169 貴人の正体は3
「今年の秋には、四ヶ国会議がある。四年ぶりにバルビエリでの開催予定だ」
「四ヶ国会議、ですか?」
唐突に出された話題にデルフィーナは首を傾げる。
その反応に二人も一瞬疑問を抱き。
「四年前は……三歳か」
それは覚えてないだろう、と三人ともが思い至った。
「四ヶ国持ち回りで毎年開催している国際会議があるんだよ」
順番に主催を回しているため、四年に一度自国開催となる。
今年はバルビエリが請け負う年だった。
この四ヶ国会議は、短くて一週間、長くて一月は開催される。
長さは議題の多さで変わるが、ここ数年の外交は安定しているため、二週間程度が多い。
重要な案件がなくとも、国同士の交流の場として、また自国のアピールの場として、貴重な機会だと各国が認識している。
「その四ヶ国会議が何か?」
「うん、来賓をもてなすのに、晩餐会や昼餐会が何回か開かれるんだけどねぇ。そこに、料理店が関係してくるんだよ」
おっとり語るアロイスに、ドナートも同意を示す。
宮廷主催の祝賀晩餐会は必ず開かれ、高位貴族主催の夜会も連日開かれる。
他国へ赴けない貴族も、自国開催となれば参加することで顔つなぎができる。
公に私に、各所で招き招かれが生じて、にぎやかな期間となる。
その中で開かれる宮廷主催の昼餐や晩餐は、基本的に王宮の膳職がすべて用意する。
だが他国の要人を招いての晩餐会は、主催国にとっては国内の食関係のあらゆるアピールの場。
自国の産物――食品だけでなく食器や布製品や装飾品等々――の紹介を自然にできる好機でもあり、“我が国の新しい料理”を振る舞える場なのだ。
そのため、話題の一環という名目で、数ある晩餐会のうち一、二回は、宮廷料理だけではなく、首都で人気の料理店からアドバイザーという形で料理人を招聘して、話題の料理を作らせる。
これに選ばれることは、料理店および料理人にとって最高の誉れといわれている。
王室御用達の店は数あれど、その中で現在の一番と見做されるからだ。
そのため、どの店も選考されるであろう時期は、熱心に新作を出して売り込みをするらしい。
ドナートの説明に、デルフィーナはなるほどと納得した。
「四年前は、アルデッリ商会のリストランテがアドバイザーに選ばれた」
「毎回どこかの店から招聘されるのですか?」
「そうだな、基本的には王都に構えている店から選ばれる。どこかの貴族家のお抱え料理人から選ばれることはない」
宮廷外から料理人を招致するにしても、一貴族家から選ぶのは政治的バランスの問題があるのだろう。
出資者や後ろ盾がどこかの貴族であっても、店であればいい。贔屓の客にも貴族が累々いるためだ。
「毎回同じ派閥の後援する店にならないよう、調整はされているらしい」
四年の間に派閥の力関係も多少は変わる。
同じレベルの店が複数あった場合は、前回選ばれた派閥を考慮して決めるわけだ。
群を抜いて美味しい料理を提供する店があれば、選考者達の満場一致で選ばれることもありうるが。
そのため各料理店は研鑽を怠らない。
「四年前は、選ばれなかったとカルミネ兄上が悔しがっていましたねぇ」
当時を思い出したのか、アロイスが苦笑する。
アルデッリ商会はやはり王室御用達の商会であり、エスポスティ商会の良きライバル商会だ。
「もしかすると殿下は、その晩餐への起用料理店の候補に、コフィアを入れておられるのかもしれない」
「あくまでも推察だけどねぇ」
これは、夜にいつもと同じく三兄弟で集まって話していた時に出てきた推測だ。
イルミナートとは違う視点を持つカルミネが、そういえば、と四ヶ国会議を思い出したのだ。
前回エスポスティ商会の高級料理店が選ばれなかった悔しさが、記憶に残っていたためでもある。
四ヶ国会議の話を昨日の三人が失念していたのは、王太子の来臨に動揺していたのもあった。
だがそれ以前に、三人は国際会議の晩餐会に全く関わりのない立場ゆえ、思いつかなかったのだ。
イルミナートはそもそも飲食店の経営に関わりがない。
宮廷に出仕していないドナートにとっては、国際会議があるとはいえ社交相手が増えるくらいで、いつもの社交シーズンと変わり映えしない。
四年前はまだ学生だったアロイスは、前回の王都の様子を覚えている程度。
デルフィーナがコフィアを開くまで飲食店には関りがなかったため、誰もアドバイザー選出について意識していなかった。
カルミネだけが、商会長として料理店の関わりを意識していた。
「カルミネとしては、今年こそはと意気込んでいたはずだがな」
「デルフィーナがアレコレと新しい料理や菓子を生み出してくるから、もうエスポスティ商会の選出は諦めた、ってさ」
苦笑しつつカルミネの胸の内を教えてくれた二人に、デルフィーナも苦く笑う以外ない。
国際会議自体を知らなかったデルフィーナは、意図せずカルミネの邪魔をしてしまったようだ。
「とはいえロイスフィーナ商会はエスポスティ商会の傘下と見做されているからねぇ。他商会に持っていかれるよりはよほどいいんじゃない?」
「エスポスティ商会でバックアップを、と意欲もみせていたしな」
デルフィーナもアロイスも、結局はエスポスティなので、もしコフィアが選ばれたら、大きな括りでいえばエスポスティが選ばれた、となる。
他の料理店に栄誉を譲るくらいなら、とカルミネが考えるのは自然な流れか。
「それに、エスポスティ商会が選ばれなくても結局バルディにたくさんの人が来るから、リストランテに限らず商会はとっても忙しくなるんだよねぇ」
会議の時期は、普段王都へ出てこない地方の貴族も顔を出す。
その地方の商人も便乗してきたり、他国の商人も商売のため来訪する。
いつもの社交シーズンより高きも低きも人が集まるため、王都に店を構える商会は書き入れ時となる。
取引のため北方の国へ赴いているカルミネの妻も、この国際会議に合わせて帰国予定だった。
つまりカルミネは、エスポスティ商会の料理店が選ばれようが選ばれまいが、とにかく忙しくなり、今回はデルフィーナ発案の新商品を多種扱うため、アドバイザーどころではなくなると予想されている。
そんなカルミネの事情をふむふむと聞きつつ、しかしデルフィーナは疑問を呈す。
「コフィアはお菓子がメインですから、全体のアドバイザーとして選ばれることはないのでは?」
しかし対面の二人は首を振った。
「でもほら、セイボリーも出しているでしょう?」
「そもそも紅茶とそれに合わせた食べ物、というのが目新しい」
デザートだけ、との声かけもあり得るのだ。
それにもし料理全体の監修が必要とされても、デルフィーナならばなんとかなる。二人はそれを知っているため、選ばれた場合の懸念がない。
外側から見ても、エスポスティ商会の料理店が出す新メニューはエスポスティ家なら把握しているのが当然で、繋がりのあるデルフィーナならば問題ないと見做される。
ただでさえ、お茶会という文化ができつつある。それを作ったコフィアは、注視される存在だ。
バルディで、ひいてはバルビエリでの新しい文化として、王宮でお茶会を開く可能性もある。
そうなると、晩餐会との兼ね合いも考えて、アドバイザーの候補として上がっても不思議はなかった。
「それで殿下がコフィアの視察を?」
「あくまでも、かもしれない、という話だよ」
「アドバイザーの選考がいつ頃されるのか、我々は知らないからな。公爵閣下にお伺いしてみるが、殿下の目的が明確に把握できるかは分からない」
稀人が目的の可能性もゼロではない、とドナートは言うが、今の話を聞く限り、その確率はだいぶ低そうに思える。
殿下が何の考えでコフィアを訪れたのか――単純に私的な好奇心なのか、新作お菓子に惹かれたのか、今後を踏まえての視察なのか、稀人の確認なのか――結局のところ、この場で答えは出ないのだ。
とても高貴な方なのだな、とは接していて感じた。
ジェラルディーナの態度からも、失礼のないように気をつけて対応した。
地下でイルミナートに語った時も、大丈夫だと言われたし、思えた。
あの方が王太子殿下だったと聞いて、納得すると共に、浮上した懸念は、あちらからのリアクションがない限り対処のしようもない。
(つまり今は、憂えるだけ無駄ってことね)
ひとつ嘆息すると、デルフィーナは頷いた。
「とりあえずは、ガレアッツォ様のご予約になったチョコレートは、万難を排してご用意いたしますわ」
デルフィーナの言葉に、ドナートとアロイスも頷く以外できなかった。
お読みいただきありがとうございます。
難産で更新が遅くなりました……もっとライトなシーンに早く辿り着きたいです。
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