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5-3 大事だから

日の出前。事務所がある建物の前に、ギルと4人の男たちがいた。


バンタイプと普通の乗用車に分乗して森の入り口まで向かう。

先導する乗用車の助手席にギルが座り、後部座席にバネッサと若い採取師。


車だと少し回り道になる。15分程度のドライブだ。


いつもは軽口をたたくギルと、いつもそれをニコニコと返すバネッサだが二人とも黙り込んでいる。

しばらく車内に無言が続いていたが、空気が読まない若い採取師がバネッサに話しかける。


「バネッサ先輩、ギルさんとケンカでもしたんすか?」


車内の空気が固まる。


ギルはため息をつき説明する


「バネッサがルール違反をしたから説教した、だけの話だ」

「社長の頬のアザ、バネッサさんすか?」

「ちげえよ、これはまた別だ」

「ふーん。でもそれじゃ何で社長も落ち込んでるんすか」

「落ち込んでねえよ、二日酔いなんだよ」


バネッサが隣の男に向かって言う。

「ちがいます、わたしが、わるい事、したから、ギルさん、叱りました」

「……そ、そうっすか、先輩」


「ギルさんは、バネッサが、大事だから、です」


車内の空気が違う方向で固まった。

ドライバーの採取師が横目でギルを見る


「社長、まさか、バネッサさんとそういう─」

「違う、そういう事じゃねえ」


あのヘンテコ先生、バネッサに何吹きこみやがった!


◇ ◇ ◇


現地に到着し、森の入り口で行動前の打合せを行う。


ギルが今回のあらましを、バネッサが場所や男の特徴などを説明した。

そしてバネッサは早朝に集まってくれた仲間へ礼を言い、迷惑をかけた事を詫びた。


ギルには散々振り回されてきた採取師ばかりだ。何を今更といった顔でバネッサにサムズアップする。


「男の事はさっきの説明以上の情報が無い。足が折れているそうだが、移動されると面倒だ、早速出発だ」


少し多めにメンバーを用意したので、手分けして各人が持つ荷物が少なくてすんだ。

全員速足のペースで森を進む。


バネッサの表情が硬い。ギルが歩みを緩めて話しかける。

「バネッサ、さっきの事は一旦頭から離せ。今は全方位に集中しろ」


◇ ◇ ◇


もし、他の商人の縄張りで、観測士が害されたとなると、その地の商人の監督不行き届き、とみなされる可能性が高い。


かつ、今回、第一発見者となったバネッサに容疑を向けられかねない。商人ギルドもしくは互助会から、何らかの処分を受ける可能性もある。


通常、観測士が他の商人の縄張り(商圏)に足を踏み入れる場合は、事前に連絡が入るのだが今回はそのような通知は来ていない。


ギルには情報が足りない。今回の件が単なる事故なのかどうか判断つかない。


唯一、東北の互助会が任命した観測士と言う点が安心材料にはなる。ギルは東北の商人や互助会とは絡みがない。トラブルを起こす理由がないので意図的に観測士をどうこうしたとは疑われないだろう、が。


◇ ◇ ◇


ギルのチームが現場に到着した。


観測士は一度覚醒したようだ。昨晩寝かせたところから焚火側に近づいていた。

バネッサが置いていった水筒の水も飲んだようだが、その後また気を失ったようだ。


救急の心得がある採取師が気を失っている観測士を診断し、数本の注射を打つ。しかし圧倒的に血が足りない。採取師は病院への移送を進言した。

街に入る前に観測士から何かしら聞き出したかったが、仕方ない。ギルは病院へ運ぶ指示を出す。


「バネッサ。俺たちはこのまま病院に向かう。観測士の事はこちらで片づける。じゃあ、頑張れよ」

「えっ」

「え、じゃねえよ。おまえ採掘の途中だったろうが」


◇ ◇ ◇


バネッサはこのまま一緒に病院へ行くのかと思っていた。だが、言われてみれば確かにそうだ。

夜中からこれまで大冒険をしてきたつもりだったが、本来は採掘、つまり日々の糧を得るためにここに来ていたのだ。


「あの男の事は忘れろ。誰にも言うな」

「はい」

「観測士にはこれまで会った事はない、いいな」

「はい」

「おまえは昨晩……なにもやってない、分かったな」

「……はい」


恐らく、観測士が覚醒したときにギルはこう言うのだろう。

──うちの若いのがあんたを見つけて救助した

そこにはもう「バネッサ」はいない。


「これ、使え。あれはもうダメだ」

ギルがロープの束を投げてよこす。

バネッサが昨晩作った簡易タンカ。地面をひきずったためか、ロープのところどころ擦り切れていた。


「戻ったら、朝の事もう一度話し合おう、じゃあな」


ギルはワシワシとバネッサの頭を撫でて、仲間たちと街に戻っていった。


取り残された感。


バネッサはしばらく茫然としていた、が。


パーン


両の頬を叩き、気合を入れる。

焚火の後始末。炭はいつものように布袋に回収し、地面の痕跡を消す。

装備品の確認、傷んだロープも捨てずにリュックに入れる。

水筒の残量が心もとない。作業前に昨晩行ったあの川で補給しよう。

保存食を口に入れながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。


タンカで使った、木の枝で槍の素振り。

身体中の血を回す。寝不足だが仕方ない。


私は昨夜、誰にも会っていない。

誰も助けていない。


何もしていなかった。だから今日は頑張って取り戻さなければならない。

そう、自分に言い聞かせた。


水汲みから戻り、昨日、目を見つけておいた採掘ポイントに向かう。

鉱脈の状態が想像していたより良い。スタートが遅れたが、昨日の数倍の鉱石が手に入りそうだ。


防塵用のゴーグルとマスクを装備し、ヘルメットをかぶる。

右手にハンマー、左手にタガネを握り、岩の前に立つ。

ハンマーの握り心地が昨日と違う気がする。肩を数回回して気を落ち着かせる。


私は採取師だ。だからいつも通りに岩を掘るのだ。


カーン。「大事だからー」

カーン。「叱ってくれたー」

カーン。「大事だからー」

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