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1-2 異世界生活のはじまり

焚火の前。

商人のギルは、先ほど出会った若い娘の前に座っていた。


白い甲冑を装備した娘はギルの夕食であるシチューをがつがつ食べている。


戦闘職。小柄だががしなやかそうな身体だ。武装は腰の短剣だけのようだ。

白い甲冑は軽甲冑の類か。必要最低限の部位しか守っていない。

リュックなど荷物を持っていない。どこかに置いてきているのか、もしくは転生時から持っていなかったのか。


シチューを食べながら、緑色の瞳でこちらを観察している。目は良さそうだ。

ここ数日、森を迷っていたのだろう。消耗度合いから数日はまともに食事をしていない様子。


心細かっただろう。


身振り手振りで、あっちにもっと飯があると伝えた。

数秒、じっとこちらを見て、こくりとうなずく。


ロープを伝い崖を下り、道路まで歩く。

娘は舗装された道路を見て、アスファルトを不思議そうにかかとで蹴っていた。


公衆電話でスタッフに連絡し、森の入り口まで車で迎えに来てもらう。

街中では白い甲冑は目立つし、なにより娘の消耗具合も気になったからだ。


娘は自動車を怖がっていたが、何とか落ち着かせて後部座席に座らせた。


商人ギルドで正会員になるには、転生者を3名保護して生活能力を与えるという条件がある。

ギルは商人として独立してから間もないが、こんな早く最初の転生者と出会えた幸運に内心震えていた。

しかし、何の用意もしていないため、これからどうしたものかと困惑もしていた。


自宅兼事務所に到着し、途中コンビニで買った弁当と牛乳を与える。

ひとまず、応接室のソファーに寝かせた。


送り届けてくれたスタッフと明日以降のすり合わせをする。


新しく部屋を借りる金もない。

物置部屋を改装して、娘の部屋にすることにした。

殺風景な部屋だが、娘は素直に中古の二段ベッドに丸まった。


翌日、娘の名がバネッサだと分かる。


日本語学習も必要だが、衣服や生活用品などをどうするか。

ギルも商会のスタッフ2名も男性。全員、体育会系で女っ気もない。


知り合いの商人の女性スタッフに、飯を奢るからと協力してもらい、外出用や部屋着、寝間着、下着、靴など見繕ってもらった。

歯ブラシなどの小物も買う。想像していたよりも細かな出費がつづいた。


ギルは転生者の保護が想像以上に大変なものだと痛感した。


◇ ◇ ◇


食卓でレンジで温めたチャーハンをパクパク食べるバネッサ。

ギルの好物だが、バネッサも気に入っているようだ。


日本語が話せず、ただ日々を飯を食って生きているバネッサ。


このままじゃ、なぁ。


ギルはどうしたものかと考える。通常は転生者を保護した後、まずは日本語教育を行うが、ギルは事務所を立ち上げたばかりで、専門の日本語講師を雇う金銭的余裕が無い。


自分が昔、日本語学習で使っていたテキストを使ってバネッサに教えてみたが、こういう方面の才能は無かったギル。

なかなか成果が出ず、とりあえず物の名前を教えて過ごしていた。


後日、協力者(転生者ではない日本人)に美也子先生を紹介してもらうまで、そのように過ごしていた。


◇ ◇ ◇


与えられた部屋の中でバネッサは、夜な夜なベーコン・ドリームの謎について調べていた。


分かったのは主に下記の2点だ。


・槍は15分以内に<倉庫空間ストレージ>に戻せばパニックにならない

・槍は消滅した後、6時間程度で復活する


槍が崩壊して消えると、パニックになる原因は分からない。

何かの呪いなのかもしれない。一旦そのように考えておくことにした。


ある晩、槍の実験に失敗して号泣してしまい、ギルが部屋に飛び込んで来た。

しかし日本語が分からないので事情も説明できず、ギルは頭を掻きながら部屋を出ていった。

心配かけてしまった。調査は彼が日中外出している時にやろう。


ギルや彼の仲間を観察しているが、彼らは<倉庫空間>を持っていない様子だった。

この世界の人間は、全員持っていないのだろうか。


窓から見る風景、テレビという機械、ギルが持っている本。

どうやらここは異世界のようだ。文字はどことなく似ているが、技術体系、魔法体系が違う。


いつ、元の世界に戻れるのだろうか、と思いながらバネッサは過ごしている。


◇ ◇ ◇


バネッサがチャーハンを食べ終わり、皿を洗っている。

まだ言葉が通じない。が、知能は高いようだ。


美味しいものを食べればニコニコ笑うし、風呂に入れば異国の歌を歌っている。

何となくだが、馬が合う気がした。


たまに部屋で大きな声で泣き叫ぶ時があるが、ホームシックだろうか。

30分もすればケロリとしているので、切り替えが早いのかも知れない。


ギルは女性と暮らすのは初めてだったが、思っていたよりも気楽に過ごしている。


「なんか、女って言うか野生動物を保護している感じなんだよなあ」


ギルはスタッフに苦笑いしながらそう言った。

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