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158 シリンダー式試作品の完成




 アベーレが訪ねてきたのは、そんなおりだった。

 アベーレは、細かい作業、正確さを求められる作業が得意な鍛冶職人だ。

 預けていた図案で試作をしていたオルゴールの、一番良い音色を出す金属の割り出しが終わったのだ。

 デルフィーナの作業部屋で、二人で音色の確認をする。

 壁際に控えているエレナとアデリーナも、耳を澄ましていた。


「うん、音の響きが違うわね」


 アベーレが持ってきた四つのオルゴール、どれも同じ曲で作ったそれを、ひとしきり回して聴いてから、デルフィーナはその中の一つを改めて手に取った。


「はい、やはり一番良いのはアブリコフェルムだと思います」


 琥銀とも呼ばれるその金属は、オレンジがかった銀色だ。

 しなやかに跳ねるため、櫛歯部分の素材として一番綺麗な音を奏でた。

 他の金属と比べても、特段高いわけではない。バルビエリ内で産出でき、希少ではないため、この先たくさん使うことになっても大丈夫だ。


 ちなみに試作オルゴールの大きさはそこそこのサイズにしてある。

 過去世で、オルゴールはかなり小さいものもあったが、音の響きがあまり好ましくなかった。

 余韻が伸びて音の美しさを楽しめるのは、本体の大きさがある程度あるものだった。

 ミュージアム等にある大型のものほど音色が美しかったのは、整備されていたのもあるだろうが、本体、筐体、材質、諸々合わさってのことだ。

 手のひらサイズのオルゴールや、小物入れになっているオルゴールは、本体が小さい分、音色は今一つだった。

 そのためデルフィーナは、はじめからオルゴールのサイズを、アベーレの手のひら大で作らせていた。

 細かいものを作るのが得意な彼には十分な大きさで、持ち運びしやすく、音色も美しく響くであろうサイズだ。


 オルゴールの試しとして使った曲は、デルフィーナが過去世の記憶から引っ張り出した曲だ。

 とあるクラシックの名曲で、オルゴールにもなっていたもの。

 合唱曲にもなっていたから、歌ってもよし、聴いてよしの作品だ。

 デルフィーナが鼻歌を歌ってエレナと楽譜に起こしたものを、音楽の授業時、アレッシア女史に合っているか確認してもらった。

 それをさらに、オルゴール用にアレンジしてアベーレに渡していた。


 アベーレが一番苦労したのは多分、楽譜に合わせピンの位置を正しく配置することだったと思う。前例のないものを一から作るのは、かなり難儀したはずだ。

 一度作ってしまえば、他の金属で再現するのは苦ではなかったはず。

 そうして同じ曲で四種のオルゴールを作り、音色の違いを聞き比べた結果を、実物を持って報告に来たわけだ。


「金属はアブリコフェルムで決まりね。あとは筐体をどうするか」


 木材ならウォルナットやスプルース、オーク。

 ガラスという手もある。

 金属の箱は響きはいいが、本体の大きさを考えると重くなるので候補から外した。

 ピアノやバイオリンと同じに考えるなら、スプルースがいいだろうか。

 チェンバロはあるがピアノはまだないバルビエリだ。しかし使われる木材として良質とされているのはスプルース。

 同じ音を奏でる楽器なら、材質も良いとされているものを使った方が受け入れられやすいか。


「スプルース材で箱を作って、どの厚さがいいか、これも比較検討しましょう」


 箱作りは寸法を指定して木材職人に頼めばいい。

 オルゴールの大きさに合わせて指定すればいいだけだ。


 箱ができあがってからまた聞き比べる約束をして、アベーレは帰って行った。

 箱の仕上がりまでに、もう一曲か二曲、別のオルゴールを作ってみると意欲を見せていた。

 楽譜は二曲しか渡していないから、他はアベーレが適当にバルビエリで有名な曲、楽譜が手に入りやすい曲をピックアップするはずだ。


 楽しみにしつつ、置いていかれた試作品をゆっくり回して、デルフィーナは久々のオルゴールに耳を傾けた。




 その日の夕方のことだ。

 コフィアとクリオズィータ(雑貨店)を回ってから帰ってきたアロイスへ、デルフィーナはお茶をしつつオルゴールの進捗を報告したのだが。

 アバティーノ公爵閣下に贈ろうと思っている、と話したところで実物を見たいと言われ、工房へ移動してからが大変だった。


 一番良い音色のアブリコフェルム製のオルゴールをエレナに回してもらう。

 ハンドルを一定の速度で回すだけなので、誰にでもできる。

 適した速度を、アベーレと共に確認した時に覚えたエレナは、デルフィーナより上手く動かしていた。

 一曲が終わるまでじっとそれを見つめて聞き入っていたアロイスは、エレナが手を止めたところで大きく嘆息した。


「これを、公爵閣下へお贈りする、ねぇ……」

 意味深に笑ったアロイスは、呆れを隠さずに小さく首を振ってから、デルフィーナに向き直った。


「ねぇデルフィーナ、なんでこれを献上品にしないの?」

「え?」


 琥珀色の瞳は、驚きを通り過ぎたように苦味すら浮かべている。


「これ、十分に献上品たりえるよねぇ」

「えぇ……?」


 まったく考えていなかった。

 デルフィーナは衝撃で言葉を失う。


 だが言われてみれば、オルゴールだってかなり画期的なものだ。

 過去世では十八世紀に時計職人が作ったのが始まりとされている。機械式時計すらまだないバルビエリには当然影も形もない。

 時計はどうやら帝国にはあるらしいのだが、帝国の興亡に影響を受けてしまって、できてすぐには広まらなかったらしい。

 存在するらしいことはエスポスティ商会の貿易部門から聞いている。

 職人が限られるらしく、時計すらも一部の人間しか手にできない状況で、目一杯忙しい職人が新たな“機械仕掛け”の品を発明できるとは思えない。


(オルゴールって確か、時計とはジャンルが違うけど、元々は時刻を知らせる鐘を機械式にする目的で作られた――んだっけ?)


 うろ覚えだが。

 決まった時刻に鐘を鳴らすのを人力でするより、機械にさせた方が“忘れる”ことがなくていいのかもしれない。

 機械の狂いがなければ、人力よりアクシデントは少なくて済む。

 そんな目的で作られたのだったか。

 単調な鐘から音楽の世界へ移行したのは、音を楽しむゆとりが社会に生まれたからだろうが。

 そういったことを考え合わせると、確かにオルゴールは十分以上にデルフィーナの考える献上品に適している。



 何故これを王家への贈り物と位置づけなかったのか。

 アロイスはそう呆れたし、デルフィーナは指摘されてから気づいた抜けっぷりだった。


「全然、考えてなかったんだねぇ?」


 苦笑するアロイスに、デルフィーナの眉尻もへにょりと下がる。


 元々、いずれディスク式のオルゴールを作って、コフィアに設置したいと思ったところから始まったのだ。

 ディスク式をいきなり作るよりも、一曲ずつのシリンダー式をまず作って、デルフィーナが何を作ろうとしているのかを職人に理解してほしかった。

 手回しのシリンダー式ができたら、ゼンマイ式のものに挑戦してもらい、仕組みができあがってからディスク式へ、と考えていた。

 一曲ずつのオルゴールでも、何曲分か作れば、シリンダー式でも足りるから、ディスク式の完成まではそちらでお客様を楽しませるつもりでいたのだ。


 だから公爵閣下への礼をなんにしようか悩んでいたタイミングでできあがってきたのもあり、贈り物にしようと、単純に考えただけだった。






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