168 貴人の正体は2
チョコレートのお披露目会の翌日、コフィアは休店日だった。
コフィアは週五日の営業で、二日は休みだ。
従業員も二日は休み――のはずなのだが、試作をしたりなんだかんだで、料理人達は休みのどちらかにも仕事を請け負っていることがある。
それが多くならないようデルフィーナは気をつけているのだが、使用人などは定休がない世界だ。勤め人も同じく休日は週に一日あれば良い方との考えが一般に定着している。
そんなわけで。
チョコレートのお披露目会もコフィアの定休日の一日を使って開かれていた。
そのため、翌日はしっかり休養するようにと言っておいたのだが。
打ち上げで、デルフィーナがいなくなった後かなり深酒をした面々は、惨憺たる有様らしい。
様子を見てきたアロイスは肩をすくめていた。
教えられたデルフィーナはというと、その叔父と、父が共に部屋へやって来たので、ソファへと勧め、エレナがティーセットを並べるのを眺めているところだった。
二人の対面に座ったデルフィーナの隣には、堂々と一人分のスペースを使って、リュティが丸まっている。眠りが深くなるにつれだんだんと身体が伸びていくため、彼女にゆるく蹴られる前に話が終わると良いのだが。
デルフィーナの真向かいに座ったドナートは、壁際へ下がろうとしたエレナへ退室を言いつける。
一度瞬いたエレナは、一礼するとそのまま部屋を出て行った。
ドナートとアロイスは、従者を伴わずに来た。初めから人払いをするつもりでいたということだ。
何か重要な話があるのだな、とデルフィーナは背筋を正す。
昨日の疲れは残っているが、甘えていいシチュエーションではなさそうだ。
デルフィーナの心構えができたのを見て、ドナートが話し始める。
「昨日は大きな失敗もなく無事に終えてなによりだった。チョコレートの予約の方もかなり入っているとアロイスから報告を受けている。今後ますます増えるとの予想から、工場や別店舗の話もあがっているようだな」
「はい」
「その辺りはカルミネとネリオとよくよく相談して、焦らず進めるように。カルミネには、チョコレートに関しては優先的に取り組むよう言ってある。
デルフィーナも、コフィアの菓子の一種ではなく、紅茶に続く、この国の誇る文化のひとつとして育てるつもりで取り組みなさい」
ハッキリ明言したドナートにやや驚きつつ、デルフィーナは頷いた。
「カカワトルの入荷量が今以上に増え安定しないと、量産はできませんが、大丈夫でしょうか」
「そこはカルミネが手を打っている。それでも不足するようならば、アバティーノ公爵閣下のお手を借りることになっているから、問題ない」
貿易で閣下の右に出る者はいない。
その保証があるなら、何とでもなるだろう。デルフィーナは安堵して再度頷いた。
昨日の予約数が想定以上に多かったのだ。
数の制限があるかも、とは客に伝えてあるものの、先々ずっとというわけにはいかない。
作り方を他の料理人がすぐに割り出すとは思えないが、原料は宣伝のためオープンにした以上、いつか誰かが製法に気づく可能性がある。
カカワトルから作っている、これは菓子だが薬でもある、食べ過ぎると害になる、ということも併せて告知していく予定なのだ。
販売数を限るのも、食べ過ぎて体調を崩さぬようにという配慮である、との建前があってのことだ。
カカオ濃度の低いチョコレートを主流にしつつ、数を制限しつつ、「これを食べて体調を崩した」というクレームがつかないよう計算していた。
しかし国中の貴族に求められるようになれば、塵も積もればで膨大な数が必要となる。
ドナートやアバティーノ公爵がバックアップしてくれるなら、先々も破綻はすまい。
二人は“文化にしろ”というお達しのために来たのかと思ったが、それならば人払いをする必要はない。
はて? とデルフィーナが内心首を傾げたところで、ドナートが居住まいを正した。
「昨日、お前はとある貴人のお相手を務めたな?」
「はぁ……いえ、はい」
淑女らしくない返答に微かにドナートが眉を寄せたので、デルフィーナはすぐさま直す。
昨日の客は貴族ばかりだったのだが、どの貴人のことだ? と一瞬考え、ジェラルディーナと共にいた男性のことだな、と当たりをつけた。
「イルミナート様が昨夕いらして伝えてくださった。……お前に知らせるかは、私に任せると仰せだった。私は、お前もきちんと知っておくべきだと思う」
ドナートの言いぶりから察するに、知らないまままた何か失敗をしてはまずいということか。
たまに令嬢らしからぬ言動や、身分について失念するきらいのあるデルフィーナに、用心しての判断らしい。
「お前の話からイルミナート様が推察されたことと、今日、改めて確認した予約票の内容から、ほぼ確定している」
悩ましげにドナートの眉根が寄り、一度重たく瞼を伏せると、真っ直ぐにデルフィーナの瞳を捉える。
「あの方は、我が国の王太子殿下だ」
デルフィーナは一瞬、何を言われたか分からなかった。
おうたいしでんか? と口の中で小さく復唱してから、じわじわと理解が広がる。
アロイスを見れば、いつもの微笑はなく、真面目な表情で。これが冗談ではないと言われたようだった。
(あ~っ、そうきたか〜!)
頭を抱えたくなる。
いや、気づけば既に頭を抱えていた。
王族もコフィアの菓子を召し上がっているらしい、とはドナート経由で公爵から聞いていたが、まさかご本人登場とは。
完全に想定外もいいところだ。
ジェラルディーナが敬う相手だ、国内の別の公爵家や、他国の高位貴族や外交官などを想定していたが、王家についてはスコンと意識から抜けていた。
その抜けていた存在だったとは。
頭を抱えたまま視線だけドナートとアロイスへ向けて、デルフィーナは唸るように声を絞る。
「高貴な方だとは分かっていましたが……。どうしてまたコフィアに?」
「それは、まぁ普通に、紅茶とお菓子をお求めになって、かなぁ?」
「普通に?」
「普通に」
アロイスも後から知って困惑した口だった。
それでもチョコレートの持つインパクトと、これまでのコフィアの提供してきた紅茶と菓子類を考えれば遠からずと思っていたので、動揺はなかった。
ただ、お忍び来訪にしても王宮への招致にしても、公式でないにしろ事前の通達があると考えていた。手っ取り早いルートでなら、イルミナート経由か、アバティーノ公爵経由で、と。
だがそうではなかった。
今回の密行は、イルミナートがいなければ、気づかず終わったかもしれない。
そう考えると、実際に接したデルフィーナが唸りたくなる気持ちも分かる。
「他の可能性もあるが、理由のひとつとして、貴族社会で流行りになりつつある紅茶と、他では見られない菓子類の確認を兼ねて、店をご自身で検分されたのだろう、と私達はみている」
「はぁ……」
「公爵閣下のご意見も聞いてみる予定だけど、イルミナート様と俺達の予測は、そんな感じだねぇ」
口元へいつもの微笑を戻したアロイスは、紅茶にミルクを注ぎ、さらにハチミツを垂らす。
その手元を見ながら、デルフィーナは大きく嘆息した。
気持ちを落ち着けるべく、隣に寝そべるふわふわへ手を突っ込んで、わしゃわしゃと撫で回す。
イルミナートの、チョコレートに対する評価は高かった。
それはとりもなおさず貴族社会でのコフィアへの評価が高いという素地があってこそだったのかもしれない。
既にコフィアへの信頼があり、どういったものを提供しているかの共通認識がある上で出す新商品だからこそ、人気を博すと評価された。
チョコレート自体がどれだけいい商品であっても、それを売り出す商会に信用がなければ、買い手はつかない。
あまりに小規模であったり、前歴のない新規の商会であれば、飲食物である以上怪しまれて客が手を出さない。
だからイルミナートの評価は、これまでのコフィアを含めての評価となる。
そう考えると、コフィアの――ロイスフィーナ商会の存在を、貴族社会に着々と浸透している紅茶と菓子類を、王太子殿下が気にかけたのも不思議ではなかった。
情報は書面でも伝聞でもいくらでも取り入れられても、百聞は一見にしかず。
自身の目で見て、確かめる必要あり、と判断されたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ひと月ぶりの更新となってしまいました。
繁忙期が過ぎましたので、この後はいつものペースに戻せたら……と思いつつ、無理なく更新していく所存です。
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活動報告へのメッセージも、ありがたく拝読しております。
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