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トラギエーディヤと恋  作者: 鍋谷葵
発見の夏休み
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21/41

20

 ユーモアあふれる挨拶で、生徒会長は倦怠に満ちる体育館を活気で満たした。それまでの停滞した空気は、一瞬にしてどこかへ吹き飛んでしまった。やっぱり、生徒会長になるだけあって肝が据わってる人だ。定型文すらも出してこないなんて度肝が抜かれた。

 ただ、僕らが、全校生徒の停滞が解かれたとしても生徒会長の停滞は解かれることは無かった。生徒会長は一貫してだらけ切っていた。適当な挨拶を終えた後も、背筋を伸ばすことなく、猫のように背中を丸めて疲れ切った旅人のように降壇して行った。多分、髪の中の表情も初めと何ら変わらず不機嫌なんだと思う。

 けれど、そんな引っ掛かりも全部終わったことだ。少なからず先生たちは、顔をしかめているけど生徒会長からしたらどこ吹く風だ。大抵の仕事をすっ飛ばして、数えきれないくらい説教を喰らってるはずだからね。いや、そうじゃ無かったなら他の生徒会メンバーが可哀そうだ。行動には、同等の対価が必要なんだから。生徒会長の場合、それは説教だ。サボって、仕事を投げ出しているんだからお叱りと等価交換だ。もっとも、先生からじゃなくとも、椿さんとか委員長とかからのお小言で日々払っていると思うけど。

 そう考えて見ると生徒会も、中々愉快な組織だな。先生の使い走りくらいにしか思ってなかった。それか、履歴書になんていう俗的な意味合いか。どっちにしろ失礼極まりないし、不健全極まりない。椿さんや委員長みたいに根っから善人だっているんだから。人を助けたいって言う一心で、身を粉にして働いている人だっているんだ。今日も、この下らない終業式が終わったら、諸々の後片付けは全部生徒会がやるんだ。だから、そんな下らない意味合いで、人の所属を考えちゃいけない。自責です。


「以上で終業式を終えます。何か連絡のある先生方は居ますか?」


 僕が自責の念を感じながらぼうっとしていると、いつの間にか終業式は終えた。本当に、終わった。起立も、礼も、色んな所作は無意識的終えていた。こうして僕の一生も、終えるのかもしれないな。ぼうっとしていたら、あっという間に十八になって、大学生になって、社会人になって、老衰して、死んで。何の刺激も無い一生を終えるのかもしれない。大家さんみたいに……。

 あんまり不幸なことを考えるのは止そう。思ったことは、現実に起こりえる。少なからず幸せなことを考えて、生きていた方が先にも後にも良いさ。それに、僕にはまだ初恋がある。それを終えずに、人生諦めに入っちゃ駄目だ。本当に諦めるのは、大家さんの歳になってからだ。だから、今はロマンスに身体を浸して、自分に対して甘酸っぱく生きて行こう。若いときは、そんなことも許されるだろう? 

 若気の至りは、さて置いて、もう教室に帰ろう。頭が煮えてしまいそうだ。先生からの連絡も、委員会からの連絡も無いみたいだしね。こんな暑い空間に居る義理は無い。委員長に対する罪悪感もあるけど。まあ、そんな罪悪感は虫が良すぎる。本当に申し訳ない罪悪感だったら、普段から感じて無きゃいけないんだ。けれど、この罪悪感は、あの時僕を助けてくれた委員長に対して抱いた後付の罪悪感に過ぎない。不純な感情だ。昔から感じて良かったはずなんだ。所詮、良い人ぶりたい、恩返ししたい、本質的な罪悪感じゃない。

 面倒な話になってきた。いや、自分から面倒にしたんだ。なら、自分で蹴りを着けよう。僕は委員長に干渉しない。きっと、委員長にはもっと違う恩返しができるはずだ。対価を払うときは、こんな僕自身が気まずいからって払うものじゃない。委員長が僕を必要とした時、傲慢な言い方だけれど、本当に僕が必要になった時に払うべきだ。だから、今は、この場を去ろう。ほら、親友たちも来たみたいだし。


「良し! 帰ろうぜ宮内! こんな暑い所すたこらさっさと、逃げてやろうぜ」


「分かったよ、陽太。けど、暑苦しいから肩を組むのは止めてくれ。やるんだったら、榊にやってくれよ」


「ばっか、女子に出来る訳ないじゃん。俺にだって、そのくらいの配慮は出来るさ」


「そうよ。あんこ」


 僕なりの気遣いは、全部フラれてしまった。せっかく、榊にチャンスを上げたのに。朴念仁を振り向かせるチャンスだったのに。やっぱり、僕と同じで榊もヘタレなんだな。

 あっ、すいません。そんなに睨まないで榊。悪かったって。

 こっち鋭い睨みを利かせる榊に向かって僕は、頭を恭しく下げた。これで、少しは気を落ち着かせてほしいなあ。


「何してんの?」


「お前のせいだよ。陽太」


「いや、あんこのせいよ。他人に擦り付けない方が良いわよ。男としてね」


「何だこれ?」


 でも、僕の願いは叶わなかった。いや、きっと許しはしているんだろうけど、僕の態度が気に入らなかったんだ。その適当さにね。なるほど、恭しさなんて微塵も感じられなかったのか。主観性何て、入れない方が良いな。後で、言葉としてはっきり謝っておこう。それが義理だ。だから今は、暑苦しい陽太の腕を振り払って、涼しい、愛しい教室に帰ろう。

 ああ、通知表どうなんだろう?

 僕らは、さっきのやり取りを不思議の意味が分からずに首を傾げる陽太を引っ張って教室へと変える。ぞろぞろと体育館の入口へと向かう、全学年の波に揉まれながら。人と触れ合う度に感じる生ぬるさと湿り気をおぞましく思いながら……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 身に沁みる涼しさの教室に着き、僕らがいつもの様に一息入れる間もなく、僕ら男子生徒と同じように、白いワイシャツをまくり上げた担任が入って来た。相変わらず髪が無く、身長も小さい。けれど、愛嬌のある担任だ。きっと、担当する生物の授業の睡眠率は九割越えだろう。

 そんなゆったりとした印象の担任の手には、茶封筒とプリント類。もちろん、茶封筒の中身は知っている。そして、知っているからこそ僕らの教室は湧き立つ。今学期の、僕らがこの高校に入って初めて乗せ通知表なんだから。そこには、僕らの一学期分の成果が込められている。頭の良い奴も、悪い奴も、皆平等に採点された結果が先生の皺だらけの手に委ねられている。

 果たして僕の成績はいかに……。いや、まあ、テストの結果から言えば数学は終わってるんだろうけど。二が付いていればいい方だ。なんたって、中間テスト二十点だったからね。期末は五十点取ったけどさ。それでも、下から数えた方が早い。しかも、足して二で割っても赤のラインの四十点に届いてないから、かなりマズイ。

 数学の古傷が疼いて僕は、おっとりとした声で夏休みに対する取り組みを諭す先生の話を聞いていられなかった。所々、耳に入りはしたけど、胸が痛くてとても聞いていられない。もっとも、憂いが無くても聞いていないと思うけど。


「よし、いよいよ通知表の番だね。あと、これ貰ったら帰って良いよ。挨拶もしなくて良いからね。それじゃあ、名簿番号順に取りに来て」


 神経質な時間が到来した。若干の楽しさもあるけれど、それ以上に胸が痛い。何とも形容しがたい心持ちだよ。ただ、どれだけ緊張染みた心苦しい時間を感じていようとも終わりは来る。そしたら変わりようの無い結果を受け入れなきゃならない。

 眼前で崩れる友人のように。

 名簿番号が早いこいつは、颯爽と通知表を受け取りに教卓の前まで行き、そして一枚の紙切れを受け取った。すると顔を青ざめて自分の席へと戻って、すっからかんの学生鞄に紙切れを突っ込んで、机に突っ伏した。普段から暗い表情だとか、体調の悪い表情だとか、機嫌の悪さだとかを見せない奴が、見事に顔色を悪くし、むしゃくしゃした諸行動はクラスを驚かせた。

 ただ、そんなのはすぐさま違う熱狂へと変わる。他人より自分だし、他人より友達だから。そして、それが終われば、学校というしがらみから解放される夏休みだ。なら、他人に構っている暇なんてない。成績確認の会話をし終えたら、友達を引き連れて、楽しげな会話と共にさっさと教室から出て行く。やっぱり、気心知れた友人との自由が一番だ。

 もちろん、僕にとっても他人より友達だ。それだから、僕は親友の通知表が気になって仕方が無いし、それを見ずにはいられない。


「ねえ、陽太。成績、どんな感じだった?」


「……まあ、ぼちぼちだよ」


「ああ、そう言うこと」


「察しが良くて助かるよ。もうちょい、マシだと思ったんだけどなあ」


 陽太は興味に誘われて寄ってきた僕に、顔も上げずに平坦な感情の無い籠った声で答えてきた。なるほど、察するに相当酷かったんだろう。というか、元々テストの成績自体良くないんだから、成績が悲惨なことになっていることくらい察せただろうに。もっとも。僕と榊が面倒見たから成績に赤が付くことは無いと思う。大体、僕より数学のテストの点数は良かったはずだ。悔しいことに、こいつより僕は数学が出来ない。僕の脳は完全に文系だからね。

 そんな逃げの言葉を思いながら、僕は机に突っ伏する陽太を見つめる。もう、これ以上成績に対する言葉は止しておこう。傷口に塩を塗っても痛いだけだらね。それに、あんまりに触れすぎると自分に嫌なこととしてが返ってくるからね。辛い現実をより、辛くするだけだ。妄想と違って現実は痛覚を持っている。気を付けなきゃいけないんだ。バラを触れるとき、棘に触らないようにそっと触れるみたいに。

 気遣いに対する教訓は、僕の胸から緊張の痛みを取ることは無かった。大体、そんな教訓如きが鎮痛剤になる訳無い。根本的な解決は、自身の手に通知表が渡るって言う行動だ。これが達成されない限り、僕の痛みが消えることは無い。というか、その痛みを消すタイミングで、最大の痛みが来るのは分かっているんだから、鎮痛剤なんて望んでないさ。

 だけど、望んで無い物も望みたくなる瞬間はある。それが今だ。時間は残酷に、止まることを知らずに流れて行く。


「まだか……。そうか、それじゃあ宮内君」


 僕の番がやってきた。逃れることの出来ない。僕の番が。


 僕の番がくる。本来、僕の前であるはずの委員長は終業式の片づけが難航しているのか中々帰ってこず、委員長の次は僕になった。


ご覧いただきありがとうございます。

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