3.
『次、蟻型!』
蜻蛉型に続いて、蟻型〈魔獣〉の一団が眼前に迫る。
蜻蛉型〈魔獣〉と比較して、速度で劣るが、圧倒的に数が多い。砂嵐のように、蟻型〈魔獣〉が前方の空間を埋め尽くしている。
蟻型と言うが、実際には蟻と蜂を掛け合わせたような姿形だ。黒い殻の印象で蟻型と称されているが、羽が生えているし、腹の先から針が生えている。
そして、蟻型とひとまとめに言っても、個体ごとに形や大きさが違う。顎や脚が発達している個体もいるし、羽の大きな個体もいるし、腹の先から拷問具のような凶悪な形の針が生えている個体もいる。
「言うのが遅い!」
『〈巨像〉のせいで魔力の波動がボケている! それより、退いてって何度言えば!』
「全部出して無理そうだったら退く。まだ、出し尽くしてねぇ」
ヴゥゥゥン。
無数の、耳障りな羽音が近付いてくる。
ギチギチギチ。
と、顎を鳴らす音が近付いてくる。
『全部出し尽くして死んじゃったら元も子もないでしょう!』
「頼む。まだ、退けない」
勇次は、ベルトのコンソールを指で叩いた。
「〈降霊機関〉始動!」
ふっと、勇次の体から力が抜けた。
蟻型〈魔獣〉が肉迫する。その強力な顎が嚙み付くかと思われた刹那、勇次の腕が首に巻き付き、円を描くように首をねじ切り、残った胴体を投げ飛ばした。投げた反動を利用して、ふわりと上昇。無重力状態から“足場”を形成して、ゆるやかに跳ぶ。
四方八方から蟻型〈魔獣〉が同時に襲撃する。
と、今度は全力で“足場”を蹴って急速回避。蟻型〈魔獣〉は速度で劣るが、小回りは利く。それでも尚、追尾出来ないタイミング。パワードスーツに頼ったがむしゃらな体の動かし方だったのが、体術を駆使した緩急自在な体の動かし方に変化している。
「〈巨像〉に変化が起きたのは、この一六年で初めてのことだ。ロゼ=バイディ=ビジョンが動き出した。間違いなく。ここは俺達が先手を取れる最初で最後のチャンスだ」
進路上の邪魔な蟻型〈魔獣〉を流麗な体術で捌きつつ、ひたすら〈巨像〉向かって邁進する。何十、何百、蟻型〈魔獣〉の首をもぎ取って、羽を千切って、へし折った針で突き刺して、墜として、殺して、それでも蟻型〈魔獣〉の優位は変わらない。左手の赤い光を使っても、包囲網が厚過ぎて、風穴を開くには至らないだろう。
「〈首輪〉の正体は皆目検討が付かないが、準備中の物を壊されたら、クソボケロゼだって困るだろう。困らせてやる。ことごとく台無しにしてやる。徹底的に追い詰めて殺してやる。まずはここが踏ん張りどころだ。ここで先手を取るか、それとも雪崩式に世界が滅ぶか。だから、頼む。私にやらせてくれ」
『勇次!』
「ああ、悪い、大丈夫だ。頼む。俺にやらせてくれ」
蜻蛉型〈魔獣〉以上の数。何千、何万、桁違いの。
蟻型〈魔獣〉の彼方に見える〈巨像〉は壁のような威容だ。
皮肉なことに、砂嵐の中を突き進んで、蟻が象に挑もうとしているかのようだ。この有り様では洪水と言ったほうが相応しいかもしれない。蟻が、洪水に抗って。
『“線”が見えなくなったら撤退して。それだけは、絶対に』
「最初からそのつもりだ。やるぞ。文句言うなよ」
ベルトのコンソールを素早く叩いて、
「〈短剣機関〉ポジティブドライブ!〈キメラスーツ〉リミッターカット!」
『馬鹿! なんのためにリミッターが付いてると思ってんの!』
「文句言うなって言ったろ!」
みちぃ、とパワードスーツの補助筋肉が膨れ上がった。
“足場”を形成、跳躍。パワードスーツの限界を超えた脚力によって人間砲弾と化す。
「ガァアアアアアアッ!」
進路上の邪魔な蟻型〈魔獣〉の顎を膝蹴りで潰し、さらに踵落としで撃ち落とす。
再度、跳躍。真っ直ぐ、最短距離。迂回など、しない。
蟻型〈魔獣〉の包囲網を強引に突き破っていく。
『甲虫型も来る!』
「全部、ブチ抜いてやる!」
蟻型〈魔獣〉の包囲網に、甲虫型〈魔獣〉が加わり始める。
甲虫型〈魔獣〉は個体ごとに形も大きさも全く違う。カブトのような一本角やクワガタのような二本角、角の生えていない個体もいる。あえて言うなら蟻型は軽装兵、甲虫型は重装兵のようなものだ。大きくて、硬い。
包囲網は厚みを増したが、しかし勇次の突進は止まらない。殴る。蹴る。投げる。千切る。へし折った針や角で突き殺す。蟻型だろうと甲虫型だろうと片っ端から排除して、こじ開けた道を全力で駆け抜けていく。
『魔力の波動を感知!』ほとんど悲鳴のように、『〈巨像〉の攻撃!』
「〈短剣機関〉ネガティブドライブ!」
真っ正面の〈巨像〉の腹から光線が斉射される。
左手を前方にかざして、赤い光の楯を展開する。
蟻型〈魔獣〉は次々と光線に撃ち墜とされていくが、甲虫型〈魔獣〉は光線に耐えながら、体当たりを仕掛けてくる。幸運にも光線を免れた蟻型〈魔獣〉も、逃げるような真似はせず、機械的に特攻を仕掛けてくる。
『リミッターを戻して! ポジティブドライブなしじゃ体が保たない!』
「駄目だ! もうすぐなんだ、もうすぐ!」
光線の斉射を続ける〈巨像〉の腹部まで、あと二キロメートルを切っていた。
パワードスーツの脚力であれば、わずかな距離。
「突っ込む!」
赤い光を維持した状態で全速前進、一気呵成に駆け抜ける。
紫色の光線が赤い光と対消滅するにぶい感触が腕に伝わってくる。進路上に現れた〈魔獣〉も赤い光で轢き殺す。体の一部を赤い光に抉られた〈魔獣〉が落下していく。
左手を前方にかざした状態で走っている為、前以外に対処出来ない。時折、背中や肩を蟻型〈魔獣〉の脚や甲虫型〈魔獣〉の角が掠めていく。それだけで体は揺れる。姿勢が崩れそうになっても“足場”を踏み締め、堪えて、駆け続ける。そして、
「お邪魔しまァアアアアッ!」
〈魔獣〉の包囲網を抜けた。そこには灰色の壁。いや、〈巨像〉。
ダン、と猛烈な勢いで〈巨像〉の上に着地する。
着地の衝撃で六角形の構造体が罅割れ、破片が舞い散る。
「〈短剣機関〉ポジティブドライブ!」
赤い光の維持を解き、重力に逆らって真上に疾走開始。構造体の凹凸と“足場”を交互に踏むようにして駆け抜ける。
構造体が唸りを上げ、変形する。中央が盛り上がり、砲口が開くと、紫色の光線が撃ち上げられる。巣穴が開き、〈魔獣〉が産み出される。




