159 シリンダー式試作品の完成2
アデリーナがつくことで、デルフィーナの身の安全はかなり図れるようになった。
心理的負担の面でもかなり大きかったので、本来ならもっと早くに何かを贈るべきだったのだが。
デルフィーナの作るあれこれは庶民向き――使用人向きなものが多く、文具はやはり閣下よりもその部下が使うようなもので、日用品は御礼としての贈答品にはならないことから、「何を贈ろうか」でかなり悩んで時間が経ってしまったのだ。
チェルソから送られた植物も考えたが、苗はひとつずつなこともあり、手放しがたい。
公爵家のオランジュリーに相応しい植物という意味では薔薇ぐらいしかなく、しかし薔薇は図譜の製作に必要で贈れず。
そんなところにあがってきたオルゴールに、これだ! となってしまったのだ。
「全然考えていませんでした……」
(え、どうしよう?)
惚けつつ返事をしたデルフィーナは、どうすべきなのか逡巡する。
庇護をもらうことが確定しており、数の少ない女性騎士をつけてくれた閣下には、絶対に御礼の気持ちを伝えなければならない。
それは目に見える形で差し上げる必要があり、その品は閣下に相応しい「特別」でなければならない。
チョコレートは権利を渡せないし、イルミナートのパスクウィーニ家へも贈る予定であり、販売もするため、お礼にはならない。
ハンバーグとバーチ・ディ・ダーマは滞在費代わりだったし、そうなると料理のレシピでは完全に不足する。
もしオルゴールを贈らないのなら、他に思いつくものがないのだ。
既に時期を逸しそうな日数が経っているため、デルフィーナは焦っていた。
「多分、これを閣下へ贈ったら、どうしてこういったものがあるのに献上しない? って仰せになるよ」
「…………」
すごく言われそうだ。
抜けてるな、と嗤う姿が目に浮かぶ。
「でも、他に思いつくものがなくて……」
笑われても、オルゴールを贈っておくべきではないか。
植物細密画の図譜を献上しても、王家から庇護をもらえると確定しているわけではないのだ。
もしもらえなければ、アバティーノ公爵が最上の庇護者となるわけで。その彼には、下手なものは贈れない。
確実に庇護者である相手へ尽くす方がいいのではないかとデルフィーナは考えた。
それをアロイスに伝えると、しょうがないな、といった様子で苦笑する。
「なら贈るオルゴールは、バルビエリで普遍的に知られている曲にしたらいいよ」
「普遍的な曲、ですか」
「うん。よく演奏される宮廷音楽とか。むかーし街中で吟遊詩人が歌って流行った曲とかだねぇ」
叙情詩に宮廷音楽家が曲をつけたものや、近年発表の歌劇の曲、各貴族家での催しや宮廷のサロンで演奏される楽曲は、権利が絡んでくる。
昔の、誰が作ったのかも分からない曲ならば、どこからかくちばしを突っ込まれる心配がない。
「閣下が、王家にも献上するよう仰ったら、その時は新しい曲で作れば差をつけられるでしょ」
曲から新たに作りました、となれば面目も立つ、というわけだ。
うんうんと頷きながら、デルフィーナはホッと息を吐いた。
想定外の指摘に動揺したが、解決策もアロイスが授けてくれたので、なんとか乗り切れそうで胸をなで下ろす。
アベーレが早々にゼンマイ仕様のシリンダー式を作れたら、そちらを王家に献上することでも差をつけられると思うが、いつ完成するかは不明。
間に合わないことも考慮すれば、現時点で差をつけられるようにしておくのが無難である。
試作のオルゴールは当分封印しなければならないが、些事だ。
アベーレへ、渡してあるもう一曲の楽譜ではまだオルゴールを作らないよう指示を出さねば。
明日朝一で届けてもらうことにして、デルフィーナは急いで手紙をしたためる。
その様子を見ながら、デルフィーナにバレないよう、アロイスは静かに嘆息していた。
その日の夜。
エスポスティの三兄弟は、アロイスが預かってきたソレを目の前にして、三者三様の呆れを表していた。
「それで? 今度は音楽か」
「多才だな」
暖炉前に置かれた一人掛けのチェアに背を預け、カルミネが額に指先を当てる。
「才能ではなく、記憶力でしょう」
「ああ、覚えているものを引っ張り出して使っているのだからそうなるか」
過去世を記憶しているデルフィーナは、現世で使えそうなものを再現しているにすぎない。
とはいえ、明確に詳細を覚えているのはこれもまたひとつの才能だ。
デルフィーナの本来的な能力は、過去世でフォトグラフィックメモリー、カメラアイなどと言われる能力で記憶していたあれこれを、“デルフィーナの身体で”同じように思い出せることだ。
思考する、記憶する脳は、当然引き継がれていないのに、それを思い出せることが“稀人”としての特殊性なのだ。
デルフィーナ自身はフォトグラフィックメモリーを身につけていないが、ある程度トレーニングできる能力のため、今後は分からない。
音楽のように耳で聞いた記憶は曖昧なのだが、楽譜を見ていれば覚えている。
“過去世で見た全ての記憶”を思い出せるわけではないため、穴も多い。
だから楽譜でも、習ったはずの曲を忘れていたり、たった一度一ページ見ただけの曲が記憶されていたりして、使えたり使えなかったりするのだが。
デルフィーナはそんな記憶を上手く役立てていた。
その使い方が現世の才能なのだろう。
商人的思考と同じである。
デルフィーナから話を聞いていたアロイスは、姪っ子の本当の才能を把握していた。
「オルゴールといったか」
ハンドルを回して奏でたり、ひっくり返したりしつつ、ドナートは手の中の試作品を矯めつ眇めつする。
「見事な細工だな」
「はい。ある程度の大きさで作ったとデルフィーナは言っていましたが、職人はここまで作り上げるのに苦労したでしょうねぇ」
「アベーレは元々秤なんかの正確性が求められる品を作っていましたから。彼でなければ」
「もう少し大雑把なものになっていたか?」
「それか、上手く動かず諦めたでしょうな」
ピンの長さ、回転する軸の経、櫛歯の幅と間隔。どれひとつとっても、噛み合わなければ動かないし、綺麗な音色にはならない。接触が強すぎてまがる等の不具合が出たはずだ。
デルフィーナ曰く、本来時計職人の繊細な技が必要だった品である。
事実アベーレは、帝国の時計職人の元へ弟子入りさせようかとカルミネが考えていたほどだった。
その前にデルフィーナが稀人として覚醒し、仕事が忙しくなって話は立ち消えとなったが。
アベーレ自身は、他国へ行くのには尻込みしていたようだったので、オルゴールという“新たな機械仕掛け”に出会って幸運なのかもしれない。
そのうちデルフィーナの目を盗んで彼の意思確認をしておこうとカルミネは考えていた。
「シリンダー式というタイプの、手回しがこれだそうです。ゼンマイ仕掛けにすれば自動演奏も可能だとか。それはアベーレに伝えてあるので、完成を期待していましたねぇ。
しかしデルフィーナは、“ディスク式”という、これとは違う仕組みのものを本当は作りたいようですよ」
「これとは違う仕組みか」
「そちらは、ディスクの入れ替えをすれば何曲も同じ箱で奏でられるとか」
「……自動演奏だけでも驚きなのだが?」
「その何曲も演奏できるものを、カフェテリアに設置したかったんだそうです」
アロイスの苦笑交じりの言葉に、ドナートとカルミネは呆れを隠さず揃って首を振った。
どうしてそんなものを設置したいのか、とアロイスが問えば、「カフェにはバックグラウンドミュージックがつきものです!」とデルフィーナは拳を握っていた。
空間の雰囲気作りや、リラックスを促すだけでなく、他の客のしゃべり声も紛らわせる効果があるのだとか。
小さい音で邪魔にならないよう流せるのが理想だが、楽士を雇って一日中演奏させるのは無理があるから、代わりになるものがほしかったのだそうだ。
オルゴールなら給仕の一人が回せば済むし、忙しければ一時だけ奏でて客を楽しませる形でもいい。
ゼンマイの自動演奏なら、つきっきりになる必要もないと。
「そのディスク式は、すぐに完成しそうか?」
アベーレはデルフィーナから説明を受けているのか。実作はいつになりそうか。
それを問うドナートにアロイスは首を振る。
「今日はアベーレと顔を合わせていません。近いうちに訪ねて諸々確認するつもりです」
「ディスク式が完成したらどうなさるおつもりで?」
ドナートの気にするところはどこなのか、とカルミネが疑問を浮かべれば。
「公爵閣下にシリンダー式を贈るなら、それを上回るオルゴールを陛下へ献上せねばなるまい」
「なるほど。差はつけるべきですな」
自動演奏の方でも十分差にはなるが、王家からの好印象を獲得したいのならば、見た目からして全く違うタイプの品を献上する方が賢明。
ディスク式の方が優れているらしいので、理にかなう。
アベーレを焚き付けて、ディスク式の施策を急がせるか。
そう悩んだ二人へ、アロイスは、あ、と声を上げた。
「閣下がすぐにも贈るよう仰った場合に備えて、曲で差をつけるよう、デルフィーナには言ってあります」
けろっと口にしたアロイスへ、兄達は顔を向けた。
「曲で?」
「はい。このオルゴールの曲は、デルフィーナのオリジナルです」
「そういえば聴いたことのない曲だったな」
手の中にあったオルゴールを再び回して聴きながら、ドナートは改めて曲を認識する。
「閣下へ贈るオルゴールは、バルビエリの曲にするか」
「はい。自動演奏のものもディスク式も間に合わなかった場合は、僅かですが差はつけられるかと」
作曲からしました、とすれば、他にない逸品といえる。
ゼンマイ式のものが間に合えばそちらを献上すればいい。それも、デルフィーナの曲にしておけば間違いない。
「閣下へは、王家への献上を終えてから自動演奏をお贈りすれば角も立たないか」
「はい」
「ではその順で準備いたしましょう」
オルゴールの贈り先と内容を決めた三人は、一先ず道筋をつけてほっとする。
活発なデルフィーナのアレコレは、オルゴールに留まらない。
急ぎではない他の品についても語らいつつ、三兄弟はワインの杯を重ねていった。
お読みいただきありがとうございます。
3巻の発売が7月10日に決まりました。本日より予約受付開始しております!
1巻2巻と同じくかなり改稿&加筆をしております。
(今回は加筆が多いかも)
web連載版よりも読み応えがあると思いますので、
書籍の方もお読みいただけますと大変嬉しいです。
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