3-1 初めての魔道具・1
バネッサがギルと出会って、2年ほど経った。
ギルの自宅兼事務所の物置部屋を改装した部屋に住み始めてから、バネッサは採掘と日本語の勉強に勤しんでいた。
採取師見習いとして、彼女に採掘をさせているが、なかなか筋が良いとギルはバネッサを評価している。
根が真面目なのだろう、コツコツと手を抜かず作業をしている。
ギルはバネッサが掘りだした鉱石をきちんと査定し、正当な報酬をバネッサに渡していた。
「無駄遣いするんじゃねえぞ」
「わかり、ました。貯金箱、入れます」
と言いつつ、バネッサが裏でこっそり駄菓子などを買っているのを知っていたギルだが、まあその程度ならと目を瞑っていた。
とはいえ、金もある程度貯まってきただろうから、採取師の必須アイテムをそろそろ買わないとな、とギルは考えた。
家庭教師の美也子先生が帰った後、風呂上りのバネッサに声をかける。
「明日、お前のセンサーを買いにいくぞ。貯金箱の金を数えておけ」
◇ ◇ ◇
魔道具は元々は転生者が転生時に所有していた魔法アイテムを、職人が複製して作成したものとされている。
完全なコピーではない。「魔道具なんてものは劣化したレプリカ」などと言う者もいるが、職人たちの努力で「現場で使える便利な道具」に進化して現在に至る。
「センサー」は転生者社会で使われる魔道具で、一番広く使われているものだ。
作る職人によって構造や特性および性能は変わるが、ある種の魔法波を周囲に放ち、その反応を検知するという機能を持つ、現代におけるレーダーやソナーのようなものがセンサーだ。
採取師は採掘活動中は、他者、特に一般人(非転生者)との接触を避けなければならない。
このため「移動する人間」向けの調律をしたセンサーを使う。
気の利いたセンサーなら「金属類」に調律した魔法波を交互に放ち、「武装している可能性のある人間」といった捜索も可能となる。
また、採掘をする鉱石の捜索にも使う。
目的の鉱石向けに調律する手間があり、地中にあるため大まかな予想にはなるが、それでも無計画に掘り続けるよりはましだ。
採取師見習いは、まず師匠の元で鉱石を掘り、それで得た収入を貯めて自分のセンサーを買うというのが最初の目標となる。
◇ ◇ ◇
久しぶりに電車に乗る。
バネッサは最初、この大きな鉄の乗り物が怖かったが、今では流れる風景を楽しむ余裕がある。
美也子先生と一緒に買った薄い緑色のワンピースを着たバネッサは、今日初めて会う商人の事を考えて少し緊張しながらギルの隣に座っていた。
ギルの住む地域には魔道具職人も、それを取り扱う商人もいない。
そのため、ギルとバネッサはギルが懇意にしている魔道具商人の店がある都市へ向かっていた。
ギルが住む地方では最大の都市に着く。
「わあ、ギルさん。大きな、新しい、ビルが、できてます」
「ああ、前来たときは工事中だったな、ここ」
「高い、ですねー、登れ、ますか」
「また今度な。今日はダメだ」
「残念、です」
昼時だったので牛丼屋で昼飯をとることにした。
ギルは普通の牛丼。バネッサはカレーを食べる。
(こいつ、いつもカレーだな。牛丼きらいなのか?)
無頓着にカレーを頬張るバネッサを横目で見るギル。
駅前からバスに乗り、少し離れた場所にある小さな商店街へ向かう。
魔道具を取り扱う商人は多くない。
職人と人間関係をきちんと結んだ商人にしか職人が道具を卸さないからだ。
また、堂々と店舗を開くこともない。非転生者の目から隠れるため宝石店や古物商といった表向きの店舗の裏で魔道具を取引するケースが多い。
ギルが懇意にしている魔道具商人はまだ店舗を持っておらず、質屋の2階の片隅を間借りして、机と椅子を並べて商いをしていた。
「おお、ギルさん、久しぶりだね」
「景気はどうだい、ギンさん」
久しぶりの再会。
ギルと魔法具商人はたわいない、しかし商人同士の探り合いも交えた雑談をする。
バネッサはギンという魔法具商人をぼんやりみていた。
中肉中背、格闘向けの身体付きではない。
繊細そうな手指。ネクタイはしていないが清潔感のある整った身なり。
居酒屋に居ても電車の中でもどこでも溶け込むような雰囲気。
少し長めの頭髪に銀縁のメガネ。髭は無い。白い歯。
バネッサの視線に気が付いたギン。
「で、こちらが噂のお嬢さんかな?」
「ああ、バネッサ、挨拶しろ」
「は、はじめまして。バネッサです。採取師、見習いです」
うんうん、とニコニコ笑うギン。
「美人さんですね。日本語もお上手だ」
「あ、あの、……ありがとう、ございます」
「採取師見習い、ってことはセンサー、かな、ギルさん」
「ああ、そろそろ自分のを持たせようかなってね」
「じゃあ、『適正』をまず見ないとね。バネッサさん、こちらにお掛け下さい」
ギンが、小さなテーブルの前の椅子に手を向けた。
「は、はい」
バネッサは緊張しながら、椅子に座った。
◇ ◇ ◇
ギンがテーブル横に置いてある小さな戸棚から、手のひらより少し大きい金属の円盤を取り出す。
濃い青色の小さなクッションの上に円盤を置く。
円盤の外周には色々な色の宝石(?)が飾ってある。
綺麗な道具だな、とバネッサは円盤を見つめていた。
「じゃあ、バネッサさん。この溝に沿って、指をゆっくり回してくれるかな」
「は、はい、こうですか」
溝は宝石の内側にそって円を描いていた。そこに合わせて時計回りに人差し指でなぞる。
「もっとゆっくりで。……ああ、いいね。しばらくそのままでお願いね」
十周くらいゆっくりと、指を円盤の上で回した。
「……はい、ありがとう、もういいよ」
バネッサの後ろで腕を組んでいたギル。
「どうだい、ギンさん」
「面白いねえ……良くも悪くも無いって言ったところかな」
「……平均並み、というところか」
ギルは少し落胆した。
「ああ、言い方が悪かったか、すまない。珍しいんだけど、この子には特に良い相性も、悪い相性も無いようだね」
「ほう?」
「つまり、装備できない魔道具が無いってことだね。こちらとしては提案できる種類が多くなるので助かるよ」
「しかし、魔道具の性能を高めることもできないってことかい?」
「……まあ、そうだけどね。でも大したデメリットじゃないよ」
ギルは何だか、器用貧乏っぽいなと思ったが口には出さなかった。
「じゃあバネッサさん。次は『耐性』について調べようか」
「たいせい?」
「さっきのは『適正』、つまりバネッサさんがどういう魔道具を使えるのか調べたんだけど、今度は魔道具を何個同時に身に着けられるかを調べるんだよ」
「は、はい」
バネッサはよく分からないが、横にいるギルが特に何も言わないので問題無いのだろうと素直に従った。
ギンは指輪を数個戸棚から取り出した。
「バネッサさん。今は何も魔道具を身に付けてないよね?」
「はい、ギンさん」
「では、この指輪を付けてみて。どの指でもいいよ」
赤い宝石が付いた指輪を左手の中指にはめる。
気のせいか、指輪があたたかくなった。
「じゃあ、次はこの青い指輪を違う指にはめてみて」
言われるがままに今度は右手の中指にはめる。
ギンは胸から黒い万年筆を取り出し、バネッサの目の前で縦に持つ。
「バネッサさん、このペンの先を見て。ゆーっくり動かすから目だけで追ってね」
ギンはゆっくりと万年筆を右へ左へと動かす。
「うん、問題なさそうだね。普通に二個持ちはできそうだね」
普通の転生者は魔道具を二つ装備できる。これは平均レベル。
「じゃあ、次はこの緑色の指輪をつけてみてね」
今度は左手の人差し指につけてみた。特に変わらず温かく感じる。
ニコニコとバネッサの顔を観察するギン。
「じゃあ、またこのペンの先っちょを目だけで追ってね」
何の意味があるのだろうと、バネッサは疑問だったが素直に万年筆を目で追った。
「……うん、三個持ちもいけそうだね」
「へえ、良かったなバネッサ」
「はい、ギルさん」
「じゃあ、この黄色の指輪付けてみて、バネッサさん」
「はい」
右手の人差し指に着ける。変わらず温かい。
すこし緊張の色が見えるギン。メガネの奥の目が鋭くなった気がする。
「……バネッサさん、気分は悪くない?」
「はい、絶好調、です」
先ほどからの万年筆を目で追う儀式(?)。
バネッサは少し退屈になってきた。
「ギルさん、……四個持ち、いけたよ」
「……おお、すごいぞ、バネッサ」
テストが終わり、ギルとギンは言葉なく視線を交わした。
六個持ち。
バネッサは7個目の指輪で初めて眩暈を感じた事を伝えた。
「こいつは……六個持ちというのは、僕も初めてお会いしたよ」
「俺だって今まで会ったことないぜ」
二人の真剣な顔を見て、バネッサは自分が何かやらかしたのかと不安になった。
◇ ◇ ◇
転生者社会に文書の形で残っている、魔道具の同時装備数の最高記録は「八個持ち」。
古い記録であるため、これは一部の商人からは、どこかの豪商のホラ話じゃないかと揶揄されるほど、疑われる事もある、化け物級の記録である。
「七個持ち」は商人ギルドが持つ正式記録の3名。うち一人はギルも駆け出しの採取師のころ遠目に見かけたことがある老観測士だ。英雄級の転生者だったが十数年前に亡くなったと聞いた。
しかし、「六個持ち」とは。
ギルは言葉がでなかった。
喜んで良い筈なのだが、どのように受け止めたら良いのか分からなくなっていた。




