140 そして二点
「ボードゲームだと伝わっていなかったということは、駒の動かし方も不明でしょうか?」
ルール自体が伝わっていない可能性が高い。そう思いテオを見上げると、彼は渋い顔になっていた。
「そうですね。使用用途が不明だったのは、その辺りの不足からだと思われます」
「私の知るルールが正しいか自信がありませんが、それでもよろしければお伝えします?」
「そのルールでゲームは成立しますか?」
「ええ、ボードゲームとして使うことはできます。ただ、東大陸からのお客様相手に指す場合は事前にルール確認が必要かと」
ルールには時代性地域性がある。
過去世にあった将棋も、幾種類かあった。枡目も齣数も違うもの、簡素にしたルールのもの。駒落ちというハンデ戦もあったし、こればかりは対戦時、差し手に確認するしかない。
だが何も知らない人同士が初めて指すならば、デルフィーナが持ち込んだルールで問題なく遊べる。
バルビエリにはチェスに似たゲーム――シャトランジがある。デルフィーナは指したことがないが、以前ルールを聞いた時にほぼチェスだと思った。
そちらを指し慣れている人なら、すぐに馴染むだろう。
「シャトランジに似ていますので、そちらがお好きな方には受け入れていただきやすいゲームかと思います。ゲストのお相手をして楽しませる方がいらっしゃるなら、覚えていただくといいかもしれませんね」
公爵家規模のお屋敷ならば、接客のために色々と技能を身につけている使用人がいるものだ。
対戦型ボードゲームを好む客をもてなすのなら、対する指し手は弱くては務まらない。相手に勝たせるにしろいい勝負をするにしろ、強さが求められる。
ゲームが好きなゲストなら、東大陸伝来のゲームと聞けば、一手打ちたいと考えるだろう。
「閣下がお使いにならずとも、撞球室に飾るだけでも話題になると思いますわ。それでゲームをしてみたいという方がいらしたら、一局お相手を務めればよいのではありません?」
「確かに」
納得できたのか、テオとミーナは頷いていた。
一局で終わるかどうかはゲスト次第だが、そこはデルフィーナの関知するところではない。
「では後ほど、撞球室付きの者にルール説明をお願いできますか?」
「ええ」
これでまた一つ、使えるものを発見だ。
嬉しく思いつつ、デルフィーナは笑顔で応えた。
収納室でのあれこれ含め、デルフィーナの行動はきちんと把握されているらしい。
この日の晩餐では、閣下曰く“娘っ子共”の行いについて筆頭執事のカリーニから謝罪を受けた。
侍女見習いの管理は侍女長の仕事だと思うが、カリーニは屋敷の使用人全体の管理もしているらしく、使用人筆頭としての謝罪だった。
「頭をお上げください。カリーニ様にも侍女長にも責はないと思いますわ。
彼女達の失敗は、正確な情報の把握をせず先入観から相手に対したことだと思いますので、そちらのご指導をいただければ結構です」
デルフィーナの立場からすると〈絡まれた〉と感じてしまう出来事で、本音を言うなら面倒だった。
だがすぐにミーナが駆けつけてきたし、強面の男性陣に慣れている身からすると少女達は全く怖くなく、実害は何もなかった。
もし公爵家の屋敷に来た少女が本当に侍女見習いの新人だったならば、あの三人が行ったことは間違いではないのだ。
ここは身分制社会。身の丈に合わないものを甘受するのは、よろしくないというレベルでなく、自身の首を絞めるものだ。
デルフィーナがもし本当に公爵家の寄り子の娘だったなら、“お優しい閣下”に甘えてつけあがっているのは間違った行動だ。
「どうしてあの幼さでお屋敷へ上がっているのか知らないが、もし年齢を理由に甘やかされて許されていると考えていたなら、認識を正さなければならない」そう考えるのは同じ寄り子の先輩としては至極真っ当。
間違っている後輩を正す、その考え自体は間違いではなく、先輩として三人が新人に苦言を呈するのはもっともなことで、ある意味大事な指導ともいえる。
ただ彼女達は、デルフィーナを寄り子の娘と勘違いし、きちんと情報確認をとらなかったこと、デルフィーナへの相対し方がまずかった。
嫉妬が混ざっていたためにああいうやり方になったのだろうが、そうではなく、理性的に説いて聞かせる形だったなら、そこまで問題にならなかった。
だが彼女達は勘違いをしたまま行動に出てしまった。
そもそもの話、本当に新人の侍女見習いであったならば、それにどう対応するかを決めるのは彼女達ではなく、侍女長だ。
その侍女長の判断を彼女達は無視した形になる。
つまるところ、彼女達は、侍女長ひいては閣下を侮り余計なことをした、という結果だけが残った。
実際にデルフィーナが寄り子の娘であったなら、行動による上司への苦言として、通ったかもしれない。
だがデルフィーナは“客”であり、侍女見習いの新人ではなかった。
だからこそ、カリーニが謝罪をする羽目になっている。
性根はいい娘達であったとしても、仕事の出来で言えば零点どころかマイナス評価だ。
上司の判断に理由があると察することができず、誤解したまま行動するのは、見習いであっても許されない。
許されなければどうなるか。当然、徹底的に指導矯正されるだろう。
それが分かっていたからこそ、デルフィーナは彼女達の行動を見て止めたミーナに何も言わなかった。
彼女達がどう叱られるのか、どんな罰が与えられるのか、その辺りはデルフィーナが首を突っ込むことではないのだから。
ただ一点、軽めの仕返しはしてあげようかと思う。
「わたくし、明日は厨房にて料理長のお相手を務めるお約束なのですけれど、その時にお菓子もいくつか作れればと思っておりますの。
使用人の皆様にもお召し上がりいただければと思っておりましたが、かのお三方の分は、カリーニ様に委ねますわ」
つまり、彼女達に菓子を与えるも没収するも、カリーニの判断でご自由にどうぞ、ということだ。
罰せられる立場の彼女達が、被害者であるデルフィーナのもたらした菓子を口にできるだろうか? ――おそらくカリーニも侍女長も許さないに違いない。
デルフィーナに向かってコフィアの菓子について語った彼女達にとっては、ちょうどいい罰だ。
(お菓子を食べられなかった悔しさのままに、コフィアでお菓子を買ってくれたら私の財布も潤うし、最高ね)
庭の見学時間を削られた仕返しとしては、こんなものだろう。
にこにこと笑うデルフィーナへ了承の返事をしながら、この少女は七歳にして貴族令嬢としてのやり方を心得ている、とカリーニはじめ周りの大人達は感じていた。
残念なことに、デルフィーナの内心は商売につながるガッツリ商人気質な考え方である。だが幸いかはたまた不幸か、少女の腹の内にはその場の誰も気がつくことはなかった。
そんなこんなでこの夜も閣下とシヴォリ男爵と共に晩餐をいただいたデルフィーナは、改善されつつある料理に舌鼓を打って、明日の厨房訪問について考えていた。
(ここまで変わってきたなら、今更料理についてアドバイスってなさそうな気がするわ。ならいっそ、手のかかる新しいメニューの提供をした方が楽かも)
スパイスをふんだんに使うのではなく、手間をかける方向へ誘導するのであれば、ほどほどにスパイスを使った面倒な料理を教えるのが手っ取り早い。
(コフィアでも使えるようにしておきたいし、さて何の料理にしようかな)
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