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4-1 久遠(くおん)

バネッサが、ギルの自宅兼事務所で寝起きするようになり3年が過ぎた。


美也子先生の日本語教育も順調で、まだ片言ではあるが日常生活と採掘仕事には困らなくなってきた。


ある日のこと、美也子先生がグラタンを作ってくれた。

彼女の得意料理であり、バネッサもギルも大好物である。


食後、三人がコーヒーを飲んで寛いでいると、バネッサが唐突にギルに質問する。


「ギルさんと、美也子先生は、ふうふ、ですか」

「なっ」


思わず立ち上がりそうになる、ギル。


「いいえ、違います。私と、ギルさんは、夫婦では、ありません」


真面目な顔で答える美也子先生。しかし、耳が少し赤くなっている。


ギルは、美也子先生の事は好ましく思っている。

美人で頭が良く、親切で思いやりのある女性だ。何よりスタイルが良い。

ちょっと、お堅い部分はあるが、それは欠点ではないと思う。


しかし、ギルは「商人ギルドの正会員」になるまでは、身を固めない誓いを立てている。

美也子だけでなく、女性全般に対して必要以上に好意を寄せないように日頃から意識していた。


「そう、ですか、わかり、ました」


バネッサは何事もなかったように、コーヒーを飲み干した。


どこで「夫婦」なんて言葉を覚えたんだ、こいつは。

色気づいたのか、と思うがバネッサの年齢の事を思い出す。


◇ ◇ ◇


ギルはバネッサが久遠くおんと呼ばれる、不老の存在ではないかと思っている。


美也子がバネッサの年齢をきき、一瞬止まった後、18と答えた。

様子が変なので、嘘だと思った。年齢をごまかしているようだが、理由が分からない。


それから3年、一緒に暮らしているが、バネッサの容姿は変わらない。

年齢を聞くと、いつも18だと答える。そんな訳がない。


なぜ、久遠が年を取らないのかは、長年研究されているが原因は分からないらしい。

久遠の血を飲めば長命になるというデマのおかげで、久遠狩りが行われた物騒な時代もあったと聞く。

非転生者社会(一般社会)に、久遠の存在が知られるのも好ましくない。このため、商人ギルドや互助会は、保護の目的もあり、可能な限り久遠を取り込もうとしていた。


久遠の転生者は、商人ギルドや互助会の重要なポストに就く場合が多い。

長命の彼らは、業務や人生の経験値が高くなる。歴史の観測者としても好都合なのだ。


希少な久遠は、普通なら安全なデスクワークを勧められる。

バネッサには採取師としての訓練をさせているが、採取師は危険な職業だ。


ギルは、バネッサがもう少し日本語が堪能になったら、彼女の将来について、ちゃんと相談しようと考えている。


◇ ◇ ◇


翌朝、バネッサと走りに出る。

天気が悪くない限り、バネッサはランニングに出かける。

昨日グラタンを食べ過ぎたギルは、今日はバネッサに付き合ってカロリーを消費することにしたのだ。


まあ、18歳と言われて違和感はないよな、とギルは前を走るバネッサの後ろ姿を見ながら思う。


若い女性と同居ということで、最初のころは友達から、若い嫁でも貰うのか、正会員になるまで結婚しないという誓いはどうしたと、からかわれていたものだ。

しかし、彼らがバネッサに直接会うと理解する。これは、妹か娘ポジションだ、と。


もっとも、ギルにとってバネッサは、最初の出会いの「やせた迷い猫」の印象が強く、女性と感じにくいだけだが。


「ギルさん、あそこ、見て」

とりとめない考えをしていたギルの前のバネッサが足を止め、小声でささやく。


通りから少し離れたマンションの前で、3人の人物が揉めている。

男二人が取っ組み合い、女性がそれを止めようとしているようだ。


「どう、しますか」

「うーん」


基本的に、転生者は非転生者との接触は控えるようにしている。

警察沙汰になれば色々と面倒だし、関わりあうのは止めよう――そう判断した直後、片方の男が刃物を取り出した。

それを見たバネッサが、止める間もなく駆け出していた。

しかたない。ギルもその後を追った。


「だーめーでーす。やめて、ください」

「あー、なんだぁ、小娘には関係ないだろ」


酔っているらしい男が高そうなサバイバルナイフを片手にバネッサに悪態をついた。

よれよれだが高級そうなスーツ、高そうな腕時計から金回りはよさそうだと見る。

首も腕も細い。構えも素人のそれだし、酔いで足元がおぼつかない様子が見ていて危なっかしい。


相手の男はワイシャツにスラックス。スーツの男よりも上背はあるが、少し肥満している。こちらも格闘技能は無さそうだが、けなげに女性を守ろうとしている様子。


化粧が濃い女性がワイシャツ男の後ろでおろおろと立っている。


痴話げんかの類だろうか。


スーツの男がバネッサに注意を向けたと見るや、ワイシャツの男と女が逃げ出した。


「この、逃げんな、卑怯者がー!!」

追いかけようとするが、足がもつれて転ぶスーツの男。

男女はすぐ横道を曲がり、バネッサ達の視界から消えた。


「大丈夫ですか、お兄さん」

ギルが倒れたスーツの男に手を出す。

男は突然近づいて手を出した巨体のギルをみてギョッとする。


ギルの手を無視して立ち上がる男バネッサに向かって八つ当たりを始めた。

「おめえのせいで、逃げられただろうが」


ギルが割って入る。

「あー、それはすみません。ただ、ナイフはちょっとシャレになりませんよ」

「……」

「じゃあ、俺たちはこれで。バネッサ、行くぞ」


背を向けた二人を追う男

「……格好つけてんじゃねえよ!」


ギルは内心、面倒臭くなっていた。

こいつ面倒臭いな。足でも払うか。ただ、ナイフで自分で怪我しかねねえ。

腹でも一発殴っておくかと、後ろを振り向きながら考えていた。


「ギルさん、あぶない!」


バネッサがスーツの男とギルの間に割り込むように立ちふさがる。


「ばか、何を」


バネッサの右手付近から、青白い光が放たれた。

見たことも無い光だった。光の中に槍のようなものが出現する。


次の瞬間、バネッサは男のこめかみに石突を叩き込んだ。


男はその場に崩れ落ち、その手から、カラン、とサバイバルナイフが落ちた。

バネッサが足でナイフを遠くに蹴り飛ばした。


無言で槍を、右手の横の空間に開いた「穴」に戻すバネッサ。


ギルは驚いて声がでない。なんだ、これは。

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