4.
〈巨像〉は地響きを上げながら歩き続ける。その体の上の戦いを意に介さず。もしも〈巨像〉に喋ることが出来たら、虫がまとわりついているだけだ、とでも言うのだろうか。
「オラァァッ!」
蟻型〈魔獣〉の頭部を鷲掴み、〈巨像〉の構造体に叩き付ける。黒い殻が割れ、蟻型〈魔獣〉の白い体液が飛び散る。
頭上から降ってきた蜻蛉型〈魔獣〉の光球を横っ飛びに跳んで回避しつつ、甲虫型〈魔獣〉に急接近して、その一本角を肘と膝で挟撃してへし折る。へし折った角をくるっと回してキャッチ、槍投げの要領で投擲して蜻蛉型〈魔獣〉を見事、串刺しにした。
『〈魔獣〉の増加が多過ぎる!』
「少ない! 記録ではこの三倍出るはず!」
『それはそうだけどッ』
と、喋ってる間に、蜻蛉型〈魔獣〉の死骸は勇次の背後へ落下していった。
〈巨像〉の腹の上という、この戦場では上が前で下が後ろだ。
〈魔獣〉は空を飛び、あるいは構造体に強い脚で張り付いている。勇次はパワードスーツの脚力と“足場”を駆使し、高速力で重力を振り切っている。
『どうすんのよコレ!』
見渡す限りを〈魔獣〉が埋め尽くしている。
何万、何十万、まさか何百万。蜻蛉型、蟻型、甲虫型。空を飛び、構造体を這い、中心の勇次を取り囲み、津波のように押し寄せてくる。
新たに蜘蛛型〈魔獣〉も構造体から這い出してくる。アシダカグモのような八本の長い脚のせいで他の型の何倍も大きく、しかも図体の割に素早い。
勇次の前方に蜘蛛型〈魔獣〉が現れ、ドリフトターンのような旋回機動で勇次を捕らえようとするが、勇次はスライディング気味に蜘蛛型〈魔獣〉の股下をすり抜けて、
「ここまで来て退けるか!」
ズゥン。
地響きと共に、大地震のような震動。巨大な〈巨像〉が歩くと、その体表面上に発生する乱気流も凄まじい。震動と乱気流によって空間全体が攪拌される。踏ん張り損ねて吹っ飛んだ蜘蛛型〈魔獣〉が勇次の背後へ落下していく。
と、勇次の体が後方へ引っ張られる。
勇次の肩に蜘蛛型〈魔獣〉の糸が絡み付いていた。
そして、勇次の体が硬直した隙を狙って、勇次の足元の構造体が砲口を開く。
「チィッ!」
“足場”を連続形成、後方へ連続跳躍。勇次を追って次々と光線が撃ち上げられる。
さらに後方へ飛び、きりもみ回転で光線を避けながら、
「ネガティブドラァッ!」
這い上がってきた蜘蛛型〈魔獣〉の頭部と、その糸を赤い光でまとめて一刀両断。
頭部を失った蜘蛛型〈魔獣〉は今度こそ為す術もなく落下していく。
危機は脱したが、またしても一進一退。〈首輪〉まで一〇〇メートルを切ろうというところで何度も何度も津波に押し流されて前進と後退を繰り返している。いや、それどころか少しずつ引き離されている有り様だった。
『ああ、もう! 意地張るんだったら腹ァ括りなさい! スパイラルバーストの使用を許可します! チマチマやるより、そっちのほうが消耗は抑えられる!』
「試作段階だったろ! いつの間に積んだんだ!」
『こんな時のための〈占術機関〉でしょう、どうせ無茶するんだから今無茶しなさい!』
「博打打つための〈占術機関〉じゃねーよ! クソ、ブチギレやがって」
〈魔獣〉の向こう側に〈首輪〉は見え隠れしている。
〈巨像〉の胸部。紫色の光が明滅する水晶体。直径約二メートル。
距離、約一〇〇メートル。パワードスーツの脚力であれば一気に駆け抜ける距離だ。四方八方から飛来する〈魔獣〉さえいなければ。
フルバースト状態の赤い光は前方以外の防御が疎かになってしまうので、この密度の中を突っ切るには心許ない。横っ面を殴られて、足が止まってしまったら、あっという間に全身を食い尽くされるだろう。
しかし、もしも〈魔獣〉の妨害をまとめてブチ抜くことができれば。
まっすぐ、まとめて、全部。ブチ抜くことができれば。
「クソ虫共、ブチブチキレキレブチ抜いてやる!」
“足場”を形成、跳躍。緩やかに、ターゲットを見据えながら。
四方八方から〈魔獣〉が押し寄せてくる。視界が黒で埋め尽くされていく。
この漆黒の先で〈首輪〉は瞬いているのだ。そのわずかな光を視界の中央に捉える。
「〈短剣機関〉ネガティブドライブ!」
“足場”を形成、踏み締める。みちぃと脚部の人工筋肉が膨れ上がる。
ベルトのコンソールを叩いて操作。左足の装甲が展開し、赤い光を放つ内部が露出する。
赤い光は徐々に強くなって、
「スパイラルバーストォオオオオオオッ!」
絶叫と共に全力全開、最大出力で跳躍する。それは跳び蹴りの体勢。
左足の赤い光が円錐状に全身を包み込み、ドリルのような、螺旋回転を始める。
〈魔獣〉の包囲の中に突っ込む。
最初の〈魔獣〉が赤い光に触れて消し飛ばされた。
螺旋回転は速度を失わず、高速を維持して〈魔獣〉の包囲を突き破っていく。赤い光に触れた〈魔獣〉は体の一部を、あるいは全部を抉られていく。
後方以外の全方位が攻撃力だった。そして後方から攻撃されることはない。後方は勇次が通った跡なのだから、ぽっかりと風穴が空いているだけだ。
「オォオオオオオオオオッ!」
〈巨像〉の頭部の構造体が砲口を開き、胸部目指してかっ飛んでいく勇次に光線の集中砲火を浴びせる。赤い光と紫色の光線が対消滅する。それでも尚、止まらない。
赤い光は迸り続け、潰えることなく、まっすぐ、まとめて、全部、ブチ抜いていく。
そして一〇〇メートルの跳び蹴りが〈首輪〉に突き刺さり。
棺に似た、六角形の水晶体がひび割れて砕け散った。
中身を確認する為、勇次は赤い光を解いた。
「なにッ」
水晶の破片と共に、それが零れ落ちる。
それは、いや、彼女は、剣を胸に抱えた裸の少女だった。
「馬鹿な、一六年前と同じッ」
『勇次、何があったの! 強力な魔力の波動が突然現れて!』
勇次は少女を両手で抱きかかえるように受け止めた。
「少女のままの姿だと」彼女の容貌に見覚えがあった。彼女は眠っているようで、瞼を閉じていたが、間違いようがなかった。「そんな、まるで魔法」そこまで自分で言って、ふと思い出す。一六年前、彼女が魔法の名を冠する存在であったことを。
「〈魔法少女〉桜咲夜!」




