170 フレーバーティーとフルーツティー
最近のデルフィーナはホットオレンジティーにはまっている。
これは、何度も試飲して、紅茶とオレンジ果汁のベストな配合を割り出した一品だ。
オランジェットを作るため、温室で育ったオレンジはほぼコフィアへ持ち込まれている。
使うのは皮なので、残った身はどうするか。普通に食べもするが、生ものだし、ずっとは飽きる。
絞ってジュースにした方が消費量も増えると判断し、しかしジュースばかりでもやはり飽きるため、編み出した飲み方だった。
オランジェットとシトロネットの売れ行きはいい。
これは蒸留酒に合うと公爵閣下がどこかで漏らしたらしく、高位貴族に仕えているとおぼしき低位貴族や使用人がテイクアウトの予約によく訪れていることからも分かる。
エスポスティ家の温室だけでは早晩追いつかなくなるので、こちらもエスポスティ商会の仕入れを増やしてもらった。
レモンに関しては、屋敷でレモン水を作ったり、ハチミツをそれに足してコフィアのバックヤードでスタッフが飲んだりしている。
レモンティーという手も考えたが、フルーツティーは次に売り出す商品に絡むため、今は出すつもりがなかった。
そのため、“紅茶に果汁を混ぜる”飲み方は外に漏れ出ないように気をつけている。
だから飲んでいるオレンジティーも、ひっそりこっそりとである。
とはいえ常に傍にいるエレナとアデリーナは全て見ているため、口止め代わりにデルフィーナは二人にも相伴させていた。
「甘みと酸味の中に渋みもあって、なんとも複雑な味ですね」
甘味が得意ではないアデリーナも、これは飲めるようでほうっと息を吐いている。
ただし彼女は、レモン果汁をワインに入れる方が好きなようだ。
アメリカンレモネードというべきか、簡単なサングリアというべきか。
屋敷の使用人にも辛党はおり、やはりレモン水や赤ワイン割りを喜んでいるらしい。
酒がまだ飲めないデルフィーナはいずれ飲もうと考えつつ、多種のドライフルーツを片手にフルーツフレーバーティー作りに励んでいた。
デルフィーナが唐突にフレーバーティー作りを始めたのには、いくつかの理由がある。
一番は、ちょっとした現実逃避だ。
チョコレートが思わぬ反響で、逃げたい気持ちが勝っての行動だった。
いくら準備をしていたとはいえ、こうまで招いた貴族達がこぞって購入を決めるとは――それも高位貴族や爵位持ちの、家の当主達がだ――考えていなかった。
当日食べ過ぎて気持ち悪くなる人も出るだろうし、値段も高め設定だから買わない人も何割かはいるだろうと想定していたのに。蓋を開けてみれば全然違っていた。
あれほど予約が入ったのは、おそらくジェラルディーナや王太子殿下の影響だ。
彼らが口にするなら、と、我も我もと続いたのだろう。
ロイスフィーナ商会にとって悪い話ではないが、いかんせん、生産者が少ない。
工場か専門の別店が決まるまで、臨時としてエスポスティ家の料理人を引っ張ってきているが、イェルド、オノフリオ、フィルミーノへの負担は大きくなっていた。
三人とも苦にしていない様子なのは救いだが、少々見通しが甘かったのは事実。
チョコレートから客の目をそらす何かを用意しようと考えたのが、二番目の理由だった。
フレーバーティーのブレンドならば、デルフィーナとエレナの二人でもちまちま作っていくことができる。
作業内容も、令嬢がおこなっても問題視されない部類。
ウベルトに一気に水分を分離してもらい、それを砕いたり適量はかったり、缶に詰めたり、試飲を繰り返したり。
多種の甘い香りに包まれた部屋でアデリーナに見守られながら、デルフィーナは逃避作業に勤しんだ。
甘くない点がよくて紅茶を愛飲している人には、味が甘いのは受け入れにくい。
一方で、香りが甘やかなのは許容されがちだ。
酒も、日本酒やワインには甘い香りのものがある。サトウキビや黒糖が元になっているラムや焼酎も、甘めの香りだった記憶がある。
いずれも過去世での経験だから、この世界でも絶対同じとはいえないが。
つまるところ、香りだけが甘いフレーバーティーなら、甘い味を好まない人にも受け入れられると考えた。
事実、過去世ではフレーバーティーも人気商品だった。
一方で、香りだけでは不満な人もいる。
香りに見合うだけの甘さがほしい、という意見も理解できた。
そのため、フルーツフレーバーティーと、果汁をがっつり混ぜたフルーツティーとの別タイプを数種類ずつ作ることにした。
これらをいちどきに販売スタートさせて、チョコレートを求める客を減らしたり、両方を求めさせたりしつつ、チョコレート販売の数を抑える計画だ。
また、紅茶のみを購入していた客にも新作を届けられる。
菓子ばかりではない、紅茶の世界もまだまだ広がるとアピールする狙いだ。
輸入の果物を使うとお高めの値段設定にしかできないが、北大陸で採れる果物を使えば、価格を抑えられる。
りんご、梨、ぶどうは収穫量も多い。
他に、アプリコット、ストロベリー、黒スグリあたりが使いやすかった。
過去世でよくあった白桃やマンゴー、さくらんぼ、ライチはいずれも東大陸原産で、南大陸で育っている種類もあったが、こちらはオレンジとレモン以上に高級品の位置づけだ。
マルメロやザクロ、サワーソップはグリーンティーのイメージがあるため、緑茶が売り出せるほど確保できてから商品にしようと、取っておいている。
他にフレーバーティーとして使えるのは花だ。
ジャスミンティーが一番メジャーな気がするが、桂花茶も好きな人は多いだろう。
この二つはやはり緑茶やウーロン茶のイメージなので、そちらのために取っておきたい。
紅茶に合うのはやはり薔薇か。
他は、カモミールやエルダーフラワー、ラベンダーあたりが思いつくが、それらはハーブとして使う方が多い。
つまり、ミントの時と同じく、教会への配慮が必要となる。
輸入にハイビスカスがあればよかったが、花として入っているとは聞くものの、食品に加工できるほどの量はない。
いずれ美容のためのハーブとして入れてもいいが、フレーバーティーに使う段階で手を伸ばすつもりはなかった。
総合的に考えると、やはり果物の利用が手っ取り早い。
ようは組み合わせればいいのだ。
過去世で一番有名だったフレーバーティーは、アールグレイ。
ベルガモットという柑橘類を香り付けに使ったものだ。
紅茶に詳しくない人はアールグレイがフレーバーティーだということすら知らないほど、一般に普及した紅茶だった。
グレイ伯爵に倣って、デルフィーナもオレンジで香り付けしたものを売り出すつもりでいる。
あとはハチミツやバニラも使って、花と果物をブレンドして、受け入れられやすいフレーバーティーを作ればいい。
そのブレンドも、初めはあまり複雑にせず、二種か三種混ぜるだけにするつもりだ。
全ての果物や花は、ウベルトに乾燥してもらった。水分を分離すればいいだけなので早い。
チョコレートの加工で魔法を使い慣れたウベルトは、こちらも手早く仕上げてくれた。
乾燥後の諸々を持ち込んだ屋敷の工房で調香師のようなことをして数日過ごしたデルフィーナは、納得いくものを四種ほど作り上げ、これからアロイスに振る舞う予定となっている。
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