6-1 資源調査・1
バネッサがギルの世話になって、十年ほど経った頃。
バネッサは、そろそろセンサーを性能の良いものへ買い替えたいと考えていた。
しかし、魔道具商人のギンから勧められた新型センサーは、バネッサの貯金で買えるほど安くない。
そこで、いつもの採掘作業以外に金になる仕事はないかとギルへ相談したところ、別の商人から依頼された資源調査を紹介されたのだ。
出発は来週。
今回は資源調査のため、三人チームで行動することになった。
同行するのは、バネッサより後に採取師になったものの、いつの間にか成績を追い抜いていた、優秀な後輩二人組である。
採取師五年目のタケは、センサーの扱いが得意で、この手の調査業務を数多く経験している。
事前準備の丁寧さに定評があり、ギルから今回のリーダーに指名された。
一方、ギル商会では珍しい女性採取師のハナは、タケの同期だ。
彼と組んで現場へ出ることが多く、柔軟な判断力と高い戦闘能力を持つ。
双刀使いでもあった。
今回の調査計画は、タケ主導で作成された。
ハナは、現場に入ってから本領を発揮するタイプだ。
計画そのものはタケに一任している。
そしてバネッサは、「へー」とか「なるほど」と相槌を打ちながら話を聞いていた。
タケが提出した計画書を見ながら、ギルが地図と照らし合わせて細かな修正を指示する。
ハナとバネッサは、テーブルの反対側でそのやり取りを黙って聞いていた。
ハナにとっては、いつもの光景だ。
細かく決めたところで、現場では計画通りに進まないことも多い。
タケが大枠を作ってくれる。
自分はそれに合わせて動けばいい。
そんな感覚で、会議も半分ほど流して聞いている。
ふと、ハナは横目で隣のバネッサを見た。
バネッサは、ふんふんと頷きながら、ギルとタケの話を真面目に聞いている。
同じ商館に出入りする採取師同士ではあるが、普段はあまり接点がない。
互いに現場へ出ていることの方が多いからだ。
数少ない女性採取師ということで、仲良くしたいと思い、何度か話したことはある。
だが、この先輩はいまだに日本語がたどたどしく、ふわふわしていて掴みどころがない。
何となく頼りなく見える。
どうして今回のメンバーに選ばれたのか、ハナには今ひとつ分からなかった。
「まあ、こんなところか。じゃあタケ、後は頼んだぜ」
一通りすり合わせが終わり、会議が締めに入る。
「それと、二人とも分かってると思うが――特にバネッサ」
「はい!」
「今回は他所の商人から依頼された調査業務だ。悪天候みたいなトラブルでもない限り、スケジュール厳守だってことを忘れるな」
「はい!」
「あ、それと焚火はNGな」
「焚火、ダメですか!?」
「そうだ。タケの言うことをちゃんと聞いて動くんだぞ」
「……はーい」
ギルは禁煙パイプをくわえながら、部屋を出ていった。
「さてと」
タケが場を引き継ぐ。
「今日中に、さっき社長に言われた修正点を計画書へ反映しておきます。明日また集まって、最後の読み合わせをしましょう」
「はい!」
「ついでに各自の荷物チェックもします。バネッサ先輩、いつも山に行く時の装備で来てください」
「いつもの、わかりました!」
「時間は今日と同じで」
「同じ時間、了解です!」
「……で、この後、飯でも行きますか?」
「だめです。今日は、おじいちゃん先生と、食事なので、失礼します!」
丁寧にお辞儀をして、バネッサは退室した。
タケは、閉まった扉をしばらく見ていた。
「バネッサ先輩って、あんな人だっけ、ハナ」
「新しい魔道具を使い始めてから、元気になったって聞いたけど」
「……へえ。まあいいか。いつもの中華にする?」
「うーん。今日は和食って感じなんだよね」
「じゃあ駅前のそば屋か」
◇ ◇ ◇
翌日。
会議室が埋まっていたため、屋上で話し合うことになった。
タケが計画書を二人へ渡す。
バネッサとハナが、交互に目を通した。
「この書類は山には持ち込めないんで、ちゃんと頭に入れてください」
タケが念を押す。
「もし荷物検査とかされた時、この手の資料が出るとまずいんで」
「わかりました!」
持ち物確認の際、タケがバネッサのリュックを見て眉をひそめた。
「先輩。なんでマシュマロ入ってるんですか。焚火はダメって言われたでしょう」
「だって、タケちゃんが、いつもの装備でって、言ったから」
「……確かに。すみません、俺の言葉が足りませんでした」
ハナが吹き出した。
それを見て、タケとバネッサも笑う。
今回はソロではない。
水と食料の分担。
移動時のフォーメーション。
ハンドサインの確認。
細かなことまで打ち合わせていく。
ソロも好きだけど、こういうのもなかなか面白いな。
バネッサは、自分でも少し驚きながら楽しくなっていた。
採取師は、出発前の準備すら楽しめないと長続きしないのだ。
◇ ◇ ◇
週間予報通り、週明けの出発日は快晴だった。
五日と、予備日一日。
資源調査業務のスタートである。
早朝。
まだ夜明け前。
商館の入るビル前へ集合すると、タケが自前の軽トラックで待っていた。
幌付きだ。
軽トラックは基本二人乗りなので、本来なら荷台へ人を乗せるのは禁止である。
だが、採取師の現場では、この手の「本来なら」は時々脇へ置かれる。
「交代で荷台に乗ってもらいます」
タケは、当然のように言った。
「街中を抜けるまでは静かに。顔を出さない。音を立てない。何かあったら、荷物です」
「荷物」
バネッサが復唱した。
「そうです。荷物です」
「わかりました。私は、荷物です」
「そこまで真面目に受け取らなくていいです」
ハナが横で吹き出した。
「どっちが先に荷台に乗る? とりあえずジャンケンで──」
「いいよ。二人で荷台乗ろう、バネッサ先輩」
ハナがバネッサを促し、荷台へ乗り込む。
タケは肩をすくめた。
「まあ、二人がいいならいいけど」
バネッサは、一度荷台へ乗ってみたかったので、うきうきしていた。
ハナは別に、バネッサを気に入ったわけではない。
これから山へ入る以上、互いをもう少し知っておく必要がある。
経験上、そう思っただけだ。
この数日、ハナはバネッサを観察していた。
普段はほわほわしている。
だが、実際には非常に注意深い目をしている。
荷物確認の日、タケやハナの装備を見ていた時の雰囲気は、明らかに違っていた。
まあ、自分たちの倍のキャリアがある時点で、生存能力は高いはずなんだけど。
ハナは少し反省する。
ちなみにハナ自身も、荷台初体験だった。
そして、その環境は想像以上に過酷だった。
騒音がひどい。
会話どころではない。
最初は笑っていたバネッサも、振動と騒音に、だんだん真顔になっていく。
隣の市とはいえ、そこそこ距離がある。
山を二つ三つ越え、現地へ着いた頃には、ハナもバネッサもふらふらだった。
「だから、交代でって言ったのに」
荷台から自分の荷物を降ろしながら、タケが苦笑する。
途中で休憩も挟んだが、タケ自身も三時間近い運転で身体がこわばっていた。
少し戻った場所に自動販売機があったのを思い出し、飲み物を買いに行く。
過剰な水分補給は避けたい。
だが、今回は問題ないだろう。
缶コーヒーを三本。
まだへばっているハナとバネッサへ、一本ずつ渡した。
コーヒーをすすりながら、タケは地図を開く。
一般的な市販地図だ。
細かな針印だけは打ってある。
昼前には、第一ポイントへ着けるかな。
タケは空を見上げ、天候と太陽の位置を再確認する。
先週、この辺りでは大雨は降っていないらしい。
だが、土砂崩れなどのトラブルは想定しておくべきだ。
二人の回復を待って出発しよう。




