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トラギエーディヤと恋  作者: 鍋谷葵
発見の夏休み
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また短いです;;

 無意味な人仕事を終えた僕は、心に抱えていた一物をホッと撫で下ろした。けれど、僕と先輩の中に潜むあいつとの関係は白日の下に晒された。そして、僕はそれから逃げることなく立ち向かわなければいけない。これに関しては酷く気が滅入る。

 だけれど、今日一日分の仕事は終えた。これだけは間違いようの無い事実だ。僕は自分の重い手足を用いて僕史上最大の難敵に立ち向かった。そして情報を勝ち得た。もっともそれはとんでもない爆弾だし、僕一人で扱えるものじゃ無い。僕だけじゃなくて、先輩の手も必要だ。もはや、先輩の憑りついたあいつは僕にとっても大切な人となってしまったんだから。例え、あいつがそれに気付かなくとも、僕は確信を得てしまった。この僕の手足を絡め捕るしがらみから逃れることは出来ない。それどころか、僕が暴れれば暴れるほど、葛の蔓の様な事実は僕を絡め取ってしまうことは目に見えている。だから、僕は僕と先輩との間に絡みつくこの蔓を一本一本見つめながら、適当に解かなければいけない。適切な処置を施して、僕と先輩とあいつとが今後どうすれば良いのか美紀わなければいけない。僕としては大切な先祖であろうとも、一刻も早くあの世に帰ってもらいたい。そして先輩の肉体を返してもらいたい。例え先輩の意志に反していてもだ。

 今でも僕は自分勝手な考えに囚われているし、今後もきっと僕の意志はそのままだ。でも、最後にもやり方はある。無理やり引きはがすのではなく、両者意見一致の上で、合意の上でこの奇妙な関係性を断絶することが出来れば一番いい。そうすれば、僕と先輩の関係性は傷付かず、平穏無事にこれからを過ごせるはずだ。誰にも邪魔されることの無い幸せな日常を送れるはずだ。

 ともあれ、あいつの正体は分かったし、ひいじいちゃんの遺物も陽太の家にあるってことも分かった。これからやるべきことの整理も何となく着いた。なら、僕がこの家でやるべきことはただ一つだ。僕がこの家で請け負った最後の仕事をして見せよう。


「杏子、これで用は済んだかい?」


「うん、僕が知りたいことはこれで全部だよ」


「それなら良かった」


 さっきまで唸っていたばあちゃんは、すっきりとした顔で微笑みかけてくる。優しいばあちゃんに、僕も微笑み返す。するとばあちゃんの隣であぐらをかいてるじいちゃんも、自然な笑みを浮かべる。先輩の表情は覗けないけど、きっと良い表情を浮かべているはずだ。

 ただ、ばあちゃんもじいちゃんも笑みの裏には期待の光が灯っている。そして、表情をプラチナの髪で隠している先輩もそわそわとしている。その期待が何なのか分からないほど、僕は鈍感じゃないし、恩知らずじゃない。僕は自分でしなければいけないことを知っている。愚か者じゃない……はず。

 自分を卑下している場合じゃない。そう意気込んで、僕は吹きこんでくる夏風に足を任せるように立ち上る。


「それじゃあ、お礼のピアノの弾こう」


「よろしく頼むよ」


 ばあちゃんは笑いながらそう言うと、よっこらせと年相応の言葉と共に、けれどもその勢いは若者同然で立ち上がった。じいちゃんは口を閉じたまま、でもやっぱり、ばあちゃんと同じように立ち上がった。きっと、この人たちはひ孫を見るまで死なないと思う。

 そして、先輩も立ち上がった。


「ッツ」


 けれど、足の痺れのせいでゆらりと後ろに倒れかけた。長い間、組んでいた正座は先輩の長い足に痺れをもたらしていた。でも、先輩は倒れずに済んだ。だって、僕が手を伸ばして、先輩の身体を支えた。ほっそりとした腰を、柔らかい体を僕は両手で支えたんだ。

 自分でも男らしいと思う。もしこれが、じいちゃんとばあちゃんの前じゃ無ければ僕と先輩は良い雰囲気になったと思う。でも、状況は違う。僕らのロマンスを傍観する僕にとって大切な人が居るんだ。だから、僕の誇らしげな心持ちは途端に恥に変わってしまった。体温は上がって、毛穴という毛穴からは汗が噴き出す。顔も赤くなっているはずだ。だって、先輩の顔も体も真っ赤に染まっているんだから。


「やっぱり付き合ってるんじゃないの?」


「さあ。まあ、ここは若い二人に任せておいておらたちはさっさと向こうに行って待っていようか」


「ああ、そうだね。せっかく良い雰囲気を邪魔しちゃ悪い。若いときにはこういう刺激が必要だからね」


 ばあちゃんとじいちゃんは微笑みあいながら、余計な言葉を僕らに掛けてきた。生温かい視線も添えてだ。そうして、僕らに何とも言えない表情を向けるとそそくさとピアノのある部屋に向かって、居間から出て行った。

 若者が経験することをあらかた経験した人たちの忠言は、僕と先輩との間に酷く微妙な空気を流した。あんまりこんなことを考えたくないけれど、僕の腕に収まっている人が椿さんだったらどんなに楽だったか。あれほど、空気が読めるのにもかかわらず、空気を読まない人が僕の腕の中に居れば、こんな面倒臭い空気にならなくて良かったはずだ。

 でも、それでも、僕の腕の中に収まる人は比べることじゃないけど、椿さんよりも美しい。そして、可愛らしくて愛おしい。時間が許すなら、僕の心臓が持つなら、僕と先輩の羞恥心が破裂しない限り、僕は何時までも先輩を見つめていたい。僕から逸らす潤んだ赤い瞳を見つめていたい。少し汗ばんで、濡れる白く柔らかい肌に触れ続けていたい。吹き込む風に揺れる美しい髪を撫でていたい。

 だけど、僕の体と羞恥心はこんな美味しい状況を堪能できるほど丈夫じゃない。先輩も同じだ。


「す、すいません」


「だ、大丈夫よ。全然、な、何の問題も無い……」


 誰の目から見ても明らかに動揺している僕らは、微妙な空気を保ったまま体を離した。僕と先輩は二人とも余所余所しい。全部自然の成り行きで、全部僕が避難できない人のせいだっていうことが憎たらしくて仕方が無い。

 まあ、もう、どうでもいい。やってしまったことは仕方が無いし、一度満たされた空気は全部抜けきるまで薄らと充満し続ける。だから、こんな一時のことに気を囚われていないで、僕が出来ることをやりに行こう。多分、ピアノを弾いていれば膨れ上がった羞恥心も微妙な空気も全部、縮こまって消え去るだろうから。少なくとも僕はそう信じているし、そうなってもらわなきゃ僕が困る。

 女々しいかも知れないけど、手をギュッと握りながら僕は先輩に背を向ける。先輩を見ているとなんだか羞恥心が膨れ上がって駄目だ。あれだけ現実に向き合うと啖呵を切っていた奴が言うセリフじゃないことは、一番僕が分かっている。でも、目を逸らしていたい。目を背けて、僕は今できる仕事に集中しよう。

 なよなよとした決意の元、僕はピアノが置いてある親父の部屋に向かおうと一歩踏み出した。


「そこはもうちょっと何か言ってよ……」


 そう言われると、僕の決心も揺らぐんです。

 だから、どうか心臓に悪いことを言わないでくださいよ。

ご覧いただきありがとうございます。

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