160 チョコレートのお披露目会
チョコレートコーティングした、パウンドケーキ。
ざく切りのチョコレートが混ぜ込まれた、刻みチョコクッキー。
ココアパウダーで全体が色づいた、ココアクッキー。
バニラクッキーと合わせて、市松模様や渦巻き模様にしたアイスボックスクッキー。
シトロネットにオランジェットの他、クランベリーやアプリコットなどのドライフルーツ、アーモンドやクルミなどのナッツをチョコレートコーティングしたもの。
チョコレートムースに、フォレノワール。
試食を経て商品化を決めた色々が並ぶ様に、デルフィーナはほぅっと息を吐いた。
今日のカフェテリア・コフィアは特別仕様だ。
通常の営業はお休みして、お得意様――主に高貴なるお客様をお招きした、新作披露会となっている。
お披露目するのはチョコレートだ。
過日、イルミナートを通じてパスクウィーニ家へチョコレートの贈呈をした。
贈ったのは、板チョコレート、ガトーショコラ、チョコレートマカロンとそのレシピ、に加えてマカロンラスクのレシピを添えた。
マカロンの失敗作を生かせるお菓子だ。これは多分、侯爵家の料理人に喜ばれるはず、と思って追加したレシピだ。
節約にもなる失敗作を生かす菓子は、料理人はもちろん家財を預かる家令にも喜ばれることだろう。
先んじてヴォルテッラ家へチョコレートを贈ってしまったため、複数を贈ることでバランスを取った形だ。
そんな侯爵家からは丁寧な御礼の手紙がアロイスとデルフィーナそれぞれへ届き、同時に、もっと食べたいとの迂遠なる要望をいただいたため、チョコレートの販売をスタートさせることを決めた。
エスポスティ家に稀人がいると公爵閣下にバレて戦々恐々としていたところから一変、彼の態度から得られそうだと判断して、庇護をもらうことを決めたドナート達エスポスティの三兄弟は、パスクウィーニ家とヴォルテッラ家だけではまだ偏りがあると、“エスポスティ家らしく”広く色んな貴族家への伝手をロイスフィーナ商会に持たせることにした。
画譜の献上で王家の後ろ盾と、他諸々の功績で男爵位を狙う立場のデルフィーナは、足場固めが足りていない。
たぐいまれなる品を献上したから、画期的商品を社会へ流通させたから、とて、爵位はぽんと取れるものではない。事前の下準備、根回しが必要となる。
宮廷の各所からの声、支持や支援がなければ、手が届かずに終わる。
専制君主制であるバルビエリで王家の力はそれなりに大きいが、絶対的なわけではない。
布かれた法には王族も従わねばならない。
中央集権化された国家体制を動かしているのは、主に宮廷の文官、卿相達だ。
議会制には遠いが、国王一人あるいは王家のみに権力が集中することなく、むしろ摂関政治のように、貴族達が主立って政治をおこなっていた。
それが良いか悪いかは別として、現状のバルビエリで新たに地位を得るのなら、宮廷を動かす者達の支持は必須ということだ。
では、どうやってその支持を得るか。
文具の充実を図るだけでは、中級以下の官吏の好感は勝ち取れても、高官である卿相の心までは掴めない。
そこで考えたのが、アマデイ侯爵の庇護を得られる可能性として考えていたこと――カカワトルの活用だった。
政治的駆け引き、家族との関係、領地経営、それぞれ理由は違っても、なんらかのストレスを抱えているのが立場ある紳士達である。
彼らの中には、カカワトルを服用する者、口に合わず諦めた者がそれなりにいる。
そんな彼らへ“心の癒やし”となり“健康に寄与する”美味なる食べものがあると教えれば――さてどうなるか。
チョコレートはカカワトルである、という事実と共に周知し売り込めば、疲れた貴族達、元気のほしい貴族達の興味を引くこと請け合いだ。
食べてしまえばもう、チョコレートに魅了されるばかり。
口に合わないケースもあるだろうが、大多数の心を掴めればそれでいいのだ。
売り出し始めれば一気に人気商品となることが予測できたため、空き時間はひたすらチョコレートをコフィアのスタッフに作ってもらっていたが、当面なんとかなりそうな量は確保できた。
後は購入制限をしつつ、販売数を決めて毎日作っていけば、原材料のカカワトルがなくならない限り保てる計算だ。
ドナート達の目論見と、デルフィーナの心算が重なった結果。
チョコレートはコフィアで貴族へ向けて大々的にお披露目会をすることとなった。
「これだけ並ぶと壮観ですね」
チョコレートを目前に、零すように呟いたのは隣に立つリベリオだ。
その感想へデルフィーナは無言で頷いた。
今日のお披露目会は、普段コフィアでの飲食をされない高位の貴婦人へも招待状を送っている。使用人がテイクアウトを買って帰るのが基本の貴族家方々だ。
その中には、イルミナートの母である侯爵夫人や、姉である公爵夫人もいる。
派閥に関係なく、コフィアの利用頻度や購入額の高い方を招待しているため、上手く客さばきができないと客同士の衝突が起きる可能性は否めない。
招待客の関係性へ配慮をするか、とも考えたが、そうするとドナート達の望むようなあらゆる派閥の貴族家へとの繋がりは持てなくなる。
空気感が悪くなる懸念も飲み込んでの、広い招待となった。
その点で、給仕長を務めるリベリオの責務は重大だ。
だがそんな責任など重しにならないのか、リベリオは若草色の瞳を輝かせながら、菓子の数々を眺めている。
試食で散々味わっているから、並ぶ菓子の美味しさを熟知している彼は、今日もはりきってお客様へ説明をしてくれるだろう。
心強いと思いながら、デルフィーナは改めて室内を見渡した。
今二人がいるのは、コフィアの二階である。
一階は一階で、二階は二階で完結できるよう、さりげなく場を分けられるよう、せめてもの配慮をした。
一階は出入りが激しくなると予想されるので、高位貴族の方々は二階へ誘導する方向だ。
テーブルは撤去し、個室もオープンにして、一部の壁際に休憩用の椅子を置いた以外は、自由に動いて歓談できるようにした。
立食式のパーティーとほぼ同じ状態でセッティングをした二階は、大テーブルにいつもは飾ってある花瓶を撤去して、ガラス製のクロッシュを被せた皿を並べた。
楕円形のテーブルに沿った並びのため、半円を皿の白とチョコレートのブラウン、ガラスの輝きが彩っている。
「デルフィーナ。そろそろ時間だよ」
一階の最終チェックを任せていたアロイスが、階段から顔を出して声をかけてくる。
「はぁい!」
元気よく返事をしたデルフィーナと、アイコンタクトに頷いたリベリオは、アロイスの背を追いかけて一階へと降りた。
一階にはスタッフが勢揃いしていた。
皆、気合いが入っている。
連日作り続けたチョコレートを、ようやく売り出せる。やっと、お客様の反応を見られるのだ。
緊張、不安、喜び、高揚、それぞれの表情を見ながらデルフィーナは、店の外に響く鐘の音を聞く。
「コフィア、オープンします!」
「はい!」
デルフィーナの号令に、リーノが静かにコフィアのドアを開いた。
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