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5-1 真夜中の救出劇

バネッサがギルに拾われて10年目の初夏。

ギルはバネッサにソロ、つまり単独での採取活動を許可した。


優れた商人でもあるが、元々は採取師のエースであったギルは、バネッサの採掘の師匠だ。


バネッサが採取師として独り立ちができたという訳ではなく、ギルが指定した鉱山でなら一人で掘ってきても良い程度の話で、他の採取師と比べてバネッサの育ち具合はまだまだ半分といったところ。


採取師は資格ではない。

色々な鉱石の種類や、商人との駆け引き、調査業務、法律、地理などを覚えないと一人前とは言えない。とは言え、これはあくまでギル個人の考えである。

地域限定で特定の鉱石だけを一人の商人に売って生活するものも、採取師と名乗っても構わないが、ギルはバネッサをギルなりの「一人前」にしたいと考えていた。


そんなギルの思惑は別として、バネッサは一人森を抜け、今日の採掘場所へ向かうのだった。


美也子先生が結婚を機に家庭教師を辞めた後、先月から日本語の先生が新しい人になった。白髪のおじいさんだ。

最初は男の先生は怖いなと思っていたが、ユーモアがあってすごく優しい。


言葉使いが丁寧で、バネッサもああいう風にしゃべりたいな、と思っている。


カーン。「きれい、ですねー」

カーン。「かわいい、ですねー」

カーン。「うつくしい、ですねー」


岩を掘るハンマーを振りながら、バネッサは音読の復習をするのだ。


◇ ◇ ◇


今回は四日間の予定で採掘に来た。日帰りだと往復にかかる時間に対して儲けも少ない。

石を組み、焚火の準備をする。倒木の上に毛皮を敷き、座って炎を眺める。


マシュマロは後の楽しみだ。


基本的にバネッサは野外では保存食を食べるため、めったに調理は行わない。

炊事道具や食器、食材がリュックを圧迫するからだ。

マシュマロを炙るのは、あくまでバネッサの趣味である。


ギル直伝の保存食を、バネッサなりに改造したものを取り出して口に入れる。

味の評判が悪いのは知っているが、今のところは対応する予定はない。

自分が食べるためのものなので、自分が納得できていればそれでいいのだ。


就寝時、センサーが広域モードになっていることを確認して毛布に潜り込む。


焚火は静かな熾火になって仄かに赤く光っているが、ギルが貸してくれた隠蔽(光学隠蔽装置)があるので周りに光を漏らさない。


本来ならば火は消した方が安全なのだが、心が落ち着くのだ。

いつも通りの夜。バネッサは静かに眠りについた。


◇ ◇ ◇


真夜中、センサーが振動する。バネッサは瞬時に目を開く。


すばやくセンサーの表面に浮かぶ情報を読む。

人間、金属反応……無し。

非常に遅い移動速度から、遭難者の可能性がある。


ギルは、バネッサに「ソロの最中は絶対に人と会うな」と厳命した。


遭難者の救出は、相手が転生者でも一般人でも本来ならば優先すべきだが、他商人の採取師、強盗、などの可能性もあり、下手すれば商人同士の争いの種になる場合もある。それらを見極める知識がないバネッサには、対処ができないとギルが考えたからだ。


せめて、センサーを無効化する阻害の魔道具があれば、近づいて確認できるのだが、あいにくバネッサは持っていない。


──でも、ギルさんの言う事は絶対だから。近づいちゃ駄目だ。


無理に目を瞑る。片手に握りしめたセンサーの振動が止まらない。

しかし、他の脅威の可能性もあるため、センサーのスイッチは切れない。


「きれい、ですねー」

「かわいい、ですねー」

「うつくしい、ですねー」


口の中で小さく何回も繰り返す。


ギルさんの顔が浮かぶ。げんこつ。タバコ。


……シチュー。


ギルに最初出会った夜、焚火の横で振舞ってくれたシチュー。


死を半ば覚悟したバネッサに与えられた救いの一杯。


掌の中のセンサーに捕捉されている人物は死にかけていないだろうか。

今、この人物を助けられるのは自分しか居ないのではないだろうか。

あの時の不安と恐怖、そして絶望が、頭の中でこの人物と繋がってしまう。


バネッサは我慢できなくなり、……起き上がった。


◇ ◇ ◇


森の中を音を立てずに素早く移動する。


──見るだけ、どうなっているか見るだけ。


センサーは移動時は捜索範囲が狭くなる。出発前に大体の位置の見当はつけた。


記憶では捕捉した人物がいる地点には川がある。少し上流側から近づこう。

薄雲が月明りを弱めている。無いよりはましだ。ありがたい。


時々立ち止まり、センサーを広域モードで動作させる。

対象は現在は移動しないで同じ位置に留まっているようだ。

もう、動けなくなっているのだろうか。


水のせせらぎが聞こえてきた。川が近い。腰を落とす。

音を立てがちなリュックは置いてきた。ナイフとロープ、救急キットだけ持ってきた。


ゆっくりと進みながら、石が多い川岸を観察する。


目視が十分できる距離に近づいている筈だが、人の姿が見えない。

大きな石の影にでもいるのだろうか。バネッサは位置を変える。


いた。


川辺の大石の横に倒れていた。センサーに反応があるという事は、まだ生きている。


向きが悪く、詳細な情報が分からない。重装備のキャンプ用ジャケットとブーツが見えるが、性別すら判断つかない。


──どうしよう。


センサーのメニューを開き、探索モードから調査モードに切り替える。

使えるプリセット……これだ、血液。


出血を確認した。バネッサは草むらから立ち上がった。



男性だった。髭を生やしている。ギルより年上に見える。

右足を骨折している。それよりも右腕の裂傷からの出血がひどい。

とりあえず、ロープで止血する。手ごろな木の枝を拾い、ナイフで余計な枝を落として右足の添え木にした。


バネッサのセンサーでは詳細な診断はできない。


全身が川の水でずぶ濡れだ。体温の低下が心配だった。

ひとまず焚火のところまで運ぶことにする。

長い木の枝と男のジャケットをロープで繋ぎ、簡単なタンカのようなものをつくり、引きずりながら焚火の元へ向かった。



汗だくになって焚火の元に戻り、男を毛皮の上に横たえる。

薪を追加し、炭を吹き、火を大きくする。


右腕の傷を消毒しながら、次に出来ることを考える。


何かを考えていないと、言いつけに背いた罪悪感が膨らみそうで怖かった。

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