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ばあちゃんは、自分の親父を恨んでいる。親子で恨みあうなんていう最も虚しい関係を僕の親愛なる人が抱いていた居るなんて。
けれど、僕はばあちゃんにそれを直してって言えない。だって、ばあちゃんが自分の親父のことを、ひいじいちゃんのことを嫌う理由は最もなことなんだから。自分の家族を置いて、しかも子供を身籠った自分の奥さんが居るのにもかかわらず、勝手に自殺したんだもの。それを恨まずにどう思えばいいんだ。しかも、その後、ばあちゃんを産んだ後にひいばあちゃんは死んでしまった。ばあちゃんは生まれて間もないその瞬間に、天涯孤独の身になったんだ。親の声も知らず、親の顔も知らず、親の体温も知らずに一人ぼっちになってしまったんだ、その原因であるひいじいちゃんを恨まずにどうしろっていうんだ。僕も親父が勝手に自殺して、じいちゃんとばあちゃんが突然この世から消えてしまったら、僕は天涯孤独の身だ。そんな境遇に立ったら、僕はまず間違いなく親父を恨む。一人で、辛いことから逃げた自分の親を僕は認められない。
ばあちゃんの強いひいじいちゃんに対する怒りは、しばらく、無意識下に発散される。感情で怒りを示すだけで、ばあちゃんは決して声を荒げたりはしない。ただ、ばあちゃんは、したたかに怒りの情を清々しい夏の朝のにまき散らす。僕も、じいちゃんも、先輩も、それに何も言えることなくジッと口を閉ざすだけだった。
居心地が悪い広い居間に、夏風が吹きこむ。僕と先輩の髪は、それにちらりと揺れる。ばあちゃんの怒りも、家中を回る空気に従って段々と落ち着いてくる。むらむらと湧き立つ怒りは、そっと沈められてゆく。
僕と先輩の髪が、はらりと元の位置に戻るとばあちゃんは普段通りの表情に戻った。けれど、そこには僕らを目の前にして、怒りを表してしまったことに対する後悔が含まれていた。自分を侮るような表情は、僕の心を痛める。僕は、僕を育て上げてくれたこの人の弱々しい表情を見たくない。ばあちゃんには、ずっと歳とそぐわない気丈な表情で居て欲しい。それに、悪いのはばあちゃんじゃなくて、僕の方だ。僕が自分の使命だとかなんとか適当な理由をつけて、自分の考えが及ばないところまで、危うく手を伸ばしたのが全部悪いんだ。
だから、どうか、悲しまないでくれよ。
「清李さん。大丈夫。杏子も、桔梗さんも怖ない。おらと一緒で、少し驚いただけだ。だから、そんな弱った表情をしないでくれ。おらの寿命まで縮まっちまうよ」
じいちゃんは柔らかい言葉を掛けながら、ばあちゃんの背中を擦る。悲しげな表情を浮かべるばあちゃんは、微笑みかけるじいちゃんの言葉が信じられないように僕らを見つめる。
「そうかい?」
そして、ばあちゃんは不安な声を紡いだ。
「ああ、そうだよ。なあ、お二方?」
ばあちゃんの不安を取り除くために、じいちゃんは僕らを見つめた。その表情は、ばあちゃんに向けていたものとは打って変わって、酷く強張った表情だ。だのにもかかわらず、声色は優しい。矛盾する二つが、僕らに否応なしに発さなければならない言葉を訴えかけてくる。いや、訴えかけるというよりも脅しに近い。鋭い眼光が僕らを突き刺す。
もちろん、僕らはじいちゃんとやり合うつもりは無い。それとじいちゃんが暗示することで、この場が収まるなら、僕が起こしてしまった惨事に取り返しがつくなら、それが全部一番良いことだ。責任をじいちゃんに擦り付ける様だけれど、僕は提示されたことを飲み込む。
先輩もきっと、自分の心持ちを正直に言わず、包み隠して言ってくれるはずだと信じている。だから、僕から先に言葉を発そう。
「うん、怖がってないよ。全く持って、本当に、マジで」
「ええ、問題ないですよ。というより、家に居る時はしょっちゅうこうですから慣れっこです」
「ほら、大丈夫だ」
僕らの言葉にじいちゃんは満足したのか、滅多に見せない笑みを浮かべるとまたばあちゃんに顔を向けた。先輩はさて置いて、僕の焦りきった言葉で良かったのか分からないけれど、じいちゃんがそう言っているんだから問題は無いはずだ。
じいちゃんの言う通り、実際問題は無かった。ばあちゃんは、じいちゃんの声を聞くとスッと普段通りの雰囲気を纏った。ものの数秒で、元に戻った。それから、再び僕らと顔を向き合わせてきた。
「すまなかったね。少し親父のことになると頭がカッとなってしまうんだよ」
「いや、良いんだよ。元を正せば、変なことを聞いた僕が悪いんだからさ」
「そうです。全部、杏子君が悪いんですよ」
「まあ、杏子が悪い」
ただ、解せないことに僕を取り囲む人たちは皆、僕を悪者にしてくる。一人くらい僕の味方をしてくれても良いに。でも、そんなことで悲観していても仕方が無い。この空間に居るばあちゃん以外は、じいちゃんでさえも僕の味方じゃないんだから。無い物ねだりをしたところで、何も得られないんだから。
ともあれ、空気は元通りになった。じいちゃんも僕も先輩も、胸を撫で下ろして、夏の朝の空気を存分に吸い込む。肺に新緑が運んできてくれた新鮮な空気が満ち溢れる。涼やかな風が僕らの頬を撫でる。さっきかいたばっかりの冷や汗が乾く。おかげで心地いい。
けれど、僕はまだ聞きたいことがある。ばあちゃんの口から出たあのことを確認しないと。というか、僕が思うにどうして重要なことを子孫に伝えないんだ? 意味が解らない。じいちゃんもばあちゃんもそうだど。まあ、きっとそれは僕らの一族に脈々と受け継がれるロクで無さなんだろう。僕の面倒臭いことを後回しにする癖もきっと先祖由来のやつだ。そう信じたい。
でも、こんな悪癖は僕の代で途絶えさせた方が良い。
「ねえ、ばあちゃん。ばあちゃんって茨木さんっていう人に育てられたの?」
「そうだよ。私はお前さんの通ってる学校のお屋敷で、茨木さんに育てられたよ」
「それって陽太のひいじいちゃん?」
「ああ、そうだね。茨木さん家のひ孫ってなると、お前の友達の陽太君のひいじいちゃんになるね。何でも、茨木さんはあのロクデナシの親父に師事してたんだと。けど、親父が死んでから私の母さんも死んで、母さんは茨木さんにお屋敷の権利を譲渡して、それで母さんから私を育てるように任されたらしいよ」
なんで、本当に、そんな大切なことを教えてくれなかったんだろう。いや、聞かなかった僕も悪いさ。でも、僕が霧宮高校に通うことは知ってたんだからさ、その時に何か話してくれたってよかったじゃないか。自分の過去が憎いのかもしれない。でも、僕ら一家のルーツくらい教えても良いと思うんだけれど。けれど、ばあちゃんからしてみれば、あのお屋敷での生活は息苦しかったのかもしれない。だって、茨木さんの家には、陽太のひいばあちゃんも、陽太のじいちゃんも暮らしてたはずだ。そんな自分一人だけ仲間外れの家庭での生活が、どんなものか僕には分からない。
もっとも、僕がそんなことを気にしたってばあちゃんの過去は変えられないし、僕らの家系も変えられない。それにまたばあちゃんの逆鱗に触れると悪い。今はこれ以上、深堀しないでおこう。
ただ、僕の重いとは裏腹にばあちゃんはまだ何か僕に伝えたいらしい。ヘタな衝撃が加わると、喋りたくて仕方が無くなるみたいだ。
「そうそう、お前が家の家系を気にしているならその資料は家に無いよ。確か、親父の遺品は全部茨木さん家にあげたから、陽太君の家にあるはずだよ」
「えぇ……」
ここまで来たのが無駄に思えて仕方が無いことをばあちゃんは、僕に唸りながら伝えた。
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