表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

4-3 虚空(こくう)

昼前にベッドでバネッサは目を覚ます。

泣き止んだ後、ギルさんが何かの薬をくれた。

飲んだら眠くなったので、ベッドに向かうところまでは覚えている。


食卓に大きな紙が置いてあった。


- でかけます。グラタン、ちんしろ。やりはつかうな


大きな字で書いてある横に、下手くそな絵が描いてあった。

槍をもった棒人間、槍の部分に赤のペンでバツがかいてある。



昨晩、美也子先生が用意してくれていたグラタンを温めながら、今朝の事を思い返す。


久しぶりの、槍の崩壊時のパニック状態だった。

今ではパニックの原因が槍だと分かっており、一旦落ち着けば、その後引きずることは無くなった。


あの状態を見せるのは恥ずかしかったけど、ギルさん、分かってくれたかなぁ。


顔が腫れぼったい気がする。顔を洗う。目の周りが腫れている。

今日は美也子先生が、また髪を黒くしてくれる約束だった。

先生が来るまでに腫れが治ると良いけど。


チーン


「ちーん、だ!」


◇ ◇ ◇


ギルが自宅に戻ると、美也子先生がバネッサの髪をドライヤーで乾かしていた。

バネッサの髪をまた黒く染めてくれたようだ。


バネッサの表情はいつも通りに見える。

今日の夕飯はアジの開きだった。ギルの好物だ。バネッサもニコニコと美味そうに食べている。今朝の槍の出来事など無かったような気になるほど平和な食卓だ。


美也子先生が帰宅した後、バネッサと今朝の続きを話す。


ギルが一番知りたいのが、この槍の件を他の誰かが知っているか、だった。

日本語が弱いバネッサから聞き出すのは骨が折れたが、こんな感じだったらしい。


・転生後、ギルに会う間、何回も槍を使って泣いた。でも周りに人はいなかった。

・この家に来た頃、夜寝るときに槍をだした。何回か泣いた。

・槍のことは分かったけど、外で使う機会が無かった。今朝まで一度も出していない。


特に嘘もないようなので、ギルは少し安心する。

知っているのは自分だけらしい。


午後、例のマンション付近で聞き込みをしてきた。

周辺住人は関わり合いを恐れて遠くから眺めていただけだったが、ギル達が立ち去った後、ほどなくスーツの男が目を覚まし、反対方面へ立ち去ったそうだ。

槍を目撃された可能性があるが、特にそういう話は出ていなかった。目の錯覚や手品の類と思われたのかもしれない。


「バネッサ。あの槍は、俺が良いと、言うまで使うな。そして、誰にも、言うな」

「分かり、ました」


ギルはその後、バネッサに潜伏と戦闘回避のテクニックを叩き込んだ。

戦いになる前に逃げろ。これはギルの師匠からの教えでもあった。


バネッサは最初、戦わなくて良いのかと不安そうに聞いたが、そうだと答えると嬉しそうに笑っていた。転生前は戦闘職だったようだが、性分に合っていなかったのだろう。


◇ ◇ ◇


2か月後、ギルは広域の商人が集まるパーティに参加していた。


あまり、この手の「お堅い」集まりは好きではなかったが、今回は情報収集が目的だった。


軽く酔った振りをして、ヨタ話のように「なんでも入るポケットとかあれば便利ですよねー」など、話を振ってみたが、反応が薄い。

名前が売れ始めてきたとはいえ、ギルは若手の準会員に過ぎない。


空振りか、立席パーティの会場の隅でビールを飲む。

今日はこのまま酔っぱらって寝るか。


「横、いいですかね」

ギルが顔を上げると、くたびれたスーツを着た中年の男が立っている。

「ギルさん、ですね。最近元気のある若手の商人とお噂を聞いてますよ」

「ありがとうございます。えっと」

「ヒイラギと申します。東北の方で小さな商いをさせてもらってます」


突然の大物の登場に驚くギル。

ヒイラギ――東北地方最大の商会グループを率いる、雲の上の存在ではないか。

何が小さな商いだ。


「はい、どうぞお座りください」

「ごめんね、ちょっと時間ちょうだい」


ゆっくり腰を掛けるヒイラギ。


「あいたた、腰がね、もうね、ボロボロなんですよ」

「……はぁ」

「えっとね、さっきギルさんが話していたことが気になって、ね」

「俺の話、ですか」

「なんでも入るポケット、のやつ」

「ああ、あれは、そんなものがあればよいかな、っていうヨタ話ですよ」

「私のね、元居た世界にはあったんですよ」

「えっ」

「『虚空こくう』って言ってね。カバンとかに取り付けて、何でも入れてたよ」

「へええ、それはすごい」

「こっちに来るとき、その力はなくなっちゃったけどね」

「どんな仕掛けなんですか?」

「私が作ったわけじゃないから、分からないよ」

「……そうですか」

「亜空間とか次元とか、そういうのを操作ができた日本だったんだろうね」

「便利そうですね、今もあったら」

「だね、物流に革命がおこるね」

「確かに」


「……どこで知りました? その、『虚空』の存在を」

ギルは、急にトーンが下がったヒイラギの声にぞくりとする。


「いえ、ヨタ話ですよ、本当。漫画とか見てて、そういうのがあれば楽だなあと」

「……そうですか、実際にそういうのを見たり聞いたりしたら、教えてくれるとうれしいな」


名刺を渡すヒイラギ。


「じゃね、お互い、良い商いしましょうね」

「はい、精進します!」


好々爺的な雰囲気に油断していた。あの人は要注意な気がする。


しかし、あの穴は「虚空」っていうのか。帰ったらバネッサに教えてやろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ