ep.110 資格を持つ者
白竜アリアミーナレスの輝きが、闇夜を照らし、平原の姿を浮かび上がらせている。風もなく、瘴気が消えたことで、澄んだ空気が漂う静かな夜だった。
囲む焚火がパチパチッと爆ぜる中、カミュンとの会話が続いていた。
「カミュンってさ、心技って知ってる?」
「心技?なにそれ?」
「詳しくは俺も知らないんだけど、エルザクスって一族が竜の血を受け入れた時に授かった力みたいなんだ」
心技の話に移ると、ラグラルスが露骨に耳を傾けている。というのも、ラグラルスは友人にナイザー・エルザクスという人物がいた。カミルとリアに看取られ、すでに亡くなっている。その妹であるフィリカ・エルザクスとは旧知の仲であり、心技に関する情報であれば聞いておこうという魂胆だ。
「私はそんな話聞いたことないかな。そうね、可能性があるならアリアミーナレスかな?」
「白竜?」
思わず空を仰ぎ白竜を見つめる。
「うん。白が司るものの内のひとつに祝福があるの。竜の血を受け入れたって意味がどんなことを指してるのかわからないけど、力を授かったっていうならアリアミーナレス以外はないかな~」
「祝福ねえ……」
フィリカさんは呪いって言ってたんだけどなぁ。
「その引っ掛かる言い方はなに~?」
「いやさ、呪いだって言ってたのを思い出してただけだよ」
「呪い?」
「自分の忌むべき記憶や体験が心技となって現れるらしんだ」
「ふ~ん。難儀な力なんだね。カミルの心技もそうなの?」
「俺のは……。そうなのかも知れないなって思う」
人は誰しもやり直したい過去がある。単純にそれがトリガーとなるとは思えないんだけどね。
「聞きたいことはもうおしまい?無いなら、そろそろ戻るよ。夜も更けてきたし」
すっと立ち上がり、ワンピースに付着した砂をペシペシと叩き落とした。
「ちょっと待って」
呼び止めたのはリアだった。
カミュンが「なに?」リアへと視線を送る。
「結局、サティエリュースとの関係性は?」
微笑みを浮かべると、
「私のご先祖だよ」
誇らしげなその表情から、サティのことを尊敬していることが窺える。
やはり血縁者だったのか。姿が似ているのも当然だ。
「気難しい人みたいだし、無理に仲良くなってとは言わないけど、なるべくなら喧嘩はして欲しくないかな」
姿は似ていても、性格は似つかない。人生経験の差、と言われればそうかもしれないけど、カミュンにはこのまますれずに純粋でいて欲しい。
「まあ、あっち次第かな」
反応に困ったリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。最悪な第一印象だっただけに、改善できるかは努力次第だろう。
「それじゃあ期待できないかもね」
苦笑すると白竜へと頭を上げた。
「あ、そうそう」
上げた頭を再びこちらへと向ける。
「竜の黄昏を起こした人、帝元戦争と精霊の黄昏にも深く関わってるから注意した方がいいよ」
「えっ?」
カミュンは拳を顎に当て考え込む。
「名前は確か――レン・カライト」
その名を聞いた時、脳が揺さぶられる思いだった。だってその名は馴染みがあったから……。
神来社 廉。
意識が日本に飛ばされ、5年もの歳月を共に生きた彼の名前だったんだ。
「それじゃあね。無事還れるといいね」
呆然とするカミルに手を振り、空へふわりと舞い上がっていく。白竜の白き輝きを受け、さらりと流れる金髪が煌めいた。姿が見えなくなるまで上昇すると、アリアミーナレスと共に北の空へと飛び去って行く。
「どうした?」
呆然と見送るカミルに、リアが問いかける。
「うん、ちょっとね」
言葉を濁し、微笑みかけた。
同姓同名?
疑わずにはいられなかった。
同一人物だとは信じられなかった。
リディスの民の祖先に日本人が絡んでいるのなら、彼がこの世界に来ても不思議ではない。だが、彼はカミルの目の前で亡くなったはずなのだ。この世界に来る日本人は、神隠しにあい世界を渡っている。命を落とすことなく移動を完了しているはずなのである。対して彼は確実に命を落とし、その身を焼かれている。証人は自分自身。間違えるはずもない。
ただの偶然――で終わらせることはできなかった。良くある名前なんかじゃない。神来社なんて苗字、そう聞くものではない。
胸騒ぎが抑えられないまま夜が更けていく。
翌朝、日が差し込む平原は、青い空と緑豊かな大地が続いている。昨日までは瘴気に阻まれ、数m先も見通せなかっただけに、感慨深さを感じてしまう。
「それじゃあ、ここでお別れだ」
ラグラルスが別れを切り出した。
瘴気の大元であった祟竜の亡骸を消し去り、これ以上の被害は広がらない。どれほどの亡者が残っているかはわからないが、それさえ駆逐してしまえば王都に平和は戻るだろう。
「お世話になりました」
短い言葉に、様々な想いが込められていた。未来と言う右も左も分からぬ状況下でナイザーに救われ、ラグラルスと出会った。そこで同席したフィリカに心技について情報を得ることができた。あの時ナイザーに出会わなければ、俺達は怨竜の餌食になっていても不思議ではない。縁が結ばれ、命を共にする旅まで経験できたのだ。
「フィリカさんにも宜しくお伝えください」
手を差し出すと、ラグラルスは「わかった」手を握り、固い握手が交わされた。これが今生の別れである可能性が高い。そう思うと、必然的に手にも力が入った。
「フィリカの力も受け継いだって聞いたが、発現したのか?」
「いえ、兆しはありません。2つの能力を所持はできないということなのかもしれませんね」
右目にフィリカの力を譲り受けたが、未だに覚醒には至っていない。2つの能力を有した人はいないということもあり、今後も発現するかは謎のままである。
「そうか。その左目の力、有効活用してやってくれ。ナイザーも喜ぶだろうしな」
「はい、ありがとうございます」
カミル達が別れの挨拶をしている傍らで、ウルシンキが跪きティアへと別れの挨拶をしていた。
「ここで別れになるとは……。今日ほど軍属である自分を恨めしく思ったことはない」
ウルシンキの右手がティアの左手を取り、そっと手の甲に唇が触れた。
「皇国へ帰る際はぜひ王都にぃゎしゅぁぁぁあ―――」
ティアの右膝がウルシンキの頬に突き刺さった。
派手に吹き飛ぶウルシンキを見下ろすティアの表情は、まるでゴミを見るようなものである。
初級水属性魔法スプラで左手を洗い流し、ハンカチで綺麗に水分を拭い去る。
倒れ込んだウルシンキは恍惚の表情を浮かべており、それを見たティアはドン引きしている。
「ティアよ、相手はアレでも隊長格なんだ。もっと丁寧に扱っておいた方が国家間で摩擦が起きにくくなる。気をつけなさい。日ノ鳥の紋章を取り上げられれば、好きな研究もできなくなります」
研究ができなくなる、その言葉に「ちっ」舌打ちをし、今まさに繰り出そうとしている左足の動きを止めた。
ラグラルスとの挨拶を終えたカミルは、キョウカと向き合った。
「キョウカも元気でね」
手を差し伸べるも、キョウカはその手を取ろうとしなかった。
「私も霊峰まで着いて行っていい?」
「えっ?でも、王都からの依頼は?それに、アクツ村に戻らなきゃいけないんじゃ?」
「例の力の波動の影響は少なくとも平原一帯の瘴気を消し去っている。あとは王国軍でなんとかするさ」
ラグラルスはキョウカの意見を尊重するようだ。軍属で上官の意見を仰がず判断を下すのはどうかと思うのだが……。
「アレでも一応は隊長だ。ウルシンキの判断ということにすればいい」
いろいろと扱いが雑である。
「このまま村に帰ったら、次に村から出れるのはいつになるかわかんないし、霊峰なんて行く機会なんてないだろうから、迷惑じゃなかったら連れてって欲しいの」
墓守の一族はその役割からか、村の外に出向くことは珍しい。何かの用事と結びつけなくては、同じような毎日の繰り返しなのだ。維持するということは、変わりがないということ。それが役目であり、一族の誇りでもある。それでも、年端の行かぬ女の子には村はひどく退屈な場所であった。流行の服を着ることも、お洒落なカフェに行くこともない。今回の遠征は、そういった類から遠いものだが、村にいるよりかマシ、キョウカはそう思っている。
「いいじゃない。連れて行きましょう」
リアは迷うことなく受け入れた。
「行くのはいいさ。でも、帰るまでに2ヵ月くらい見とかないと行けないんだよ?さすがにそれはクニスエさんもマツリビさんも困るんじゃ……?」
感情だけで動くにはあまりにも時間を使ってしまう。
「いいの、いいの。たまには羽伸ばさないと。じっちゃん――長には後で怒られまーすっ」
頭の後ろで指を組み、ニシシっと笑う姿は能天気すぎる。
「まあ、アクツ村にはこちらから連絡は入れておく。良い機会だ、世界を見ておくといいさ」
「うん、ありがとう」
ラグラルスとウルシンキと別れ、一行はストラウス山脈を登り始めた。標高は最大で4500mの山の連なりで、カミル達が通るのは高くとも2500mの位置である。霊峰クシアラナダまでの道は整備されてはいるものの、馬車1台がギリギリ通れる道幅だ。人の往来はなく、草木に侵食されつつある道を進んでいく。
道の中腹辺りにある滝壺の傍を通る吊り橋が絶景スポットらしく、同じ景色の続く山道の中での癒しとして重宝されているようだ。
瘴気の影響で山に変化が起きていないか、学者二人は目を皿のように木々を眺めているが、特に目立った発見はないらしい。外見に変化は無くとも成分が変わっている可能性もあるが、今回の目的は空間の歪みの調査である為、泣く泣く見送っている。ストラウス山脈を越えないと食料の確保も難しい。保存食が尽きる前に突破しなければ、飢えに苦しむこととなる。
山の中の魔物の数が極端に少なくなっていた。先に起きた瘴気事件の影響で、多くの魔物は息絶えてしまっているのでは?という結論に落ち着いた。そのおかげで滞りなく山を登れている。
10日が過ぎる頃、一行は中腹に差し掛かっていた。遠くから聞こえる水の音が、すぐ近くに川の流れがあることを教えてくれる。
「ようやく滝壺まで来られたようですな」
フィリーの言葉を聞いて間もなく、道を覆っていた木々が晴れ、視界が開けてきた。目に飛び込んで来るのは、透き通る大量の水が真っ逆さまに落ちてくる姿だった。頭上300mの位置から落ちる水は圧巻の一言。川幅はおよそ600mらしく、大量の水が流れ落ちる様は壮大で、街が近くにあれば観光名所にもなり得るほど心を揺さぶるものである。
水飛沫が舞い散る脇にある吊り橋を進み始めた。馬車が進む度に揺れる橋は、どこか頼りない。
「こ、これ、大丈夫なんですか……?」
カミルが恐る恐る尋ねると、ティアが悪い笑みを浮かべた。まるでおもちゃを見つけたようなその表情に、フィリーもまたにやけた顔となっている。
「まあ、運次第ってところかな。見ての通り、この吊り橋は作られてからかなり時間が経っている。人通りもない場所に架けられているいるせいか、整備も碌にされていない。前来た時よりも、心なしか張りが弱くなっているような……?」
カミルの表情は青ざめる。
「ここにいるのは魔法に精通した実力者ばかり。落ちたとしても命は助かりそうですな」
「いやいやいやいやいや……。そこはほら、支援魔法で吊り橋を強化しましょう?ニステルでもいいや。ほら、岩で吊り橋強化してぇぇっ!?」
隣に座るリアへとしがみ付き喚き出した。
カミルはかつて川に落ちた経験がある。賢闘都市アルフから帝都イクス・ガンナへの移動の際、大型の鳥の魔物に襲われた拍子に吹き飛ばされたのだ。それ以来、高さのある川沿いの道に恐怖心が芽生えてしまっている。今回のような吊り橋なら尚更である。
だらしのない姿を見せればリアに呆れられそうであるが、そこは惚れた弱み。その姿ですら可愛く思えてしまうのだ。母性本能を擽られ、リアとしても悪い気がしていない。
「強度なら十分あるから安心して。二人とも、あんまり揶揄わないの」
カミルの後頭部を優しく撫でながら苦情を言うも、その顔は蕩け切っていた。
甘ったるい空気を醸し出す二人に、ニステルは「また始まったよ……」呆れて視線を滝壺へと移している。
揶揄った当の二人も、胸焼けを起こしていた。
「やっぱりお二人ってそう言う関係だったんですね」
「なかなかくっつかなかったからもどかしさはありましたけどね」
微笑ましく眺めるキョウカとアリィの横で、ククレストは「目の前でやられるのは目に毒ですが……」妬みの視線を送っていた。彼は今年で36歳を迎え、未だ独身である。そればかりか女の陰もない。
「ククレストは理想が高すぎるのですよ」
「へえ、そうなんだ?」
「こう見えて童顔で慎ましい性格の人が好みらしく、しかも、できればヒュム同士が良いと言い張ってるのです」
「皇国の兵士なんですよね?皇国ってリディスの割合が高いんじゃなかった?」
「そうなのよ。ただでさえヒュムの女の子なんて少ないのに、選り好みしてたら一生結婚なんてできないわよね?妥協は絶対必要なんです」
「なら、王国に来たらどうです?うちならヒュムが多いですから」
「優秀な人材を引き抜かれるのはちょっと……」
「なら、隊長さんなんてどうです?ヒュムですよね?あっ!!そうか、そうだったんだ!!」
キョウカがククレストににやけた視線を送った。
「な、なんですか、その厭らしい目つきは……」
「皇国に居てヒュム以外は嫌ってことは、もう狙ってる人がいるってことですよね~?」
キョウカがアリィへと視線を移していく。
「へっ?私のこと言ってるの!?」
アリィは自身の顔を指し驚いている。
「見様によってはギリ童顔ですからねっ!!」
「ちょい待ちっ!?なんでそうなるんですか……」
アリィとククレストは顔を見合わせ「ないわね」「ないない」二人して否定する。
「ほら、息ぴったりじゃないですかっ!!」
二人は笑う。
「それは任務で一緒の時間が長いせいですよ。ああ見えて、ククレストは手が早いのですよ?それが焦ってるように映っていまい、結果には繋がってなさそうですけどね?」
意味深な視線をククレストに投げた。
「ええっ!?クソ真面目そうな顔しちゃって、女性関係はオラオラ系なんですか……」
冷ややかなキョウカの視線がククレストを射抜く。
「失礼ですね。情熱的にアプローチしているだけですよ。いずれ私を受け入れてくださる女性と巡り逢えるでしょうし、焦る必要はないのです」
なにを以ってそう言い切れるのか。アリィとキョウカは呆れた笑みを浮かべるだけだった。
山脈の中腹を越え、進むこと2週間。ストラウス山脈を無事に通過を果たした。山と山の谷間にあたる平原を抜けると、目的地、霊峰クシアラナダが聳え立つ。天高く伸びる山は、高くなるに連れ霞がかり山頂を確認することができない。どれほどの標高なのか想像することも叶わなかった。
懸念すべきは高山病。ここから先は適度に身体を馴らしながら登っていくこととなる。
「これが来る者を拒む霊峰クシアラナダか」
風吹き荒れる山を見てニステルの口から言葉が零れた。遠目からでは山頂が霞む程度だったが、馬車が近づくに連れて風が吹き始め、山が徐々に霞んでいく。強風となったことで馬車がその足を止めざるを得なくなった。
フィリーは出番とばかりに「よいしょっ」重たい腰を上げ、馬車の外へと降りていく。
「私達が道を開くから待ってな」
ティアがフィリーの後に続き、馬車を降りていく。
「どうせなら、山の変化を見てみよう?」
「そうだね。早々来られる場所でも無いんだし、記念に見ておこうか」
カミルとリアまでもが馬車を降りていく姿に、残りの仲間も何の気なしに降りていった。
霞む山は姿を隠し、僅か数m先の景色しか見ることができない。その景色は、少し前に体験した、祟竜の瘴気で満ちた森を彷彿とさせる。視界を遮り、吹き荒れる暴風が侵入者を拒む結界の役割を果たしている。
ぞろぞろと馬車から出て来るのに気付いた学者二人は、カミル達に視線を投げる。
「なんだ、待っていればいいものを。あんたらも物好きだな」
「折角の機会だから見ておこうかなって」
この超常の現象が収まる姿は、ある意味では稀有な体験だろう。
「それなら、よく見ておくといいですよ。ほら、ティア。行きますよ」
フィリーが促すも、ティアは歩き出すことはない。
「変化を見たいんだろ?まずはおっさん一人で行きなよ。どんな変化があるか見れるだろうからね」
「それもそうですな」
フィリーが山へと近づいていくと、次第に風は弱まり、霞みが僅かに薄らいだ。だが、依然として霊峰は人を拒絶し続けている。
「あれ?確かに風も霞みも和らいだけど……、これで通れるようになったの?」
「いぃや、まだ不完全さ」
「前にリディスの血筋が鍵とか言ってなかったっけ?」
「確かに血筋が鍵にはなっている。だが、リディスのハーフでは話は別なのよ」
「ハーフ?フィリーさんはリディスのハーフなの?」
「そう。だけど、ハーフなのはおっさんだけじゃない」
手の平を胸に添えると「私もリディスとヒュムのハーフなのさ」自らのルーツを語り出す。
「あ、そうだったんだ」
ハーフだからどうこうと言うことはない。カミルには偏見はなかった。その反応が以外だったのか「へえ、あんたは気にしないんだね」ティアは口元を綻ばす。
「世の中には、ハーフという存在を嫌う人もいるからね。特にリディスはそういった目で見られやすい」
「なんで?」
ティアは肩を竦めた。
「純粋、というか、世間知らず?というべきなのか」
「カミルは田舎暮らしが長いから、目新しいものは素直に受け入れる傾向にあるのよ」
「なんか……、田舎者扱いしてない?」
疑惑の目を向けると、リアは笑い「それは被害妄想だって」軽く流した。
「世間知らずなカミルに、お姉さんが教えてやろう」
怪訝な顔を浮かべ「ぷっ、お姉さんだって」思わず吹き出すと、ティアは憤慨した。
「あぁん?どこから見てもお姉さんだろ!?まだ31歳になったばかりだ!!女はこれから輝くんだ!!」
どうやら、いけないスイッチを入れてしまったらしい。
「ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃないんだよ」
実際、『お姉さん』という意味合いに反応したわけではなかった。自分のことをお姉さんと言うキャラでもないのに、そう口走ったことに対して噴き出したのだ。
「ふんっ、どうだか……」
ドスン、ドスン、という音が聞こえて来そうなほど大股で力強く大地を踏みしめ、フィリーの下へと行ってしまった。
「あとできちんと謝りなさいよ」
リアの冷静な声に「うん、そうする」素直に頷くのであった。
ティアがフィリーへと近づくと、風は勢いを失くし、山を覆う霞みが晴れていく。フィリーの隣へと立つ頃には、心地良い風となり、木々の中に霧がかかる程度まで視界は回復した。
だが、それは突然現れ、カミルは「えっ?」驚きの声を上げてしまった。あまりにも異質で、神聖なもの。霊峰の入口に現れたのは―――。
「鳥居……?」
朱色の明神鳥居だった。作られてから時間が経過しているのか、経年劣化で所々痛んでいる。
耳聡くカミルの言葉を拾ったティアは「ほお、鳥居を知っているのか。面白い」その瞳は学者のそれだった。興味深そうにカミルの下まで戻ってくると、山は再び風と霞みに包まれていく。それと同時に鳥居も姿を消した。
「これはヨミジク村のジーク一族が建てた物だ。霊峰を訪れたことのないお前が何故これを知っている?」
「ここに鳥居があるのは知らなかったよ。でも、俺はこれと同様のものを見たことがある」
「どこでだ?」
ティアの瞳を見据え、確かな口調で告げる。
「日本」
ティアがニッと口角を上げる。
「そういうことか」
きょとんとするカミルを他所に、一人納得するティアは饒舌に自身の考えを述べ始めた。
「元素の加護が働かない霊峰クシアラナダ。それは何故かとずっと考えていたのさ。答えは単純さ。霊峰はこの世界の一部であって、この世界でない法則が働いている。鳥居を隔てて外界と内界の区切りになっていると考えるのが自然だ。鳥居が日本と呼ばれるところと共通しているってことはだ、霊峰は日本の理が働く場所と考えることも可能ってわけよ」
それはかつてカミルが考えた仮説と同じものであった。
「そこで聞きたいんだけど、日本ってところは元素の加護はあるのかい?そもそも、魔力を行使できる場所なのかい?」
問いを投げかけているにも関わらず、ティアの表情には確信めいたものを感じた。
「元素も、魔力も、その両方が無い世界だよ。正確には元素という言葉はあるけど、この世界とは意味合いが少し違っている」
「ふっ、ふふっ。これはいい。霊峰のことが少しわかってきた。楽しい旅になりそうだな?カミルよ」
語るティアの姿に狂喜を感じ取り、薄気味悪さを覚えた。
「多くは求めないでくれよ。俺の知ってる知識なんて一握りなんだから」
ティアの脇を通り過ぎ、フィリーの方へと歩み寄る。
「ヨミジク村への道のりはまだある。いろいろ聞かせてもらうぞ?」
振り返ることなく「気が向いたらね」適当にあしらった。
だが、カミルの想いとは裏腹に、霊峰という場所はカミルを逃さないらしい。フィリーと並び立った瞬間――荒ぶる風も、視界を阻む霞みも、木々に寄り添う霧までも、その一切合切が忽ち消え去ってしまった。
其処に再び鳥居が姿を現すも、その姿にティアだけでなく、フィリーまでもが歓喜の声を響かせた。
目の前に現れた鳥居は、石造りの簡素な雰囲気の伊勢鳥居。それが道沿いに等間隔で幾重にも続いている。
目の前に広がる光景に立ち尽くしていると、肩にポンッと手が添えられた。
「やはりお前には何かあるらしい。でなければ、こんな現象など起こるまい」
「こればかりはティアに同意せざるを得まい。きっと君は何かしらの使命を帯びて生まれて来たのだろう」
カミルは学者二人の声など届いていなかった。目の前の鳥居の連なりが、漠然とした不安を与えて来る。
『天技なぞ、ただの呪いだ』
かつてとある神社で響いてきた言葉。あれが神様という存在であるのなら、この先に待ち受けているのは、その類の存在なのだろうか?鳥居にすら畏れを感じてしまう。
鳥居の先を見つめ、カミルはただ立ち尽くす。




