6-3 転生者調査・1
休日のバネッサは、一人で神社の祭りに来ていた。
まだ日は高い。
熱気の中、綿あめやりんご飴を食べ歩き、金魚すくいや射的を眺めて回る。
焼きトウモロコシの屋台の前で足を止めたところで、背後から声をかけられた。
「すみません、バネッサさん。ギル社長がお呼びです」
商館のスタッフだった。
焼きトウモロコシに未練はあった。
だが、ギルからの呼び出しなら仕方ない。
バネッサはそのままの格好で、商館へ向かった。
◇ ◇ ◇
商館といっても、雑居ビルの一室にすぎない。
他にも仮眠室や倉庫など、周辺にいくつも部屋を借りており、それらをまとめて商館と呼んでいる。
「社長室」と札のかかった部屋に入ると、ギルと、久しぶりのタケとハナがいた。
「三人とも、休みの日に悪いな」
ギルが禁煙パイプを口から離しながら言う。
「ちょいと緊急の要件ができちまってさ」
ポロシャツにジーンズ、雪駄姿のタケ。
フォーマルなワンピースにハイヒール姿のハナ。
そして、よく分からないキャラクターTシャツにミニスカート、サンダル姿のバネッサ。
片手には、食べかけのりんご飴。
三人は黙ってギルを見た。
「西の山に」
ギルは、壁の大地図を指した。
商圏全体を示した地図には、赤や青のピンがいくつも刺さっている。
「先週、転生者らしい人物を見かけたって連絡が入った。山の管理者さん経由だ」
ギルは二枚のプロフィールを机に置いた。
「で、先週末にこの二人を向かわせた。クリスとエミリアだ。タケ、お前は面識あるよな」
タケは無言で頷いた。
「だが、おとといから定時連絡がない。つまり、今回の依頼はこの二人の捜索だ」
バネッサはプロフィールを眺めた。
顔は知っている。
声を交わしたことはない。
身長。
体重。
装備。
特徴。
必要な情報だけを頭に入れていく。
タケが口を開いた。
「……すみません。俺、救助業務は経験ありません。準備だって――」
「わかってる」
ギルは遮った。
「荒事になる可能性もある。正直、お前向きじゃないとも思う」
「だったら」
「すまん。今、ベテラン連中は東の山に出払ってる。動けるのがお前らしかいねえ」
タケは黙り込んだ。
調査業務なら得意だ。
事前準備から完了報告まで、ほぼ完璧にこなせる自信がある。
だが、今回は違う。
行方不明者の捜索。
しかも、転生者絡みだ。
自分向きの仕事ではない。
その感覚が消えない。
ハナは無表情のままギルを見ている。
百貨店帰りに呼び戻されたことを、まだ少し根に持っているのかもしれない。
現場対応能力は高い。
双刀の腕も、商館では上位だ。
ギルもそこは信用している。
一方のバネッサは、ふんふんとプロフィールを読んでいた。
緊張感はあまりない。
まあ、こいつは何とかなるだろう。
ギルはそう判断していた。
「――ということで、緊急依頼だ」
ギルが三人を見回す。
「受けてくれるなら、一時間後に再集合。すり合わせして、そのまま夜に出発する。移動手段と消耗品はこっちで用意する」
一拍置く。
「返事は今、この場で欲しい」
タケたち採取師は、商館の社員ではない。
だが、見習い時代から世話になっている以上、ギルの頼みは断りづらい。
タケは息を吐いた。
「……分かりました。やります」
「はい、やります」
「やりますー」
ハナとバネッサは、あっさり答えた。
◇ ◇ ◇
全員、一度帰宅して準備を整えることになった。
バネッサは自室へ戻った。
ギルの家の物置を改装した、小さな部屋だ。
ベッドに腰掛け、りんご飴の残りをかじる。
バネッサは、深く考えていなかった。
ギルが行けと言うなら、自分は行く。
それだけだった。
今回のお仕事は、二人の採取師の救助。
行ったことのない山だが、タケがいるなら問題ない。
ただ。
最初の話では、転生者もいると言っていた。
そっちは、どうするんだろう。
着替えを済ませ、手早く荷物をまとめる。
りんご飴の割り箸を、キッチンのゴミ箱へ捨てた。
さあ、山へ行こう。
◇ ◇ ◇
一時間後。
三人は会議室へ再集合した。
装備確認。
荷物分担。
非常時の集合ポイント。
基本は、前回の資源調査と同じ構成だ。
バネッサのマシュマロは没収された。
ホワイトボードに貼られた詳細地図を見ながら、タケ主導で経路を確認していく。
対象を発見できなかった場合でも、三日後の正午には麓のポイントへ戻る。
そこへ商館スタッフが迎えに来る手筈だった。
「今回、クリスとエミリアが転生者と接触した可能性もある」
ギルが念を押す。
「十分警戒しろ。無理はするな」
日が落ちた。
目的の山まで車で移動し、そのまま入山する。
広域対人センサーを打ちながら進む。
止まって索敵し、また歩く。
その繰り返しだ。
とはいえ、徹夜はできない。
予定していたポイントで野営に入る。
火は焚かない。
保存食で最低限のカロリーだけ補給する。
交代で見張りを立てながら仮眠を取り、夜を越えた。
白み始めた空を見上げながら、三人は再び歩き出す。
本格的な捜索の開始だった。
◇ ◇ ◇
出発前。
ギルとタケは、先行したクリスとエミリアの行動を予想していた。
数週間も山中に潜伏している転生者なら、拠点がある可能性が高い。
ギルは管理者へ問い合わせを行い、古い山小屋と、使われていない炭焼き小屋の存在を確認していた。
二人はその二つをまず調べるだろう。
その二つの施設を目標に、途中に痕跡が無いか調べながら進む。
最初の目標ポイントである、山小屋に到着した。
だが、空振りだった。
数か月は、人が使った痕跡がない。
「先輩、何か気づいたことあります?」
ハナが、バネッサへ尋ねた。
以前の調査で、バネッサが魔道具なしで痕跡を見抜いたことを覚えていた。
山の感覚なら、自分より上だ。
バネッサは首を横に振った。
「……ない、です」
次は、炭焼き小屋だ。
直線ルートには崖があるため、県道側から回り込む。
途中、無人のドライブインに立ち寄った。
自販機で飲み物を補給する。
スナックの自販機はすべて売り切れていた。
バネッサが露骨にがっかりした顔をする。
タケは建物の周囲も確認したが、怪しい痕跡はない。
再び出発する。
数時間後。
森へ入ったところで、バネッサが足を止めた。
「……ここ、人、通ってます」
痕跡は、炭焼き小屋方面へ続いている。
対人センサーの反応は、相変わらずない。
森の空気は蒸し暑い。
タケは帽子を脱ぎ、額の汗を拭った。
その時。
先導していたバネッサが、小さく手を上げた。
「あっち、血の匂い、します」
森を進む。
やがて、誰にでも分かるほどの腐臭が漂ってきた。
イノシシの死骸だった。
木に吊るされ、食べられそうな部位だけ切り取られている。
大量のハエがたかっていた。
「……一週間くらいですかね、先輩」
ハナが言う。
「ですねー。暑い、ですし。……でも、仕事、雑です」
「頭蓋骨が割れてる。銃は使ってない、か」
二人の女性採取師は、死骸を前にしても落ち着いていた。
タケは、周囲の地面を調べる。
足跡が大きい。
歩幅も広い。
かなりの大男だ。
警戒レベルを上げつつ、その場を離れる。
痕跡追跡は、センサーでは無理だ。
頼れるのは、バネッサの感覚だけだった。
バネッサは立ち止まり、しゃがみ込み、周囲を観察しながら進んでいく。
センサー反応は、依然としてない。
だが、相手が転生者で、阻害装置を持っているなら話は別だ。
クリスとエミリアも、交戦したのだろうか。
ハナが背中に隠していた双刀を、腰へ付け直す。
それを見て、タケの喉が小さく鳴った。
三人は無言のまま、森を進んでいく。
痕跡が示す方角は、炭焼き小屋で間違いなかった。




