ep.109 竜の黄昏
日が沈み、宵の空に星々が輝き出した。だがそれも満足に眺めることはできない。瘴気に阻まれ視界が悪いこともあるが、呑気に星を眺める余裕がないのだ。
カミル達と別れてから押し寄せる亡者の相手をし続けている。一ヵ所に留まり続けているせいなのか、亡者は馬車目掛けて押し寄せる。向かって来るのは実体なき人型の亡者ばかりである。実体がない、つまりは物理攻撃が効かず、魔力で覆うか魔法でなければ被害を与えることはできない。まだ腐った肉体を持つ亡者の方が魔力の無駄な消耗がなく、長期戦には向いている。
押し寄せる亡者のピークが過ぎたのか、目に見えて亡者の数が減ってきていた。
「ククレストさん、遠方に敵影は?」
キョウカの問いに「現状ッ増援はなしッ。今群れているのをッ処理すればッ休憩時間はッ作れそうですねッ」疲れが滲むククレストが息も絶え絶えに声を上げる。
「うぉぉぉぉらぁぁッ!!」
炎を纏う槍が一薙ぎで3体の亡者を屠る。意気揚々と狩り続けるラグラルスは、ククレストに比べて体力的にも、魔力的にも余裕があるのが窺えた。
「ククレストの旦那、ちょっとは休め。俺達である程度凌げるんだから」
ラグラルスは、落ち着きのある年上のククレストを旦那と称していた。馬車の居残り組で最年長はフィリーだが、次いで高いのがククレストなのだ。今年で36歳となった。対して、ラグラルスは28歳だ。最年少はキョウカで15歳である。
三人で長時間馬車を死守できたのは、一人ひとりが複数体を同時に相手をすることができる武器だからだ。ククレストは薙刀、ラグラルスは槍、キョウカは短刀だが、霊滅ノ息吹の力で先端から伸びるリボンのような帯状の形態へと変化させ、しなやかな動きを見せるリボンの前に亡者は次々と霧散している。
ククレストは上級光属性魔法ルストローアの光を纏わせた薙刀を頭上で旋回させると、亡者2体を一薙ぎで浄化させた。
「終わりがッ見えているのですからッ最後までッ付き合いますよッ」
あぁは言っているけど、長くはもちそうになさそうね。なら、私が無理してでも一気に数を減らすしかないっ!!
短刀から伸びるリボンが形を崩していく。灰色の霊気は刃へと移動し一塊となった。
―――霊気、収束。―――魔力、接続、装填。
刃に収束した灰色の霊気が淡く輝き出した。
「常世の門は開かれた。霊子の海に還るが良い。薙ぎ払え!!絶禍!!」
短刀の先端から灰色の光が伸びる。剣よりも、槍よりも長く、その全長は30mほど。身幅は刀身に依存し、見た目は細く長い長刀を模している。
灰色の光が真横に走る。ただ一振り、横薙ぎにされた一撃は、触れた亡者を強制的に常世へと送りつけていく。触れた個所から形が綻び、黒い粒子が無に還る。焼け落ちた灰が風に舞うように、周囲を大量の黒い粒子が揺らいでいた。
身体がぐらつき片膝を着いた。
魔力を使い過ぎたわ。でも、まだ膝なんて着いてられないのよ……。
震える脚で身体を支えると、ふらつきながらも立ち上がった。
「嬢ちゃん、すげえな」
前方に溢れていた亡者を丸ごと吞み込んだ一撃に、ラグラルスは感嘆の声を漏らした。
「いえ、多くの魔力が代償ですから、使用後はポンコツになっちゃうんです……」
苦笑いを浮かべ、短刀を構え直した。
「はっ、嬢ちゃん一人に良い恰好させてられねえな!!」
炎を纏う槍が踊り、亡者の胸を斬り裂き、頭を穿つ。縦に横に縦横無尽に動く様は一種の舞のようだ。迫り来る亡者が、1体、また1体と崩れ落ち霧散していく。
「派手な大技はねえんだがよ。俺の取柄は馬鹿みてえな体力なんだ。呼吸を整える時間くらい作らにゃ男が廃るってな!!」
ラグラルスの動きは地味だった。だがそれは、基本に忠実であり、洗練された動きでもある。動きがシンプルだからこそ地味に映るのだ。無駄の一切を削ぎ落し、効率的に、且つ効果的に亡者を屠り続けている。
不意に星空が闇に飲まれた。月明かりも、星明りもない。闇夜に輝くは、槍に灯る炎と薙刀が生み出す光の軌跡だけとなる。
祟竜の影響かしら?
別行動を取るカミル達の姿が脳裏をよぎった。
あっちも苦労しているのかもしれない。
僅かに残る魔力で霊滅ノ息吹の輝きを灯し、キョウカは再び亡者と見える。剣先から帯状のリボンが伸び、腕の動きに合わせてリボンが踊る。首を撥ね、身体を二分に両断し、着実に亡者の数が減っていく。
その時、不可思議な力の波動が大気を震わせた。
元素も、魔力も感じない。だけどどこか温かい。それが何かはわからなかったが、心地良いとキョウカは感じていた。
変化が起きたのはその直後だった。
瘴気は消え去り、亡者が形を失っていく。周囲を囲っていた亡者達は、世界に溶けるように消えていった。
残されたのは、呆然とする三人だった。何が起きたのか理解できず、武器を構えたまま、ただ周囲を見渡していた。
「何が――起きた?」
「わかりませんがッ亡者がッいなくなったッのであればッ休憩しましょッ」
ククレストはその場に座り込んでしまった。戦いが終わったと脳が認識してしまったのか、張り詰めていた気持ちが切れ、もはや馬車まで戻る元気もないらしい。
キョウカは肩を竦め「そこで待ってて、すぐ水持ってくるから」短刀を収め馬車に水を取りに戻っていく。
この地まで届いた力の波動。瘴気も亡者も消し去ってしまったのなら、暫くは亡者と遭遇することもない。キョウカ達は腰を落ち着かせ、カミル達の帰りを待つのであった。
ゆっくりと1時間ほどかけて馬車へと合流したカミル達は、保存食で腹を満たし、焚火を囲んでいた。
「落ち着いたことだし、カミル、あの力のこと教えてくれない?」
口火を切ったのはリアだった。
オーウェンと戦った者達の視線がカミルに集まる。馬車組は話が掴めず、きょとんとした顔でキョロキョロと視線を泳がせている。それに気づいたアリィが簡潔に説明を入れた。
「なるほど……、瞬間移動して空を翔ける、挙句の果てに鴉が丸呑みですか……」
いまいちピンと来ていない顔を浮かべるキョウカは、カミルへと視線を向ける。
「では、亡者や瘴気を消し去った不可思議な力の波動はカミルさんが……?」
「たぶん、そうだと思うわ。そうじゃなきゃ説明ができないのよね」
オーウェンとの戦闘時、光の極致魔法ルノアールの光が降り注いでいた。それもオーウェンの闇が空を覆ったことで瘴気を浄化しきるには至らない。オーウェンも、瘴気も、そのすべてを一掃したのは、鴉が放った力の波動としか考えられない。
だが、当の本人も詳細を知る術がなかった。身体を誰かに乗っ取られ、自分の意思で力を振るったわけではないのだ。
「残念だけど、俺にもわからないんだ」
「はぁ?お前がやったことなんだぜ?それを知らねぇてのはどういうことだ?」
腕組みをして聞いていたニステルが、納得いかないとばかりに人差し指を上下にトントントンと細かく動かしていた。亡者が相手だったとはいえ、惡獅氣が有効打にならなかったことにイラつきを覚えている。
カミルは片手で後頭部をガシガシと掻き、どう説明すべきか悩む。
起こったことを淡々と語るしかないよなぁ……。でも、それで納得なんかしてくれなさそうな雰囲気だし、どうしたものか。
突き刺さる視線に耐えかね、重たい口が開かれる。
「俺、あの時一回死んだんですよ」
誰もが驚愕の表情を浮かべ「はぁ!?」「えっ?」「………」思い思いの驚きの声を上げる。
「おいおい、小僧、巫山戯てんのか?お前はどう見たって生きてるじゃねえか。なんだ?お前は亡者ってか?」
ウルシンキは呆れ、言葉で詰める。
「―――心技、時を巻き戻す力を使ったんだな?」
ラグラルスが核心をつく。カミルの左目の力のことを知る数少ない人間だ。そこにたどり着くのは必然だった。
「はい……。俺はあの時、オーウェンに蹴り飛ばされ遥か上空に飛ばされました。地上を一望できるほどの高さです。そんな高さから落ちればどうなるか、わかりますよね?」
「物体が落下する速度は速い。ものの数秒で地上に叩きつけられるだろうな」
「はい。成す術なく地上に叩きつけられ、俺は命を落としたのです」
僅かな沈黙が訪れた。どう反応して良いのかわからず、言葉が出ないと言った方が正しい。
「俺は潰れた自分の身体を上空から見下ろしていたんです。その時、脳に言葉が響いたんです。『死を認めたくないのだな?』とね」
「誰に?」
真剣な表情のリアが言葉を促すも、カミルは首を横に振る。
「わかんない。『左目の力を使え。それですべてが解決する』『時の使い方を教えてやる』そう言われたんだ。選択肢は他になかった。だから、時を巻き戻したんだ」
「それで?どうなったの?」
「身体が俺の制御から離れていったよ。誰かの心が降りてきて、そいつが俺の身体を使ってオーウェンを倒したんだ」
「つまりは、カミル君自身の力ではなく、乗っ取った相手の力だったって事ですかな?」
これまで黙って話を聞いていたフィリーが核心部分を突いてくる。
「はい、だから俺自身なにが起きたのかさっぱりわからないんです」
それでもおかしな点はある。
時を巻き戻せるのは良くて5秒ほどだ。それ以上を巻き戻せた試しはない。魂が肉体から離れ、謎の声と会話をしていたのだから、少なくとも数分は経っているだろう。にも関わらず、上空まで時間を巻き戻せたのは何故か。
もう一つの疑問は、月読やイヤリングの力を発動できた点だ。見て真似できるほど単純な力ではない。ヒカミ総司令から譲り受けたイヤリングは、『資格があれば応えてくれる』と言われた物。つまりは使い手を選ぶ力なのだ。声の主も認められたのか、俺の身体を介して使うことができたのか謎である。
「これ以上聞いても意味はありませんな」
フィリーは残念そうに目を伏せた。
「カミルが意味わかんねぇのは今に始まったことじゃねぇしな」
「ちょっと!?変人みたいに言うのはやめてくんない……」
ニステルの言葉にカミルが抗議していると、上空から光が降り注いだ。
なんだ!?
手で光を遮り空を見上げれば、そこに居たのは白く輝く大きな竜だった。
「なっ!?」
接近されるまで誰一人その存在に気付ける者はいなかった。
そこからの動き出しは早かった。各自が己が武器を握りしめ、竜との戦闘に備え始めてた。
「待って」
声が響くと、竜から一人の少女が飛び降りて来る。何らかの力が働いているのか、ふわふわとゆっくりとした落下だ。腰まで伸びたサラサラな金髪が舞い、無垢の膝丈のワンピースが落下の影響でふわりと広がり、下着が顕わになっている。だが、そんなことを気にする者はここにはいなかった。いや、そんなことに意識を割ける者はいなかったのだ。少女の奥、そこには空を覆う光り輝く竜がいるのだ。意識を逸らせば、瞬時にやられるかもしれない。
カミルとニステルは、その少女に見覚えがあった。
「カミュン?」
地上に舞い降りたのは、竜の巫女であるエルフの少女カミュンだった。乱れた髪を手櫛で整えると、カミュンはカミルを見据えた。
「カミル、久しぶりね」
穏やかな表情を浮かべるカミュンに、カミルは警戒心を強くする。皇国を苦しめた黒竜を庇ったカミュンに対して、信用が置けない者という烙印を押している。六色の竜に関わっていないのに、目の前に現れた意図がわからない。
「久しぶりだね。こんな辺鄙な場所になにか用なの?」
ギスギスした空気感に、事情を知らない者達でさえ、カミュンに対して疑惑の目を向ける。
「やだな~、そんな目で見ないでよ。別に争いに来たわけじゃないって」
困り顔を浮かべているが、それすらも演技なのでは?と疑いたくなる。
「知り合いの顔を見かけたから挨拶に来た、てわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ~」
カミュンは深呼吸を挟み、真剣な表情へと変わる。
「さっきの力の波動はカミルなの?」
率直な質問だった。恐らくは、竜関連でこの辺りにいたのだろう。そこに謎の力を感じ取り、詳細を知る為にここに来たのだ。
「確かに、俺の身体を使って放たれた力だよ」
カミュンの眉が跳ねた。
「妙な言い回しだね。まるで自分の力じゃないって言ってるみたい」
「正解だ。俺であって俺でない力なんだから」
カミルの顔をじっと眺め、言葉を口にする。
「そう、やっぱりカミルが竜剣の担い手なのね」
「えっ?なんだって……?」
「だから、竜剣だって。しらばっくれても、さっきの力の波動はこっちも掴んでるんだから。言い逃れはできないよ?」
あの時放った八咫烏が竜剣……?いやいや、竜じゃなくて明らかに鴉だったよな?
不思議そうな顔をするカミルに、カミュンは詰め寄った。視線が黎架へと注がれ、覗き込んで来る。
「その剣が竜剣だったのね。それならオミナムーヘルもニグルヴァーパレスも傷つけられるのも納得よ」
ん?話が嚙み合ってない。
「ちょ、ちょっと待って。黎架のことを竜剣とか言ってるみたいだけど、それは勘違いだって」
頭を動かし、カミュンの視線がカミルへと注がれる。黎架を覗き込む形だったせいか、下から見上げられ、上目遣いの形となった。その姿にカミルはドギマギとする。リアはカミルよりも身長が高く、付き合い出してから今までに一度足りとも上目遣いで見つめられたことなどない。リアだけじゃなく、女の子に上目遣いをされる経験など今までになかった。まるで耐性を持ち合わせてなどいない。その破壊力にカミルは心を揺さぶられてしまったのだ。
その瞬間、リアの肘がカミルの脇腹を穿った。
「ぐひぇぁッ!?」
情けない声を上げ、脇腹から全身を駆け巡る衝撃に悶え苦しむ。
「自業自得ね」
アリィの冷たい言葉が胸を貫いた。
ぴくぴくと身体を震わせていると、リアとカミュンの視線がぶつかり合っていた。
「貴女の顔、なぜか妙にイラつくのよね」
理不尽な感情をぶつけられ「それ、初対面の人相手に言う言葉じゃないでしょ?」リアの姿に臆さず見つめ返している。
「前に私を小馬鹿にしたサティエリュースとかいうエルフに瓜二つなんですもの。貴女、血縁者じゃなくって?」
その途端、カミュンの瞳は見開かれ固まってしまった。
「???」
思っていた反応と違ったリアは訝しむ。
「貴女、どこでその名を……?」
質問したかと思えば「似てる?似てると言ったの?でも、1000年以上も前なのに……?」独り言をぶつぶつと言い始め、復活したカミルが話を先に進める。
「で、空の輝く竜は何なの?使い魔か何か?」
「あ、あぁ、あの竜はアリアミーナレス。白を司る竜よ」
さらっと凄い発言を投げて来た。
「えっ!?アリア――「「白竜アリアミーナレス!?」」」
静かに話を聞いていた学者二人が食いついた。カミュンを左右で挟み込み、妖しい笑みを浮かべて詰め寄った。
「あはははははっ!!君さえいれば、アリアミーナレスはこの場に居続けるのですかな?背に乗って現れましたよね?乗り心地は――そもそも触れられるのですかな?」
「なあ!!私もアリアミーナレスに乗せてくれよ!!できれば鱗の一枚、いや二枚くれ!!」
二人の手がカミュンに伸び、そして、飛び掛かるように近づいてきた二人をカミュンはひらりと躱し、捕まえる対象を失った二人は、ゴツンッ!!と抱き合うように頭をぶつけ合っている。
「そうよ。アリアミーナレスは他の竜と違って気性が穏やかなの。だから私に協力的なの。それよりも」
リアに視線が向けられる。
「どこでサティエリュースという名を知ったの?」
互いの視線がぶつかり合う。
「そうね、知りたいのなら、竜剣の情報と交換。てのはどう?」
カミュンはサティエリュースというエルフとの接点を知りたがっている。ということは、この情報は取引材料に使える。リアはカミルほどお人好しではない。強かに情報を取引の材料として利用するつもりでいた。
カミュンは訝しんだ。
「竜剣を持っていながら、なんでそんなことを聞くの?」
そこでリアは確信した。このエルフが黎架を竜剣だと思い込んでいることを。
「えっ、黎架はりゅ「カミル」」
簡単に情報を渡そうとするカミルを制し「どう?悪い取引じゃないと思うけど?」リアとの会話を進める。
カミュンは微笑んだ。
「いいわ。竜剣の情報と交換ね」
「ありがとう」
誠実さを示す為にリアから情報を提供し始めた。
「私達はエジカロス大森林でサティエリュース・イル・フルールという貴女に瓜二つのエルフと会ったことがあるのよ」
カミュンの表情が曇った。
「ありえないわ。サティエリュースは、精霊の黄昏の時に命を落としているのよ?会うことなんて不可能よ」
「あら、あのエルフ、亡くなっちゃうのね」
嫌悪しているとはいえ、同族であることに変わりはない。瞑目し、哀しさが込み上げてくるのをリアは感じ取る。再びカミュンを見据え語り出す。
「でも、会っているのは事実よ。だって私とカミルは、精霊時代からこの時代に飛ばされた、時の迷い人なのだからね」
カミュンと王国側の人間が驚きの声を上げる中、リアは言葉を続ける。
「帝都からミツハ川に沿って北上したエジカロス大森林の中、大きな切り株の上に建つ家で暮らしていたみたいよ」
粛々と語られる言葉に、カミュンは頷いた。
「確かにサティエリュースは、その辺りで生活をしていたとされてるわ。同居人がいたみたいだけど、名前はわかる?」
「シュティニー・ミロース。50歳くらいの白髪にゆるいパーマがかかったヒュムが居たわよ」
間髪入れずに語られる人物像に、カミュンは「過去から来たっていうのは本当みたいね」認めざるを得なかった。
「待って、それじゃあ、その日本刀って黒の元素の剣なの!?」
カミルとリアは顔を合わせ、合点がいったとばかりに頷き合った。
これまで、黒の元素の剣の可能性が高いとされていた情報に確証が得られたのだ。それと同時に、竜剣ではないということがバレてしまった。
「そう、だから竜剣なんてもの、私達は知らないのよ」
「そんな……。ならあの反応は……」
カミュンに焦りの表情が浮かんでいる。
「黎架が竜剣じゃないのがそんなに不味いの?」
「不味いよ!!竜剣は六色の竜の力を宿す物なの!!」
意味がわからなかった。
この時代は六色の竜が復活している。竜の力の一部が剣へと流れ込んでいるのだろうか?
「ごめん、もっと詳しく話してもらえる?」
カミルは竜剣についての情報を促した。
「そうね、一から説明しないと伝わらないね……」
言葉を交わしていると「なぁ」不意に声が掛けられる。
「話し、長くなるんなら座らねぇか?」
アリアミーナレスの出現で戦闘態勢を取っていた一同は、ニステルの提案を受け入れるのだった。
腰を落ち着かせたところでカミュンの口が開かれた。
「竜剣ってのはね、竜の力そのものなの。便宜上は剣って言葉を使ってるけど、形なんてないの。だから、使用者によって最適化された武装に変化するの」
そう言うと、カミュンが胸の高さで手の平を上に向けて広げた。手に緑の元素が収束し、淡い緑色をした弓が姿を現した。
「私が使うこの弓も、竜剣の力の一端。うぅん、残り粕と言った方が正しいかも」
現れた弓が緑の粒子となり霧散していく。
「竜剣が生まれたのは竜の黄昏の時。これは遥かな昔の出来事だから、事実を知る人は限られるの。なんで竜の黄昏が起きたか知ってる?」
カミルは首を振る。
「世界崩壊を食い止める為に六色の竜が犠牲になったのよね?」
学者であるティアが代わりに答えた。
「うん。それじゃあ、なんで世界崩壊なんて起きたと思う?」
「そんな記述は存在しない。だから憶測ではあるだけど、元素を消費し過ぎて世界の均衡が崩れたから、とかか?」
カミュンは首を振る。
「元素の均衡が崩れたのは確かよ。でも、元素を無暗に消費したからじゃないの」
「じゃあ、なにが起きたってのよ……」
カミュンは一呼吸挟むと口を開いた。
「一人の人間によって、黒竜ニグルヴァーパレスが掌握されたの。既存の黒の元素を変質させ奪ったことで、元素の均衡が崩れたの」
「馬鹿な!?人の身で六色の竜を掌握できるわけがない!!」
ティアは納得がいかず声を荒げるも、フィリーによって制された。
「信じられないかもしれないけど、事実なの。黒の元素の変質で、世界は黒の恩恵が受けれなくなった。黒を失った白は、常時世界を照らし続けた。知っての通り、白の元素である光は熱を発するの。世界は熱せられ、青の元素である水が世界から失われ始めた。水を失ったことで黄の元素である大地が枯れ、緑の元素である木々が枯れ果て、やがて世界は赤の元素である炎に包まれるようになっていったの。黒の元素の役割が奪われただけで、世界は壊滅的な被害を受けてしまった」
伝えられる言葉は、これまでのどんな文献にも残されているものではない。カミュンの言葉を鵜呑みにできないとは言え、新たな角度から歴史を紐解くには十分過ぎる話であった。
「そこで動いたのが、元素を司る六色の竜なの。奪われた黒の元素を取り戻せば、世界は再び安定させられる。五色の竜が力を合わせて人間に挑んだわ。普通に考えれば、黒の力を奪ったとはいえ、竜の力は1対5。勝負は一瞬で終わるはずだった」
「はずだった?てことは、すんなり終わらなかったの?」
カミルは疑問をぶつける。
「うん。その人間がちょっと特殊だったみたいでね、竜の力を以ってしても、一人の人間を倒すことはできなかったの。変質させた黒の元素の理が書き換えられ、既存の元素の理の中の力では、その人間に傷ひとつ負わすことができなかった。だから竜達は決断したの。自分達を黒と同一の領域に書き換えれば、攻撃が届くはず、と」
焚火がパチパチッと弾け、空を覆う白竜に反響した。
「そこで生まれたのが竜剣。新たな理を与えられた概念であり、力そのもの。ただ、黒と同一のものに変化した為に、竜は自らの意思で力を振るえなくなってしまったの。そこで竜に認められた5つの種族の代表に力が託されてね、ようやく討ち取ることに成功したの」
「つまりは、竜の力そのものが竜剣ってこと?」
リアの問いに、カミュンは静かに頷いた。
「でも、黒の元素を奪い返しただけではダメだったの。色を司る竜が消えたことで、管理する存在が不在になって、元素は極端に偏ることになったの。そこで世界は代替の存在として精霊を生み出し、竜の後釜に据えたのね。そこまでしてようやく世界は安定し始めたの」
「それが竜の黄昏……」
一人の人間が生み出した災厄。たった一人の行動が世界を巻き込むほどの結果を生み出してしまった。それほどの力が振るえるのが竜剣であり、カミュンが焦っていた理由か。
そこでひとつの疑問が湧いてきた。
カミュンは竜剣の力の波動を感知し追って来たのであれば、何と勘違いをしたのか……?あの場でそれに近しい力を振るっていたのは、ウルシンキさんの加護の剣、フルーアウィズだけど……。
ウルシンキへと視線を送ると、それに気づいたウルシンキは首を横へ振った。
「生憎だが、これは水の精霊アリューネの加護の剣だ。竜は関係ない」
「だよね……」
「精霊と竜の波動を間違えないよ。だから、この辺に竜剣の力を放った人がいるのは確か。カミルの剣が元素の剣なら、一体誰が……」
腕を組みカミュンは、う~ん、う~んと唸り悩み始めた。
「「あっ」」
カミルとリアがとある人物を思い浮かべ声を漏らした。
「オーウェンだよっ!!」「オーウェン以外ありえないわ……」
二人の言葉に、カミュンは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
「オーウェン?」
「ダインの戦士だよ。帝元戦争でダインを率いた人物で、精霊の黄昏にも関係してそうな人物」
そう、あの場にいて途方もない力を使える存在と言えばオーウェンしかいない。
「オーウェンも確か、虚空から大剣を生み出してたわね」
「その、オーウェンなるダインは今どこに?」
「―――たぶん、もう輪廻に戻ったんじゃないかな」
破躯鴉に呑まれ、オーウェンは消え去った。もし、竜剣の力を使っていたのなら、きっともうこの世界に竜剣は存在しないのかもしれない。そう思った瞬間、カミルは青ざめた。
「ね、ねぇカミュン?もしもだよ?もし、竜剣が常世へと消し飛ばされたとしたら……、この世界はどうなっちゃうの……?」
理を司る力が消えたとなれば、元素の均衡を崩しかねない。
青ざめるカミルの姿にくすくすと笑うと「カミルが心配してることにはならないよ?」自信満々に答えた。
「だって、精霊の黄昏で竜の時代に回帰したんだよ?今この世界の元素を管理してるのは、元霊と呼ばれる存在なの。竜剣と精霊の力を取り込んだ高次元の存在で、人の感覚では知覚することはできないの」
「う、うん?」
いまいちピンと来ていないカミルに、
「竜剣はもう世界に溶け込んでるの。私が探してたのは、その残滓。人には過ぎたる力なの。そんなものが残ってたら、力を巡ってまた争いが起きるから回収しないと~て思ってたの。もうこの世にないなら問題な~し、てなわけ」
「なら、竜剣の案件は終了してるってこと?」
「そっ」
「なんだ~、ビビッて損したぁぁ~」
勢いよく後ろに寝転ぶと、グッと身体を伸ばした。
「私も安心したよ。まだどこかに竜剣使いがいたら、探し回らなきゃいけなかったわけだしね」
カミルは腹筋に力を入れ、身体を起こし座り直した。
「これで心置きなく自分の時代に還れるよ」
「還れるんだ?」
首を傾げ聞いてくる姿は可愛らしいエルフそのもの。とても竜の巫女と呼ばれる存在とは思えない。
「まだ可能性の話だけどね」
「そっか。元素の剣も元に時代に戻ってくれるなら安心だね」
「ねえ、元素の剣って何なの?」
「そっちは私の管轄外かな。精霊の黄昏で役割を終えてるみたいだしね」
「そっか……」
情報を得られるかと思ったけど、叶わなかったか。でも待てよ。精霊の黄昏で役割を終えるってことは、いずれ黎架の力を借りなければいけない時が来るってことなんじゃ……?
途端に漠然とした不安に襲われた。
「元素の剣は元素に溶かせないの?」
「ん?何だって?」
「だから、さっき私が弓を出したでしょ?あれは世界を漂う元素の中に溶かしてるの。だから、いつでもどこでも、そこに元素さえあれば出し入れ自由なの」
「そんなことが可能なのか……」
腰から鞘ごと黎架を引き抜き、まじまじと眺めた。
「できるかどうかわからないよ?重要なのはその姿を想起すること」
つまりはイメージ力が重要ってことだよな?
黎架が黒の元素の粒子と化し、黒の中へと溶けるイメージを持ち強く念じた。
「変化なしね」
手の中に黎架は未だ存在している。
「慣れも必要なものだし、いずれ出来るようになるかもしれないよ?」
「そっか~」
世界に溶かすことができるのなら、持ち運びがかなり楽になる。戦術の一環としても使えそうだし、地道に練習してみようかな。




