能なのだ。当然、それらを魔法を使わずに確保する道具は発達しておらず、故にこの世界の住人からしてみれば、霊峰クシアラナダは長く険しい非常に危険な道のりである。
「おい、魔法が使えないのがわかってるなら、火が起こせる道具くらい持って来いよ……」
ニステルの不満の矛先は学者二人だった。
「道具はあるんですよ。ただ、火を起こせる場所がないんです」
ククレストの手元を見れば、平らに切られた木の板と、丸く整えられたバチ状の木の棒が握られていた。木の板に木の棒を押し付けて回転させ、摩擦熱で火をつけるというものだろう。
この世界でも原始的な火起こしの手段は残されてるのか。前に廉が動画投稿サイトの映像を見ていたな……。火を起こすまで大変そうだったけど、ここにいるのは兵士と冒険者。体力的には何とかなりそうではある。
「はぁ~」
短い溜息が馬車に響いた。
雨が上がったのは、それから2時間後のことだった。辺りはすでに暗くなり、日没まであとわずかだろう。
水の確保も急務だったが、各自のボトルと器を外へと置いておき、必要な水を得ることには成功している。
肝心の火起こしはというと―――。
「だぁぁぁぁ~~~ッ!?点かねぇじゃねぇかッ!!」
ニステルが木の棒を放り出し、地面へと倒れ込んでいく。
案の定、火起こしに苦戦していた。ただでさえ雨上がりということもあり、木が湿気を含んでいる。サバイバル初心者としては悪条件である。
「今度は私がやるわ」
リアが木の棒を拾い上げ、板へと押し付けた。火起こしに挑戦するのはリアで六人目。火が起こる原理を理解している学者二人が挑戦するもすぐに音を上げ、アリィとククレストも同様に火を起こすことができなかった。
木の棒を両手で挟み込むと、ぐりぐりぐりっと掌を擦り合わせるように動かし摩擦を加えていく。板の上で棒が回るのみで変化がない。それでもリアは腕を動かし続ける。その腕もすぐに動きを止めてしまった。
「ごめん……。腕が限界かも」
リアにしては珍しく、短時間で音を上げてしまった。
「珍しいね。いつもはブンブン人並み以上に頑張るのに」
「これも神域の影響かな。ほら―――」
リアは細腕を宙に上げ見せつける。
「精霊時代のエルフは筋肉質だったでしょ?私はそれが嫌で筋力を補う魔法を独自で編み出して今までの冒険してきたの。だから、私の腕もそうだけど、全身の筋肉量が少ないのよ。体形維持の為に体幹は鍛えてはいるんだけどね」
精霊時代のエルフ族――精霊の刻印が施されたエルフは歪みの生まれた種族であった。本来のエルフは細身の骨格としなやかな筋肉を持っているが、精霊の刻印により変化が生まれ、がっしりとした骨格に筋肉質な姿をしている者が多い。厳ついエルフの姿を嫌ったリアは、体格だけなら本来のエルフの姿なのだ。
「ははっ、俺も筋肉隆々のリアの姿は……、見たくないかも?」
カミルの女性の好みは日本での生活により、あちらの世界に引っ張られている。比較的華奢寄りの姿を好んでいた。
「それじゃ、はいっ」
火起こし一式が手渡された。
「腕が太くならないように私は諦める。カミル、がんばれっ」
「よ~し」
袖を捲り、指を組みポキポキと鳴らし準備をする。
これはダサいとこなんて見せられないぞ。日本で得た知識を活かせ。
すでに石でかまどは作られ、薪と落ち葉などは準備されている。
「まずは火口を作って―――」
黎架を抜き、木の皮部分の内側に刃を軽く押し当て削いでいく。
「ホクチ?」
生まれた細かい木屑を摘まみ上げ、リアへと見せる。
「この細かい木屑のことだよ。枯れ葉とかでもいいんだけど、あるなら木の皮とかがいいかな。油が含まれてたりするからね」
「へぇ~、良くそんな知識を持ってるね」
カミルは苦笑する。
「日本で仕入れた知識なんだけどさ、この世界には魔法があるでしょ?だから使える知識じゃないと思ってたんだよ。こんな形で役立つなんて、知識ってのは無駄にならないもんだね」
「で、それをどうするんだ?」
気付けばティアが作業を覗き込んでいた。
日本って言葉に釣られたか?
「この火口をかまどに敷き詰めた落ち葉の中に入れて、もう1回火口を作っておく。木の板をに持ち替えて、板の端を抉っていく。で、抉った部分に穴を空けてっと」
刃先でぐるぐると削ると小さな穴が空いた。
「あとは―――」
集めた薪の中に、くの字型になっている物を手に取ると、両端に切れ目を入れておく。靴から紐を抜き取ると、切れ目を入れた両端の場所に括りつけ弓の形のものを作り上げた。
「おい、火を起こすのになんで弓なんて作ってんだよ」
ティアが訝しげな視線を送ってくる。
「こうやって、木の棒を装着すんの」
弦の部分に当たる紐の中央に木の棒を当て一回転させた。
「これがあれば必死に両手を回さなくても、片手を動かすだけで回るんだよ」
木の棒を板に押し付け弓を前後に動かせば、木の棒がくるくると回転した。
「へぇ、面白い動きをする」
この世界ではあまり役に立ちそうにない知識でも、ティアには目新しいようだ。
「それじゃ、やってみるよ」
木の皮を地面に敷き、中央に木屑と枯れ葉を置く。その上に空けた穴が来るように窪んだ方を下に向けた板を押し付け、動かないように足で踏みつけた。摩擦が起きやすいように穴の中に粗目の砂を入れておくのを忘れない。弓と一体化した木の棒を穴に当て、棒の上に当て木をして固定する。これで準備は完了だ。
ゆっくりと弓を動かし回転を加えていく。棒と穴の形が嵌り込むまでゆっくりと動かし、嵌った瞬間――ストロークを長くして只管動かし続ける!!ある程度やれば多少煙が出始めるけど、ここで止めてしまうと火種がすぐに消えてしまうから注意が必要だ。煙が出てからも只管動かし続け、もくもくと上がり始めたら頃合いだ。板をどかして火口の中を覗れば、火の粉の姿を確認できた。火口を包み込む様に持ち上げ、そっと息を送り込むと僅かに火の粉が広がり始める。
「よしッ!!」
消えないようにかまどに組んである薪の中央、枯れ葉の中に入れ息を吹きかけ酸素を送る。すると――煙の広がりと共に火が灯った。
「「「「おおっ!!」」」」
感嘆の声に呼応するように火は燃え広がり、闇夜を照らす暖かな光を生み出した。月明かりだけが頼りだっただけに、灯る炎が安心感を齎してくれる。火が点いたのはあくまで乾いた部分の薪であり、これからこの火を利用して他の薪の水分を飛ばしていかないといけない。
「あとは火が消えないように薪をくべていけばいいから」
火のつけ方は知らなくとも、焚火の経験は皆ある。ここまで来れば火を絶やすことはないだろう。
「ご苦労でしたな。片付けはお任せを」
フィリーが火起こし一式の片付けを買って出てくれる。
「火が点いてくれたのは幸運でした。ビギナーズラックってやつですよ」
「びぎなーずらっくって何だ?」
聞き慣れぬ言葉に、ティアを始め、一行は不思議そうな顔を浮かべている。
「初心者が得る幸運ってやつですよ。次もうまく火が点くかは運次第なんで」
はははっ、と愛想笑いを浮かべた。
「ともあれ、これで凍死は何とか避けられそうですね」
アリィはほっと胸を撫でおろし、話は火の番に移っていく。
火の番の話しかしないけど、魔物を警戒しなくていいのだろうか?
「あれ?見張りはいらないんです?」
疑問を投げかけると、「ああ」ティアが霊峰の特徴を語り出す。
「この山には、こちらから手を出さない限り獣の類に襲われることはないらしい。ジーク一族の話だから信憑性はあるだろう」
「獣が人を恐れてるってことですか?」
「いぃや、霊峰に住まう生物が基本的に草食なんだとさ。元霊ってのの影響かもね」
「ふ~ん」
霊峰という場所が他の場所と違った特色を持つことはわかった。日本の山はこんな感じなんだろうか?
火の番は、アリィとククレストの両名で行うこととなり、早い時間に休むこととなった。魔法が使えない以上、日がある内にしか移動ができない為、日の出と共に移動を開始するとのこと。
唯一の心残りは風呂に入れないことだ。魔法が使えない以上、浴室を作ることも、水を生み出すこともできない。必然的にお預けをくらってしまった。男の俺ですら気持ち悪さを覚えているのだから、女性陣はもっと不快に感じているかもしれない。川がこんなに恋しくなるなんて思わなかったよ。
べた付く身体を我慢しながら夜が更けていく。
翌日も道をひたすら進んでいき、夜を迎える頃に標高2000mを越えた川沿いにある山小屋にたどり着いた。
「なんでこんな所に山小屋があるの?」
キョウカは物珍しそうに小屋の周りをキョロキョロと窺っている。
「ここはジーク一族が建てた山小屋なんですよ。下山することがあるみたいで、戻って来る時に高山病にならないようにと滞在してるみたいです」
フィリーは説明をしながらも慣れた手つきで引き戸を開ける。ガタガタと音を立てながら扉が開き、殺風景な部屋の様子が見て取れた。あくまで一時的な滞在が目的であり、あるのは囲炉裏と土間に設置されたかまどのみ。玄関に靴箱がある辺り、日本の流れを汲んでいるのがわかる。埃っぽさはあるものの、一晩明かすくらいなら特に気にはならない。靴を脱ぎ、靴箱に収め部屋へと上がっていく。ギシッギシッ、歩く度に鳴る木材の床を進んでいくと、2つの扉があった。
「あの扉は?」
フィリーがカミルへと振り返る。
「あれは風呂とトイレですよ。水は川から汲んで来るので、火起こしは必要なんですがね。問題は……」
フィリーの視線が1番隅の扉へと向いた。
「トイレは原始的な穴がひとつ空いてるだけなんですよ……」
恐らくは汲み取り式トイレなのだろう。カミルは使ったことはないが知識ならある。それが酷く臭うことも知っており、一気に気分が萎えてしまった。それはカミルに限ったことではない。ここにいる者すべてがそう感じている。無いよりはマシ、そう自分に言い聞かせ視線を逸らした。
まさか、ヨミジク村も汲み取り式――なわけないよね?
可笑しな点はまだある。窓に取り付けられている硝子だ。こんな山奥だというのにどこから持ってきたのか?考えられるのはヨミジク村だが、硝子工房でもあるのか?にしても、ここから村までかなり離れている。短期滞在の為にわざわざ硝子を張りに来たのだろうか?
そんなことを考えていると「せっかくかまどもありますし、残ってる猪の肉を使ってしまいましょう」ククレストが率先して調理を進めていく。そこにアリィも加わった。
その間に囲炉裏に火をくべ、久方ぶりの暖かい部屋での休息に心を解している。
出来上がった料理は、猪肉に採れた野草のみで作られたスープだ。塩で味付けされてはいるものの、猪の臭みは完全には消しきることはできなかったようだ。この環境下では温かい料理が食べられるだけマシ、作ってくれたククレストさんとアリィに感謝をし、胃袋に流し込む。
「良い味とは言えませんね」
苦笑するククレストに「下処理するモノがねぇんだから、誰が作ってもこんなもんだろ」ニステルの言葉が飛ぶ。フォローを入れたんだろうけど、こんなもの呼ばわりする辺りニステルって感じがする。
「村までもう数日の辛抱だ。倒れないようにしっかり食っときな」
スープを啜るティアの表情は無であった。味に無頓着なのか、こういった食事に慣れているのか、反応が薄い。それはそれで作る側からしたら作り甲斐がない。
「ククレストさんは普段から料理をするんですか?」
「まあ、軍属ですからね。炊事を担当することももちろんありますよ。遠征先での食事は士気に直結しますから、なるべく自宅でも自炊は頑張ってますね」
軍人は料理ができそうな印象が個人的にはある。食材の確保から調理まで、任務が如く淡々とこなす姿が容易に想像できるのだ。だけど、これはこっちが勝手に作ったイメージだ。それを押し付けるのはよろしくない。
「カミル君はどうなんですか?」
「俺、ですか?俺は――目玉焼きなら得意です」
胸を張り高らかに宣言した。
「目玉焼きって、お前……。それ時間を計るだけじゃねぇか……」
ニステルの呆れた声に、食いついた。
「いやいや、黄身の硬さの調整もばっちりだし。焦がすこともないんだよ?」
「いや、だから焼き時間と焼き方だろ?手を加えないものを料理と呼ぶんかよ」
「え、何?じゃあ、ニステルは目玉焼きは料理じゃないと言いたいわけ?」
「まあ、そうなるな。食材に手を加えて味を調えるのが料理だろ?」
「まあまあ」
口論になりそうな姿を見かね、キョウカが割って入ってきた。
「そんなに料理について語りたいなら、ヨミジク村に着いてから料理対決でもしたらどう?」
「それ、面白そうね」
リアが微笑み賛同し、アリィもまた「確かに」笑みを向けて来る。
「私も興味あるな。お前がどんな料理を作ってくれるのか気になる」
ティアも賛同してきたけど、絶対に日本の料理を期待している目だ。残念だけど、日本の料理ってリディス経由でこの世界に普及してるから期待に副えるものなんてないんだよ?
「ニステルは――料理できそうよね。一人暮らししてるし、元軍人だしね。期待してるわよ」
リアは流し目で挑戦的な視線を送ると、ふんっ、とニステルは鼻を鳴らしそっぽを向いてしまう。
リア、無条件で信頼してくれるのは嬉しいけど、俺、料理なんて全然できないんだよ……。
料理対決をする雰囲気に呑まれ、カミルは心の中で謝るのだった。
それから日数をかけてゆっくりと山を進み、肉眼で確認できる場所に集落を発見することができた。とっくに森林限界に達していてもおかしくはないはずなのに、ヨミジク村の周りには木々が生い茂っている。この世界の理だけでなく、日本の理さえも外れてしまっているようだ。建物は日本の昔ながらの木造住宅のような姿をしており、山奥にある秘境、その名が相応しく思えた。
カミル達は慣れない魔法無しでの生活と、衛生面に気を遣う毎日に精神をすり減らし、ヨミジク村にたどり着く頃には疲労困憊状態となってしまっていた。
「長かった……」
自然と心の声が漏れる。
「これは早々来れるような場所ではありませんね……」
皇国の兵士であるアリィですらへばっている。ククレストもまた同様の姿である。元気なのは―――。
「ふはははははははっ!!帰ってきた。帰って来たぞ!!」
ティアは独り駆け出し村の中へと入ろうとして村人に出入口で止められている。
「あれの面倒は任せてくださいな。村長への挨拶は任せましたよ」
フィリーはティアの首根っこを掴み端へと履けていく。
「とりあえず、村長に挨拶に向かいましょうか」
アリィを先頭に、村人に訪問した事情を話し、村の中へ入れてもらう交渉が始まった。ここで村人の機嫌を損ねてしまえば、これまでの長旅も水の泡である。
ジーク一族の見た目の特徴は、まず目に飛び込んで来る褐色の髪だろう。紺よりもさらに濃い色をした、黒に近い藍色をしている。暗めの髪色をしているのは、リディスの――日本人の遺伝子が受け継がれている証拠なのかもしれない。
次いで目に入るのが、矢絣の文様が施された羽織りだ。色や文様の大きさなど、細部に違いはあれど、一族を象徴するような柄である。キョウカが纏う墓守の一族の籠目柄とどこか似通った雰囲気を感じた。
世界を歩いて来た中ではしっかりとした骨格をしており、それでいて細身の身体を持つ。身長は男性が200cmほどで、女性でも180cmは優に超えている。標高が高い山に住んでいるのに、日焼けの跡がまるでない。白く透き通る肌をしているのが不思議でならなかった。元霊がどれほどの影響を与えているのか、学者でないカミルでさえ気になる点であった。
「では、村長の指示を仰ぎます。皆さん着いて来てください」
30代ほどの女性に促され、村の中へと通された。
村の建物は遠目で見た通りの木造建築で、日本で言うところの明治時代や大正時代の建物の雰囲気に近い。一つひとつが立派な造りをしており、ジーク一族の祖先である日本人が1900年代の初め頃の人間なのかも知れない。どこの家にも硝子が嵌め込まれ、村のどこかで製造されている可能性が高い。
村を歩いていると、村人の視線が突き刺さる。まあ、滅多に来ない余所者が来ればそうもなる。見世物のような気分で中央にある建物の前までやって来た。
「こちらが村長が住まわれる屋敷でございます」
それは、ザントガルツで見たダインの民の詰め所のような武家屋敷に近い造りをしていた。
「村長に伝えて参ります。暫くお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「突然の訪問ですからお気になさらずに」
一礼をすると屋敷の中へと姿が消えていく。その所作は美しく、どこか時代劇を彷彿とさせる。
「話しは私がまとめますから、皆さんは静かにしていてくださいね」
優しく微笑むアリィの視線は、先ほど暴走仕掛けていたティアへと注がれている。
「話しが拗れたら調査どころではありませんからね。努努お忘れなきようお願いしますね」
「わざわざ言われなくとも、そんなことはわかっている」
不服そうに言い返し、そっぽを向いてしまった。
暴走しないように言葉で枷をする当たり、今更ながらに隊長なんだと再認識させられた。歪みが調べられなくなって困るのは、間違いなく学者の二人だろう。研究対象になり得るものが多いヨミジク村において、二人の行動の制限こそが最も穏便に過ごす為の最善策である。
暫く待つと、屋敷の引き戸がガラガラと動き、中から案内役をしてくれた女性が「村長はお会いになるとのことです。上履きに履き替えて中へお進みください」屋敷の中へ入るように促してくる。
言葉に従い玄関を潜ると、檜の優しい香りに包まれた。嗅ぎなれた香りではないが、どこか懐かしく心を穏やかにしてくれる。
脱いだ靴を靴箱に収め、用意された上履き――スリッパへと履き替えた。
明治時代にはもうスリッパの文化はあったんだっけ?
廉と過ごした日々の中で得た知識は朧気だった。日本においてスリッパの始まりは、鎖国が終わった後のこと。西洋人が土足で家の中へ入ってしまうことを防ぐ為に考案されたものだ。靴を脱ぐ習慣のない西洋人に、靴のまま履ける上靴を用意し、トラブルを避けたのが始まりとされている。
パタパタと音を鳴らし廊下を進んでいき、一つの部屋まで案内された。女性は障子の前で正座をすると「お客様をお連れしました」中へと言葉をかける。
「通しなさい」
低く渋みのある声が響くと、女性がこちらを見上げた。
「では、中へお進みください」
障子を左手を引手に掛け、少し開け、引手から縁へと左手を下ろし半分ほど開いた。手を右手に変え、残りを開けていく。その姿は雅であった。カミル達の心までもが自然と引き締まり、美しい所作で入室しようとするも、不慣れな動いをしようとしたせいか同じ方の手と足が同時に出てしまった。それどころか、入室の挨拶まで忘れてしまう始末である。
「何をそこまで硬くなってるの?」
リアに突っ込まれるも「気持ちが引き締まったせい?」質問に質問で返してしまう。
「意味わかんない。ほら、さっさと進んで。つっかえてるよ」
背中をぐいぐい押され「わかってる、わかってるから押さないで」バタバタと入室せざるを得なかった。
もっと優雅に入るつもりだったのに……。
部屋の中は案の定畳であった。中央に10人掛けのテーブルが置かれ、囲むように腰を下ろしていく。唯一立ちっぱなしなのはカミルであった。
「どうした?座れよ」
ティアに促されるも、声を掛けられる前に座るのは失礼かと思い、上座に座る村長と思わしき人物に視線を移した。
そこで、カミルは自分の目を疑った。
上座に座るその人は、見た目は60越えで、白髪交じりの長髪をオールバックにし、長い顎鬚を蓄えている。垂れ下がった目をしており、左の目尻に∴形の泣きぼくろが存在する。髪型や深く刻まれた皺はあれど、その顔立ちは――神来社 廉と瓜二つなのだ。
村長は穏やかに微笑むと、
「掛けなさい」
着席を促した。
「あ、はい」
はっと我に返り静かに腰を下ろした。
「オレはヨミジク村の村長を務めている、霧島 魁誠と申す」
「霧島 魁誠?」
村長の言葉を繰り返す。不思議そうな顔をしているカミルに対し「それがオレの名だが?」魁誠は怪訝な顔を浮かべた。
「さっきから様子がおかしいけど、どうしたの?」
リアは心配そうな表情をしている。
他人の空似か?でも、まるで廉の生き写しだ。血縁者?いや、廉は世界に悪影響を与えた人間だ。子孫がいるとは考えにくい……。
「ねえ、カミル大丈「率直にお聞きしたいのですが―――」」
リアの言葉を遮り、様々な考えが渦巻く中、意を決して問いかけた。
困惑するリアを置き去りに、聞かざるを得ないその名を口にする。
「神来社 廉という人物に心当たりはありませんか?」
魁誠の表情が露骨に険しくなった。
黒……か?
その表情が何を意味しているのかわからない。魁誠の口が開かれるのを待つ。
「どこでその名を知ったかは知らねえが」
前置きをすると、カミルの瞳を見据え言葉が紡がれる。
「その男が、俺の先祖、と言ったらお前さんはどうすんだ?」
不敵な笑みを浮かべる魁誠の瞳は怪しく輝いていた。




