2.
〈巨像〉
全高六三四メートルの巨大なゴーレム。
遠くから見ると泥人形だが、間近で見ると、人間の細胞のように、六角形の構造体が集合している。その直径は約二メートル。何万個か、いや、何億、何兆個かも知れない、構造体は〈巨像〉の動きに合わせて有機的に伸縮し、歪に形を変え続け、まるで生きているかのようだ。
ィイイイイイイン。
と、エンジン音に似た唸りを上げ、それら構造体が一斉に変形を開始した。中央が盛り上がり、穴が開く。何百、何千、何万の砲口が出現する。それら砲口は一瞬、紫色の光を溜め、そして次の瞬間、紫色の光線の掃射が大地を灼いた。
横殴りの雨のように、降り注ぐ光線。
廃墟と瓦礫が撃ち砕かれ、微塵に分解される。破片が吹き飛び、粉塵が舞う。
と。
粉塵を突き破って、パワードスーツが現れる。
透明の“足場”を踏んで、蹴って、跳んで、空中を駆け抜ける。
勇次は掌を前方に向けた。その空間に透明の〝足場〟が形成される。透明だが、その空間だけ光の屈折率が変わる為、目を凝らせば、その空間が歪んで見えることが分かる。その〝足場〟を踏み、蹴って、跳んで、再加速。
『次、〈魔獣〉が来る!』
「分ァってる!」
〈巨像〉の全身が再度、発光する。しかし今度は光線ではない。
小虫のような、黒い点が続々と放出される。
小虫と言っても、彼我の距離は一〇キロメートル以上。実際には、人より大きい。
〈魔獣〉
便宜上獣と称されているが、実際の姿形は昆虫に近い。人より大きいが。大小種類は様々だが、共通の特徴として、勇次の着用しているパワードスーツの装甲と似た、黒い殻を身に纏っている。
〈巨像〉から吐き出された〈魔獣〉の群れの中から、特に速度に優れた一団が突出し、急速に距離を詰め、勇次に迫る。勇次も“足場”を駆け、その一団に迫る。
ヴゥゥゥン。
無数の、耳障りな羽音が近付いてくる。
『蜻蛉型の射程距離に入った!』
蜻蛉型の名の通り、細長い翅と腹を持った〈魔獣〉の一団。殻を纏っている為、首の短い竜のようにも見える。その数、少なく見積もって百は下るまい。接触まで、あと数百メートル。
だが、接触に先んじて、蜻蛉型〈魔獣〉は一斉に紫色の光球を吐き出した。先程〈巨像〉の全身から撃ち出された光線と同色の、人間の頭くらいの大きさの光球だ。
〈巨像〉の光線より、遅い。しかし、射線間の間隔が狭い。
「フゥゥッ!」
勇次は“足場”を連続で形成し、三次元的な軌道で回避行動を取る。
パワードスーツで強化された脚力と加速を繰り返して得た高速度にとって、もはや重力は無意味。上下左右天地無用で縦横無尽に跳ね回り、光球の十字砲火をかいくぐり、蜻蛉型〈魔獣〉の集団の中に突入する。
「オラァッ!」
蜻蛉型〈魔獣〉の背中を踏み抜く。黒い殻が割れる。そうして蜻蛉型〈魔獣〉を足場代わりにして再び跳ぶ。
同士討ちを避けるためか、集団の中に入ってしまえば、蜻蛉型〈魔獣〉が吐き出す光球の数は格段に減る。その代わり、直接的な攻撃が始まる。
蜻蛉型〈魔獣〉の頭部は巨大な複眼と巨大な顎によって占められている。由来となった蜻蛉と同じように、この蜻蛉型〈魔獣〉も高速飛行しながら獲物を捕食する。
勿論、〈魔獣〉の獲物は人間だ。
“足場”を形成し、あるいは蜻蛉型〈魔獣〉を足場代わり疾走する勇次の周囲を徐々に蜻蛉型〈魔獣〉の集団が詰めていく。ギチギチと顎を鳴らしながら。
アドバンテージは数の暴力によって減退していく。潰しても潰しても蜻蛉型〈魔獣〉の数は減らない。時間が経てば経つほど、むしろ数は増えていく。数が増えれば増えるほど逃げ道は狭くなっていく。
包囲の隙間を穿つように、光球が撃ち込まれる。
避けることも受け流すこともできないタイミングで。
「しまっ」
蜻蛉型〈魔獣〉に大した知恵はない。だがしかし下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるのことわざのように、そのラッキーショットは勇次の脇腹を抉るような角度で命中した。
パワードスーツの装甲に当たった光球は小さく爆ぜた。しかし、その衝撃は凄まじく、
「グガァッ!」
パワードスーツの装甲は無事でも肋骨に罅が入り、内臓が損傷した。
さらに、失速した体は落下を開始し、蜻蛉型〈魔獣〉が殺到する。
『無理よ、抜けられない! 退いて!』
「〈短剣機関〉マイナスドライブ!」
『駄目、使わないで! あなたの体は、もう!』
蜻蛉型〈魔獣〉の群れに左手を突き出す。
と、左手の装甲が花弁のように開き、赤い光を放つ内部が露出する。
「フルバーストォッ!」
赤い光が前方の空間に放射される。
爆発的な赤い光の奔流に触れた蜻蛉型〈魔獣〉が次々と塵に還っていく。
そして、ぽっかりと空間に隙間ができる。
「〈短剣機関〉プラスドライブ!」
叫びながら“足場”を形成、加速を再開する。
最短距離を一直線に駆け抜け、蜻蛉型〈魔獣〉の包囲を一気に抜ける。
蜻蛉型〈魔獣〉の群れを背後に置き去りにし、安全な空域に達したかと思われた瞬間、
『〈巨像〉の攻撃が来る!』
〈巨像〉の全身が発光していた。
「〈短剣機関〉マイナスドラァァァッ!」
次の瞬間、〈巨像〉の全身から光線が降り注いだ。
さっきより近付いている分、射線の角度がきつくなっている。
広範囲の空間を光線の雨が灼き尽くす。蜻蛉型〈魔獣〉も巻き添えを喰らって次々と撃墜される。その破壊の雨の中を左手から放つ赤い光を傘代わりにして突き進む。赤い光と紫色の光が対消滅したにぶい感触が左手に何度も伝わってくる。
やがて、光線の雨は止んだ。
しかし、次の〈魔獣〉の群れが接近を果たしていた。
『勇次、もう退いて! それ以上〈短剣機関〉を使ったら!』
「まだ、無理じゃねーよ」
“足場”を形成。踏んで、蹴って、跳んで、加速。前へ。
「まだ、ほんのちょっぴり寿命を削ってるだけだ。そンくらいでッ!」
〈巨像〉まで、あと五キロメートル前後。
〈巨像〉の胸部の小さな光源が視認できる位置まで近付いてきた。
紫色の光が明滅する水晶体。直径は約二メートル。〈首輪〉に見えなくもない。




