2-2 美也子・2「一目ぼれ」
ギルは2年程前に独立して会社を作った。
といってもスタッフ2名程度のまだまだ小規模なもの。
先日、転生してきた女の子を保護したが、日本語がまったく会話できない。
本来ならば専門の講師を雇うなどするのだが、商売がまだ軌道にのっておらず、金銭的に厳しい。
その相談を受けた際、美也子兄は妹が力になれるかもしれないと言った。
外語大卒、教員免許も持っている。暇そうだから自分の会社で働かせていたが、もっと勉強してきた事を活用させたいと語った。
父親は同意したが、転生者に関する背景の説明をする必要がある点が不安だった。
娘には転生者関連については関わらせるつもりは無かったが、その辺りの説明どうしたものか困ったので、実際ギルと合わせてみようと今日この部屋に集まったのだ。
◇ ◇ ◇
「お話は理解……できたと思います、ただ」
兄の思惑は察している。自分のことを思っての提案なのだろう。
「日本語の講師がつとまるか自信がありません」
当然だ。日本語を教えるなど、そんな専門の教育は受けていない。
期待に応えられる気がしない。
頭を下げる。内心、なにか悔しい気持ちがある、が。
「すみませんが、こん──」
「ちょっと待った!……あの、美也子さん、…ちょっと待ってくれ」
ギルが大声で美也子の声を遮る。
今までの紳士的な口調と変わっている。こちらが素なのだろう。
「一度会ってみてもらえませんか、……うちのバネッサに」
「え、……あの、あ、会うだけなら……」
◇ ◇ ◇
美也子はベッドで本を読むが、今日は全然内容が頭に入ってこない。
私は人づきあいが下手だ。
夢いっぱいで入った大学のキャンパス。
新しい友人、アルバイト、サークル活動。
最初は楽しかった。ただ、年月が過ぎるごとに息苦しくなる。
分かっている、自分の性格が人を遠ざけている。
私はつい本音を言ってしまう。それが正しいと思うからだ。
ただ、正論は人を傷つける。友人たちは自然と美也子と一定の距離を保ち、必要以上に親しくなろうとしなくなった。みな、優しかったが、美也子はいつも彼らとの間に見えない壁を感じていた。
子供に日本語を教えるなんて、できっこない。
それでも、教育実習は楽しかった。
子供は嫌いじゃない。数週間だったか、忙しかったが楽しかった記憶もある。
実習中は大学生活の中でも息抜きができた時期だった、気がする。
やんちゃな男子生徒におっぱいをバンバン叩かれた。
本気で叱ったが、あの子はまともに育っているだろうか。
就職活動時期、美也子は軽いうつ状態だったのだろう。
学友たちが就職を決めていく中、ぼんやりと過ごしていた。
帰省時、見かねた兄が自分の会社に入るかと声をかけてくれた。
未だに、自分は自分が何をできるのか分からず立ち止まっている。
◇ ◇ ◇
翌日。
午前中、車の教習所で講習を受けた後、電車で指定された駅に向かう。
改札前にギルが立っていた。
「美也子さん、こっちです!」
分かってます、見えてますから、そんな大声で恥ずかしい。
昨日は上等なスーツ姿だったが、今日はポロシャツとデニムのスラックス、頑丈そうな靴。
こちらが本来のギルさんなのだろう、立ち姿がしっくりくる。
駅前はそこそこ栄えているが、街のすぐ後ろに山が迫っているのが見える。
大通りをギルと連れ立って山の方向に歩く。
ギルがあそこの中華は美味しいとか、あそこはいまいちなど説明しながら歩く。
そうなんですか、とかへーとか無難な返しをする美也子。
程なく、中層の古いマンションに着く。
「すみません、オフィスとか言いましたが自宅兼事務所でして」
「立ち上げ時はそんなものですよ、私は気にしません」
「でもあっちの方にちょっと大きな倉庫借りてるんです」
「そ、そうなんですね」
恐らく倉庫は自慢ポイントなのだろうが、どう返して良いか分からない。
古いが作りがしっかりしているマンションだ。手入れも行き届いている。
すぐ近くに山が見える。良い景色だ。
いい風が吹いてきて、美也子は緊張がほぐれてきた。
「ただいまー、あ、どうぞおあがり下さい」
入ってすぐ右の部屋に通される。応接室だろうか。
ソファー、ローテーブル。反対側には大きな地図が一面に貼ってあり、ところどころにピンが差してある。
大通りから外れている為か、車の音もなく静かだ。軽く煙草の香りがした。
コンコンとノック。
トレイにお茶をのせたギルが入ってきた。
その扉の奥に、金色の髪の毛と緑色の瞳が見えた。
「おい、入ってこいって」
テーブルにお茶を置いたギルが扉に向かって呼びかける、が。
入ってくる様子が無い。ため息をついてギルが戻り手を引いてくる。
美也子は驚いた。女の子、とだけ聞いていたので小学生位を想像していたのだが、十代の後半くらいの年齢に見える。
金色の髪が美しく輝いている。
緑の瞳が不安そうな色をしているが、笑ったらもっと愛嬌が出るだろう。
お化粧の類はしていないが、総じてとてもきれいな女の子だ。
ギルがバネッサを促し、隣に座らせる。
「えー、こいつがその、バネッサです」
「……はい」
次の言葉が見つからない。
と、金髪の娘はすっと立ち上がり、ギルを指さした。
「ぎるさん」
そして自分を指さし言った
「ばねっさ」
いきなりの自己紹介に度肝を抜かれる美也子。
「こっぷ」
「ちず」
「いす」
次々に物を指をさし、名前を言うバネッサ
一拍置いて美也子を指さす。
無言。
美也子は、慌てて自分を指さした
「美也子、みやこ、です」
「……みやこ」
バネッサは小さくつぶやいて、ソファーに座り、ギルをちらりと見た。
ギルはうんうんとうなづいた。
「……という、状態でして。日本語がまだまだ……あの、美也子さん?」
なにこの、可愛いの。すごい、こんなの見た事ない。
「美也子、……さん?」
バネッサから目が離せない。ギルさんが何か言っている?
ええ、どうしよう。お持ち帰りしたい。
「あのー、……すみません、美也子……さん?」
我に返った美也子は、家庭教師を務めることを宣言。
お金は要りませんと言い出すが、さすがにそれはとギルが止める。
ギルに電話を借り、兄に電話する。
「お兄ちゃん、私、会社やめます」
呆気に取られているギルに、美也子が一礼する。
「ギルさん、準備がありますので、今日はこれで失礼します」
「あ、はい」
「ではまた明日。バイバイ、バネッサちゃん」
美也子さんって、こんな人だっけ?
ギルは日本語講師を確保できた嬉しさも忘れて困惑していた。
美也子は電車に飛び乗り、県立の図書館へ向かう。
今後、必要になりそうな書籍や教材のリストを作成する。
帰り道の繁華街にある書店で教材の注文した後、文具店へ向かいかわいいノートや筆記具を買った。
ドーパミンがあふれている。ずっとドキドキしてる。
美也子は暴走している自覚はあるものの、止められなかった
それから一週間、美也子は午前中は教習所、午後は図書館、夕方にバネッサに会いに来て、帰宅後深夜まで勉強をするという生活だった。
兄には退職のことを丸投げにしてしまったが、特に小言を言われる事もなかった。
もともと、事務職の手伝いの、さらにその手伝いをする程度の仕事しかしていなかったので大して影響はないだろう。退職の挨拶の時、職場の皆が残念がってくれたので申し訳なく思ったが、美也子は生まれて初めて見つけた自分の目標に向けて歩き始めていた。
◇ ◇ ◇
美也子兄がギルに電話をする。
「まあ、結果妹が講師を引き受けたという事で、結果はOKなんだよな」
「ええ、大変ありがたいです。ギャラも相当安くしてもらえましたし」
「うちも妹がやる気をだしているので、まあ、何というか、嬉しいんだけどさ」
「バネッサも懐いているようで助かっているんです、けどね」
二人とも思っていた。
……思っていたのとなんか違う。
◇ ◇ ◇
目の下に薄くクマを作った美也子が、ギルに書類を提出した。
今後のカリキュラムとスケジュールをまとめたものだ。
教材などの必要経費もしっかり記載されている。
バネッサの負担を考え、レッスンは週3にするそうだ。
「大変ありがたいです、美也子先生。俺側からは文句ありません」
「はい、ではこの通り進めますね」
「しかし、このスケジュール、ほぼ毎日こちらにお越しになるように見えるのですが」
「はい、あ、もちろんレッスン日以外の報酬は不要ですよ」
「え、美也子先生、負担になりませんか」
「いいえ、その他の日は、私のご褒美なんです」




