142 新しい料理
このお屋敷の厨房も、扉はなかった。
出入りが多いから、あっても邪魔になるばかりなのはどこも同じらしい。バルビエリの建築様式の一つなのかもしれない。
「お邪魔いたします」
「あっ、料理長、料理ちょーう!」
デルフィーナが顔を出したことにすぐ気付いた料理人が声を上げて、すぐに料理長が飛んでくる。
「お待ちしておりました!」
「ようこそ厨房へ!」
「楽しみにしておりました!」
料理人達が次々と声をかけてきて、あっという間にデルフィーナは奥へと引き込まれてく。
ミーナはデルフィーナと料理人達の間を取り持つつもりだったようだが、思わぬ歓迎ぶりで追いつけずにいる。
エスポスティ家の料理人達とエスポスティ商会の料理人達、コフィアのスタッフで慣れているデルフィーナは、あっという間に調理場の面々に溶け込んでいく。
ミーナは驚きつつも、下手に手出ししない方がよさそうだと判断して、邪魔にならぬよう隅へと退いた。
エレナはいつものことと、ミーナに合わせて退避する。
立場上離れるわけにいかないアデリーナだけ、デルフィーナに張り付くようにして厨房の真ん中に巻き込まれていた。
「では早速、本日のメインに取りかかりましょう」
にこりと笑ったデルフィーナは、書き出してきたレシピを一人の料理人に渡しつつ、必要な材料を列挙し始めたのだった。
「本日のメインディッシュは、“ハンバーグ”でございます」
給仕がアバティーノ公爵の前へ皿をサーブする。
「ほう」
見慣れない形の料理に、公爵は口角を上げながら目を細めた。
今日の晩餐は何故か公爵閣下と二人だった。
男爵は所用で出かけ、戻るのは夜半になるとかで、晩餐に間に合わなかったらしい。これは晩餐前にミーナが教えてくれた。
新しい料理は是非自分の分も取っておいて欲しいと熱心に料理長に頼んでから出かけたそうだ。
この屋敷のレパートリーに追加されたのだから、この先いくらでも食べられるのだが、やはり貴族、新しい物は早く知りたい、食べたいということか。
タイミング悪くお出かけになってしまって可哀想なの半分、閣下と二人きりの晩餐に緊張するのが半分で、デルフィーナは晩餐に挑んだ。
今日訪れた厨房で、デルフィーナは“ハンバーグ”を伝授した。
最高級の肉をミンチにして、つなぎはなしのタイプと、ありのタイプを教えたのだ。
肉が温まらないようにしながら、塩を入れ粘りが出るよう捏ねる。しかし捏ねすぎてもいけない。
肉を潰さないよう、力を入れて揉まないよう注意する。手の熱で脂が溶け出さないよう、肉が傷まないようにして、味が落ちないように気をつけつつ柔らかい食感になるまで手を加えた。
つなぎ入りの方は、タマネギとパン粉と牛乳を入れた。甘みとコクを出しつつ、肉汁を逃さないようにしつつ、臭み消しをする。
使う肉のレベルによってはつなぎがある方が美味しく仕上がる。
肉百パーセントのハンバーグは、肉のみで勝負となるから、素材の良さを生かせればこちらの方が高級感があって美味しい。
そんなことを語りつつ、料理人達が手作業で――ミンサーがないから当然だが――肉をミンチにするのを見守った。
「これは、つなぎを上手く使えばくず肉でも作れますな」
「ええ。安い肉でも美味しく食べられるのがこの料理のいいところです」
過去世では高級路線の専門店もあったし、安価が売りのレストランでもメニューによくあった。
バンズに挟んで食べるアレンジともなれば、別料理だが、そちらはもっと廉価で提供できる形となっていたように思う。
いずれサンドイッチの別型として大衆向けのテイクアウト専門店を作りたいと考えているため、その辺はここで教えるつもりはないが。
「使用人の食事には肉を変えて作れば、手間はかかるが安上がりってワケだ」
別の料理人も面白そうに笑う。
とはいえミンチにするのが大変なのを思えば、主一家や客人へ振る舞う分を作るだけでいっぱいな気もする。
塊肉があるのなら、焼くだけの方がよほど早い。まかない飯としてハンバーグはまだ難しいだろう。
そんなこんなで作り方を伝えつつ、時々アドバイスを入れつつ、ハンバーグは出来上がった。
赤ワインで焼き煮にし、煮詰まったワインに味を足してソースにしてもらう。
ハンバーグ自体にも下味はしっかりつけた。
ナツメグも入れたが、これはほんの僅かにしてもらった。いつもの量では多すぎる。隠し味でいいのだ。
ごく少量で作り、完成品を食べて納得してもらうのも目的だった。
そうして出来上がったハンバーグが今、公爵閣下の前に供された。
「初めて聞く料理だな。これは、肉か?」
「はい。エスポスティ嬢がお教えくださった料理にございます。牛肉を加工しております」
バルビエリには他の肉もいくつかあるが、デルフィーナが扱ったことのある肉で作らないと味の予測がつかないため、今回は牛にしてもらった。
試行錯誤する時間がなかったからだが、この先ヴォルテッラ家の料理人達が色々試すのは自由。是非ヴォルテッラ家の味を作り出してほしい。
料理のサーブは給仕がしているが、今夜は料理長がすぐそばで解説できるよう控えている。
公爵は丸められて凹凸のある肉を矯めつ眇めつしていた。
「ハンバーグは、二種ご用意いたしました。肉のみのものと、タマネギなどの入ったものです」
そう、メインディッシュには、二つのハンバーグがのっている。
デルフィーナが伝えた両方が供されていた。
作ったハンバーグは、どちらもかなり美味しく出来上がった。
総合的な柔らかさは、つなぎ入りの方があるかもしれない。食べた時の重さも違った。
デルフィーナは肉のみのハンバーグを閣下へ、と考えていたのだが、閣下の年齢を考えるとつなぎ入りの方が喜ばれるのでは? と料理人から意見が上がったのだ。
料理長は肉のみがやはりいいと言い、デルフィーナもそう思ったのだが、“少し軽めで食べやすい”、“肉だけでない複雑な味わい”を推す者が意外と多かった。
どちらを出すか意見が真っ二つに分かれたのだが。
なら両方出して閣下ご自身に選んでもらえばいいのでは? との案を、試食に参加していたアデリーナが出してきた。
身体を動かす仕事の彼女は両方すぐに完食して、どちらも美味い! と言いつつ、つなぎ入りを推していた。いくつでも食べられそうだ! と真顔で唸っていたから、相当好みだったらしい。
初の料理では予測がつかない。
主一家の好みは、食べてもらって意見をいただくしかない。
結果、両方を出すこととなった。
大きいハンバーグを二つは食べきれないため、デルフィーナの分はあらかじめ小さく作ってもらっている。
目の前に出された皿は、ソースと生野菜を使って綺麗に盛り付けされている。さすが公爵家の料理人の仕事、目にも楽しい。
(さて、閣下の反応はいかがかしら?)
そわそわする気分を抑えつつ、デルフィーナは公爵の食べる様子を見守る。
一方の公爵は、ナイフを入れた途端流れる肉汁に感心しつつ、その切りやすさ、柔らかさにも内心驚いていた。
ともするとほろほろ崩れそうなのに、まとまっている。一口大に切って口へ運べば、初めての食感が口に広がった。
ローストした肉とは全く違う舌触りと、鼻に抜ける香り。赤ワインの香りもほどよくマッチしている。
不思議な食べ物だが、美味かった。
細切れ肉を使った料理は今までもあったが、こうしてまとめられたものは寡聞にして知らない。
バルビエリ含め周辺国の貴族が食べる料理にはない。
面白い、と思いつつ公爵は食べ進める。
二つ目のハンバーグは、一つ目より少し軽い。切った時にこぼれる肉汁は少なかったが、逆に噛んだ時にじゅわっと滲み出てきた。
「ふむ」
考えながら咀嚼する様子を見つつ、デルフィーナも出されたものを味わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
久々に飯テロ回となりました。皆様の食欲を刺激できていたら罪深くも嬉しいです。
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