アデリーナ
アレンジがいくらでも効く料理なら、作り手によって変わるからレシピ提供をしても問題にならないはず。
食後のお茶をいただきながらつらつらと考えていたデルフィーナは、デザートを食べ終えた公爵閣下からの視線を感じて顔を上げた。
(なに?)
気付かないうちに観察されていたようで少し座り心地が悪い。
デルフィーナは麦茶の入ったティーカップをソーサーへ戻して居住まいを正す。
聞く姿勢になったデルフィーナに、公爵閣下はにやりと笑った。
「明日の朝、そなたに必要なものを届ける。否は言わず受け入れよ」
(は?)
心の声を懸命に押しとどめる。
前置きも何もなしに言われたため、何が届くのか欠片も推察できない。
この屋敷での生活に不便はない。必要なものと言われても思い当たるものがないのだ。
そして、受け取り拒否はできないらしい。
(なにを押しつけられるのなにを!)
相変わらず閣下の考えは分からない。
「……かしこまりました」
目の前で悶々とすることもできず、デルフィーナはなんとか承諾を返す。
初老男性に振り回される少女、の構図に、普通逆じゃない? と思ってしまう。だがきっとこの公爵閣下は人を振り回すことに慣れている。そんな感じがする。
何をくださるのか、なんで今ではなく明日の朝なのか、どうして否を言えないのか、聞きたいことは色々あったが、どうにも突っ込んで聞ける雰囲気ではなく、デルフィーナは諦めて麦茶の続きを飲む。
(明日も一日、ゆっくりお庭見学をするゆとりはなさそうだわ)
どんな明日になるのかちょっぴり頭を悩ませながら、デルフィーナは晩餐を終えたのだった。
翌朝。
いつも通りに朝の支度を終えたデルフィーナは、ミーナの用意してくれた朝食をいただいた後、カリーニの訪問を受けていた。
彼が伴っていたのは。
「お初にお目にかかります、アデリーナ・コレッティと申します」
ビシッとした騎士服に身を固めた、長身の女性だった。
高い位置で一つに縛った長い亜麻色の髪が、頭を下げた拍子に揺れる。馬の尻尾を彷彿とさせる動きだ。
突然現れた女性騎士に戸惑いながらも、デルフィーナは貴族令嬢として丁寧に挨拶を返す。
「デルフィーナ・エスポスティにございます」
二人の簡素な挨拶を見て、カリーニは笑顔のまま頷いた。
「昨夜閣下からお達しがありましたとおり、こちらのコレッティが今後おそばにつくこととなります。ご承知おきください」
「……え?」
自分はまだ寝ぼけているのだろうか。そう疑問に思い、見えないようぎゅっと太股を摘まんだデルフィーナは、痛さを感じてきちんと目覚めていることを確認した。
おそばにつく、とはなんだ。
侍女のように常に傍にいるということか。彼女はどう見ても騎士だから、侍女はない。
つまり護衛ということか。
(昨夜、閣下はなんておっしゃったっけ? ええと、そう――「明日の朝、そなたに必要なものを届ける。否は言わず受け入れよ」)
「閣下のおっしゃった、必要なもの、というのは」
「御身をお守りする存在にございますね」
(えぇぇぇ~!)
叫びたいのを我慢するため咄嗟に口を塞ぐ。
だがデルフィーナの表情から心理は察せられたのだろう、カリーニもミーナも苦笑していた。
もちろん、エレナはデルフィーナと同じで驚きにいっぱいいっぱいである。
「ですが、私はヴォルテッラ家の寄り子でもございませんし、子爵の娘でしかございません。閣下に騎士様をお付けいただけるような身では……」
「それはご承知の上で、コレッティをつけることを閣下はお決めになりました。どうぞご承諾ください」
昨夜も、受け入れるようにと閣下に言われている。
だが何らかの贈り物だと考えていたのに、まさか生きた人だとは思わなかった。
確かにデルフィーナに護衛は必要だ。自分のうっかりっぷりも閣下の指摘で少しは理解したデルフィーナだ。エスポスティ家へ戻ったらドナートに相談して護衛をつけてもらうつもりでいた。
しかしまさか閣下が騎士を寄越すとは、想定外も甚だしい。
騎士というのは一つの身分だ。最下位の爵位と言ってもいい。
その身分ある者を護衛につけられるのは、当然ながら高い地位にある者だ。デルフィーナの立場からすると僭越に思えてしまう。
デルフィーナくらいの地位の者なら、護衛は傭兵、元兵士が妥当。譲って元騎士という程度だ。現役の騎士を、となると、法規的には問題がなくとも障りはありそうな気がする。
臆した様子のデルフィーナに、カリーニは困り顔を見せた。
「コレッティでは不足でしょうか? 令嬢にお付けするなら女性騎士がいいだろうと、選考の上で閣下が選んだ者なのですが、女性騎士ではやはりご不安が……」
「いいえ! コレッティ様に不満など欠片もございませんわ!」
慌ててデルフィーナは否定する。
コレッティ自身に不満などあるわけがない。
不平不服があるのは、騎士を護衛にすることに対してで、これはどなたが来られても同じ話だ。
デルフィーナの返答にカリーニは莞爾として頷いた。
「では、コレッティで問題ございませんね」
しまった、と思っても後の祭り。
“不満がない”と言ってしまったがために、デルフィーナが受け入れたことにされてしまった。
唸りたいのを我慢して、デルフィーナは肩を落とす。
「はい……かしこまりました……」
一連のやりとりを無言で見ていた本人は、気にしていないのか、けろりとしている。表情を保つことも騎士の仕事ではあるが、しかし。
「コレッティ様は、私の護衛をなさること、ご不快ではございませんの?」
「いいえ! 大事なご令嬢の護衛を賜ったこと嬉しく思っております」
ハキハキと答えが返ってきた。
その声音は、驚くほどやる気に満ちている。
「不平のある者をつけても、お守りできませんからね。そこはきちんと閣下も見極めての選択にございます」
微笑んで言葉を添えたカリーニだが、その笑みは影を含んでいる。おそらく、つける騎士を選ぶ段で、何かがあったのだろう。
(こうなったらもう、今日は一緒に過ごしてもらうしかないわ。あとは閣下に直接申し上げよう)
今日も晩餐は共にする予定となっている。
その時に「騎士では過剰だ」とお伝えすればいい。ヴォルテッラ家に滞在の間だけ、という形に改めてもらえば、コレッティに問題があったとはならないはず。
「それでは、コレッティ様。どうぞよろしくお願いいたします」
自分の立場はそれほど高くありませんよ、と示すため、デルフィーナはあえて深々とお辞儀をして見せる。
「はっ! こちらこそ、精一杯務めさせていただきます!」
だがコレッティは気付いているのかいないのか、自身も深く頭を下げたのだった。
今日の予定は、厨房への訪問だ。
空き時間があった場合は収納室へも行くつもりだが、料理長の熱意を思えば、一日拘束される可能性が高い。
デルフィーナとしてもずっと収納室にいるのは飽きるため、今日は息抜きを兼ねて料理を楽しむつもりだ。――実際の調理はさせてもらえないにしても。
エレナにミーナ、コレッティ――本人からの申し出でアデリーナと呼ぶことになった――を連れて、デルフィーナは厨房へと向かう。
この時間なら、朝食を終えて昼食の準備前、割と手すきの時間帯だ。昼食後は晩餐の支度を早めに始める可能性を考えると、午前に行くのが一番厨房への負担が少ない。
この規模のお屋敷ならば料理人も複数いるため、一人二人欠けてもそこまで負担は増えないかもしれないが、念のためだ。
お読みいただきありがとうございます。
8月中になんとか次話を更新できました。
昨年はまるっと8月の更新がなかったので、今年はできてよかったです。
SNS(ページ下部にリンクがあります)でももう少し進捗などをあげていけたらと思っております。
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応援いただけますと幸いです。
8月29日より、年間ハイファンタジー連載中ランキング97位に入れていただいております。
昨年末からたくさんの方にお読みいただけているようで嬉しいです!
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