161 チョコレートのお披露目会2
ジェラルディーナ・レーア・ヴォルテッラは、館で食べたのとはまた違う味わいのチョコレートを楽しみながら、店内をくるくる動く小さな姿を眺めていた。
今日のジェラルディーナはお忍びだ。
公式な身分は秘密にして、こっそりこのカフェテリア・コフィアの新作披露会へ参加していた。
普段の店を知らないため、どう違っているかは分からないものの、集まった面子はなかなかなものだと感心する。
男爵子爵もチラホラいる中に、伯爵家の当主がいる。当然その夫人もおり、他の伯爵家の令嬢もいれば、なんと魔法伯までいた。
以前聞いた話では、商人、富豪といえる平民も多く利用しているとあったから、今日あまり見かけないのは日を分けたか、貴族に対する配慮か。
エスポスティ家の持つ商会ゆえ、もっと別の目的もありそうだが、建前はきちんと成っていた。
いつもは領地にいる父が、王都に用があるというため入れ替わりでジェラルディーナが領地へ赴いている間、父は何やらおもしろいものを見つけたらしい。
王都に残した側仕えから手紙が届き、夫に後を託して急いで王都へ戻ったのは少し前のことだ。
あと一歩遅ければ会えなかった、そのおもしろいもの――人だったのでおもしろい人物だが――は、今、にこやかな仕事用の顔で、次々かかる声に抜かりなく返答をしている。
ジェラルディーナは、父宛に届いた招待状には不参加と返答したのを知っていたが、お披露目会には興味があったため、招待状を持っていた同派閥の伯爵夫人へ声をかけて、同行者として潜り込んだ。
ジェラルディーナの顔を知っている相手には驚かれても、そっと微笑めば、皆気づかなかったていで軽く礼をすると離れていく。
中には、コフィアの良さを語っていく強心臓の者もいた。
レモンの皮を砂糖漬けにして乾燥したものをチョコレートで包んだシトロネットという菓子を摘まみ、紅茶を飲む。
チョコレートのビターな風味と、爽やかなレモンの香りを紅茶が包み込んで、なんともいえない心地になる。
アーモンドチョコレートを食べれば、カリッとした食感と、少し甘めのチョコレートが、こちらもいいコントラストとなっていた。
チョコレート自体を食べるのもいいが、こういうアレンジがジェラルディーナは好みに合っていた。
これなら館でも作れそうだ。帰ったら早速料理人に作らせよう。
そう考えるジェラルディーナの、テーブルを挟んだ向かいでは、皿を手にした魔法伯がじっくりとクッキーを味わっている。
先ほどジェラルディーナも食べたが、サクッとした歯ごたえのクッキーは、今までにない香りでほんのり苦みを感じさせ、これまた違う味わいだった。
チョコレートが入るだけでこうも変わるのかとおもしろい。
それをクッキー好きの魔法伯も噛みしめているのだろう。
そんな彼の隣には、これまた甘味好きで有名な伯爵夫妻がいて、小声ながら感動を言い合っていた。
「ごきげんよう、ヴォルテッラ様」
ウィッカーの小ぶりな籠を手にしたデルフィーナが陰りのない笑顔で声をかけてくる。
パーティーなら下の身分から声をかけるのは御法度だが、この場は新作披露会。店のオーナーが客のご機嫌伺いに声をかけるのはマナー違反にはあたらない。
「ごきげんよう、デルフィーナ。今日はお忍びだから、名の方で呼んでちょうだい」
パチリとウインクすれば、一瞬面食らった表情になったものの、すぐに頷く。
「ではジェラルディーナ様。よろしければこちらの中からひとつ、お選びくださいませ」
差し出された籠を覗けば、中には、薄いつるつるした紙で包まれたものがいくつも入っていた。
「これは?」
「フォーチュンクッキーですわ。割れやすいのでお気をつけてお取りください。クッキーの中にメッセージカードが入っていて、くじになっております」
「まぁ、クッキーの中に?」
先ほど食べたクッキーからは想像もつかないことを言われ、ジェラルディーナは瞠った目をパチリと瞬く。
「いつもお召し上がりいただいているのとは、違うタイプのクッキーなのです。ご覧いただければ分かりますわ」
ほんのりイタズラめいた眼差しで、デルフィーナは包みを開けるよう促す。
「では、これを」
ひとつ選んで摘まみ上げたジェラルディーナは、両端を捻ってある包みを開けた。
そこには、くにゃりと膨らみつつも歪んだ、元は円形だったのを折り曲げたとおぼしき、なんとも不思議な形になったクッキーが入っていた。
中が空洞になっていそうな形の、その端から、僅かに細い紙が顔を覗かせている。
「クッキーを割ると中のメッセージカードが読めます。等級に合わせたプレゼントをご用意しておりますので、お帰りの際に一階ショーケースのところでカードをお見せくださいませ」
「あら。それでくじなのね」
「児戯ですが、簡単な占いにもなっております。よろしければご笑味ください」
微笑んだ少女は、どうぞお楽しみくださいませ、と一礼すると、他の客へと向かっていく。
長々と話し込んで客の時間を奪わない配慮は、“お忍び”のジェラルディーナには好感が持てる。
見ていると、逆に、チョコレートにあまり手を出していなかったり、ティーカップが空になっている客には、話を聞いたり追加を淹れたりと、まめまめしく対応している。
子ネズミかリスのようだわ、とジェラルディーナはおもしろく観察を続けた。
ゆったりとティーカップを傾けたジェラルディーナは、デルフィーナから目を離して室内へと視線を巡らせる。
途端、こんなところで見かけてはいけない人物と目が合ってしまい、危うく茶を吹き出すところだった。
なぜこのような場に?! と驚愕したが、何故もなにもない。
理由などひとつしか思い当たらない。
だからこそ、ここにいてはいけないのでは、と頭が痛くなる。
ジェラルディーナのお忍びなど目ではない。お側付きがとなりにいるのがかろうじて救いだが、しかし。
あの方のお顔を見て対応する店の人間がいないのは何故なのか。
せめて一人、付かず離れず見守る姿勢の者がいてもいいはずなのに、と考えて、ジェラルディーナは腑に落ちた。
エスポスティ子爵は、今日はデルフィーナの顔を売るための会だからか、主役を食わないよう来場していないらしい。
バックヤードにいる可能性はあるが、おそらくこの場は弟のロイスフィーナ商会長に任せてある。
拝謁の栄に浴しているのは子爵だけで、他のエスポスティ家の人間は、かの方の顔を知らないのだ。
「だから、いらしたのね……」
得心して小さく独り言ちたジェラルディーナの言葉が消えるのと、問題のその方が彼女の前に立ったのは同時だった。
にこりと笑みの表情をつくる紳士に、ジェラルディーナは微かに膝を曲げて頭を垂れる。
密やかな挨拶は現状の理解を伝えるものだ。
ジェラルディーナの反応に満足した相手は、僅かに笑みの種類を変えた。
「やあ、今日はご夫君は?」
「領地に置いてきましたわ」
あっさり告げたジェラルディーナの言葉に、おやおやと紳士はわざとらしく目を瞠る。
「水をあけられてもいいのかい?」
「今日は来て良かったと、今、心から思いましたわ」
領地で過ごす以上に得られるものがあったと、ジェラルディーナは品よく口角をあげる。
まさかこんなところで、お忍びのこの方に遭遇するとは。
何を考えているのか深層までは読めないが、彼の興味を引くものがここにあると把握できただけでもかなり大きい。
そう言外に告げると、紳士は屈託なく笑った。
「はは、それは良かった」
ジェラルディーナはヴォルテッラ家の家督相続において、後継の座を入婿の夫と競っている。
他家との政略よりも、派閥内の統制や秩序を正す方へ注力している今のヴォルテッラ家は、総領娘であるジェラルディーナの夫を家門の中から選んだ。
血が濃くなりすぎないよう配慮はあるが、今代限りなら問題ないと、血筋に拘らず、分家の中から優秀な男を選んだのだ。
その夫が公爵を継ぐか、ジェルヴァジオの娘で直系のジェラルディーナを公爵に据えるか。家内が割れないよう、どちらかに肩入れするなと現公爵の下知があった上で、夫婦で切磋琢磨しているのが現状だ。
夫婦間では、どちらが継いでも立場に変わりはないと話しているので、夫婦仲は悪くない。背中を預けられる関係を築いている。
他家にはあまり知られていないものの、秘密ではないため、この方はヴォルテッラ家の内情を把握している。
だから、領地を夫に任せてきた、というジェラルディーナをからかったのだ。
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