ep.108 霊意
世界を染め上げる青の輝きが広がり、その中心にウルシンキがいる。フルーアウィズの力が解放されているのか、その身は青く、冷気が放たれていた。例えるのなら動く氷像。氷結の戦士が漆黒の竜を踏み潰している。
ウルシンキさん!?
カミルは驚愕を隠せない。治療を受け、先に動き出していたのはカミルの方だった。小走りに駆け寄っていたが、それでもカミルを追い抜けるほどの時間はない。その時のウルシンキは地面にへたり込んでいたはずだ。どう足掻いても先にたどり着くことは困難なのである。
ちらりとウルシンキがいた場所を見てみれば、そこにウルシンキは存在している。つまりは、青いウルシンキは分身体とでも呼ぶ存在。加護の剣であるフルーアウィズの力を借りて生み出された分体であった。
踏み潰されていた漆黒の竜が霧散する。それと同時に鎌を模っていた翼がオーウェンの背に戻った。
青の力を放つウルシンキを警戒してのこと。黒を収束させ、青に対抗する為であった。もはやリアには一瞥もせず反転、ウルシンキに向かって踏み出した。
オーウェンの力が大地を踏み潰し砕かれる。亡者となったことで力の制御がうまくできていないのか、行動の一つひとつに無駄な力が込められていた。
「翼か。ふっ、面白い」
青の力がウルシンキの背へと収束する。すると、背中に氷でできた羽が生まれ、一枚、また一枚と形を成していく。やがては大きな双翼と化し羽ばたいた。
飛べるわけではない。感触を確かめたに過ぎない。
確信を得たのか、青いウルシンキの口角が上がった。そして――巨大な翼がオーウェンへと突き出された。
青と黒の衝突。
黒い大剣が氷の翼をバキバキバキッ!!と砕き進むと、飛び散る氷の欠片がオーウェンを包み込んだ。
氷が肥大化する。周囲の水分を取り込み、膨らみ、無数の氷の刃が形成され、全方位からの氷刃の雨が降り注ぐ。一つひとつの威力は高くはない。だが、量を以ってカバーする。オーウェンの身体を引き裂き、鎧を凹ませ衝撃が内部へと伝わっていく。
それでもオーウェンは止まらない。痛みすら感じない亡者にとって、自分の身体が傷を負おうが関係なかった。目の前の獲物を狩る。あるのは理性を失った本能のみ。生者に縋るようにその身を喰らおうとする意思だけがそこにあった。そもそも、亡者の身体は内包する瘴気によって修復される。瘴気を使い尽くすか、生者を喰らうかの二択でしかない。
唐突にオーウェンの胸が貫かれ、上空へと吹き飛ばされた。弾き飛ばしたのは、足下より生まれ出た鋭い尖端を持つ氷柱だ。
オーウェンは身体を前後に回転させながらも、すでに胸の修復が始まっている。背中の漆黒の翼が蠢き形を変える。その形状は槍。黒が伸び、身体を穿った氷柱を一突きで打ち砕く。そこに青き両翼が迫っていた。
ニステルはまだ動けずにいた。一対多で戦うには緻密な連携が必要となる。だが、この場にいるのは寄せ集めのメンバーなのだ。自分の攻撃が仲間を傷つけるリスクを負う。だからこそ、シャナイアを構えたまま好機を窺っていたのだ。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
「駿動走駆、惡獅氣!!」
自身の奥の手である惡獅氣を惜し気もなく初手から発動させ、駆け出した。
「駿動走駆」
圧縮魔力でカミルは飛び出した。砲金色に戻った黎架を身体と水平に構え、伸びた黒い槍へと叩きつけた。槍が縮小していく。黎架が黒の元素を吸い上げ、刀身を黒く染め上げていた。刃に朱色の一筋の光が走る。魔剣の力が起動した合図だった。
「翼をもらうッ!!」
翼より生まれし漆黒の槍が断ち斬られ、魔剣の破滅の性質が翼の変化を封じ込める。
槍が朽ち、先端から砂が崩れるかのように翼は消え去っていく。
僅かに遅れてニステルの槍が煌めいた。
翼を失ったオーウェンの胸に、惡獅氣を纏うシャナイアが突き刺さる。大きな風穴を空けるも、瞬時に胸の傷が埋まっていく。
亡者の特性とはいえ、傷がすぐに塞がんのは面白くねぇなッ!!
素早い槍捌きで再び胸を穿つ。
だが、風穴を空けても瞬時に塞がってしまう。
「クソがッ!!」
傷は塞がるが、着実に瘴気を消耗している。決して無駄になっているわけではないが、視覚的効果は心に疲労を与えてしまう。ニステルが毒づくのも仕方のないことだった。
その直後、青き翼がオーウェンの両肩を突き刺した。肩から先が次第に凍り付き、砕け散る。翼を失い、両腕を失ったオーウェンは、ドォォォンッ!!真っ逆さまに大地へと叩きつけられた。
闇が蠢くも、肩口が凍り付き再生を阻害していた。
「お前ら!!決め切るぞ!!」
「ああ、そのつもりだよッ!!」「さっさとやれよ」
フルーアウィズをオーウェンへと突き出し言葉を紡ぐ。
― 奪い去るは青の衝動 冷酷なる力を我が手に
凍てつく波動が 汝を縫い留めるであろう
静止した世界で嘆くがいい アクエスティン ―
凍てつく青の奔流がオーウェンを襲う。鎧に霜が立ち、皮膚が凍り始めた。パキッパキッパキッ!!甲高い音を放ちながら見る見る内に全身を凍てつかせ、分厚い氷の中に閉じ込めた。
ピキッピキピキピキッ!!氷の砕ける音が響き、青が内側へと収縮を始める。氷に圧迫されるオーウェンの身体からはブチブチッ!!と嫌な音が鳴り、身体が潰れていくのを教えてくれる。
カミルは魔力を黎架へと流しつつ踏み込んだ。
刃に赤の元素が纏わり付き、氷塊へとぶつかり合う。
「炎陣裂破!!」
腰を捻り、黎架を振り切る。豆腐を斬るかの如く突き進み、オーウェンの腹を斬り裂いた。赤の元素に炎が灯る。黎架の軌跡に追従するように炎が走った。氷を溶かし、オーウェンを焼く。熱せられた氷が砕け散り、宙を漂った。
その直後、「うらぁぁぁッ!!」惡獅氣を纏うシャナイアが、三度胸を貫いた。風穴を空けるがまたも傷が塞がってしまう。
カミルの持つ元素の剣、ウルシンキの持つ加護の剣、その恩恵があって初めて目に見えての傷が生まれる。業物の槍に、破壊に特化した技を行使しても、オーウェンという化け物には届かない。ニステルにとって辛い現実であった。
「死に晒せ!!」
砕け散る氷が形を変える。欠片の一つひとつが氷刃と化しオーウェンに突き刺さった。氷同士が結び付き、オーウェンは再び氷塊の中へと戻されていく。
動きは完全に掌握した。氷の刃を体内に打ち込んだまま凍っている。あとは時間の問題だ。ジリジリとその身に含まれる瘴気を消費しきれ。それで仕舞いよ。
それからオーウェンに目立った動きはなかった。氷漬けにされたまま、完全に活動を停止している。
「これで終わり……?」
訝しむカミルはウルシンキの顔を窺う。
「俺様が出張ってきたんだ、当然の結果だろ?」
言葉とは裏腹に、不安が付き纏う。というのも、この状態まで追い込めば、どんな相手でも戦闘不能まで追い込めていた。目に生気が無くなり、いずれ死に至る。
だが、オーウェンはどうか?答えは否である。赤く輝く瞳は、依然として強く輝いている。瘴気を失えば、この瞳も光を失うのだろうが、妙に気持ちが悪い。
リアは吹き飛ばされたアリィの下へ駆けつけていた。アリィは上半身を起こし、回復薬を口にしている最中だった。飲み干した瓶を戻し、立ち上がった。
「オーウェンはどうなりました?」
「それなら、今はウルシンキの水の極致魔法で氷塊の中よ。これで終わり――なのか怪しいけどね」
「どういう意味です?」
「かつてのオーウェンと比べて明らかに出力が違うというか、全力を出せないにしても弱体化しすぎているような気がするのよ」
オーウェンが帝城を襲撃した時、城全体が揺れるほどの大きな衝撃だった。リア達がこの世界に来るきっかけになった元素の撃ち合いもそうだ。濃密な元素のぶつかり合いが起きた時に比べたら、今目の前にいるオーウェンの亡者は赤子でしかない。別の何かがオーウェンを模っているのかとさえ疑いたくなる。
「その話が本当でしたら、このまま終わるはずがありませんね……」
二人は漠然とした不安を抱え氷塊を眺めた。
その時だった。
ドガァァァンッ!!轟音と共に天へと伸びる闇によって世界が揺らいだ。その力の波動は、帝城で感じたものと遜色ない。発生源は凍てつく氷塊の中だった。氷塊の天面は無残にも砕け散り、闇に飲まれて消滅してしまっている。空に輝く星々を遮り、天は闇に支配された。
空から圧し掛かる力の波動に、カミルの表情は引き攣った。
この感じ、オーウェンとゼーゼマンが撃ち合っていた時と同じ!?……いや、あの時よりはマシだ。
「さすがに分霊体の全力じゃ、あいつを仕留め切れねえか」
ウルシンキが輝き、そして――青い粒子となり、本体へと飛んで行く。
ウルシンキさんもまだ全力じゃなかったのか……。でも、あれが本来の加護の剣の力?クォルスさんやシドウ太極騎士は、あれほどの力の行使はしていなかったのに……。
そこではたと気付く。
あの二人は、加護の剣の力を十全に使いこなせていなかった?
烙葉を相手にするのなら全力で挑まなければ命取りだった。つまりは、加護の剣を全力で扱ってあの出力だったのだ。
ウルシンキさんは、クォルスさんやシドウ太極騎士よりも、加護の剣の扱いに関しては上ってことか。
闇の中、両翼の亡者が地上に舞い降りる。
魔剣の力で翼を破壊し、破滅の性質で黒の元素を変化させることを封じたはずが、何故か無力化されている。
「こっからが本番ってわけね……」
黎架を握る手に力が入り、冷や汗が頬を伝った。
先手必勝を狙い黎架に魔力を込める――次に視界に映ったのは、闇が覆い尽くす空だった。遅れて腹部に刺さるような痛みが走った。
「ぐあッ、っぅ……ッ」
なにが……?
カミルは理解することができなかった。いや、視認することができなかったのだ。ただ確かなのは、腹を攻撃され、今まさに浮遊感に包まれていることだけ。
宙で身体が後方に一回転していく。そこで目にしたのは、遥か下に広がる広大な大地。木々に覆われ広がる山脈と、平原を挟んで向こう側に広がる森。カミルは上空300mまで飛ばされていた。腹部を貫いた痛みを加味すれば、上空へと蹴り飛ばされたということになる。このまま下に落ちれば、待っているのは確実な死であった。
分霊体を体内に戻したウルシンキは目を見張った。
「あんの小僧!?一撃でやられるヤツがあるかッ!?」
氷の翼を広げ、空へと消えたカミルを目指し飛翔する。
ウルシンキの瞳ははっきりと蹴り飛ばされた瞬間を捉えていた。加護の剣の力により、身体能力が強化されているおかげである。
どこまで飛んだかわからねえが、地上に落ちるまでに良くて数秒。ったく、こんなとこで簡単に死ぬんじゃねえぞ!!
その瞬間、影が走った。赤き瞳を携え、黒い大剣が頭上から降りかかる。
ガキィンッ!!
反射的にフルーアウィズで受け止める。
「っぶね!?」
一瞬、オーウェンによって阻まれた時間。それがカミルにとっては命取りとなる。
迫る地上にカミルは辛うじて保っていた。だからと言って、現状を打破する手段を持ち合わせていない。左目の心技で蹴られる前に巻き戻せる時間は過ぎている。今巻き戻したところで上空なのだ。結果は変わらない。
地上と共に迫るのは『死』の一文字。
もはや後悔する時間も与えてはくれない。
覚悟も何もできぬ内に地面との距離が縮まり、10cm先に地面が見えた。
頭の中に未来に来てからの出来事が一気に流れ出す。
幾度か目の走馬灯。
慣れたものだった。
死が確定しているというのに、無性に落ち着いている。
そんな自分が嫌だった。
迫る死の感覚に慣れるほど、カミルは窮地に追いやられて来た。
その時、リアの笑顔が脳裏に浮かんだ。
「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
咄嗟に魔力で包んだ両腕を顔の前に滑り込ませ衝撃に備えた。
ドォオンッ!!!!
短い衝突音が鳴り響き、土煙が立ち昇る。風に流され、着地点の景色が晴れていく。カミルの身体は潰れていた。血肉は飛び散り、内臓は破裂。骨が砕け飛び散っている。
カミルの願いも、努力も、すべてが無に帰した。
痛みは一瞬だった。身体が一瞬で潰れた為に、痛みをほとんど感じることなく肉体と言う枷から解き放たれ、潰れた自分の姿を上空から眺めていた。
言葉は出なかった。
事実を受け入れられなかった。
死んだ実感などなかった。
湧きおこってきたのは拒絶の言葉。
嘘だ、こんなのありえない。俺はまだ此処にいる!!これは夢だ。そうだよ、これは夢なんだ!!
不意に脳に言葉が響いた。
『死を認めたくないのだな?』
周囲を見渡すも、声の主は見当たらない。
なんだ……?この声は……、どこから?
『もう一度問おう。死を受け入れたくないのだな?』
当り前の問いに、怒りのあまり歯を食い縛った。
「当たり前だろッ!!自ら死を願う者などいないッ!!」
『ならば左目の力を使うが良い』
カミルは顔を歪めた。
「時を巻き戻せってか?戻れるのはたかが数秒だ。それでどうしろってんだ!!」
天を仰ぎ見、荒らんだ言葉で叫んだ。
八つ当たりだった。
怒りを向ける矛先が欲しかった。
『左目の力を使え。それですべてが解決する』
その言葉を鼻で笑った。
そんなもので解決できるならとっくにやってるっつーの……。
だが、手段が他にないのも事実だ。
試してみるべきか……?
迷いが生じた。声が何か言って来るかと思えば、それ以降、声が届くことはなかった。
やって、みるしかないか。
悩んだ末、カミルは声の言うがまま心技を発動させることを決意した。
左目に魔力を流し込み、ただ只管願った。
―――時よ、巻き戻れ。
見下ろす潰れた身体が霞み、世界は白くぼやけていく―――。
白い世界が彩を取り戻す。
待っていたのは、落下し始めた中空だった。
あんのクソボイスッ!?なんも変わんないじゃないかッ!?
毒づくカミルの想いを他所に、不意に心が宙を漂う感覚に襲われた。
『お前は其処で見ていろ。時の使い方を教えてやる』
その瞬間、誰かの心が入って来る。身体の感覚は薄れ、心が重なり合った。
懐かしい感覚だった。5年以上ぶりの不思議な感覚。誰かの心に寄り添い行動を共にする。そう、日本で彼と過ごした日々のようだった。
カミルの身体が光に包まれた。日ノ鳥を模した鳳凰型の光の衣に覆われ、落下していた身体がピタリと中空に着地する。
光の衣に月読の力が伝播し、青く輝く鳳凰を纏っているようだ。
視線が下りる。
その先に在るのは、ぶつかり合うウルシンキとオーウェンだ。互いの刃をぶつけ合い、膠着状態に陥っている。
黎架に魔力が籠ると、いつもとは違う反応が起こった。砲金色の刀身に、朱色に輝く一筋の光が走ったのだ。
え?なんだこれ……?
見知らぬ黎架の力に戸惑いを隠せない。リアから魔剣の特性は聞いているが、通常状態で魔剣が起動するなんて初耳だ。それ以上に、なんで声の主は黎架を熟知しているのか疑問でしかない。
次の瞬間、世界が一変する。
目の前にオーウェンの姿が現れ、黎架がオーウェンの両翼を斬り落としていた。視界の端には驚くウルシンキの姿が映っている。オーウェンがカミルの下まで飛んできたわけではないらしい。カミルの身体がオーウェンの下まで飛んだのだ。
襲撃に気付いたオーウェンは、身体を捻り大剣をカミルへと振り切った。
ブゥンッ
大剣が空を斬る。
それを50m後方から眺めていた。
まただ。また瞬間的な移動が起きている……。
なにが起きているのか、カミルにはまったく見当もつかなかった。
そして、次に目に映ったのは、黎架に脇腹を突き刺されたオーウェンの姿だった。
目の前で起こる不可思議な現象に、ウルシンキとティアもまた口をあんぐりと開け眺めている。空へ蹴り飛ばされた人間が突如として目の前に現れ、瞬間的な移動を繰り返しているのだ。常人であれば思考が停止するのも無理はない。
だが、二人は一般人ではなかった。現状に疑問を持つことを放棄し、ありのままの現実を受け入れた。そうすることで身体の硬直は解かれた。
ティアは後方へ飛び退き距離を取る。
対してウルシンキはフルーアウィズの力を解放し、足下から氷柱を突き出し、オーウェンを天高くへと吹き飛ばす。一度は身体を貫いた氷柱も、今回は貫けずにいる。オーウェンの元素に対する耐性は確実に上がっている。
空を覆う闇がオーウェンと一体化していく。身体という境界が消え去り、オーウェンと黒の元素、そして大剣が一繋ぎとなり、人型こそ保っているが、オーウェンは闇そのものと化している。
カミルの身体は空を踏みしめ空を駆け登る。
カミルに両手で構えた大剣を突き出し、背中から斬られた両翼が再生する。両翼は遥か後方100mほど伸び、夜空に闇が広がった。
カミルは直感的に感じ取る。
あの力、帝城で見たものと同じものを放つつもりだ!!
同じ高度まで駆け上がったカミルの身体がオーウェンと対峙する。
ちょっと待て!?あれと撃ち合うつもりなのか!?
『不出来な身体で良くやった。現世に縛られた魂を解放してやろう』
一体なにをするつもりなんだ!?
大剣の先に黒が集う。
『抗うか。是非もない』
黎架を鞘に収め、左手で鞘を、右手で柄を握り抜刀術の構えを取った。
黎架に不可思議な力が宿る。魔力とは異なる、元素ならざる力の波動。
鳳凰型の光衣が夜空へと靡く。
『竜を斬り、元素を断ち、理を穿つ。
我が神威は悉くを葬り去る。
さあ、終焉の刻だ。
この一撃を以って手向けとしよう。
星を巡りし 生命の鼓動 輪廻へ還るが佳い 破躯鴉』
鞘から抜刀された刃が横凪に振るわれた。飛び出す黒の斬撃が形を変え八咫烏を模る。
破躯鴉に呼応するように、オーウェンの大剣からもまた圧縮された黒の元素の塊が放たれた。物理的な大きさで言えば、オーウェンの放つ黒塊が八咫烏よりも3倍ほど大きい。
二つの力が、互いに引かれ合うように激突する。
そこにあるのは静寂だった。
衝撃音のひとつもなく、すべてが八咫烏の開けた口に呑みこまれていく。
オーウェンの放った黒の元素は、破躯鴉の前に消滅した。
其処に在るのは、1羽の八咫烏。
黒塊を喰らった八咫烏は空間を跳躍し、一瞬でオーウェンへと近づくと嘴を大きく広げ丸呑みしてしまった。
残されたのは静寂な夜だった。星々が輝き、一点の曇りもない。吹き荒れる風も、漂う瘴気すら残さず無に帰しているのだ。
圧巻だった。完勝、というよりも一方的な暴力に近かった。
感嘆する思いと、自分の身体に入った者の正体がわからず、カミルは寒気を覚えるのだった。
戦いを終えたカミルの身体は、黎架を鞘へ納刀すると地上へと瞬間的に移動する。
不意に身体の感覚が戻って来る。
『活かすも殺すもお前次第だ。失いたくなければ精進せよ』
脳に言葉が響き、謎の存在の心がカミルの身体から離れていく。
「ちょっと!?話はまだ終わって―――」
言葉が終わる前に、完全にカミルの下から離れてしまった。
一方的に身体を奪われ、勝手なことばかりして消えてしまった。煮えきらない思いを抱えるも、『死』を回避できたことには感謝しなければならなかった。
「時の使い方を教えてやる、か……」
意味はわからなかったが、左目の心技に関係しているのだろう。時を巻き戻す力の将来性に、カミルはただ胸を高鳴らせた。
「「「カミル!!」」」
リア、アリィ、ニステルの声が重なった。駆け寄る仲間を見て、生きている実感が湧いてきた。それと同時に、身体が酷く疲弊しているのを思い出す。認識した瞬間、地面へとへたり込んでしまった。
「ちょっと!?大丈夫なの!?」
リアが駆け寄りカミルを支えた。
「あはは、ありがとう。ちょっと疲れてるだけだから」
笑顔を浮かべるカミルに、安堵の表情を浮かべている。
「話したいことはいろいろあるけど、とりあえず馬車まで戻った方が良くない?」
いつの間にか近寄っていたティアは、残して来た馬車の心配をしていた。
「そうですね。話は腰を落ち着かせてからゆっくりとしましょう。まずは馬車に戻ることを優先します。カミルは――リア、頼めるかしら?」
リアは力強く頷いた。
「もちろんよ。ほら、カミル。立ち上がるわよ」
カミルの腕を肩に回し、一緒に立ち上がった。
「では、馬車へ戻りましょう」
誰もがカミルの異様な戦闘についての疑問を抱えたまま、一路馬車へと歩き出した。




