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トラギエーディヤと恋  作者: 鍋谷葵
発見の夏休み
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20/41

19

 夏休み序盤の楽しみな計画も立ったところで、僕ら普段の日常生活に戻った。普段通り何の役に立つのか分からない勉強(居眠りやら読書)をして、呑気に時間を過ごした。間違いなく学生として終わってる学校生活だけど、そこはしょうがない。授業がつまらないのが悪いんだ。言い訳だけど、まあ定期テストを頑張ってるから大丈夫だ。もっとも、テストの時になると今までの勉強を取り戻すために死ぬほど勉強をするんだけどね……。毎回後悔してるけど、こうした勉強習慣ができちゃったんだから仕方が無い。

 とかく、普段通りの時間を過ごしたんだ。もし、普段と違うことがあったするのなら榊がずっと熱っぽかった。風邪じゃない。恋煩い的な意味で熱を帯びていたんだ。陽太の家に泊れることが楽しみで、嬉しくて仕方が無いんだと思う。分かりやすく上機嫌で、声も弾んでたしさ。ただ、それだけあからさまに喜んでいても陽太が榊の感情に気付くことは無かった。きっと上機嫌ってことくらいは気付いていたと思う。けど、原因が分かってないんだ。流石だ。親友ながら呆れるよ。そろそろ自分に何かしらの意識が向けられてるってことに気付いた方が良いと思う。罰が当たるぜ?

 ただ、陽太にも色々あるってことを考慮しなきゃならない。なんたってあいつは、榊の好意の他に、色々な人から好意を受け取ってる。だから、陽太は意識的な受容体をわざと鈍くさせているのかもしれない。あいつは、人が良すぎる自分から人の好意を避けることをしない。

 でも、ずっと人の注目を浴び続けて、誰からも好かれて声を掛けられるなんて言うのはストレスだ。けれど、それを拒むことはあいつの理性が拒絶する。だから、あいつの身体は自然と好意に鈍くなるようになっているのかも。全部憶測にすぎない。けれど席も近くて、昼食も一緒に食べる仲の女子が、しかもクールが売りの女子が、自分との会話の後にあれだけ熱っぽくなっているのを自然の成り行きとして見過ごしているのはあまりにも不自然だ。もしかしたら先輩と同じように、陽太にも何かが憑りついているのかもしれない。

 流石にオカルトが過ぎるな。それに心配のしすぎで、余計なお節介だ。あいつの朴念仁は、今に始まったことじゃない。小さいの時からあいつはずっとそうだった。それこそ小学校の低学年から、あいつは人の好意にずっと疎かった。注目されてるとしか感じてなかった。だから、あいつはそんな大層な悩みを持ってないはずだ。僕の願望かもしれないけど、けれどそんな心配はいらないはずだ。あいつは、何時も何時までも、アホで馬鹿で人一倍優しい奴なんだから。 

 感傷的な気分だ……。せっかく爽やかな夏休みの計画も、薄ら汚れてしまう。

 まあ、それもこれもこの状況が悪いんだ。この昼下がりのアホみたいな暑さの中、わざわざ蝉の鳴き声が頭痛を起こすくらい響いて熱気が立ちこめる体育館に、全校生徒を集めて終業式をするこの習慣が悪い。いや、何が良くて何が悪いのかは僕自身分からないけどさ。一つ言えるとするなら、校長の話が長いのは間違いなく悪いことだ。同じことばっかり言いやがって。校長からしたら、僕ら未来ある若者に一つでも良い話をしたいんだろうけど良い迷惑だ。しかも尻が痛い。これは、僕が痩せてるだけの話だから校長のせいでも習慣のせいでも無い。


「えー、ですので皆さん。長期休業中は自身の能力を、えー、あーっと」


 なるべく目上の人とか先生に悪態を吐かない僕だけれど、流石にこの校長の話には参る。何だって、この禿散らかした五十過ぎのおっさんは、一言一言の前に気の抜けた言葉を挟むんだ? 馬鹿なの?

 駄目だ、暑すぎて悪口が浮かんできてしまう。心は常に綺麗にしておかないと。有名なシスターも『思ったことは言葉や行動に出る』なんて言ってたし。

 ほら、目の前の委員長を見てみろ。全校の半分近い生徒が怠くなって眠くなるこんなにつまらない話でも、僕らみたいにうな垂れることなく、背筋を伸ばして姿勢良く聞いているじゃないか。僕らとは雲泥の差だ。真面目なことこの上ないよ。頭が上がらないっていうのは、こういうことを言うんだな。この汗が噴き出す暑い空間の中で、集中してつまらない話を聞けるっていうのは本当で尊敬するよ委員長。

 でもね、委員長。やっと一学期が終わるのに、このつまらなさは無いと思わない? そんな下らない意志を込めた視線を委員長の背中に送る。


「まあ、つまらないのは分かるけどしゃんとしなきゃ駄目。しゃっきとね、宮内君」


「エスパーですか?」


 どうしてか僕の意志は委員長に伝わってしまったらしい。委員長は少しだけ背中を後ろに傾けて、僕にだけ聞こえるようにささやいてきた。色んな意味でドキッとした。そして、僕の口から漏れたのはその中でも多分一番の言っちゃいけない言葉だと思う。けれど率直出て来たんだからしょうがない。

 僕の失礼な返しに、委員長は微かに笑った。真面目な委員長もこの暑さに少しだけゆるくなっているのかもしれない。


「ふふ、面白いことを言うのね宮内君って。でも、ほら、校長先生の話も終わったことだし、後は生徒会長のあいさつで終わりだから頑張って」


「分かった」


 堅苦しさを感じさせない柔らかい委員長は、ゆったりとした言葉で僕に校長の話が終わったことを教えてくれた。それから、委員長は再び背筋を真っ直ぐと伸ばして、壇上の校長の礼と合わせて礼をした。僕も何だか悪い気がして、委員長に慌ててあわせるように不格好な礼をした。それから委員長言葉に返答を。ワンテンポ遅れた会話だ。

 でも良し、委員長に励まされたんだ、生徒会長の話くらいは聴こう。何だか知らないけど、委員長の言葉は僕をは激励した。そして一つの決意を結ばせた。

 ただ、生徒会長ってあの生徒会長だから僕の決意が持つかは分からない。だらっとしたことで、有名なロクデナシ代表の生徒会長だから。ほとんどの仕事を椿さんとか委員長とかに投げ出すような……。まあ、それでも二年生して生徒会長に立候補して、生徒会選挙に受かっているんだから中々に肝が据わっていることは間違いない。

 けれど、どうしてあの人が生徒会選挙に立候補したのかは分からない。霧宮高校七不思議の内の一つだ。まあ、もう六つの謎が何なのかは分からないけどさ。これが本当の七不思議?


「次は生徒会長の言葉。生徒会長お願いします」


 僕が下らないことを考えている内に、放送委員会一声の良い女子の委員から噂の生徒会長に対する呼び出しがかかった。

 さて、生徒会長はばっくれていないかな? 一つ賭けてみよう。まあ、博徒は僕一人しか居ないからオッズもクソも無い本当に娯楽だけの賭け事なんだけどさ。そんなことはどうだって良いんだ。この暑さから少しでも逃れることができるなら良いさ。

 良し、そうなればどうだ。僕はばっくれているに一つ賭けよう。さあて、どうだ。つまらないことはしないさ。天命賭けてね。だから生徒会長が登壇するまで僕は目を閉じていよう。聞き馴染みの無い生徒会長の声が聞こえるか、放送委員の困惑した声か先生の怒号が聞こえるか楽しみだ。


「えーっと、本日はお日柄もよく? いや、違げえ。こいつは間違いなく違う挨拶だ。じゃあ、なんだ? 考えてきてねえや」


 どうやら僕の賭けは、残念なことに負けてしまったらしい。僕の耳に届いたのは、低めのだらけた声だ。覇気がない声だ。

 生徒会長はどうやらばっくれることなく、仕事を全う? するらしい。

 僕は閉じていた目を開けて、壇上を見た。そこには右袖だけまくり上げたよれよれのワイシャツをだらっと着崩した鳥の巣みたいなぼさぼさを黒髪をポリポリと掻く、中肉中背の生徒会長が居た。髪が伸びすぎて、眼が隠れているのがクールだ。

 そして、そんな生徒会長は怠そうに何とか言葉を見つけようとする。多分、あのボサボサの髪の中で眉をしかめていると思う。そんな表情を感じさせながらも、生徒会長はふてぶてしく言葉を紡ぐ。あと、驚くべきことに、さっきまでうな垂れていた全校生徒の注目は壇上へと集まっている。これが生徒会長のカリスマ性? 


「まあ、なんですか? 色々と夏休み楽しい思い出など何だのがあると思いますが、羽目を外さねえよにしてくだせえ。警察にパクられたりすると色んな所に迷惑を掛けますし、何より親にクソ怒られます。で済んで止めましょう」


 生徒会長のそんなふてぶてしい言葉は、体育館を微笑で満たした。けれど、その笑みは何処か嘲笑的だ。まあ、委員長は普通に背を震わせて笑っているから全員が全員嘲笑的という訳じゃ無い。ちなみに、僕も心から笑っている。マジで面白い。

 


ご覧いただきありがとうございます。

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