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太陽の光は若干弱まった。白い光は若干陰り、その熱を弱めた。
そんな中、あいつは歌い終えるとにこりと悪戯に笑って、僕をその憎らしい赤い瞳で見つめてきた。苛立ちすら覚える瞳だけれど、先輩の身体のおかげで苛立ちは自然と消える。いや、これはかえって逆効果なんだ。だから、さっさと本性を現して頂きたいんですけどね。そうしたら、僕もこの内なる苛立ちを発することが出来る。もっとも、僕の苛立ちなんてとうの昔に悟られているんだから、発する必要も無い。むしろこっちに対する苛立ちの方が、激しく燃えている。プライバシーってものを学んでほしい。
いや、心の中で愚痴ってばかりいても、何も変わりはしない。とりあえず、こいつと会えたんだ。なら、とやかく言わずにサクサクっと会話をしよう。僕の理性が抑えられている今、本能の勢いのままに会話しよう。というか、こいつに僕は恋慕していないんだから何を緊張していたんだ? 見た目だけなんだ。中身を見ろ。そしてそれに恥じろ。そう思えば、どうってことない。僕と面を合わせているのは、面白おかしいおとぎ話の中から出てきたお化け染みた何かに過ぎないんだから。
「それで? 少年、どうして儂に会いに来たんだ?」
チマチマと覚悟を決めた僕よりも先に、あいつはワイシャツに隠れていても分かる豊満な胸を支える様に腕を組みながら、にんまりと口角を上げて早速と言わんばかりにこちらをからかう様な声を発した。会話の先に見える僕の返答なんてとっくに知ってるくせに、そんなこと言うのは意地悪で、無意味だ。
けれど、こいつと会話するにはそうしたワンステップを踏まなきゃならない。いや、こちらとしても自分の考えていることを言ったところで無意味なことは知っているから、同じようなもんなんだけど。つまり、僕とこいつは無意味に無意味を重ねて、有限な時間を無駄に使ってることだ。愚かしいことだけれど、こうした愚鈍な運命に囚われているんだからしょうがない。
「違いますよ。僕はあなたに会いに来た訳じゃありません。あなたじゃなくて、あなたが身体を借りている先輩の方に用があって来たんですよ」
「ほう、また無理なことを言ってくるもんだね。それは無理だよ。儂と少年との間に結んだ契約があるからね。それ以外だったら、なんだって聞いてやっても良いが。もちろん、儂にとって娯楽とみなせることだけだけどな」
分かりきった僕の無理な要望を聞くと、あいつは鼻で笑った。それから、一間も考えずに払いのけた。もっとも、分かっていたことだから感情が特別動く訳じゃない。
でも、榊の脅迫を叶えられなかったのは痛い。何せ、あの榊だ。人の機微を読み取ることが上手い榊の前で、僕の下手くそな嘘なんてあっという間に看破されてしまう。そして、その暁にはお茶目な説教を受けなきゃならない。自分だって恋をするのが、下手なくせになんて思いながら、色々なことを言われなきゃならないんだ。ただ、それは僕が上手く嘘を吐ければ無くなる可能性だ。僕自身、まともに嘘が付ける気はしないけどさ。
暗雲立ち込める将来を心で遠目に眺める僕だ。けれど、今ならこいつから色々と情報を聞きだせそうだ。先輩と話せないんだったら、先輩を解放するための方法を探ろうか。そちらの方が賢明だ。この憑き物は、怪異の癖に口約束だけは守るし、絶好の機会だ。
「それじゃあ、あの本に書かれていたことを教えてくれますか?」
「うん? ああ、そんなことか。そう言えば、杏子には言っていなかったな。あの古ぼけた本には、妙な呪文の掛け方とその解決策が乗っていたんだよ」
唐突に吹いてきた風で荒く揺れる白銀の髪を手で押さえて、こちらをからかう雰囲気を捨て去り、落ち着き払った表情でそう言葉を紡いだ。
僕の興味は風や美しい髪に向くことなく、あいつの言葉にだけ注がれた。どうしてか、あいつの言葉に美しさに対する興味を全て棄ててまで、注意を払わなきゃならないって僕の胸が騒いだからだ。丁度、さっきから吹いている風で木々が揺れるざわめきに似た騒ぎが起こった。そして、僕は胸が騒ぐまま、青い風に短い言葉を乗せる。
「どんな呪文ですか?」
「それはね。儂を思わせるような呪文だよ。儂自身、あの文言を見た時は驚いたさ。なんたって、自分に嫌というほど当てはまったんだからなあ。自分のことに対しては無知蒙昧の儂。けれども人間の知識に対しては博学英才なんていう相反する梟。そんな儂ですら儂を疑うこの状況に置いて、儂という存在の裏付けになるような呪文なんだからな」
「だから!」
勿体ぶって結末を何時までも言わないあいつに、僕は声を荒げてしまった。注意をあいつの言葉に注ぎ過ぎた愚かな結果だ。結末を待たされたからと言って、感情的になるのは駄目なんだ。辛抱強く待って、向こうの言わせるままにして、重要なところで質問をするのが正しい情報収集なんだ。
自己嫌悪する僕だ。けれど、あいつはそんなこと風よりも気にせず、ニコリと笑う。真剣な面持ちは崩れて、普段通りにこちらを見透かす顔になった。
「まあ、そう焦るなよ杏子。真実は逃げないし、儂は儂として真実を紡ぐ。だから、もう少し前振りをさせてくれ。こうしたいかにも重要事項の言葉は、はぐらかして言った方が重要性が増すだろう? それにさっきも言った通り儂にとって喜びとなり得るから儂はこうして話しているんだ。だから、少年がとやかく言うのは筋違いだよ」
「ええ、分かってますよ!」
「分かってるんだったら良いさ。どうやら言葉だけじゃなくて、本心から分かっているようだけしね」
狡猾な顔で僕の中身を覗き込む怜悧な言葉をあいつは紡いだ。鋭い言葉は、僕のちっぽけで脆い心を突き刺した。そして、僕の脆き心を崩壊させた。図星を突かれるっていう感覚だ。
頭に血が上って、僕はギリッと音が鳴るくらい奥歯を噛みしめる。けれどその感情をぶちまける言葉は出なかった。きっと理性が、言葉を抑えてくれたんだと思う。証拠に今僕はまともに物事を捉えられている。思考と身体が別々に動いているなんて、不思議な状況を観測しているんだから。
きっと、ほくそ笑むあいつは僕の理性と本能が混在した状況を楽しむためにわざわざ分かりきったことを言ったんだ。いや、被害妄想が過ぎるか? ただ、この奇天烈な精神と身体の状況をあいつに押し付けたい僕の中の女々しさが、そう教えているだけかも知れない。
結局、僕はあいつの内面が分からない。人の思惑なんて分からない方が良いけれど、それでも何か一つ、一つくらい感情の機微を知ることすらできない。もう良い。なら、ほくそ笑むあいつの言葉を聞こう。分からないことを探るよりも、そうした方が良い。
我慢の利かない身体を何とか抑えつけて、僕は再び強まってきた風になびく白銀の髪を可憐な右手で押さえるあいつを見つめる。相変わらず身体は理性的になってくれない。
「じゃあ、本題に入ろうか。あの本にはね、さっきも言った通り儂に関することが書かれていたよ。本当に儂を示しているような文言に塗れていたよ。もう、儂自身前口上に飽きて来たからばっさり言おうかな」
勿体ぶることを止めたあいつは、にやりと満面の笑みを浮かべた。
風はあいつの笑みが最高潮に達すると同時に止み、なびいていた髪は元に落ち着いた。その代わり、ギラギラと太陽が再び元の輝きを取りも出した。
すると何か酷く嫌な予感が僕を襲った。激昂する本能が落ち着くほどの嫌な予感だ。力む身体から力は抜け、悪寒にぶるりと震えた。肌は粟立つ。
この嫌な予感は、怪異の妖しい予感なんかじゃない。僕を決定的に揺るがす、何もかもを破壊する自身の予感だ。
だから、きっと、僕は、本能的に、恐怖を感じて、理性すら、たどたどしいんだ。
嫌な、予感を、ひしひしと感じる僕に、あいつは言葉を告げる。
「そう、儂は人間だったんだよ。あの本にはこんな呪文がご丁寧に儀式と共に書いてあったよ。人の魂を抜き取って、梟の怪異なんて言う下らない偽物の記憶を植え付けられて封印するなんて言う呪文がね。しかも、人間だった頃の記憶の一切合財は、未来永劫永遠に失われるって言うとんでもない呪文さ。なるほど、納得したよ。どうして無知蒙昧なはずの梟が、人間世界のいくつもの言語を器用に扱えるなんてね。今となっては何も思い出せないけれど、儂が人間だった頃はきっと博学だったんだろうね。けれど、儂は幸運だったよ。儂が憑りついた桔梗と、憑りついたことを知り得る杏子との間に、一方的でも愛があってね。そのおかげで、儂は自分の姓名を書き方も含めて知り得た。九十九なんて言う名、そして古暮の姓をな。ただなあ、愛が紡ぐ接吻をすれば呪いは解けると書いてあったのに、解けたのは名に対する呪いだけだ。その他は何も思い出せなかった。お前はあの時、儂の発した他の名も、自然と何故か頭に浮かんだだけで、詳しいことは何も分からないんだ」
思い出せないことを悔いながらも、不気味に笑って、どこか悲しげにあいつは言葉を発した。そこに嘘はなった。
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