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暑さのためか、先輩は普段のロングヘアーを頭の上で纏めてポニーテールにしている。学校の時には見えなかった、白磁の様な白いうなじが眩しく妖しく僕の心持ちを煽るってくる。そして、銀髪が良く映える薄手の無地で黒い余裕のあるフレンチスリーブシャツと、先輩の長く健康的な脚のラインにぴったりと沿う無地のジーンズは僕にとめどない情欲をかきたててくる。先輩の腕から足、顔から首、どこを見たって僕の中の男はかきたてられる。多分、このまま目をそらさずに先輩のことを凝視していたら、僕は恥をかかなきゃいけない。けれど、僕の視線は、僕の本能にやられた理性は先輩の姿を捉え続ける。
理性が完全に溶けて、本能がむき出しとなった僕は先輩の扇情的な、いや先輩の夏の装いに目を奪われて続ける。本能がもたらす効果は素晴らしく、僕の身体にもそれ相応の反応与えてきた。
けれど、その反応はいわゆる反射だ。僕の意志に反するものであり、僕の溶け切った理性じゃ扱いきれない代物だ。酷く下品な話だけれど、僕の下半身は段々と熱を帯びてきた。このまま行くと、僕はほぼ確実に先輩から軽蔑される。これまで先輩が僕と友好を結んできた理由を台無しにする反応だから、まず間違いなく僕と先輩の関係性は完璧に崩壊する。だから、僕はこの反応を抑えなきゃならない。きっと知らない誰彼は、僕がこうして本能による反応を抑えようとしていることを男の恥と思っている人が居ると思う。ちなみ、僕がこう考える理由は陽太だ。陽太に僕がこんなことを心の奥底で思っているってことを打ち明けたら、あいつは恥って答えるはずだ。あくまで僕の経験から来る予測に過ぎないけれど。
とかく、男を考えるなら確かにそちらの意見はごもっともだ。でも、僕は男を捨てても、先輩との関係性を潰しくない。むしろずっと大切に紡いでおきたい。運命の女神の一柱が、その糸を切るまでは、自分から運命を手放すことはしたくない。だからこそ、一つだけ、僕の本能よ、聞いてくれ。この情欲の反射を何とかして抑えてくれやしないか……?
自分の本能に呼び掛ける僕だけれど、残念ながらそんなことで本能が言うことを聞いてくれれば理性なんていらない。初めから本能の自制を司る理性を持つなんていうのは、進化の冒涜だ。そして、理性が溶けた今、僕の本能は進化に従って下半身に血を巡らせていく。とめどなく熱い血潮が、心臓から下半身に流れてゆく。
「杏子、大丈夫?」
「ええ、問題ないですよ先輩。ただちょっと、居ないと思ってた人が居て驚いてるだけですから」
「それにしてはあんまりにも驚き過ぎだと思うんだけれど。もしかして、私に何か隠してるのかしら? 何かやましいことでもあるの?」
先輩は顎先に右手の人差し指を当てながら、訝しそうな目で僕を見つめてくる。こちらとしては、その僕を怪しむ赤い瞳ですら欲の対象となっているから見つめられると非常に困る。もちろん、平生の僕だったら喜んでその瞳を受け入れてたと思うし、僕のことを怪しむことに対しても真っ向から否定していたはずだ。
ただ、今はそうも言ってられない。何せ、先輩は僕の中身を、僕が隠し通しておきたかった僕の本能を見破る一歩手前まで来ているんだから。もっとも、先輩は聡い人だから先輩の目の前で自分自身の本能を隠し通せると思ってること自体あさましいことなんだけれど。ともかく、今僕は先輩に内面を悟られないように演技をしないと。かなり焦っているけれど、適当な演技だったら、聡いくせに重要なところは呆けている先輩を騙せるはずだ。だから、努めて演技をしよう。いや、演技というよりも本当に何もないということを主張すれば良いだけの話だ。
「無いですよ。大体、先輩に隠すことなんて僕は持ち合わせていませんよ。それに先輩の目の前だったら、僕は誰よりも正直です。だから無いですよ。それは無いです。いくら僕を詮索したところで、何も出て来ませんよ」
「ホントに?」
「本当ですよ。僕は貴女の前じゃ嘘を吐くことはありません」
「なら、良いのよ」
先輩は僕の言葉を信じてくれた。そして、僕に向かって微笑んだ。
良かった。先輩が僕に信頼を寄せてくれていて、本当に良かった。ただ、安堵ばかりもしてられない。再びこんな状況に陥った時、僕は僕の理性を保つように鍛えなければならない。鍛えると言ってもその方法を僕は知りはしない。誰か、知っている人が居たら教えてもらいたい。頼むから、誰か。
居もしない人を求める馬鹿な僕だけれど、そんな叶う訳のないことを祈っていてもしょうがない。僕には、やるべきことがある。それに知らず知らずのうちに、先輩が僕にもたらしてくれた危機のおかげでバッチリ目が冴えた。もう、眠いとか怠いとかで僕の行動を阻む障壁は無くなった。さあ、動こう。僕のためにも、先輩のためにも、そしてこのなんとも言えない状況から脱するためにも、真実に近づこう。
決意を決め込み、僕は立ち上がった。冷徹な眼差しで、ジッと椿さんに向けていた榊は、それまでの冷たさを温めて、僕に視線を向けてきた。
「僕は少し出掛けてきますかな」
「もう、どっか行くのか? というかどこに行くつもりなの?」
榊の視線に加えて、じたばたと暴れる椿さんをヘッドロックしている陽太が何食わぬ顔でこちらを向くと、首を傾げた。もう少し、姉に優しくした方が良いと思うけど、椿さんにお灸を据えるんだったらそれで良い。むしろ、僕としては姉弟の光景が面白いからしばらく続いて欲しい。
けれど、僕はそんな野次馬精神を抑えて、出掛けなきゃだ。出来ればもっと見たいけどね。
「ちょっと、婆ちゃんの家に行ってくるよ。婆ちゃん、朝に行かないとすぐ畑とか山とかに行くから、早く行かないと挨拶出来ないからさ」
「そっか、なら早く行かないとだ。そうだ、それならチャリンコ貸そうか?」
「いや、良いよ。これだけ早い時間なら、まだ婆ちゃんの家に居ると思うし、それと婆ちゃんの家に行くまで坂ばっかりだし」
「それもそっか。確かに杏子婆ちゃんの家って、山の方だしな。それじゃあ、行って来なよ。今なら杏子的に面倒臭い姉ちゃんも、抑えてるからさ。あと朝だし、車の通りも多いから気をつけてな。事故ったら、お前の婆ちゃんに殺されちまうからさ。あの婆ちゃん、昔お前と一緒に小川を飛び越える遊びをしてて、お前が飛び越えられなくてびしょ濡れになって、ついでに足も痛めた時、お前をおぶってお前の婆ちゃん家に帰った時みたいにさ」
そう言えばそんなこともあった。まあ、昔から婆ちゃんは、僕に対して過保護な節がある。僕としては、婆ちゃんのその対応は嬉しさ半分恥ずかしさ半分だった。もちろん、僕を大切に思ってくれることは滅茶苦茶嬉しいし、母さんの居ない僕にとって母親代わりになってくれたことは生涯感謝しなきゃいけないことだ。
でも、そんな婆ちゃんの過保護気味な態度は正直面倒臭かった。僕の一人暮らしをする一つの理由だ。出来るだけ干渉されないように生きたかったからね。もっとも、僕が一人暮らしをするって婆ちゃんに言って以来、婆ちゃんは僕に対する過干渉は無くなったけどさ。丸くなったって言えば良いかな、随分と普通の人になったよ。だから、僕はこいつに教えてあげなきゃいけない。こいつ、あの懐かしい一件以来婆ちゃんのことが苦手になってるしさ。自分の家族が、親友に苦手って思われてることほど悲しいことは無いからね。
「確かに言えてる。けど、今は婆ちゃんも丸くなったから大丈夫だよ」
「人って、歳とっても変われるんだな」
「そうだよ、人は何時だって変われるんだよ。とりあえず、行ってくるよ」
「行ってら」
ほんの少しの言葉で、陽太は婆ちゃんに対する認識を変わったらしい。人間誰しも、こんな純粋な奴だったら良いのにな。
まあ、こんなことに感心していないで行って来よう。陽太もこうして声を掛けてくれたことだし。僕は陽太の言葉を最後に、この部屋を出て行こうとした。けど、そこで思いもしない待ったがかかった。
「私も行く。私も行くわよ、杏子」
「先輩……」
しかも、一番待ったをかけてもらいたくない先輩のからの。
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