第十三話
二ヶ月後のことだ。
結果は審査員特別賞だった。
後日、賞金と書籍化の案内が届くらしい。
「あんたも可哀想ね、金木、めちゃくちゃだったでしょ?」
「約束はほったらかすし、浮気はするし」
「でも、ちょっと優しかった。気遣ってくれたし、奢ってくれたし、いっぱい慰めてくれた」
「梨花さん。あなたのお陰で、金木のいいとこ、ちょっとだけ思い出せてうれしかった」
「ありがとう」
***
屋上にて。
吹き抜ける夜風が、私の頬を軽く打ち付けました。
眼下には、無数の車のライトが血液のように脈打って流れていました。
人間失格が何故あそこまで人の心に刺さったのか。それは、遺作を越えた代物、もはや太宰治の遺書だからだと思っています。
私はフェンスに足をかけ、錆びた鉄の棒を握りしめました。
両手が悴んだその時でした。
____
「もう喋んないでよ。また吐血しちゃうよ。救急車呼んだから」
いつもの帰り道、いつものガードレールを伝って歩いていた。歩幅も呼吸も、規則性が存在しなかった。
「いやあ、嫌だ。辞世の句の一つや二つ吐かせてもらうよ」
辞世の句どころか、血塊を唾でも痰でも出すように、ペッと吐き出した。
弱音も吐き出していたみたいだ。
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「翼!」
背後で、分厚い鉄の扉が乱暴な音を立てて弾け飛びました。
振り返ると、肩を大きく揺らす梨花が立っていました。
「梨花。どうして」
喘ぐような声でつぶやいて、一歩、フェンスの縁へと後ずさりました。逆風が私のロングを乱しました。右手を差し出して、手を取ろうとする梨花を拒みました。
「来ないでくれるかな?」
梨花の足がピタリと止まりました。
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翼は手にぶちまけた血溜まりを、ホットコーヒーを啜るように、再び口に戻した。
そして、また吐き出した。
「ここはあんまり汚したくないんだけどなあ」
傍らには彼岸花が咲き誇っている。
「在音ちゃんもこんな風に苦しんでたのかなあ?」
梨花は何も言えなかった。
____
「言ってただろ?私が死んで初めて物語が完成するんだ。遺書の最後のページは私の死なんだ。それにもう、終わりにしたいんだ」
遠くの方から、クラクションが微かに鳴り響いてきた。
「仕合わせも不幸も嘘も全部、ネタとして片付けられるんだ。あんたが死のうが、どうだろうが、私達が書いた結末は変わらないよ」
梨花の怒声が、夜の静寂を切り裂きました。痛いくらいの真っ直ぐな視線が、私を射抜きました。
「だから、今じゃなくてもいいよね?」
____「今はやめてほしかったなあ」
梨花は一歩、また一歩と距離を詰めてきます。
____翼はよろめき、ふらつき一歩一歩、梨花から離れていく。
梨花は言った。
「「せめて、最後に抱いてくれない?翼、あんたも共犯者なんだから」」




