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163 チョコレートのお披露目会4




 何も知らないデルフィーナも驚いていたが、こちらはチョコレートへの反応に対してだった。


「ありがとうございます。お気に召したようで幸いです。あまり数を多く出せないため、量に関しましては、ご希望に添えないかもしれませんが、それでもよろしければ定期のご予約は承っております」


 申し訳なさそうにしつつも、既に他の客からの予約があると匂わせる。

 少なくとも、アバティーノ公爵家と、アマデイ侯爵家の二家、先ほど賛辞しているのを見かけたラビア伯爵家の三家は確実に予約している。

 他にも、カカワトルの飲みにくさを嘆いていた子爵や、この香りがたまらないと褒めていた某夫人、苦みと甘みのバランスがいいと褒めていた淑女もいたから、現状どれだけ予約が入っているのやら。

 ジェラルディーナが高貴と紹介したから、新規の客でも丁寧に応じての、この答えなのだ。

 それぞれの客へ渡す数は抑えて、多くの家へ、という形を考えているのが窺えた。


「そうか。それは良かった」


 ほっとしたような顔を見せた紳士に、デルフィーナもにこりと笑う。


「それでは、ご希望のお菓子を承ります」


 持っていた籠は二重底になっていたのか、デルフィーナは下部から帳面とペンのようなものを取り出す。

 それをしげしげと見つめながら、ガレアッツォは希望を伝えた。


「かしこまりました。ご予約の印として、こちらをお渡しいたします。お受け取りの際は、こちらをお見せくださいませ」


 デルフィーナは、ティーポットと一芯二葉のデザインが焼印された薄い木のカードを差し出す。

 使用人が受け取りに来る前提のため、誰が来ても本当の使いと分かるよう渡している符だ。

 ガレアッツォが頷いたのを受けて、となりにいた本来の招待客が受け取った。


「ありがとうございます。それでは、こちらの中からおひとつ、お選びくださいませ」


 注文への礼を改めて述べてから、ようやく当初の目的が果たせると、デルフィーナは手にしていた籠を掲げる。


「お帰りの際には、こちらのフォーチュンクッキーから出てきたカードをお見せくださいませ」

「くじの等級に合わせたお土産がいただけるらしいですわ」


 ジェラルディーナが言い添えたので、デルフィーナも頷く。

 ふむ、とおもしろそうに籠を覗き込んだガレアッツォは、ひとつをひょいっと摘まみ上げた。

 となりにいたお側付きにもデルフィーナは籠を差し出す。彼女にとって、招待状を送った本来の上客はこちらだ。


「お皿の上で割るか――ええと、中には囓って割った方もおられますので、よろしいように崩してくださいませ」


 苦笑しつつ開き方を語るデルフィーナに、三人はきょとんとした。

 少し大きめの歪んだ形のクッキーは摘まんだだけでも固さが分かる。一口で食べられるサイズではないため囓るのはありかもしれないが、紙も入っているし、そんなワイルドな食べ方をする貴族がこの場にいるのかと驚いたのだ。


「あちらの、チャコールグレーの長い髪の紳士ですわ。クッキーをお好みの方なのですが、いつもと違うタイプのクッキーの食感が気になったとか。手で割らずに味わいたかったそうで……」


 三人は示された人物を目にして、なるほど魔法伯か、と得心した。

 騎士爵家出身のかの魔法士は、一部からは“宮廷の試金石”と綽名されている。良くも悪くも話題に上る存在だ。

 こだわりあっての食べ方も、彼ならば、さもありなん。


「我々は皿の上で割るとしよう」

「そうですわね」

「ではこちらをお使いください」


 新しい皿をテーブルから取ってきて、デルフィーナは差し出した。

 受け取ったのはやはりお側付きで、その手から紳士へと渡る。

 ジェラルディーナは自身で受け取った。

 それを見てか、デルフィーナは上手に淑女の笑顔を浮かべた。


「それでは、どうぞ引き続きお楽しみくださいませ。何かございましたら、お近くの給仕にお声がけください。御前、失礼いたします」


 丁寧な礼をとって、デルフィーナは楚々と踵を返す。

 ジェラルディーナがちらりと視線を向ければ、ガレアッツォは心持ち目を細めていた。口元は笑みの形なので、心証はそう悪くなかったようである。

 デルフィーナに過度な肩入れをする気はないが、それでも父のお気に入りが失敗することなく対応を終えられ、ジェラルディーナは内心ほっと息を吐いた。


「割るにしても、これはナイフを使うものではなさそうだな」

「手で割るのがよさそうですわ」

「だが指の力が強いと砕けないか?」


 嬉々としてフォーチュンクッキーに取り組むガレアッツォへ答えながら、ジェラルディーナも皿の上へクッキーを載せる。


「包み紙ごと押しつぶせば飛び散ることはなさそうです」


 となりでやって見せたお側付きの言葉に、ガレアッツォは開いていた包みを戻す。


「ふん」


 声と共に指先に力を入れれば、簡単に割れた。

 ジェラルディーナも同じように割ってみる。


「どれどれ」


 中から出てきた、二つ折りされ細長い形になっていたメッセージカードを三人は広げる。


「この先、多くの喜びが訪れます」

「嬉しい知らせが近づいています」

「善意こそ、裏切らず得るものの多い唯一の投資です 特」

「……格言とも違うな?」

「簡素な占いといったところでしょうか?」

「この、特というのは何でしょう?」


 お側付きのカードの末尾には、丸で囲まれた特という文字があった。


「特等ということではないか? くじ引きなのだろう?」


 ガレアッツォの言葉に二人は合点がいく。


「そうかもしれませんわね」

「帰りに分かるだろう」

「それは、楽しみですね」


 二人より立場の低い彼だったが、自分が当たったことを素直に喜んだ。


「これで、土産ができました」


 お忍びの供を誰が務めるかで、お側付きの中で駆け引きなり競争なりがあったのか。

 そうでなくてもコフィアへ行ったとなれば、誰かからは文句を言われそうだ。

 懐を痛めず土産が手に入るなら、文句を封じるのに助かる。

 含みのある笑みを見せた彼に笑って、ガレアッツォはまたチョコレートの菓子へと意識を移す。


「せっかく来たのだ、もう少し愉しむとしよう」


 この後三人は、食べ過ぎ注意のストップがかかるまで、存分にチョコレートを堪能した。







 フォーチュンクッキーを配り終えたデルフィーナは、一旦休憩のため地下のスタッフルームへと入った。

 ドアを潜った途端、へろへろと頽れる。


「疲れた……」


 普段のデルフィーナは接客をしていない。

 子爵令嬢としての社交もまだしていない身で、高位貴族を含む、自分よりずっと年上でずっと偉い人達の相手をするのは、かなり緊張した。

 しかも一度にたくさんだ。


 今後を踏まえてコフィアの、というよりデルフィーナの後押しをしてくれる可能性がある貴族との繋がりを得るために開いた会だ。

 招待客の全てと挨拶し、それなりに話す必要がある。

 しかし踏み込み過ぎてはいけない。

 この先交流を深めていくとしても、今日が初対面の方も多い。

 あくまでも店のオーナーのスタンスで、馴れ馴れしくならないようにしつつ、〈好感を持ってもらう〉ための対応は、かなり気疲れする仕事だった。


 来客の全てと会話するのは、ドナートから指示された動きでもある。

 全員と話すきっかけになる何かを準備する必要があり、考え出したのがフォーチュンクッキーだった。

 こういう会でお土産を用意すること自体は普通だが、それに福引きの要素を入れれば、引いてもらうため全員に話しかけられる。

 客相手のオーナーとしてなら不自然さはないと、ドナートからもお墨付きが出たため、デルフィーナはフォーチュンクッキーの採用を決めた。


 チョコレートを使ったクッキーの種類として考えた中に、ラングドシャがあった。

 だが見栄えの意味では、チョコレートのラングドシャはそれほどインパクトがない。

 そのうちミルクチョコレートを挟んだり、チョコレートのラングドシャにホワイトチョコを挟んだりしたものを出したいが、時期尚早と判断した。

 そんな時に浮かんだのがフォーチュンクッキーだったのだ。

 お菓子で抽選要素、と考えた時にすっとフォーチュンクッキーが浮かんだのは、ラングドシャについて考えていたからかもしれない。


 フォーチュンクッキーは元々、日本の辻占煎餅がルーツといわれている。

 日本で生まれたが、アメリカで中華系のレストランが採用したことから広まり、アメリカンなお菓子の印象が強いが、元は日本のものである。


 辻占煎餅はしっかり固めの甘めの生地だ。

 色や味わいは瓦煎餅が近いかもしれない。

 瓦煎餅より薄く、ラングドシャと同じように、焼き上がりの熱いうちに形を変えるのだ。

 辻占煎餅と似たもので、中におもちゃの入った、からからせんべいというものもある。

 こちらは三角形に包む形で、真ん中に空間を作って、そこへごく小さなおもちゃを入れるのだ。

 過去世、フェーヴの入ったガレット・デ・ロアを知った時、お菓子におもちゃを入れるのは万国共通なのかと思ったものだ。






お読みいただきありがとうございます。

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引き続きお楽しみいただければと思います。

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