第十話
「じゃあ、まずは付き合うところから始めようか!」
視界の端に高架線が走り抜け、風切り音と鈍い騒音が遠ざかるまでの数秒間、梨花は呆気に取られて、ただ瞬きもせずに金木を見つめていた。
「は?」
金木は、勢いで抱き寄せてそのままキスしかねない距離まで歩み寄せる。
「えーそのままだよ、そのまま。最初はフリでもいいからさ、二人でいる理由を作るためにね。どうかな?私、これでも紳士だよ?」
梨花は顔のあらゆるパーツを使って、嫌悪感をむき出しにする。
「やだ。浮気相手になるつもりはないから」
金木はきょとんと目を見開いた。
「私いまフリーですよ、彼女はいませんよ。ああ、セフレなら両手の指に」
「嫌。簡単に女の子釣って、その気にさせて、使い捨てるようなあんたの告白なんて、聞くと思った?」
両手の拳に力を込めた。
「梨花ちゃん。私はね、梨花ちゃんがいいんだよ。昔から好きだった。これに嘘偽りはない。独りでも自分を保てる梨花ちゃんは、誰かの熱を浴びてないと孤独に蝕まれてしまう私にとっては、とっても強く映るんだよ。憧れちゃうね」
金木は人差し指と人差し指をつつきあわせる。
「本当?」
「本当」
梨花は金木から目を逸らした。
「ありがと」
ガードレールの向こう側、傾斜の強い原っぱには、所々枯れ草が突っ立っている。
「まあ、付き合う付き合わないは、この後の話として。梨花ちゃん、君にはもっと力をつけてほしいんだ。もっともっと、君のその恐ろしい感性を研ぎ澄ませてほしい」
梨花は顔を上げて金木と目を合わせる。
「力を?」
「そう。だから、まずは活字を貪り読み給え。ひたすらに読んで、君の毒になりそうな表現をメモしまくるんだ。気に入った文章を自分の指で打ち直して、君の血肉にする。それから、視界に映ったもの全てを即座に文章で切り刻めるようにするんだ。映画、アニメ、ドラマ、世の中のエンタメのすべてを、君の武器を増やすための養分にしてくれ」
「え、そんな知ってるなら、自分で書けるんじゃ。別に私にこだわることないんじゃ」
「いやいやいや、私はね、梨花ちゃんがいいんだ。だって好きだし、君にはリベンジしてほしいんだ」
「リベンジ?」
「そう、リベンジ大衆向けに作り直すの、正直つまらなかっただろう?」
____うーん、よく書けてるとは思うんだけど、やっぱり暗すぎないかな?最近の読者は、時間に追われて心に余裕がない、つまり小説の中でまで苦しみたいとはおもわないんじゃないの?
「確かに、ちょっと抑えたところはあるよ」
金木は梨花の肩を掴んで、表情筋の全てを振り絞った。
「だ、か、ら!君の全部を魅せてほしいんだよ、安い共感で媚びを売るような量産型じゃない、あの炎を冷徹な目で眺めていた唯一無二の梨花ちゃんを!」
視界の端に高架線が走り抜け、風切り音と鈍い騒音が遠ざかるまでの数秒間、梨花は呆気に取られて、ただ瞬きもせずに金木を見つめていた。
「ありがとう。そんなに認めてくれてたんだね。嬉しい。本当に。ちょっと泣いちゃいそう」
梨花は熱を帯びた瞳で、金木を見上げた。
「だからさ、あんたも一緒に書いてよ。翼、あんたも共犯者になってよ」




